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第一章
第二十六話 待ち人はこの人
しおりを挟む吽形たちは、千年前に八重寺島へ来ている。だから知っていて当たり前なのだろう。
すると『ヴー』とスマホが振動する。そこにはメッセージがあった。千鶴からである、
『やーくん、いきましょ』
「はい。『わかりました』、えっと送信ボタンっと」
『なるほど、これが文字通信なのですね?』
「そうですね」
(じゃなくてこっちでした)
『小声でもわかりますので、ご無理をなさらずに』
(でも、独り言になっちゃうんですよね……)
部屋のドアを開けると、そこにはすでに千鶴が待っていた。一八の手を引いてエレベーターの上ボタンを押す。最上階、二十五階のボタンを押した。音も少なく到着する。
一八たちの部屋がある十七階は十部屋以上あるが、ここは四部屋しかないようだ。そのうちの一号室。一八がノックをしようとしたら、千鶴が止めた。
千鶴は肩をすくめるようにして、呆れたような表情をする。まるで『ほらね』と言わんばかり。なぜなら一八が手を止め、代わりに彼女がドアノブに手を伸ばしたその瞬間、ドアが開いたからである。
「お待ちしておりました。千鶴お嬢様」
ドアを開けてもらったのに、声の持ち主である男性執事は、待ち人のいる奥にいるという不思議現象。どうやってこの短い時間であの場所まで移動したのだろうか?
(考えたら負けよ……)
千鶴は何か言いたげな表情。一八もこみ上げてくる笑いを我慢している。もちろん、待ち人である女性も同じような表情をしていた。
年の頃は還暦過ぎあたりだろうか? 柔らかな笑み、千鶴と同じ漆黒の髪。どことなく一八の母日登美に似ている。それはそうだろう。彼女は八重寺静江。八重寺島村の村長であり、一八たちの祖母。後ろに控えているのは、執事で一八たちの祖父の喜八。二人とも古風な名前である。
「よく来てくれたわ。千鶴ちゃん、一八ちゃんも」
「ごきげんよう、お婆さま」
「いいのよ。素の状態で」
「……いえ、その、うん。こんばんは、お婆ちゃん」
「えぇ。元気にしていたかしら?」
「この間会ったばかりだと思うんだけど……?」
ツッコミ対ツッコミ、なかなか終わらない問答が面白かった。
「お姉ちゃんは置いといて、変わらないねお婆ちゃん」
「そうですね。静江さんですから」
一八と喜八は少し避けたあたりで笑い合っていた。このあと、ルームサービスで近場から出前を取ってもらい、四人で夕食を済ませることとなった。
このように、祖母の静江と祖父の喜八が先に来ていたから、日登美も隆二も千鶴と一八の二人だけを安心して送り出せた理由だったのである。
←↙↓↘→
スマホで検索すると、この近くに二十四時間営業のスーパーがあった。こっそり抜け出して冷凍の海老を買ってきた。冷凍庫に半分を入れて残りの半分を買ってきた耐熱ボールにあけて備え付けの電子レンジへ。薄く窓を開けて換気を忘れない。こうしないと、エビの匂いが充満してしまうからである。
目の前にあるテーブルの上にぺたんと座った、吽形像そっくりの姿になった吽形。
『すみません。いただきます』
(どうぞどうぞ)
美味しそうにエビを頬張る吽形。きっと八重寺島でも阿形が海老を食べていたことだろう。
(吽形さん)
『なんでしょう?』
(魚と海老以外は何を食べていたんですか?)
『そうですね。昔は、お供えとして置いてもらっていた野菜や米なんかも食べていました。そのままだったのであまり美味しいとは思えませんでしたけど』
(さっき僕たちが食べていたごはんみたいなものはどうでしょう?)
『食べたことがないのでなんとも言えません。この姿では難しいかもしれませんね』
(そうですか、今後は色々と考えていきましょうね)
『そうですね、お気遣いありがとうございます。一八さん』
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