上 下
9 / 34
序章 憧れと出会い

第8話 エピローグ

しおりを挟む
 乾杯のあと、夕食として配膳されたものは、なんと丼物。器も定食屋では見ることがなさそうな、少々高級感のあるもの。この、リゾートホテル然とした、屋敷の食堂に似合わないとも言える、実に変化球な夕食だった。

 お吸い物は赤だしのもの。具はもやしと、沖縄特産で肉厚の麩が浮かんでいた。とても上品で、美味しい。

 どんぶりの蓋を開けると、そこには親子丼。おそらくは、親子の顔合わせという気遣いもあったのかもしれない。半熟の具材が乗った、純白のご飯。卵も鶏肉もおそらくは国産の銘柄鶏だろう。醤油やみりん、料理酒から出汁を取る昆布、鰹節に至るまで、一流の者が使われているかもしれない。

 遠慮なしに、縁子はいつものよう、ちょっとはしたなくかっ込む。すると、首を傾げて言いたいことを言うのだ。

「美味しいとは思うわ。けどね、なんか物足りなく感じるのよ」
「母さん、いきなり何を言うの?」
「だって、勇ちゃんが作ってくれるやつのが美味しいんだもの」
「へぇ。勇次郎君、料理するんだね?」
「そうなのよ。この子ね、私が家事を全くやらないものだから、こーんな小さなときからやってくれるようになったの。縫い物はちょっと苦手みたいだけど、料理はね、私好みで凄いのよ」
「あぁあああ、台無しじゃないのさ……」

 どや顔の縁子と、頭を抱える勇次郎。その対照的な姿を見て、杏奈がくすくすと笑い始めた。続けて、勇次郎の料理がどれだけ凄いのか。どうしてそうなったのかを力説する縁子。

 食事が終わったあとも、少しだけそれが続いたのだが、彼女の力説を遮るようにスマホが鳴る。慣れた手つきで画面を指でスワイプする静馬。

「――うん。わかった。すぐ向かうから」
「静馬さん、もしかして」
「うん。今到着って。二人とも悪いけど」
「私たちは病院に戻るわね」

 息がぴったりの静馬と縁子。大浜父を先導に、あっという間に病院へ。

 残された勇次郎と杏奈。持ってきたお茶を二人に配膳し、余った湯飲みをじっと見て、軽く腕組みをしながら悩む麻乃。

「ほんっと、慌ただしいね」

 三人が消えたドアを見ながら、勇次郎がそう呟く。

「えぇ。でもパパはいつもあんな感じなのですよ」

 両肩をすくめるようにして、杏奈もため息をつくように応える。

「うちの母さんも電話で呼び出されたら同じだよ。文句たらたらだけどさ、絶対に助けるという目がまっすぐでかっこいいんだ」

 杏奈を見て、自然に笑みがこぼれてくる勇次郎。

「もしかしたら、お似合いの二人なのかもしれないわ。パパもマ――お母様も」

 自然な笑顔が見えたと思えば、僅かな前言撤回、誤魔化すように言い直す杏奈。

「かいちょ――ううん。杏奈お姉さん、……でいいのかな?」
「その、……できたら」
「『お姉ちゃん』と、呼んで欲しいのですよね?」
「また、麻乃ったらっ」

 くるくると変わる表情。初めて見る、リラックスした杏奈。遠慮なしにからかう麻乃。幼なじみとして、杏奈の姉のように見守ってきた彼女。

 附属中学三年間、勇次郎がごくたまに目にする杏奈は、普段は凜として、隙を見せることの少ないかった。家族に、義弟になれたからこそ、見せてくれる彼女の素の状態。

(お姉ちゃん、杏奈お姉ちゃんかぁ――)

 勇次郎は、杏奈を義姉と認めている。以前より憧れ、尊敬していて、そしてこうして、改めて口にする。

 春から始まる新しい生活。目の前で微笑む、案なの柔らかな笑顔を目にして、自然に口から出てくる、勇次郎の想い。

「あのね、実は僕、前から、お姉ちゃんが欲しかったんだ――」

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

3年振りに帰ってきた地元で幼馴染が女の子とエッチしていた

ねんごろ
恋愛
3年ぶりに帰ってきた地元は、何かが違っていた。 俺が変わったのか…… 地元が変わったのか…… 主人公は倒錯した日常を過ごすことになる。 ※他Web小説サイトで連載していた作品です

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

処理中です...