41 / 56
第一章
第四十一話 あれれ?
しおりを挟む一休みしたらレストランで昼食をとると告げて、部屋に戻ってきた。ベッドに身体を投げ出すと、ぼそっと呟いた。
「――ふぅ。ありがとう。楽しかった、かな?」
『第一声がそれですか?』
(だってさ、ヒーローと同じ気持ちになれたんだよ? そりゃ、背中は痛かったけどさ。疲れなんて吹っ飛んじゃったよ。もともと疲れてないけどね)
『確かに、今の一八さんには疲れただなんて、ナンセンスですよね』
(でもさ、なんでお姉ちゃんのほうを僕に行かせたの?)
『確かにワタシでも千鶴さんを守ることはできました。ですが、犯人を取り逃がす可能性もあったのです。あの場で一番の策を考えるのであれば、手分けをしてあたるのがいいかと思いました。もちろん、あの程度であれば、怪我にもならないと信じていましたので』
そのとき、コンコンとドアが叩かれた。一八はドアスコープを覗く。するとそこには、何やら神妙そうな表情の姉、千鶴の姿があった。
鍵を開けて中へ招き入れる。するとすぐに抱きついて、抱え上げて、お姫様抱っこして、ベッドに座ってしまった。一八はいつものように、もがいて抜け出し、隣りに座ることにした。
「――怖かった」
「うんうん」
「お姉ちゃん、人に羨ましいと思われているのは知ってるけど」
自覚はあるんだ、そう一八は思った。一八は目隠れすだれキノコ風ヘアスタイルにしているのは、目立ちたくないからである。
「うん」
「死んでもいいと思えるほど、恨まれたことなんてなかったから」
「うん」
それはそうだ。あれがもし、複数頭に落ちてきたら、首に落ちていたら。怪我ではすまない。明らかにそれ以上を望んでいなければ、あのようなことはできない。
「さっき、高山さんから事情を聞いたらね、理解できなくはないの」
「うん」
「お姉ちゃんはね、別にアイドルさんに、女優さんに、タレントさんになりたいわけじゃないの。お婆ちゃんがそういう仕事を過去にしていたことは知ってるわ。でもそうしたいと思ったことはまだなかったの」
「うん」
「でもね、いずれお姉ちゃんは、お婆ちゃんの後を継いで村長さんになるときがくるのね。それまではね、八重寺島の観光大使をするつもりだった。沢山の人にね、綺麗で楽しい八重寺島へ遊びに来てほしい。それはお婆ちゃんと同じ気持ちなの」
「うん」
「だから、このお誘いを受けたのね。もちろん、お婆ちゃんに相談はしたわ。お婆ちゃんは『ぜひお受けしなさい』と言ってくれるのはわかってた。お姉ちゃんはね、ヒーローになれないからヒロインになりたいという願望はあるの。いつか、子供たちに『ガンバレって言いましょう』と伝えたいなって思っているのね」
ただ好きなだけではなく、そこまで考えていた。千鶴は尊敬できる姉だった。一八は嬉しくなってきた。
『いいお姉さんですね』
(うん)
再びこちらを向いて、千鶴は一八を抱きしめた。襟元、頭、あちこちすんすん、すはーすはーと、大きく深呼吸するかのように匂いを嗅いでいる。
「それでねやーくん」
「うん?」
「さっきのあれ、やーくんでしょ? どうやったのかはまったくわからないけど」
「え゛?」
『どういうことでしょう?』
(いやわからないってばさ)
一八も吽形も、千鶴の言っている意味がちょっとわからない。そもそも、見えているわけではなく、声も替えている。夜の買い物をした際に、ホテルから抜け出るときに確認したように、認識阻害の効果は絶大のはず。
「背中からね守ってくれてね、『動かないで』と『そこの女が犯人です、あとはお好きなように』と言ってくれたわたしのヒーローさんは、やーくんの匂いがしたの」
「え? え?」
「わたしがやーくんの匂いを間違うわけないわ。毎日嗅いでるんだから」
『あれれ? ……まさか、匂いが阻害できていないとは思いませんでした。申しわけありません。ワタシの落ち度でした』
(え? そんなぁ……)
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
アルゴノートのおんがえし
朝食ダンゴ
ファンタジー
『完結済!』【続編製作中!】
『アルゴノート』
そう呼ばれる者達が台頭し始めたのは、半世紀以上前のことである。
元来アルゴノートとは、自然や古代遺跡、ダンジョンと呼ばれる迷宮で採集や狩猟を行う者達の総称である。
彼らを侵略戦争の尖兵として登用したロードルシアは、その勢力を急速に拡大。
二度に渡る大侵略を経て、ロードルシアは大陸に覇を唱える一大帝国となった。
かつて英雄として名を馳せたアルゴノート。その名が持つ価値は、いつしか劣化の一途辿ることになる。
時は、記念すべき帝国歴五十年の佳節。
アルゴノートは、今や荒くれ者の代名詞と成り下がっていた。
『アルゴノート』の少年セスは、ひょんなことから貴族令嬢シルキィの護衛任務を引き受けることに。
典型的な貴族の例に漏れず大のアルゴノート嫌いであるシルキィはセスを邪険に扱うが、そんな彼女をセスは命懸けで守る決意をする。
シルキィのメイド、ティアを伴い帝都を目指す一行は、その道中で国家を巻き込んだ陰謀に巻き込まれてしまう。
セスとシルキィに秘められた過去。
歴史の闇に葬られた亡国の怨恨。
容赦なく襲いかかる戦火。
ーー苦難に立ち向かえ。生きることは、戦いだ。
それぞれの運命が絡み合う本格派ファンタジー開幕。
苦難のなかには生きる人にこそ読んで頂きたい一作。
○表紙イラスト:119 様
※本作は他サイトにも投稿しております。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる