52 / 56
第一章
第五十二話 二つの話
しおりを挟むヒビキ・エージェンシーは、龍童プロモーションに匹敵する俳優とタレントを抱えた芸能関連の事務所である。
「当時警察には、事故で処理をされてしまったの。確かに、ワイヤー一本で支えられたあの当時の稚拙な設計では、誰もが疑いをかけられるわけではなかったの。でもね、私は時間をかけて、コネクションをフル稼働させて、調べ上げたのね。ワイヤーは千切れたのではなく、切られていた。そこまではわかったの。あとは消去法よ。怪しいのは一人だけだった。でもね、自白させられないかぎり、無理だったのよ……」
「だから、わたしのあの事件は、内密にしたかったんですね?」
「えぇ。これ以上日登美と隆二さんに心配させたくなかったの。ごめんなさいね、独りよがりな方法を選んでしまって」
「ううん。いいの。ありがとう、お婆さま」
一八は頷くしかできなかった。まさか十四年前にそんなことがあったとは思いもしない。
「さて、もうひとつの話しというのは何かな?」
「はい。これはお願いなのですが」
「あぁ、言ってみなさい」
「はい。わたしは来年、この島を出なければいけませんよね?」
「あぁ、八重寺島には高等学校がないからね」
確かに、この八重寺島には幼稚園、小学校、中学校まではあるが、高等学校がない。ここから一番近い運天港から、通える距離にある高校へ行くのが一般的であった。
「はい。それでですね、お婆さまのご友人に、東城市で大学までの一貫校をお持ちの方がいらっしゃるという話しをしてくれたことがありましたよね?」
「あぁ、東比嘉さんのところのかい?」
「はい。その学校です」
「そこに行きたいと?」
「いえ、それだけではなくてですね。わたしは今後、東京へ行く機会が増えると思います」
「そうだね。申し訳ないね、広告塔をさせるようなことを――」
「いえ、そうではないんです。東京へ行くなら那覇にいたほうが便利です。新都心にはお母さんのお店もありますから、不便ということもないかと思います」
「確かに、そうだね」
千鶴は一八を見た。彼はひとつ頷いた。ここでたたみかける、それが本日の目的でもあったのだから。
「そこでお婆さまにお願いがあります」
「あぁ、言ってみなさい」
「今年のうちに、わたしと一八を転校させてほしいんです」
「……一八も、かい?」
「はい。一八は将来、わたしのお婿さんになることが決まりました」
「あらあら」
一八は下を向いてしまった。さすがに静江に聞かれたのは恥ずかしかったのだろう。
「お母さんからもお父さんからも、一八を頼むと言われました」
「そうだったんだね」
「はい。そのために、お母さんから養女になるという話しをお断りし続けてきたんですから」
「なるほどね。……いいでしょう。手続きだけはしてあげます。ですが、転入試験があることは、忘れていませんよね?」
「はい。お忘れですか? 一夜漬けの天才なんで、わたしの成績は学年一位です。一八は本当の意味で天才で、体育が四で以外、すべて五の成績ですよ?」
「お姉ちゃん、そんなことまで言わなくても……」
「あははは。心配する必要はなかったんだね」
「はい。それはもう解決していましたから」
ドヤ顔の千鶴。赤面中の一八。欲しかった情報と、欲しかった約束を手に入れて、二人は静江の私室を後にするのだった。
千鶴たちはすぐに日登美たちのいる場所へ急いだ。何やら難しそうな顔をしている二人の前にぺたんと座って、まっすぐ見る千鶴と一八。
「お母さん」
「うん?」
「お婆さまから許可をもらいました。わたしと一八は、あの学校を受けることにしたの」
「そう。よかったわね」
畳の上に膝立ちのまま、千鶴と一八を抱きしめる日登美。そこで隣で斜め上を見ながら、思案している隆二が、はっとしたような表情になる。
「え? ちょっと待って、日登美さん」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる