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第17話 お嬢様とお友達になる。
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オルティアの首が取れてしまって、ちょっとだけびっくりしたジェラル君。
ぶつぶつ言いながらも、素振りに戻ってくれたみたいだね。
悪いことしちゃったな。
「そういえばさ、オルティア」
「はイ」
「オルティアはメイドの仕事は長いの?」
「はイ。さんびゃ──、いえ。五年ほどです」
今、三百年って言いそうにならなかった?
怖くて突っ込めないけど。
「あ、そうなんだ。あれ? もしかして、カーミリアさんも同じくらいの歳?」
「はイ。そうでス。私の方がひとつ年上ですネ」
なんと。
彼女も三百歳超えてんのかよ……。
「なるほどね、どうりであの仕事っぷりと、剣技も納得いくわ」
「ちょっとむしゃくしゃしてまして。見せるつもりはなかったんです。……内緒ですよ?」
あ、イントネーション変わってるし。
カーミリアさんのことだよね?
こわっ。
「もちろんだよ。あ、そうだ。オルティアの空いてる時間でいいんだけどさ。ジェラル君に剣技を教えてあげてくれないかな?」
「我流ですが、よろしいのですカ?」
「うん。何やら伸び悩んでるように見えるからさ」
あ、珍しくオルティアが眼鏡を取って拭いてる。
汗で曇っちゃったんだろうな。
あらー。
彼女って糸目だったんだね。
横棒一本線のような、開いてるのか開いてないのかわからないような感じだけど。
笑顔に似合っていて、とても優しそうな目だね。
「ジェラル君」
「はい」
彼は剣を振っていた手を休めてこっちへ来る。
「オルティアが手が空いてるとき、剣をみてくれるってさ。どうかな。教わってみるつもりある?」
「はい。ぜひお願いしたいです」
なんだよ。
俺のときよりも素直じゃないか。
「そのまま剣を振ってみてくださイ」
「はいっ」
ぶんっ。
ぶんっ。
と、力の限り頑張っている。
オルティアは、ジェラル君のその姿を、ぐるっとゆっくり回りながら見てるようだね。
時折『そこは違いまス』とか、『右の足の運び方は』とか指摘してくれている。
よく見ると、簡単な型を教えているようにも思える。
徐々になんとなく前よりも様になっているように見えたと思うと。
「はイ。それを一日二千回やってくださイ」
と、さらっと言うではないか。
もちろん、呆然とするジェラル君。
「はイ。休んでいる暇はありませんヨ。ギルドから帰ったら忘れないようニ」
その日から、夕食前には疲れ切ってズタボロになったジェラル君を、クレーリアちゃんが癒す姿が日常になっていく。
案外、手厳しいオルティアだったようだ。
▼▼
最初の訪問からもう一週間は経ってしまっていたのか。
今週もカーミリアさんは俺の家に来ています。
さすがにまずいから、俺の部屋にいるんだけどね。
オルティアには、クレーリアちゃんかジェラル君が帰ってきたら『旦那様には今大事なお客様がお見えですので』と言ってもらう予定になっている。
今俺の横では、嬉しそうに『いただきます』しているカーミリアさんの姿。
そこで俺はというと、彼女が満足するまでオルティアの作った栄養価の高いお菓子をつまみながら。
『食べ放題』に協力している最中だった。
カーミリアさんがこくこくと喉を鳴らして俺を食べている。
まぁ、血を吸われているわけだが。
吸われたと同時に造血が始まるわけだ。
そのせいで俺は栄養価の高い、高カロリー食を食べ続けているということになる。
今食べているのは、クレーリアちゃんもお気に入りのシロップのたっぷりかかったパンケーキ。
いや確かに美味しい。
美味しいんだけど、口から食べたものが、首から抜けて行く感覚があんのよ。
「……はぁ。美味しいわ。こうして『食べ放題』だなんて、とっても贅沢……。もうソウジロウ様なしでは生きていけないかも……」
相変わらずお嬢様に様付けで呼ばれるのはちょっとなぁ。
彼女もなるべく俺の身体に影響がないように、吸ってくれてるつもりらしいけど。
それでも、夢中になって吸い続けちゃうんだよな。
初めて会ったときは、小さくて可愛らしいお嬢さん。
馬車の中で本性を現したと思ったら、これまた美しいお嬢さんだったじゃないか。
この姿でもし、ギルドで俺のことを尋ねたとしたら、シルヴェッティさん。
すっとぼけて教えなかったかもしれないよね?
ちゅっ。
ちゅっ。
っと、艶めかしい音を立てながら、夢中で食べ続けている彼女。
耳元で『美味しいわ』とか『もっとちょうだい』とか言われたら、何か違うものと勘違いしちゃうじゃないのさ。
彼女たちヴァンパイアからしたら『そういう行為と同じ』とはいえ、俺からしたらどうなんだろう?
確かに身体は熱くなる。
カーミリアさんは、とてもいい匂いがするし。
そろそろ肌寒い季節だから、抱き着かれているところが温かいし。
彼女いない歴イコール年齢な俺としては。
困るわけなのよ。
その辺りはオルティアも察してくれているから、居間の方でセバスレイさんの相手をしてくれている。
俺は定期的に小さく切られた、シロップのたっぷりかかってるパンケーキを補給しつつ、コーヒーで喉を潤しながら、悶々とした状態に耐えているということなんだ。
「あの、ちょっといいですか?」
「──んぁ。れろ。どうしたの?」
その、口を離すとき、舌で吸い口を綺麗にしようとするのやめて欲しいんだけど……。
ありゃー。
カーミリアさん、物凄くいい笑顔で俺の返事を待ってるし。
「先週、カーミリアさんが帰ったあとにですね」
「んもう。カームって呼んでくれないかしら? もう、知らない仲ではないんですよ?」
俺の頬を手ですりすりしながら……。
これ絶対、そういうつもりなんだよなぁ。
「それなんです。俺、ヴァンパイアは知っていても、『ヴァンパイアの事情は知らなかった』んですよ」
「えっ? それ、どういうこと?」
「オルティアから聞いて、そういう事情だと初めて知ったわけで」
「……えっ? えぇえええええっ!」
やっと俺の言ってる意味が理解できたんだろうね。
『ぼんっ!』という感じに、顔が真っ赤になってしまった。
「──ご」
「ご?」
「ごめんなさいっ」
いきなり断られたっ!
「わかっていただけたのならいいんです」
「違うの。そうじゃないのっ」
「えっ?」
俺の胸に両手で掴まって、俺を見上げるように。
「あたしね、ソウジロウ様があたしたちの事情を、その。知ってるとばかり思っていて。あたし、もう。そのつもりでいたのよ。……本当に馬鹿ね」
「俺は血を吸われるのを拒まなかった。イコール、カーミリアさんの求愛を受け入れたと思われてしまった。つまりこういうことですか?」
「えぇ。本当に、ごめんなさい……」
「それでは勘違いとい──」
「あたしと一緒では、お嫌ですか?」
嫌なわけないでしょ!
ずるいわっ。
「嫌という訳ではないのですが、俺。女性とお付き合いしたこととか、そういう経験ないんです」
「あら、あたしもよ。ぜーんぶ、断っちゃってたもの」
この人、俺には裏表ないんだな。
「それでは、とりあえず。お友達から始めませんか?」
「……お友達」
「嫌ですか?」
「嫌なわけないわ。嬉しいわよ。その、よろしくお願いします、ね」
「はい。では」
俺は右手を前に出した。
「知ってるわ。流浪の民の方々がする挨拶。『握手』でしょ?」
「えぇ。まずはここから始めるんです」
俺と同じように手を握り返してくれた。
なんかいいな。
こういう対等に近い友達ができるって。
でも、カーミリアさん。
俺より三百歳くらい年上なんだよな……。
オルティアと
人間以外の種族って、長寿な人が多いのかね。
「あの、ソウジロウ様」
「様、はやめて欲しいかな。対等な友達なんだから」
「では、ソウジロウさん」
「はい」
「お友達だと。その、血を吸っちゃだめ?」
うわ、遠慮してるし。
やべ、可愛く思えてきたよ……。
始めて会ったときのちっこい姿と違って、大人の女性の姿でこれは。
凶悪だわ。
「あー……、いいですよ」
「やったっ。やったっ」
花が咲いたような、こんな笑顔できるんだな。
ただの我儘なお嬢さんだと思ってたけど。
きっと幼馴染のオルティアにも、甘えてたような面があったんだろう。
「あ、友達ということでひとつごめんなさい」
「どうしました?」
俺の話を聞いてたんだろうな。
すげぇ、音もなく入ってきたよ。
あ、首から例のものが漏れ出してる。
そうとう気が高ぶってるんだな……。
『みょぉおおおおおおおん』
「……お嬢様」
振り向いたカーミリアさん。
「──ひぃっ!」
「『ニート』のこと、教えちゃいました」
そこにいたのは、まるで小さな大魔神のように、物凄い形相になっていたオルティアだった。
ぶつぶつ言いながらも、素振りに戻ってくれたみたいだね。
悪いことしちゃったな。
「そういえばさ、オルティア」
「はイ」
「オルティアはメイドの仕事は長いの?」
「はイ。さんびゃ──、いえ。五年ほどです」
今、三百年って言いそうにならなかった?
怖くて突っ込めないけど。
「あ、そうなんだ。あれ? もしかして、カーミリアさんも同じくらいの歳?」
「はイ。そうでス。私の方がひとつ年上ですネ」
なんと。
彼女も三百歳超えてんのかよ……。
「なるほどね、どうりであの仕事っぷりと、剣技も納得いくわ」
「ちょっとむしゃくしゃしてまして。見せるつもりはなかったんです。……内緒ですよ?」
あ、イントネーション変わってるし。
カーミリアさんのことだよね?
こわっ。
「もちろんだよ。あ、そうだ。オルティアの空いてる時間でいいんだけどさ。ジェラル君に剣技を教えてあげてくれないかな?」
「我流ですが、よろしいのですカ?」
「うん。何やら伸び悩んでるように見えるからさ」
あ、珍しくオルティアが眼鏡を取って拭いてる。
汗で曇っちゃったんだろうな。
あらー。
彼女って糸目だったんだね。
横棒一本線のような、開いてるのか開いてないのかわからないような感じだけど。
笑顔に似合っていて、とても優しそうな目だね。
「ジェラル君」
「はい」
彼は剣を振っていた手を休めてこっちへ来る。
「オルティアが手が空いてるとき、剣をみてくれるってさ。どうかな。教わってみるつもりある?」
「はい。ぜひお願いしたいです」
なんだよ。
俺のときよりも素直じゃないか。
「そのまま剣を振ってみてくださイ」
「はいっ」
ぶんっ。
ぶんっ。
と、力の限り頑張っている。
オルティアは、ジェラル君のその姿を、ぐるっとゆっくり回りながら見てるようだね。
時折『そこは違いまス』とか、『右の足の運び方は』とか指摘してくれている。
よく見ると、簡単な型を教えているようにも思える。
徐々になんとなく前よりも様になっているように見えたと思うと。
「はイ。それを一日二千回やってくださイ」
と、さらっと言うではないか。
もちろん、呆然とするジェラル君。
「はイ。休んでいる暇はありませんヨ。ギルドから帰ったら忘れないようニ」
その日から、夕食前には疲れ切ってズタボロになったジェラル君を、クレーリアちゃんが癒す姿が日常になっていく。
案外、手厳しいオルティアだったようだ。
▼▼
最初の訪問からもう一週間は経ってしまっていたのか。
今週もカーミリアさんは俺の家に来ています。
さすがにまずいから、俺の部屋にいるんだけどね。
オルティアには、クレーリアちゃんかジェラル君が帰ってきたら『旦那様には今大事なお客様がお見えですので』と言ってもらう予定になっている。
今俺の横では、嬉しそうに『いただきます』しているカーミリアさんの姿。
そこで俺はというと、彼女が満足するまでオルティアの作った栄養価の高いお菓子をつまみながら。
『食べ放題』に協力している最中だった。
カーミリアさんがこくこくと喉を鳴らして俺を食べている。
まぁ、血を吸われているわけだが。
吸われたと同時に造血が始まるわけだ。
そのせいで俺は栄養価の高い、高カロリー食を食べ続けているということになる。
今食べているのは、クレーリアちゃんもお気に入りのシロップのたっぷりかかったパンケーキ。
いや確かに美味しい。
美味しいんだけど、口から食べたものが、首から抜けて行く感覚があんのよ。
「……はぁ。美味しいわ。こうして『食べ放題』だなんて、とっても贅沢……。もうソウジロウ様なしでは生きていけないかも……」
相変わらずお嬢様に様付けで呼ばれるのはちょっとなぁ。
彼女もなるべく俺の身体に影響がないように、吸ってくれてるつもりらしいけど。
それでも、夢中になって吸い続けちゃうんだよな。
初めて会ったときは、小さくて可愛らしいお嬢さん。
馬車の中で本性を現したと思ったら、これまた美しいお嬢さんだったじゃないか。
この姿でもし、ギルドで俺のことを尋ねたとしたら、シルヴェッティさん。
すっとぼけて教えなかったかもしれないよね?
ちゅっ。
ちゅっ。
っと、艶めかしい音を立てながら、夢中で食べ続けている彼女。
耳元で『美味しいわ』とか『もっとちょうだい』とか言われたら、何か違うものと勘違いしちゃうじゃないのさ。
彼女たちヴァンパイアからしたら『そういう行為と同じ』とはいえ、俺からしたらどうなんだろう?
確かに身体は熱くなる。
カーミリアさんは、とてもいい匂いがするし。
そろそろ肌寒い季節だから、抱き着かれているところが温かいし。
彼女いない歴イコール年齢な俺としては。
困るわけなのよ。
その辺りはオルティアも察してくれているから、居間の方でセバスレイさんの相手をしてくれている。
俺は定期的に小さく切られた、シロップのたっぷりかかってるパンケーキを補給しつつ、コーヒーで喉を潤しながら、悶々とした状態に耐えているということなんだ。
「あの、ちょっといいですか?」
「──んぁ。れろ。どうしたの?」
その、口を離すとき、舌で吸い口を綺麗にしようとするのやめて欲しいんだけど……。
ありゃー。
カーミリアさん、物凄くいい笑顔で俺の返事を待ってるし。
「先週、カーミリアさんが帰ったあとにですね」
「んもう。カームって呼んでくれないかしら? もう、知らない仲ではないんですよ?」
俺の頬を手ですりすりしながら……。
これ絶対、そういうつもりなんだよなぁ。
「それなんです。俺、ヴァンパイアは知っていても、『ヴァンパイアの事情は知らなかった』んですよ」
「えっ? それ、どういうこと?」
「オルティアから聞いて、そういう事情だと初めて知ったわけで」
「……えっ? えぇえええええっ!」
やっと俺の言ってる意味が理解できたんだろうね。
『ぼんっ!』という感じに、顔が真っ赤になってしまった。
「──ご」
「ご?」
「ごめんなさいっ」
いきなり断られたっ!
「わかっていただけたのならいいんです」
「違うの。そうじゃないのっ」
「えっ?」
俺の胸に両手で掴まって、俺を見上げるように。
「あたしね、ソウジロウ様があたしたちの事情を、その。知ってるとばかり思っていて。あたし、もう。そのつもりでいたのよ。……本当に馬鹿ね」
「俺は血を吸われるのを拒まなかった。イコール、カーミリアさんの求愛を受け入れたと思われてしまった。つまりこういうことですか?」
「えぇ。本当に、ごめんなさい……」
「それでは勘違いとい──」
「あたしと一緒では、お嫌ですか?」
嫌なわけないでしょ!
ずるいわっ。
「嫌という訳ではないのですが、俺。女性とお付き合いしたこととか、そういう経験ないんです」
「あら、あたしもよ。ぜーんぶ、断っちゃってたもの」
この人、俺には裏表ないんだな。
「それでは、とりあえず。お友達から始めませんか?」
「……お友達」
「嫌ですか?」
「嫌なわけないわ。嬉しいわよ。その、よろしくお願いします、ね」
「はい。では」
俺は右手を前に出した。
「知ってるわ。流浪の民の方々がする挨拶。『握手』でしょ?」
「えぇ。まずはここから始めるんです」
俺と同じように手を握り返してくれた。
なんかいいな。
こういう対等に近い友達ができるって。
でも、カーミリアさん。
俺より三百歳くらい年上なんだよな……。
オルティアと
人間以外の種族って、長寿な人が多いのかね。
「あの、ソウジロウ様」
「様、はやめて欲しいかな。対等な友達なんだから」
「では、ソウジロウさん」
「はい」
「お友達だと。その、血を吸っちゃだめ?」
うわ、遠慮してるし。
やべ、可愛く思えてきたよ……。
始めて会ったときのちっこい姿と違って、大人の女性の姿でこれは。
凶悪だわ。
「あー……、いいですよ」
「やったっ。やったっ」
花が咲いたような、こんな笑顔できるんだな。
ただの我儘なお嬢さんだと思ってたけど。
きっと幼馴染のオルティアにも、甘えてたような面があったんだろう。
「あ、友達ということでひとつごめんなさい」
「どうしました?」
俺の話を聞いてたんだろうな。
すげぇ、音もなく入ってきたよ。
あ、首から例のものが漏れ出してる。
そうとう気が高ぶってるんだな……。
『みょぉおおおおおおおん』
「……お嬢様」
振り向いたカーミリアさん。
「──ひぃっ!」
「『ニート』のこと、教えちゃいました」
そこにいたのは、まるで小さな大魔神のように、物凄い形相になっていたオルティアだった。
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