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第十三話 一日遅れの誕生日。

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 エリシア、フィリップ、ヴェルミナの三人は、洗礼のやりなおしができたらよかったのにと改めて思っただろう。だがそれは無理な話だ。

 二百年ほど前の話。近隣国の王族で、自分の子が授かった加護に納得がいかず、異議を申し立てたことがあったという。その際、洗礼のやり直しの許可を出してもいいと説明をした。だがそれには代償が必要だった。
 まず、加護を受けた状態で洗礼をしても、再度加護を受けられないことは当時既に実証済みであった。それならば『加護を消せばいいのではないか?』という提案が出る。もちろん、加護を消すことも可能ではある。

 聖女ユカリコが健在のとき、ある理由から『加護を消すための薬』が開発されていたからだ。ただこの薬には副作用がある。それは『魔力の総量が枯渇と同等の状態になってしまう』ということ。平たく言えば『リセット』である。

 本来この薬は、加護を悪用して捕らえられた罪人に対して、刑罰を行うときに使われるものであり、薬を服用させると例外なく昏睡状態に陥り、いつ目が覚めるともわからない状況になってしまう。放っておくとゆっくりと衰弱していくと考えられるだろう。

 もし目を覚ましたとしても、魔力の総量が生まれたばかりの赤子よりも低い状態になってしまう。とてもではないが、十歳の子供の身体では耐えられないだろうと言われていた。

 薬の効能だけは伝えることが許可されていた。だが、製法と検証結果は公表されておらず、ユカリコ教の秘伝とされている。どちらにしても劇薬であったことから、ユカリコ教で厳重に管理されているとのことだ。

 その説明を受けた申し立てをした本人は、諦めて引き下がったのだという。

 王族や貴族の子女であれば、中等学舎を卒業する年齢になると教えられるのだという。エリシアやフィリップももちろん知っている。実はアーシェリヲンも書物を読んでいたことでたまたま、知識として持ち合わせてはいる。

 どんなにお布施を積もうと、洗礼のやり直しは不可能。だからこそ今回の結果は、ウィンヘイム伯爵家当主のフィリップが受け止め、決断しなければならないだろう。もちろん、彼にだけ責任を負わせるわけにはいかないから、当主夫人であるエリシアは、彼と一緒に悩まなければならない。

 アーシェとは神殿で洗礼を受けた帰りに、『れすとらん』で食事よしようと約束をしていた。だが事が事だけに、急ぎの用事ができたと言い聞かせて帰ることになったのだ。

 アーシェリヲンはに詳しい理由は伝えられていない。それでも素直に納得してくれたようだ。外へ出ることが許されたならいつでも行ける。『れすとらん』は逃げたりしない。そう、思っていたからだろう。

 帰りの馬車の中、アーシェリヲンに悟られまいと、エリシアもフィリップも平静を保っていた。だが二人の頭の中は今も困惑にとらわれている。何かの間違いだと思いたかっただろう。何かの呪いなのかと考えてしまうだろう。

 このままアーシェリヲンの『お披露目』を行うと、彼がウィンヘイム家の跡取り、次期当主だと宣言したことになるだろう。そうすると、ウィンヘイム家よりも家督の低い家々からは苦言が出るのは間違いない。

 その理由のひとつがエリシアは元王女だということ。順位こそ低いとはいえ、アーシェリヲンにも王位継承権が認められてしまう。

 今の世情だと、貴族の間では『劣悪』と言われても仕方のない『空間』の加護を持つ者が王位継承権を手に入れるということは、バッシングの材料になりかねない。だからこそ、アーシェリヲンをウィンヘイム家の子として『お披露目』を行うのは難しいのである。

 聖女ユカリコがこの世を去っておおよそ四百年になる。その間、王族や貴族の子女らには、魔力などの資質に応じてそれ相応の加護を授かってきた。

 だがなぜ、アーシェリヲンだけこのような目に遭わねばならないのか? フィリップもエリシアも、今夜から眠れぬ夜を過ごすことになるだろう。貴族の家にとって、それだけの大事件だったからである。

 ▼

 翌日の夕方一日遅れになったが、アーシェリヲンの十歳を祝うささやかな宴が催された。宴といっても、普段の夕食よりやや品数も多い感じのものだった。もちろん本来は、家族五人だけが座る席なのだが、このときだけは執事を初めとした家人たちも一緒に祝ってくれたのだった。

 エリシアは料理が好きで、腕前もかなりのものだった。だが料理をすると家人の仕事を奪う、それは良くないことだとフィリップが言い聞かせたこともあって、しばらくの間自粛していた。

 フィリップがエリシアに料理をさせなかったのは他にも理由がある。実はエリシアはかなりの甘党。料理自体にも糖分を使う。新婚当時、手料理を振る舞ってくれると喜んだからこそ、甘過ぎたという理由だけでは文句を言うわけにはいかない。そこで貴族らしい言い訳を考えついて、事なきを得ていたというわけだ。

 アーシェリヲンは何度かエリシアの焼いた焼き菓子を食べていた。だから彼女の料理が大好きだった。テレジアもフィールズも同様だ。ただ姉弟きょうだいたちは、菓子以外を食べたことがない。だからフィリップの苦労も知らなかったのだろう。

「僕は美味しいと思うんだけどなぁ……」

 それなりに甘い味付けになっていた卵料理を食べてアーシェリヲンは言う。

「ありがとう、嬉しいわ」

 エリシアはアーシェリヲンに抱きついて嬉しさを表す。それを見たフィリップとテレジアは『まるで甘い卵菓子を食べているようだ』と思っただろう。だが、フィールズは美味しそうにもくもくと食べていた。

 アーシェリヲンはエリシアが神殿を出るときに少し元気がなかったように思えたのだが、笑顔で料理を作ってくれたから余計に美味しく思えたのかもしれない。

「アーシェ、はい、あーん」
「あーん。……んぐんぐ、美味しいよ、お母様」

 アーシェリヲンは先日から、エリシアのことをお母様と呼ぶようになった。テレジアがそう言っていたように、プライベートのときにもそうするように決めたからだろう。

「うふふふ。頑張ってつくったんですもの」
「あー、お兄ちゃんばかりずるい。ぼくもぼくもー」
「はいはい。フィールズも、あーん」
「あーん。ん。おいしいね、お兄ちゃん」

 フィールズが見せる、嘘ではない満面の笑顔。

「そうだね、フィールズ」
「う、うらやましくなんてないもん……」

 アーシェリヲンたちを見て、テレジアは素の状態でちょっとだけ羨ましく思っている。それを見たエリシアは、口に手をあてて口角を上げて笑う。

「そんなこと言わないの。お姉ちゃんなんだから、はい、テレジアも、あーん」
「…………」

 少しだけ言葉に詰まってうつむいているテレジア。一拍おいて、顔を上げたとき頬が赤く染まっており、目をつむって口を開ける。

「……あーん」

 もぐもぐと咀嚼そしゃくをしたあと、またテレジアは俯いた。

「お、美味しいです」
「あー、お姉ちゃん顔真っ赤だ」
「だまらっしゃいっ」
「え……」
「あ、ごめんなさいフィールズ。アーシェのつもりでつい」
「あー、フィールズ泣かした」
「だまらっしゃいっ」

 家族と使用人たち全員で祝った、暖かなアーシェリヲンの誕生日。彼にとっても最高の一日だったはず、だったわけだ。

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