30 / 34
終章 附属高校への内部進学
第1話 入学式。
しおりを挟む
東比嘉大学附属高校。杏奈や勇次郎、文庫もそうだが、九割九分は内部進学の生徒。だが一部の成績特待生と運動特待生が入学してくることもあり、始業式ではなく入学式という体裁をとっている。
四月六日、附属高校の入学式を迎える朝。杏奈は理事長代理ということもあり、朝食が終わると早々に登校ならぬ出勤となったわけだ。
「勇くんごめんなさい。一緒に行けないなんて、運命のいたずらとしか思えな――」
「杏奈お嬢様、そろそろ出発しないと会議に間に合わなくなりますが……」
杏奈は一度降りて、勇次郎をぎゅっと胸に抱く。髪に顔を埋めて、すんすんと匂いを堪能。
「――ふぁ。お姉ちゃん、休もうかしら」
「杏奈お嬢様、どうかご勘弁を」
「わかってるわよ。ごめんなさいね、勇くん」
「大丈夫だから。いってらっしゃい、お姉ちゃん」
泣く泣く出勤していく杏奈。彼女を生暖かく見送る、勇次郎と麻乃。
「……日に日に、酷くなってない?」
「元々あのような方でございますよ。ある意味杏奈お嬢様も『猫』ならぬ『狼』を被っておいでですので」
「狼?」
麻乃の『狼被り』という意味は、後に理解することとなるのだった。
▼
「勇ちゃん。ご準備はよろしいでしょうか?」
「制服はもう着たけど」
「では失礼いたしま――な、なんということでしょう……」
「どうかしたの?」
麻乃は両手で口元を覆うようにして眉をハの字にし、少々悲しそうな表情をしていた。
「勇ちゃん、もう片方の制服は、着ていただけないのですね?」
「いや、普通に無理だから。あれ、女子用でしょうに」
「きっと勇ちゃんならお似合いになるかと、ご用意させていただきましたのに……」
「あのねぇ、……って、あ」
「どうかされましたか?」
「麻乃お姉さんって、本当に附属高校の生徒だったんだなーって」
麻乃は、つい先ほどまで着用していたいつものメイド服ではなかった。落ち着いた赤煉瓦色、膝頭が隠れる長さのスカート。桜色地に赤煉瓦色のワンポイントの入ったブレザー。白いブラウスに、襟元にある緑色のリボン。
勇次郎の上下も、同じ色合いだが、ネクタイは青い。麻乃の話では、一年は青、二年は緑、三年は朱色。附属中学も同じだったのでわかりやすい。
「そんな……、私が嘘を言うわけ、ないではありませんか」
確かに、普段つけているヘッドドレスではなく、ヘアピンで押さえているのがよく見える。
「昨日まで見たことがなかったから、あ、でも、付属のときになんで気づかなかったんだろう?」
「それはおそらくですが、杏奈お嬢様と鈴子様だけしか見ていなかったからかと」
「いやそんなことは、……ないと思うけど」
『シスコン……』
麻乃はぼそっと呟いた。
「え? 麻乃お姉さん、何か言った?」
「いえ、気のせいかと思われますが、ほら、急がないと間に合わなくなってしまいます。髪を私が担当いたしますので、そこへ座ってくださいまし」
「……誤魔化されたような気がするんだけど」
▼
「僕さ、附属中学では歩いて通ってたんだけど。駄目なの?」
「先日のエンダーで起きた珍事をお忘れですか?」
勇次郎は忘れない。確かにあのときは焦った。生まれて初めて色紙にサインをすることになるとは、思っていなかったからだ。
「テラチューブでの動画が、現在、五百万再生を超えているのをお忘れですか?」
あれも困った。誕生日の段階でそこまでとは思わなかったが、気がついたら炎上と違った意味で、萌えあがっていたからだ。
「……ごめんなさい。軽く考えてしまいました」
「ご理解いただけたのならいいのです。……そうですね、中学のころはおそらくですが、鈴子ちゃんが何らかの策を講じていたのだと思われます。ですが今は、ご一緒に登校できませんから」
「まじですか」
「はい。まじでございます。鈴子ちゃんの力を軽んじてはいけません」
「わかるような気がする……」
「きっとその恐ろしさを、入学式に実感できると思いますよ」
「……何があるんだろう?」
職員専用入り口から大学敷地内に入るとき、IDカードのチェックがある。そこから大学校舎裏手に行く際、警備の人から止められてIDカードをチェックを求められる。景子はお屋敷へ来る前には、東比嘉警備保障の警備部にいた。だが、全員が顔を知っているわけではないことから、顔パスにはならないようだ。
大学関係者では、顔を知らない人はいないと思われる宗右衛門ですら、形式上、IDカードのチェックを行っている。ここまでしっかりとチェックしても、徒歩で侵入されたらわからないことがある。だからこうして、警備員が巡回しているのだろう。
「帰りは連絡させていただきますね、山城先輩」
「そろそろ名前で呼んでくれてもいいではありませんか?」
「そうですか? 私には昔から先輩なので、景子さんと呼ぶのに慣れるのは、どれくらいかかることやら……」
「麻乃さんにお任せします」
「いってきます、景子さん」
「はい。いってらっしゃいませ、勇次郎様」
『僕もその「様」っていうの、なんとかしてほしいんだけどね』
勇次郎はぼそっと呟くのだった。
大学校内に入ると、突き当たりで麻乃が立ち止まる。
「勇、次郎様」
「はい?」
「私は寄るところがございますので、ここでお別れとなります。何かご用の際は、直接連絡いただければ、なんとかいたしますので」
「いや、そんなこと、……ないと思うけど。うん、帰りは連絡するからね」
「はい、いってらっしゃいませ――あ、このスカートは少々短いもので、勇ちゃんの好きな『あれ』は無理でございますので」
「わかってるってば。それじゃね」
『うふふ。可愛らしいです』
この校舎には大学、付属中学、付属高校の職員室などがあり、生徒がここにいてもおかしくはない。おかげで、勇次郎がここから出ても、怪しまれないと説明されている。
付属高校からは、学校内だけで利用できる携帯端末を支給されるようになる。ただそれは、カリキュラムの確認や、緊急連絡などに利用できるだけ。学校敷地外に出ると通信ができない仕様になっている。基本的なOSはスマホと変わらないが、ビームや他のSNSなどをインストールできるわけではない。
スマホの持ち込みは可能だが、授業中は基本、マナーモード。授業中に使用がバレると一時的に没収。一度目、二度目は反省文提出。三度目からは反省文提出に加え、トイレ掃除というコンボが待っている、らしい。
『ぽん』
思った以上に可愛らしい通知音が鳴る。鞄から学校用端末を取り出すと、メインメニューからメール受信画面へ。そこには大学の総務部からメールが届いていた。
(えっと、『クラス分けについて』? あぁそっか。教室も附属中学とは違うもんね。なになに? 『お世話になります、東比嘉大学総務部です。浜比嘉勇次郎様、ご入学おめでとうございます。あなたの教室は一年三組です。お間違えのないようにお願いします』だって。あ、もしかしたら、五十音順? 浜比嘉になってるからそうかもしれないね)
メインメニューからマップを選択。附属高校一年三組を検索すると、ナビが起動する。
(便利だねー。これ、附属中学にもあればよかったけど、年齢に応じてなんだろうね)
勇次郎は内心そう思いながら、ナビの通りに進んでいくと、思ったよりもあっさり附属高校校舎へ到着。駐車場から徒歩十分ほどだった。そこで改めて、この敷地の広さに驚く勇次郎。
「先生」
背後から声を掛けられる、覚えのある声。勇次郎は回れ右をしてその声に応える。
「あ、おはよう文ちゃん。何組だった?」
「うん、俺は三組」
「僕も三組」
「おぉ、十年目だね。こうなるともう、運命的な腐れ縁だよな」
「確かに、……あーでも、やっぱりね。多分あっちと同じで、五十音順かもなって思ってたんだ」
勇次郎と文庫は、附属小学校の一年から同じクラスだった。附属小学校の一年と附属中学校の一年は基本、五十音順でクラスを決定しているようだ。あとは、偶然だったのかもしれないが。
「なるほどね。運命じゃなく仕様ってやつかー、……そういや、一年って何階だろう?」
「えっとね」
附属高校の情報を検索すると、建物案内も出てくる。
「なになに? えっと、あ、まじか」
「どうした?」
「四階だって、ここ、四階建てじゃない?」
「あー、ってことは」
「うん。多分、エレベーターがない……」
沖縄あるあるな話で、四階建てまでの場合、エレベーターがないところが多い。病院や、ショッピングセンターなどは別だが、誰もが知っていることだったりするのだ。
文庫も同じ端末を操作する。附属高校の建物案内のどこを探しても、エレベーターがない。一年から三年の九クラス。一階が教科専門の教室で、二階が三年。三階が二年で、四階が一年。この程度の部屋数だと、余計なエレベーターなどは設計に入れなかったのかもしれない。
四月六日、附属高校の入学式を迎える朝。杏奈は理事長代理ということもあり、朝食が終わると早々に登校ならぬ出勤となったわけだ。
「勇くんごめんなさい。一緒に行けないなんて、運命のいたずらとしか思えな――」
「杏奈お嬢様、そろそろ出発しないと会議に間に合わなくなりますが……」
杏奈は一度降りて、勇次郎をぎゅっと胸に抱く。髪に顔を埋めて、すんすんと匂いを堪能。
「――ふぁ。お姉ちゃん、休もうかしら」
「杏奈お嬢様、どうかご勘弁を」
「わかってるわよ。ごめんなさいね、勇くん」
「大丈夫だから。いってらっしゃい、お姉ちゃん」
泣く泣く出勤していく杏奈。彼女を生暖かく見送る、勇次郎と麻乃。
「……日に日に、酷くなってない?」
「元々あのような方でございますよ。ある意味杏奈お嬢様も『猫』ならぬ『狼』を被っておいでですので」
「狼?」
麻乃の『狼被り』という意味は、後に理解することとなるのだった。
▼
「勇ちゃん。ご準備はよろしいでしょうか?」
「制服はもう着たけど」
「では失礼いたしま――な、なんということでしょう……」
「どうかしたの?」
麻乃は両手で口元を覆うようにして眉をハの字にし、少々悲しそうな表情をしていた。
「勇ちゃん、もう片方の制服は、着ていただけないのですね?」
「いや、普通に無理だから。あれ、女子用でしょうに」
「きっと勇ちゃんならお似合いになるかと、ご用意させていただきましたのに……」
「あのねぇ、……って、あ」
「どうかされましたか?」
「麻乃お姉さんって、本当に附属高校の生徒だったんだなーって」
麻乃は、つい先ほどまで着用していたいつものメイド服ではなかった。落ち着いた赤煉瓦色、膝頭が隠れる長さのスカート。桜色地に赤煉瓦色のワンポイントの入ったブレザー。白いブラウスに、襟元にある緑色のリボン。
勇次郎の上下も、同じ色合いだが、ネクタイは青い。麻乃の話では、一年は青、二年は緑、三年は朱色。附属中学も同じだったのでわかりやすい。
「そんな……、私が嘘を言うわけ、ないではありませんか」
確かに、普段つけているヘッドドレスではなく、ヘアピンで押さえているのがよく見える。
「昨日まで見たことがなかったから、あ、でも、付属のときになんで気づかなかったんだろう?」
「それはおそらくですが、杏奈お嬢様と鈴子様だけしか見ていなかったからかと」
「いやそんなことは、……ないと思うけど」
『シスコン……』
麻乃はぼそっと呟いた。
「え? 麻乃お姉さん、何か言った?」
「いえ、気のせいかと思われますが、ほら、急がないと間に合わなくなってしまいます。髪を私が担当いたしますので、そこへ座ってくださいまし」
「……誤魔化されたような気がするんだけど」
▼
「僕さ、附属中学では歩いて通ってたんだけど。駄目なの?」
「先日のエンダーで起きた珍事をお忘れですか?」
勇次郎は忘れない。確かにあのときは焦った。生まれて初めて色紙にサインをすることになるとは、思っていなかったからだ。
「テラチューブでの動画が、現在、五百万再生を超えているのをお忘れですか?」
あれも困った。誕生日の段階でそこまでとは思わなかったが、気がついたら炎上と違った意味で、萌えあがっていたからだ。
「……ごめんなさい。軽く考えてしまいました」
「ご理解いただけたのならいいのです。……そうですね、中学のころはおそらくですが、鈴子ちゃんが何らかの策を講じていたのだと思われます。ですが今は、ご一緒に登校できませんから」
「まじですか」
「はい。まじでございます。鈴子ちゃんの力を軽んじてはいけません」
「わかるような気がする……」
「きっとその恐ろしさを、入学式に実感できると思いますよ」
「……何があるんだろう?」
職員専用入り口から大学敷地内に入るとき、IDカードのチェックがある。そこから大学校舎裏手に行く際、警備の人から止められてIDカードをチェックを求められる。景子はお屋敷へ来る前には、東比嘉警備保障の警備部にいた。だが、全員が顔を知っているわけではないことから、顔パスにはならないようだ。
大学関係者では、顔を知らない人はいないと思われる宗右衛門ですら、形式上、IDカードのチェックを行っている。ここまでしっかりとチェックしても、徒歩で侵入されたらわからないことがある。だからこうして、警備員が巡回しているのだろう。
「帰りは連絡させていただきますね、山城先輩」
「そろそろ名前で呼んでくれてもいいではありませんか?」
「そうですか? 私には昔から先輩なので、景子さんと呼ぶのに慣れるのは、どれくらいかかることやら……」
「麻乃さんにお任せします」
「いってきます、景子さん」
「はい。いってらっしゃいませ、勇次郎様」
『僕もその「様」っていうの、なんとかしてほしいんだけどね』
勇次郎はぼそっと呟くのだった。
大学校内に入ると、突き当たりで麻乃が立ち止まる。
「勇、次郎様」
「はい?」
「私は寄るところがございますので、ここでお別れとなります。何かご用の際は、直接連絡いただければ、なんとかいたしますので」
「いや、そんなこと、……ないと思うけど。うん、帰りは連絡するからね」
「はい、いってらっしゃいませ――あ、このスカートは少々短いもので、勇ちゃんの好きな『あれ』は無理でございますので」
「わかってるってば。それじゃね」
『うふふ。可愛らしいです』
この校舎には大学、付属中学、付属高校の職員室などがあり、生徒がここにいてもおかしくはない。おかげで、勇次郎がここから出ても、怪しまれないと説明されている。
付属高校からは、学校内だけで利用できる携帯端末を支給されるようになる。ただそれは、カリキュラムの確認や、緊急連絡などに利用できるだけ。学校敷地外に出ると通信ができない仕様になっている。基本的なOSはスマホと変わらないが、ビームや他のSNSなどをインストールできるわけではない。
スマホの持ち込みは可能だが、授業中は基本、マナーモード。授業中に使用がバレると一時的に没収。一度目、二度目は反省文提出。三度目からは反省文提出に加え、トイレ掃除というコンボが待っている、らしい。
『ぽん』
思った以上に可愛らしい通知音が鳴る。鞄から学校用端末を取り出すと、メインメニューからメール受信画面へ。そこには大学の総務部からメールが届いていた。
(えっと、『クラス分けについて』? あぁそっか。教室も附属中学とは違うもんね。なになに? 『お世話になります、東比嘉大学総務部です。浜比嘉勇次郎様、ご入学おめでとうございます。あなたの教室は一年三組です。お間違えのないようにお願いします』だって。あ、もしかしたら、五十音順? 浜比嘉になってるからそうかもしれないね)
メインメニューからマップを選択。附属高校一年三組を検索すると、ナビが起動する。
(便利だねー。これ、附属中学にもあればよかったけど、年齢に応じてなんだろうね)
勇次郎は内心そう思いながら、ナビの通りに進んでいくと、思ったよりもあっさり附属高校校舎へ到着。駐車場から徒歩十分ほどだった。そこで改めて、この敷地の広さに驚く勇次郎。
「先生」
背後から声を掛けられる、覚えのある声。勇次郎は回れ右をしてその声に応える。
「あ、おはよう文ちゃん。何組だった?」
「うん、俺は三組」
「僕も三組」
「おぉ、十年目だね。こうなるともう、運命的な腐れ縁だよな」
「確かに、……あーでも、やっぱりね。多分あっちと同じで、五十音順かもなって思ってたんだ」
勇次郎と文庫は、附属小学校の一年から同じクラスだった。附属小学校の一年と附属中学校の一年は基本、五十音順でクラスを決定しているようだ。あとは、偶然だったのかもしれないが。
「なるほどね。運命じゃなく仕様ってやつかー、……そういや、一年って何階だろう?」
「えっとね」
附属高校の情報を検索すると、建物案内も出てくる。
「なになに? えっと、あ、まじか」
「どうした?」
「四階だって、ここ、四階建てじゃない?」
「あー、ってことは」
「うん。多分、エレベーターがない……」
沖縄あるあるな話で、四階建てまでの場合、エレベーターがないところが多い。病院や、ショッピングセンターなどは別だが、誰もが知っていることだったりするのだ。
文庫も同じ端末を操作する。附属高校の建物案内のどこを探しても、エレベーターがない。一年から三年の九クラス。一階が教科専門の教室で、二階が三年。三階が二年で、四階が一年。この程度の部屋数だと、余計なエレベーターなどは設計に入れなかったのかもしれない。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる