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第七話 父の認識と答え合わせ。

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 アーシェリヲンは目を覚ました。
 食堂のとなり、『魔力えんじん』のある部屋にいたはずなのだが、アーシェリヲンはベッドに寝かされていたようだ。なぜなら背中も頭の裏側も柔らかいからである。

 ゆっくり目を開けるとまず気になったのは左腕の『魔力ちぇっかー』。近づけてよく見ると、赤から朱色に戻っていた。

(あれ?)

 その上に見えたのは見慣れた二人の女性の顔。よく見ると、アーシェリヲンの母と姉だった。母のエリシアは呆れた表情で、テレジアはちょっと怒っているようだ。

「アーシェ、無理をしないでってあれほど――」
「はいはいテレジア。淑女になろうという女の子が、そのように怒鳴るものではありませんよ」
「それはそうなんだけど、でもねお母さん」
「あれ? お母様じゃないの? お姉ちゃん」
「アーシェっ!」

 よく見ると、弟のフィールズも心配そうにこちらをじっと見ている。

「お兄ちゃん、へいきなの?」

 フィールズが割り込んできたから、怒るに怒れないテレジアは何やら複雑そうな表情をしている。アーシェリヲンは彼の頭をそっと撫でる。

「心配させてごめんね、フィールズ。もう大丈夫だから」
「うん、お兄ちゃん、……ふぁ」

 フィールズは安心したような表情をみせると、緊張の糸が切れたのか、小さな口で大きなあくびをした。そのあとすぐに、エリシアがフィールズを抱き上げる。

「さぁフィールズ、もうこんなに遅いのですから、寝ましょうね」
「うん。お母さん。おやすみ、お兄ちゃん。お姉ちゃん」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい、フィールズ」

 フィールズはエリシアに抱かれたまま、気がついたらもう寝息を立てていた。アーシェリヲンに向かって手を振るエリシアは、フィールズと一緒に部屋を出て行った。

 時間はよくわからないが、『魔石でんち』への充填作業は少なくともアーシェリヲンも寝る前にしていたはずだ。そうなるとかなり遅い時間なのだろうと判断はできる。
 フィールズと入れ替えにずいっと前に出たテレジア。

「あなたねぇ。私がどれだ――」

 そのとき閉められたはずのドアが開いた。そこから入ってきたのは、父のフィリップだった。

「どうしたアーシェ? またやらかしたんだって?」
「あ、お父さん」
「『あ、お父さん』じゃないわよ」

 アーシェリヲンのものまねをしてみせるテレジア。それは彼女なりの最大限のツッコミなのだろう。

「私がどれだけし――」

 アーシェリヲンに詰め寄ろうとしていたテレジアの両脇に手を入れ、軽々と持ち上げて椅子に座らせるフィリップ。元々アーシェリヲンが寝ているベッドの隣に座っていたようで、椅子もすぐ側にあったみたいだ。

「はいはい。テレジア落ち着きなさい」
「だってお父さん」
「お父様じゃないの?」
「アーシェ」
「はいはい。アーシェもあおらない」

 フィリップの大きな手が、アーシェリヲンの頭をぐりぐりと強めに撫でる。

「はい。ごめんなさい」
「うん。いい子だ」
「アーシェばっかり……」
「ん? テレジアも撫でて欲しいのか? ほら、どうだ?」

 テレジアの髪を柔らかく撫でるフィリップ。アーシェリヲンから見ても、彼女は気持ちよさそうに目を細めている。

「あのな、テレジア」
「うん」
「うんじゃなくては――」
「アーシェリヲン」
「はい、ごめんなさい」

 普段はエリシアもフィリップも『アーシェ』と呼ぶのだが、フィリップはたしなめるときだけ略称ではなく『アーシェリヲン』と呼ぶことがあった。だから聡いアーシェリヲンは『やりすぎた』と思ってすぐに謝る。

「さて、話を戻してもいいかな?」
「はい、お父さん」
「うん」
「アーシェがこうしてね、魔力を枯渇させたのは今日が初めてじゃないだろう?」
「それはそうだけど」

 すぐにテレジアは答える。アーシェリヲンはうなずきながら『そうだね』という表情をしている。

「あのねテレジア」
「はい」
「魔力はね枯渇したくらいでは死んだりしないんだ」
「でもあんなに……」
「お父さんもね、お母さんと一緒になるために、ものすごく苦労した。そのときにね、何度も何度も枯渇して倒れたことがあるんだよ」
「え?」
「お父さんが身をもって経験してるんだ。だから魔力を枯渇させても死んだりしない。いいかな?」
「どういうこと?」
「アーシェくらいに小さなころにね、魔力を枯渇させると、魔力の総量が増えていくときいたんだ」

 アーシェリヲンは頷いた。フィリップが言うように、魔力を枯渇させても死ぬことはないということを理屈では知っていたから。子供のころに枯渇させると伸びしろが増えるということもそうだ。この部屋にある文献に書いてあったから、そういう説があると知っている。

「え?」
「お父さんはね、魔力がとても少なかったんだ。だから騎士団に入ってから慌てて鍛錬したんだ。もちろん、安全な場所でだよ? 寝る前に何度も枯渇させて、すこしずつでも増やそうと努力したんだ」
「うん」
「するとね、一日に使える魔法の回数がね、増えていったんだ」
「……そうだったのね」
「そう。でもね、あれはきつかった。次の朝、点呼に間に合わなくなりそうになったこともね。そんなことになったらほら、出世にひびいてしまうんだよ」
「お母さん、私には教えてくれなかったんだけど?」
「それはそうだよ。テレジアはお母さんと一緒に、領内の人へ奉仕しなければならないだろう?」
「うん、そうね。そうだった」
「それにほら、この子は『馬鹿魔力』なんだろう?」
「そうだった。うん。アーシェは『馬鹿魔力』だもんね」

 テレジアには言われ慣れているけれど、フィリップまでそういう認識だとは思わなかっただろう。

「アーシェリヲン」
「……はい、ごめんなさい」
「いやそうじゃなくてだね」

 アーシェリヲンは反射的に誤ってしまう。もちろん、何が『そうじゃなくて』なのか、彼にはその先が予想できなかった。

「え?」

 そんな彼を見てフィリップは笑いがこみ上げてくる。『この子はなんて頭が良すぎるのだろう』、と思ったはずだ。同時に、『アーシェリヲン』と呼ぶと、アーシェリヲンはしかられるかたしなめられると判断するのだとバレてしまったようだ。

「あぁそうか、うん。アーシェ」
「は、はい」
「あのね、お父さんがしきたことだから、アーシェにするなとは言わない。いや、言えないかな?」
「うん」
「お前はね、俺の後を継いでこの家を守るんだろう?」
「うん」
「それならね、お姉ちゃんを心配させたら駄目だろう?」
「う、……はい」
「これでアーシェが魔力を枯渇させて倒れたとしても、寝かせておけば大丈夫だって、テレジアも理解できたね?」
「はい、お父さん」
「お父様、じゃないの?」
「アーシェっ!」

 テレジアは、アーシェリヲンの柔らかそうな頬を両手の指先で引っ張る。自業自得だと見守るフィリップ。

「いふぁいっへ、いふぁいってはおへえひゃん」

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