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第一章

第五十二話 二つの話

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 ヒビキ・エージェンシーは、龍童プロモーションに匹敵する俳優とタレントを抱えた芸能関連の事務所である。

「当時警察には、事故で処理をされてしまったの。確かに、ワイヤー一本で支えられたあの当時の稚拙な設計では、誰もが疑いをかけられるわけではなかったの。でもね、私は時間をかけて、コネクションをフル稼働させて、調べ上げたのね。ワイヤーは千切れたのではなく、切られていた。そこまではわかったの。あとは消去法よ。怪しいのは一人だけだった。でもね、自白させられないかぎり、無理だったのよ……」
「だから、わたしのあの事件は、内密にしたかったんですね?」
「えぇ。これ以上日登美と隆二さんに心配させたくなかったの。ごめんなさいね、独りよがりな方法を選んでしまって」
「ううん。いいの。ありがとう、お婆さま」

 一八は頷くしかできなかった。まさか十四年前にそんなことがあったとは思いもしない。

「さて、もうひとつの話しというのは何かな?」
「はい。これはお願いなのですが」
「あぁ、言ってみなさい」
「はい。わたしは来年、この島を出なければいけませんよね?」
「あぁ、八重寺島には高等学校がないからね」

 確かに、この八重寺島には幼稚園、小学校、中学校まではあるが、高等学校がない。ここから一番近い運天港から、通える距離にある高校へ行くのが一般的であった。

「はい。それでですね、お婆さまのご友人に、東城市で大学までの一貫校をお持ちの方がいらっしゃるという話しをしてくれたことがありましたよね?」
「あぁ、東比嘉さんのところのかい?」
「はい。その学校です」
「そこに行きたいと?」
「いえ、それだけではなくてですね。わたしは今後、東京へ行く機会が増えると思います」
「そうだね。申し訳ないね、広告塔をさせるようなことを――」
「いえ、そうではないんです。東京へ行くなら那覇にいたほうが便利です。新都心にはお母さんのお店もありますから、不便ということもないかと思います」
「確かに、そうだね」

 千鶴は一八を見た。彼はひとつ頷いた。ここでたたみかける、それが本日の目的でもあったのだから。

「そこでお婆さまにお願いがあります」
「あぁ、言ってみなさい」
「今年のうちに、わたしと一八を転校させてほしいんです」
「……一八も、かい?」
「はい。一八は将来、わたしのお婿さんになることが決まりました」
「あらあら」

 一八は下を向いてしまった。さすがに静江に聞かれたのは恥ずかしかったのだろう。

「お母さんからもお父さんからも、一八を頼むと言われました」
「そうだったんだね」
「はい。そのために、お母さんから養女になるという話しをお断りし続けてきたんですから」
「なるほどね。……いいでしょう。手続きだけはしてあげます。ですが、転入試験があることは、忘れていませんよね?」
「はい。お忘れですか? 一夜漬けの天才なんで、わたしの成績は学年一位です。一八は本当の意味で天才で、体育が四で以外、すべて五の成績ですよ?」
「お姉ちゃん、そんなことまで言わなくても……」
「あははは。心配する必要はなかったんだね」
「はい。それはもう解決していましたから」

 ドヤ顔の千鶴。赤面中の一八。欲しかった情報と、欲しかった約束を手に入れて、二人は静江の私室を後にするのだった。

 千鶴たちはすぐに日登美たちのいる場所へ急いだ。何やら難しそうな顔をしている二人の前にぺたんと座って、まっすぐ見る千鶴と一八。

「お母さん」
「うん?」
「お婆さまから許可をもらいました。わたしと一八は、あの学校を受けることにしたの」
「そう。よかったわね」

 畳の上に膝立ちのまま、千鶴と一八を抱きしめる日登美。そこで隣で斜め上を見ながら、思案している隆二が、はっとしたような表情になる。

「え? ちょっと待って、日登美さん」

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