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第一章 わたしもね、弟が欲しかったの

第7話 杏奈とアニメと勇きゅんと。

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 実は杏奈は、小さいころから『魔法少女』もののアニメ作品が好きだった。

 小さなころは、週末の朝の時間帯に放映されていた『日アサ』と呼ばれる作品を。最近には、深夜帯に流されていたものまで録画をして、幅広く見るようなっていた。

 生まれたころから一緒にいる幼馴染みの麻乃も、杏奈の趣味を全て把握できているわけではない。近しい麻乃にすらバレていないこの状況、杏奈はいわゆる『隠れオタ』とも言えるのだろう。

 とくに杏奈が大好きだった、かなり長い間連作になっていた作品あった。杏奈が附属中学一年のとき、その作品は劇場版にまでなっており、どうしても見たいと思っていた。けれど、沖縄こちらの映画館では放映していないことがわかってしまう。

 一年ほど待って、円盤ブルーレイディスクが出てガッツポーズ。だが、麻乃にバレてしまうと何を言われ、からかわれてしまうかわからない。かといって、匿名で、商品名を伏せてもらうとしても、危険物などが送られていないかなど、軽い検閲のあるこの家では無理なことだった。

 そんなとき杏奈は、一学年年上で当時生徒会長だった鈴子の、ある噂を聞くことになる。自身も副会長だったこともあり、恥を忍んで鈴子に相談した。すると、次の日に円盤を持ってきてくれた鈴子の姿があった。生徒会長室を会議中として立ち入りを禁じ、上映会をしてくれた。杏奈の目には、彼女の背後に後光が差したように思えただろう。

 杏奈はその魔法少女が主題になったアニメ作品が好きだった。それ以上に、オープニングやエンディングに起用された歌も曲も、歌っているアーティストも大好きだった。どれほど好きだったかというと、ダウンロードした曲をスマホのメモリに入れてあり、移動中の僅かな時間にもこっそり聴いていたほどだ。

 歌っていたアーティストが、その年末の紅白に出たほどの有名な曲で、何度聴いたかわからない。あの印象的な、前奏イントロは、忘れるはずがないまでに。

 勇次郎が三連覇した、正式名称『東比嘉大学女装コンテスト』。水着審査があるわけではないが、決勝戦にだけ、一人当たり3分程度のアピールタイムがある。ただ一言自己紹介するものもいれば、空手の型を披露するものなど、多様なものだった。

 勇次郎が初優勝した年は、自己紹介だけで、時間を余らせてしまったが、それでは二連覇が難しいと鈴子は考えた。そこで色々悪巧みを考えた結果、昨年のアピールタイムのときステージが暗転の演出。

 そこで流れた、忘れもしない曲のイントロ。副会長だった杏奈も、裏方として参加していたから耳に入ったはずだ。杏奈はゾワっと身震いした。そのときなぜか、舞台裾から見ても良いからと鈴子に背中を押される。

 声変わりしてもなお、無理なく低音から高音へ伸びる勇次郎の中性的な歌声。恥ずかしさが表情に現れてはいたが、キレッキレの振り付けを見せる。

 間奏のときに、演奏が最弱になり、勇次郎の声だけが響いている。声の質は似ているわけではないが、歌詞の言い回しやビブラート、息づかいまでそっくりに思えるほど。それは、杏奈は自分が涙を流していたことに、気づかないほどだった。

 あれがあったから、三連覇という勇次郎も困るような、不動の地位を手に入れたようなものだった。ちなみに、その年、不公平だとクレームが実行委員会へ届いた。そのため、今年はアピールタイムが一分に変更。

 誰もが残念思ったが、勇次郎だけ『助かった』と思いながら、簡単な挨拶だけで済まそうとした瞬間。なぜか沸き起こった、『勇きゅん』コールとともに、『歌ってほしい』などの声。止まずに続く状況から、実行委員会から苦渋の判断が降り、結局今年も歌う羽目になったは仕方ないこと。

 とあるアニメの劇場版がきっかけで、徐々に仲良くなっていった先輩であり先代生徒会長の鈴子と、後輩であり次代生徒会長の杏奈。まさか鈴子が、勇次郎の女装コンテスト出場に一枚噛んでいたとは、杏奈は知らなかった。

 杏奈も魔法少女ものが好きだったというネタから、勇次郎二連覇のときに、思いついたネタが自分のことが絡んでいたとは思わなかっただろう。実行委員に常にいる鈴子が、何らかの影響力を持っており、盛り上げるためなら何でもやるという、彼女らしい画策がさらていたのは、誰が知っていただろうか?

 ▼

 音漏れがしないヘッドセットをつけて、あのとき『勇次郎が歌った』動画を一曲分だけ見終わる。

「――ほふぅ」

 全ての面談が終わり、少し遅めの夕食を取って、宗右衛門の淹れてくれた渋めのお茶を飲んで人心地がついたところ。

 追いかけるようにスマホの通知が鳴り、そこにあったメールを見て、慌ててウェブサイトへアクセスして、そこにあったものをじっくり読んで、杏奈は頰に熱を感じながらもため息をひとつ。

 余韻に浸りつつ、サイトの機能を使って、何やら入力を始めた杏奈。

「『ユウバルクイナ先生、今回のお話もほっこりさせていただきました。次の更新、楽しみにしています。 ビイナより』、……送信っと」

 『ビイナ』とは、杏奈が匿名のハンドルネームとして使っている。沖縄の方言で、『王女』や『姫』を差す『うみないび』という言葉を、逆さから読んだときに、語感が良い感じとなる三文字を気に入って使っている。

 ちなみに、杏奈がアクセスしていたサイトは、ネット小説コミュニティサイトの『文読村フミヨムラ』。無料登録会員制で、セキュリティも高く、安心して利用できるサイトとなっている。

 杏奈は、世間一般的なソーシャルネットワーキングサービスでアカウントを持っていない。匿名性の強すぎる場で、書き込みを行うのは、父や祖父に迷惑をかけてしまうと思っているから。

 そもそも、ひとりひとつはスマホを持っていると言われている今の時代でも、つい先日まで附属中学の生徒だった杏奈は、自分でもまだ持つには早いのではと思っていたくらいだった。だが杏奈は、このサイトは安心して使うことができている。なぜかというと実は、杏奈の祖父、龍馬が運営会社へ個人的に出資していると知ったからだった。

 若いころからサブカルが好きな龍馬は、知り合いを通じて運営会社のある出版社を紹介される。学校を運営する彼は、『若い人たちの夢を壊さないと誓うなら』という約束をさせて、出資することにしたらしい。ちなみに勇次郎達がよく使っているビームも、実は龍馬が一枚噛んでいるというのは、杏奈しか知らない。

 杏奈はこのサイトで色々読んでいくうちに、ハンドルネーム『ユウバルクイナ』という、アマチュア作家の書く作品に出会ってしまう。その人の書く、ときおり自転車を使ったエピソードの入る、ラブコメがたまたま杏奈の琴線ストライクゾーン にかすったのか、お気に入りとなって追いかけるようになる。これが、杏奈の数少ない楽しみのひとつとなったのである。

 スマホには『ユウバルクイナ』作品が更新された際に、公式アプリから通知が入ることがある。屋敷の自室にいるとき以外は、思った以上の忙しい最近の杏奈は、理事長室の私室にいるときは、基本的に待ち時間か屋敷に帰る前の準備をしているとき。

 杏奈は、応接間や会議室でしか、面会をすることがない。私室の中で面会を受けることは、一度たりともなかった。なにせ、掃除に入るのも麻乃。弁当などの食事や、お茶を出してくれる宗右衛門の二人くらいしか、入室を許さないくらいなのだから。

 一息ついているときでしか、通知の確認はできない。だからこうして、私室でなら時間が押してない場合に限って、お楽しみの時間に充てることもできるのだった。

 メッセージを送り終え、杏奈はふと思い出すように考え始める。

(勇きゅ――いえ、勇くんのプレゼント、どうしたらいいかしらね?)

 勇次郎の好きなもの。アニメや漫画は間違いないと、麻乃から聞いている。もちろん、自転車もそうだろう。

 荷ほどきを手伝った麻乃からの情報では、勇次郎のアニメや漫画の蔵書はそこまで多くはないと聞く。だが勇次郎は、幼いころから凛子のお隣に育った。鈴子のことだから、かなりのお宝コレクションを持っているはずだ。

 正直言えば、勇次郎が一番好きなアニメや漫画を知っているわけではない。麻乃に探ってもらってまで、円盤や漫画をプレゼントとして送るのは悪手だろう。すでに鈴子から見せてもらっている、または持っている可能性もあるのだから。
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