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序章
第二話 ヒーロー登場? そのに
しおりを挟む下着泥棒の背後から、中性的なエフェクトのかかった声をかけられる。泥棒は振り向くことをせずに、立ち上がって走り始めた。
(あれれ?)
泥棒が逃げた方向は、ビルの部屋が並ぶ方角。ただここは二十階建て高層マンションの屋上であり、地上などではない。なのに泥棒は躊躇いもなく飛び降りる。
(なんとまぁ、刹那的な……。まさかとは思いますけど、とりあえず追いましょうか?)
『そうしましょう』
頭の中に直接はなしかけてくる、女性の声に驚きはしない。
追いかけてマンションの端で姿を探す。するとなんと、泥棒は隣の建物の屋上へ飛び込んでいたではないか? 少なくとも隣の屋上は建物一階分よりも低い位置にあり、幅も五メートル以上離れている。それを躊躇せずに飛ぶとは普通は思えない。
(なるほどね。姉さんのくれた情報そのままなんだ?)
『ほほぅ。あれが「パルクール」とか言う競技なんだな?』
今度は頭の中に直接男性の声が語りかけてくる。
(そうですね。あの場合は競技と言うより、逃げてるだけだと思います。僕も動画で見ただけでよくはわからないんですけどね)
『一八さん離陸します、ご注意を』
(はい。お願いします)
一八と呼ばれた彼には、肩甲骨から伸びた何かがある。シルエットになっていてよく見えはしないが、近寄ったらそれが吸盤のあるタコの足そっくりだとわかるだろう。
その触手は先に向かって徐々に太くなり、一番太い場所は太股よりもありそうだ。それが二メートル近く伸びており、一番細いところは手首くらいの細さになり、その先には大きな五本指の手、触手手が存在する。
白ければ天使の翼に形は似てはいる、だがどちらかと言えば何かの触手にも見えるその太い何かの先から何かが噴出した。かと思うと、軽々と夜空を舞い上がっていった。
(あいつも空飛んで追いかけてくるだなんて、思ってないだろうねーっ)
『この世界の人間ほぼ、自力で空を飛んだりはしないからな』
隣のビルの屋上に飛び降りた下着泥棒は、元いたマンションのほうを向いた。
「やれやれ。警備員でもいたのか――うげっ!」
【だから帰さないと言ったではありませんか?】
また泥棒の背後から声が聞こえた。おそるおそる振り向くと、そこには首から上が何かの目出し帽にも似た何かを被っており、首から下は黒い作業着にも似ている。だが腕は四本あるように見える。この世のモノとは思えない姿が目に入ったのである。
「ばばばばば」
【ん?】
「化け物がっ!」
【それは心外だな。これでも一応、正義の味方なんだけど】
(吽形さん捕縛を、阿形さんは例の術をお願いします)
『任せてください』
『応よ』
吽形さんと呼ばれた右の背中から伸びた触手が、泥棒の胴を絡めて固定する。
阿形さんと呼ばれた左の背中から伸びた触手の先から、泥棒の顔めがけて触手手が掴みかかる。それはまるで、プロレスのアイアンクローにも似た動き。手からは怪しい漆黒の靄がにじみ出てきて、男の顔にまとわりついているではないか?
一八はいくら相手が犯罪者であっても、力の差のある者に対して暴力で解決しようとは思っていない。だから以前、阿形さんがこの術がを持っていることを教えてもらってからは、この『恐れの術』を使うことにしていた。
『成敗』
(しちゃだめですって)
『あなた』
『お、おう……』
ちなみにこの『恐れの術』は、術にかかった対象が思う『今この時点でこの世で一番怖いと思われるものが目の前に現れる』という、相手に恐怖を与えて戦意を喪失させて撤退させる術なのである。
「うわっ、や、やめてくれっ。その可愛らしい下着を、オイルまみれなテカテカマッチョなオヤジが穿かないでくれーっ!」
(……何が見えているんだろうね?)
『さぁ、オレにはさっぱりわからんが?』
『ワタシにもわかりかねますね』
(あ、気絶しちゃったっぽい。ま、いいでしょ。このまま『プレゼント』しちゃいましょっか?)
一度下着泥棒をうつ伏せにして、後ろ手にすると百円均一で買ったタイラップで固定。両足も一緒に固定すると、それはまるでエビのような情けない姿になってしまっていた。
(じゃ、阿形さん、吽形さん、行きましょ)
『おう』
『そうですね、一八さん』
こうして正義の味方は、下着泥棒を抱えて、夏の夜空へ飛び立っていく。
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