48 / 61
第四十八話 日常と予想外の出来事。
しおりを挟む
メリルージュに弟子入りをし、弓を習っていたアーシェリヲンは、ある意味免許皆伝に近いものを言い渡されてしまった。その後、休みの日以外は、毎日二羽の羽耳兎を仕留めてくるようになる。そのあと二十箱の『魔石でんち』を染めるのがルーティンワークになりつつあった。
休みの日でも、『魔石でんち』だけは染めておく。そうして順調に序列点も重ねていく。そんな毎日が続いていた。
寒さも厳しくなり、雪も深く積もっている。海に面しているグランダーグと違って、ここヴェンダドールは内陸で高地なこともあり、雪はかなり多いほうだ。
寒い冬場は、一般家庭でも『魔石でんち』の消費も多くなる。この協会本部からの納品が多くなったことで、取引先の商家も感謝していたと聞いている。アーシェリヲンが多く充填すればするほど、探索者協会の利益は増えていく。そのおかげでこのヴェンダドール本部は依然と比べると、財政的にかなり潤っている。
探索者協会の懐具合に余裕が出たことによって、施設を利用する探索者も恩恵を受けている。例えば、協会で運営している食堂の料金が以前よりも安く提供されていることだ。
食堂はこの施設の宿舎を利用している探索者だけでなく、通いのものも利用している。『れすとらん』には負けるが、味はかなりいいと評判だったりするのだ。
時折姿を見せる協会長のガーミンも、昨年までは苦虫をかみつぶしたような表情だったが最近は穏やかな感じになっている。金銭的な心配がなくなったことで、気持ちにも余裕ができたのだろう。
「現金なもんだよな、なぁ、アーシェの坊主」
「あははは」
もちろんガルドランも、限られた予算の中から人件費などの経費などを考えて運営する責任者のガーミンが大変なのはわかっている。だからこれまで彼も、数多くの依頼をこなす努力をしているわけだ。
アーシェリヲンは最近、弓ばかり使っていたからか、空間魔法はあまり使っていない。その代わり、『魔石でんち』の充填作業をかかさず行っている。そのせいもあり、日に日に魔力の総量が上がっている実感がある。
なぜなら、毎日二十箱充填しているのだが、左腕の『魔力ちぇっかー』は朱色以上になることがない。だが、倉庫にある『魔石でんち』のストックが三十箱しかないため、これ以上は自粛している。
『魔石でんち』一箱で銀貨六枚。二十箱で百二十枚。金貨に換算すると十二枚になる。アーシェリヲンにこれだけ入るということは、翌日同じ枚数の金貨が探索者協会にも入るということ。これでもやりすぎでないだろうか、と心配されてしまっている。
最初は魔法袋を購入するために金貨を沢山貯めるというのが目的だった。だが、『呪いの腕輪』を貸与されてしまったから買う必要もなくない。正直言えばアーシェリヲンには使い道のないお金になりつつあるのだった。
▼
あと数日もすれば年を越すという寒い日だった。アーシェリヲンは狩猟の感覚を養うために、毎日獲物を狙いに林へ潜っていた。
防寒効果の高い外套を羽織って、その下にも防寒着を着込んでいる。かなりモコモコな状態だからか、寒さは気にならない。
最近サボり気味だった空間魔法の鍛錬も少し前から再開していた。秋から春にかけて実をつける山石榴が視界に入ると、こちらへ取り寄せる。相変わらずの鋭い切り口には呆れるほどだ。だが、これの程度はただの余興。
雪が多く降る前は、毎日二羽の羽耳兎を獲っていた。その方法は弓だと報告しては射るが、実のところ弓は止めを刺しているだけ。
羽耳兎を見つけると、一度空間魔法で引き寄せる。足下に放すと、逃げていくところを弓で狩る。結果的に弓を使ってはいるだけ。視認したら逃がすことはなかったわけだ。だが、二羽以上は自粛していた。それ以上は乱獲になると思ったからだ。
アーシェリヲンはいつものように、羽耳兎を探すつもりでいた。その日は街道沿いを進み、しばらく進んだあたりから林へ入っていく。街道から十分ほど進んだあたりだっただろうか?
アーシェリヲンが見ていた先に、人が倒れているのを確認できた。もしかしたら狩人か、探索者かもしれない、そう思っていつつも辺りに獣が出ないか注意をしつつ、倒れている人の傍に近づいた。
アーシェリヲンはしゃがんで声をかける。
「大丈夫ですか?」
アーシェリヲンは倒れていた男の胸に耳をあてる。息はあるようでほっとする。ただ、今日の寒さではこのままだと大変なことになる。男の目が薄く開いた。
「大丈夫ですか? 今助けを――」
瞬間、腹部に激痛が走る。同時に、アーシェリヲンの口元を、何やら甘い匂いのする布のようなもので塞げてしまう。腹部に受けた苦しさと痛みから、思わず吸い込んでしまい、徐々に意識が朦朧としてきた。
(こ、これ……)
頭が回らず、アーシェリヲンはついに、意識を手放すことになってしまった。
▼
アーシェリヲンは意識を取り戻したようだ。だが、どれだけの時間が経ったのかわからない。目の前は暗い。その理由は布のようなもので目隠しされているからだろう。同時に、口を開けたまま布を噛まされている。
後ろ手に縛られており、足も同じ。身動きが取れない状態だ。
(あれ? 確か僕、誰かを助けようとして……)
まずはとにかく、冷静に状況の判断。右手の指は動く。左手も動く。足首も動かせる。全身に痛みを感じるところはない。故に大きな怪我をしていることはないようだ。
倒れる前に嗅がされたあの甘い匂い。おそらくは薬か何かだったのだろう。おそらくアーシェリヲンは、誰かに連れ去られた。そう考えるのが妥当だろう。
なぜアーシェリヲンが冷静でいられるか、それは父フィリップの教えの賜物である。
貴族の子として生まれたからには、何かしらの理由で狙われる可能性がある。洗礼を受け、お披露目が終わって、学舎へ通うようになったら特に気をつけるようにと、教えられていた。
だが、アーシェリヲンが貴族の子だというのは、一部を除いて誰も知っていない情報のはず。こうなった要因は他にあると思っていいだろう。
右手の親指で、小指の根元を触る。『呪いの腕輪』は装着さられたままのようだ。頬にあたる冷たい感触から、床に寝かされているのは間違いないだろう。
休みの日でも、『魔石でんち』だけは染めておく。そうして順調に序列点も重ねていく。そんな毎日が続いていた。
寒さも厳しくなり、雪も深く積もっている。海に面しているグランダーグと違って、ここヴェンダドールは内陸で高地なこともあり、雪はかなり多いほうだ。
寒い冬場は、一般家庭でも『魔石でんち』の消費も多くなる。この協会本部からの納品が多くなったことで、取引先の商家も感謝していたと聞いている。アーシェリヲンが多く充填すればするほど、探索者協会の利益は増えていく。そのおかげでこのヴェンダドール本部は依然と比べると、財政的にかなり潤っている。
探索者協会の懐具合に余裕が出たことによって、施設を利用する探索者も恩恵を受けている。例えば、協会で運営している食堂の料金が以前よりも安く提供されていることだ。
食堂はこの施設の宿舎を利用している探索者だけでなく、通いのものも利用している。『れすとらん』には負けるが、味はかなりいいと評判だったりするのだ。
時折姿を見せる協会長のガーミンも、昨年までは苦虫をかみつぶしたような表情だったが最近は穏やかな感じになっている。金銭的な心配がなくなったことで、気持ちにも余裕ができたのだろう。
「現金なもんだよな、なぁ、アーシェの坊主」
「あははは」
もちろんガルドランも、限られた予算の中から人件費などの経費などを考えて運営する責任者のガーミンが大変なのはわかっている。だからこれまで彼も、数多くの依頼をこなす努力をしているわけだ。
アーシェリヲンは最近、弓ばかり使っていたからか、空間魔法はあまり使っていない。その代わり、『魔石でんち』の充填作業をかかさず行っている。そのせいもあり、日に日に魔力の総量が上がっている実感がある。
なぜなら、毎日二十箱充填しているのだが、左腕の『魔力ちぇっかー』は朱色以上になることがない。だが、倉庫にある『魔石でんち』のストックが三十箱しかないため、これ以上は自粛している。
『魔石でんち』一箱で銀貨六枚。二十箱で百二十枚。金貨に換算すると十二枚になる。アーシェリヲンにこれだけ入るということは、翌日同じ枚数の金貨が探索者協会にも入るということ。これでもやりすぎでないだろうか、と心配されてしまっている。
最初は魔法袋を購入するために金貨を沢山貯めるというのが目的だった。だが、『呪いの腕輪』を貸与されてしまったから買う必要もなくない。正直言えばアーシェリヲンには使い道のないお金になりつつあるのだった。
▼
あと数日もすれば年を越すという寒い日だった。アーシェリヲンは狩猟の感覚を養うために、毎日獲物を狙いに林へ潜っていた。
防寒効果の高い外套を羽織って、その下にも防寒着を着込んでいる。かなりモコモコな状態だからか、寒さは気にならない。
最近サボり気味だった空間魔法の鍛錬も少し前から再開していた。秋から春にかけて実をつける山石榴が視界に入ると、こちらへ取り寄せる。相変わらずの鋭い切り口には呆れるほどだ。だが、これの程度はただの余興。
雪が多く降る前は、毎日二羽の羽耳兎を獲っていた。その方法は弓だと報告しては射るが、実のところ弓は止めを刺しているだけ。
羽耳兎を見つけると、一度空間魔法で引き寄せる。足下に放すと、逃げていくところを弓で狩る。結果的に弓を使ってはいるだけ。視認したら逃がすことはなかったわけだ。だが、二羽以上は自粛していた。それ以上は乱獲になると思ったからだ。
アーシェリヲンはいつものように、羽耳兎を探すつもりでいた。その日は街道沿いを進み、しばらく進んだあたりから林へ入っていく。街道から十分ほど進んだあたりだっただろうか?
アーシェリヲンが見ていた先に、人が倒れているのを確認できた。もしかしたら狩人か、探索者かもしれない、そう思っていつつも辺りに獣が出ないか注意をしつつ、倒れている人の傍に近づいた。
アーシェリヲンはしゃがんで声をかける。
「大丈夫ですか?」
アーシェリヲンは倒れていた男の胸に耳をあてる。息はあるようでほっとする。ただ、今日の寒さではこのままだと大変なことになる。男の目が薄く開いた。
「大丈夫ですか? 今助けを――」
瞬間、腹部に激痛が走る。同時に、アーシェリヲンの口元を、何やら甘い匂いのする布のようなもので塞げてしまう。腹部に受けた苦しさと痛みから、思わず吸い込んでしまい、徐々に意識が朦朧としてきた。
(こ、これ……)
頭が回らず、アーシェリヲンはついに、意識を手放すことになってしまった。
▼
アーシェリヲンは意識を取り戻したようだ。だが、どれだけの時間が経ったのかわからない。目の前は暗い。その理由は布のようなもので目隠しされているからだろう。同時に、口を開けたまま布を噛まされている。
後ろ手に縛られており、足も同じ。身動きが取れない状態だ。
(あれ? 確か僕、誰かを助けようとして……)
まずはとにかく、冷静に状況の判断。右手の指は動く。左手も動く。足首も動かせる。全身に痛みを感じるところはない。故に大きな怪我をしていることはないようだ。
倒れる前に嗅がされたあの甘い匂い。おそらくは薬か何かだったのだろう。おそらくアーシェリヲンは、誰かに連れ去られた。そう考えるのが妥当だろう。
なぜアーシェリヲンが冷静でいられるか、それは父フィリップの教えの賜物である。
貴族の子として生まれたからには、何かしらの理由で狙われる可能性がある。洗礼を受け、お披露目が終わって、学舎へ通うようになったら特に気をつけるようにと、教えられていた。
だが、アーシェリヲンが貴族の子だというのは、一部を除いて誰も知っていない情報のはず。こうなった要因は他にあると思っていいだろう。
右手の親指で、小指の根元を触る。『呪いの腕輪』は装着さられたままのようだ。頬にあたる冷たい感触から、床に寝かされているのは間違いないだろう。
103
お気に入りに追加
696
あなたにおすすめの小説
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
策が咲く〜死刑囚の王女と騎士の生存戦略〜
鋸鎚のこ
ファンタジー
亡国の王女シロンは、死刑囚鉱山へと送り込まれるが、そこで出会ったのは隣国の英雄騎士デュフェルだった。二人は運命的な出会いを果たし、力を合わせて大胆な脱獄劇を成功させる。
だが、自由を手に入れたその先に待っていたのは、策略渦巻く戦場と王宮の陰謀。「生き抜くためなら手段を選ばない」智略の天才・シロンと、「一騎当千の強さで戦局を変える」勇猛な武将・デュフェル。異なる資質を持つ二人が協力し、国家の未来を左右する大逆転を仕掛ける。
これは、互いに背中を預けながら、戦乱の世を生き抜く王女と騎士の生存戦略譚である。
※この作品はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※本編完結・番外編を不定期投稿のため、完結とさせていただきます。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女メリルは7つ。加護の権化である聖女は、ほんとうは国を離れてはいけない。
「メリル、あんたももう7つなんだから、お使いのひとつやふたつ、できるようにならなきゃね」
と、聖女の力をあまり信じていない母親により、ひとりでお使いに出されることになってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる