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第零章
第五話 プロローグ? そのさん
しおりを挟む「それじゃ、いってくるわ。あなた、留守をお願いね」
日登美は隆二に抱きついて、軽い口づけをする。そんな二人を見て、恥ずかしいとは思わず、微笑ましく感じる一八。アメリカのドラマにありがちな光景だが、一八たちが小さなころから、子供たちの目を気にせずスキンシップをはかる二人だったからか、いつの日にか慣れてしまったのだろう。
「いってきます、父さん」
「あぁ、行っておいで。千鶴ちゃん、一八くんをお願いね」
「任されました。それでは、お父さんもお元気で」
やっと目覚めた千鶴は、ちょっとばかりよそ行きで、ツンデレの入った話し方。それでも嫌みは全くない。性格的に彼女はある意味、天然の部類なのであるから。
「お元気でって、また週末に戻ってくるのに」
船着き場まで歩いて五分ほど。一八たちの店舗兼住居は町の入り口にある。ここから沖縄本島の船の玄関口のひとつである運天港へ高速船で九十分ほど。
「――もしかしてあの子」
「そうね、きっと――あ、はい。すみません。わかりました、気をつけます。いえ、ご丁寧にありがとうございます……」
(あれ? やーくんがいない。……あそっか。いつもありがとう)
千鶴とすれ違った観光客と思われる若い女性二人が、こちらを見て指を差してはしゃいでいた。すると彼女らのそばに、船舶会社の女性警備員らしき人が近づいて説明をしている。結果、彼女らは笑顔で手を振るだけに留めてくれた。千鶴も笑顔で手を振り、応えてあげている。
「さすが全国区という感じかしらね? 千鶴」
「広報担当ですもの。これくらいはお給料いただいてますからね」
家にいるときよりも、千鶴の言葉使いが丁寧である。彼女の言うところの『広報担当』という意味が、船着き場の壁面にあるLEDモニタに大きく映し出されていた。
『――の唇はあなたのもの』
千鶴の声が流れ、白いサマードレスを身に纏った彼女のアップのあと、唇にズームされ、最後に手のひらに乗せられた商品である化粧品が映し出されていた。
CMの映像が映し出されると、この場にCMタレント兼モデルの『八重寺千鶴』本人がいることに周りの人もすぐに気づく。なにせ彼女は、変装しようという気がこれっぽっちもないからである。
サングラスも帽子も被らない。その代わりに、大きめな男性用の雨傘。その下には、映像と同じ漆黒の髪、同じ髪型、同じ笑顔の千鶴がいるのだから、すぐにバレてしまうことだろう。
(あ、やーくんの手。戻ってきてくれた。気づかれないようにしないとだね。笑顔笑顔)
遠くから写真を撮ったり、手を振ったりするのは基本的に問題はない。それ自体に気づいた場合、時間の許す限り千鶴は笑顔で手を振って応えているからだ。その代わり、テレビを通じて、雑誌の取材を通じて、彼女は同じことを公言している。
千鶴は、雑誌の専属モデルでありCMタレントでもあるが、八重寺島の観光大使であり村役場の広報担当でもある。だからあえて本名で活動し、八重寺島をよく知ってもらうために、モデルやタレントなどを業として続けている。だから、雑誌のモデルへお誘いを受けた際、断ることは考えなかった。
(やーくんがいてくれるから、わたしはなんでもできる)
前述の通り、千鶴はモデルであると同時に村役場の公人でもある。そのため八重寺島にいる間は、過度の接触などの業務妨害があった場合、村条例の迷惑防止条例違反によって逮捕されることもあり得る。だから気をつけてほしいと、メッセージすることが何度もあった。
(そりゃ嫌なこともあるけど、それくらいは我慢できちゃうくらい)
一緒に船へ乗り込もうとしている日登美も、一八も、帽子を被ってサングラスをかけている。沖縄では日差しが強いということと、土地柄ということもあり、一般の人でもサングラスをかけていても違和感がないのである。その上、千鶴が素の状態でいるものだから、余計に二人は目立たないでいられる。それは家族のための配慮でもあったわけだ。
(小さいときからずっと一緒だから、もちろんこれからも)
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