47 / 56
第一章
第四十七話 あらら
しおりを挟む吽形が皿にあるソースを舐めとってしまったがために、阿形が試食できなかった。かといって阿形はお腹いっぱい二人分をひとりで食べてしまったので、文句が言えない。
お腹いっぱいで動けない吽形と、ぐぬぬ状態の阿形。やりとりが実に楽しかった。
ドアがノックされる。すると外から隆二の声が聞こえてきた。表には着替え中の札が外してあるからノックしてきたのだろう。もちろん、千鶴の部屋も同じである。
『一八くん、晩ごはんできたからリビングにおいで。千鶴ちゃんもいたら伝えてあげてね』
おそらくは隣からノックして返事がなかったのだろう。
「お姉ちゃん、いこっか?」
「そうね」
「それじゃ、吽形さん、阿形さんもほら、僕行ってくるから」
『あ、あぁ、行っておいで』
『ごちそうさまでした。一八さん』
実に面白いことがわかった。阿形さんまたは吽形さん。または二人ともを通じて、頭の中どうしで千鶴と一八が内緒話ができたということだ。
二階に降りてくると、何やら雰囲気がいつもと違うことに気づいた。テーブルの上に並ぶ料理も、いつもよりいくらか豪華だったりする。考えて見ると、おそらくいや間違いなく千鶴の合格祝いだろう。
一八はいつも千鶴が座っている椅子を引いてあげる。
「やーくん、そこまでしてくれなくても、ね」
千鶴は照れていたが、実のところは違う意味で慣れてしまっていたのだ。
(半分寝てるお姉ちゃんはさ、こうしないと座れないんだよね。だから慣れててつい、やってしまいましたとさ)
一八の向かいには隆二が、千鶴の向かいには日登美が。これがいつもの席順である。
(ハンバーグ、とんかつ、シーザーサラダに、オニオングラタンスープ。全部お姉ちゃんの好物だね)
「それじゃいいかしら? 千鶴、女性なら一度は耳にしたことがある江田島貿易薬品工業のイメージキャラクター、昔で言うならキャンペーンガールだったかしらね? 合格おめでとう」
「おめでとう、千鶴ちゃん」
「お姉ちゃん、おめでとう」
「あ、ありがとう」
「あのね千鶴。私の店もね、エダボウの特約店なのよ。知ってた?」
「……あ、そうだったかも」
「だからね、そのうちあなたのポスターが貼られるの。そしたらね、『この子、私の娘なの』って自慢できるのよね」
「それだったら俺のところだってほら、美容スペースにも貼るでしょ? 同じ同じ」
千鶴のことは、小学校ではそれほど噂にはなっていない。中学校ではもう、噂でいっぱいになっているだろう。町で見かけたら声をかけられるようになるだろう。ただでさえ、千鶴は目立つ見た目をしているのだ。
「ほら、お父さん、お母さん、食べられないじゃない?」
「あら、忘れてたわ。それじゃおめでとう、乾杯」
「おめでとう、いただきます」
「おめでとう、乾杯」
「いただきます――うわ、おいしっ」
千鶴はこう見えて小食ではない。かなり食べるほうだ。沖縄でありがちな普通盛りで超大盛りなチャーハン、ラーメンなどなども、平気でたいらげてしまうほどに。
千鶴は運動全般が得意で、体育祭でもヒロインになれる走力を持っている。父隆二と母日登美の、祖母静江の手伝いをするからと、運動部からの誘いを全て断り、帰宅部となっている。
だが、それは単なる隠れ蓑。実のところ、ガチのオタクでコンテンツの消費に深夜までかかってしまう。だから朝、一八のお世話になってしまっているのだ。
食べ過ぎたなと思ったときは、次の日の朝、こっそり起きて、この島の一周六キロ強を二周くらい走ってくる。それもほぼ全力、中学校記録が出そうな勢いでだ。
(これ、朝走ってこなきゃ、駄目かも……)
明日の朝、走るのが確定になるほど、沢山食べる覚悟をするのだった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
ヒーローよりも少年の方が強すぎる件〜少年は今日も無自覚に無双する〜
夜桜空星
ファンタジー
異世界アルカナム。この世界では職業[ヒーロー]が1番の人気で誰でもが憧れる職業だ。
ヒーローになるには【ヒーローエナジー】が50%セント以上必要だ。誰にでもヒーローエナジーは持っているが極稀(ごくまれ)に持っていない人もいる。
主人公、夜桜カタナ(よざくらかたな)はそのもっていない人だった。
そんな少年はヒーローになれず、最弱と馬鹿にされる。しかし少年は修業をしチート過ぎる最強になる。
ただ少年は自覚(じかく)無し。
そんな少年が世界のピンチを無自(むじかく)に救う物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる