上 下
25 / 36
第四章 ダンジョンへいってみよー

第5話 文字通り、時と空の彼方へ

しおりを挟む
「あら? イクエちゃんじゃないの。おはよう」
「おはようございます」
「今のところ、掃除はな――」
「掃除っていいましたよね? カナリアさん」
「いいえぇ、気のせいよ。用事って言ったの、よ・う・じ」

 シルダがとぼけるような仕草をカナリアがしている。だからすぐに誤魔化していることがわかった。
 そのまま掃除ようじがないことを再度確認して、育江たちは宿屋へ戻ってきた。もちろん、昼ご飯、晩ご飯になりうる買い物を済ませた上で。

 部屋に戻ってきたからか、シルダはご飯を食べたばかりだったから、ベッドでころんと寝っ転がって、気がついたら『すぴーっ』っと寝息をたてていた。

「まぁ、今日はいいんだけどね。さて、と」

 育江はテーブルに備え付けられている椅子に座った。テーブルの上にある水差しから、コップに水を注ぐ。インベントリからジョッキを出すと、コップの横に並べる。グラスとジョッキの距離はほんの数センチ。これでテーブルの上は準備完了。

「ぽちっとな」

 システムメニューを出しっぱなしにする。時空魔法の取得経験値が一なのを確認。

 育江にとって、これまで一度も試したことがない魔法だ。初級のものを唱えて、どのような現象が起きるかは、やってみないとわからない。レベル一の呪文が『目視物体転移センドオブジェクト』とあるので、一番安全なものを用意したことになる。
 育江は、グラスの水をじっと見ながら、呪文を口ずさむ。

「『目視物体転移』、……あれ?」

 不発だった。なぜそう言いきれるのかというと、魔力が減っていないから。

「あるあるですよねー」

 両肩を上下させて、肩の力を意識的に抜く努力、リラックスできればと思っただろう。

「『目視物体転移センドオブジェクト』」

 二回目ももちろん不発。もちろん、魔力は減っていない。

「まぁそもそも、成功してもからってさ、そのうちどれくいらいの確率で、経験値入るかがわかんないんだから」

 気楽に、今日でスキル上げを終わらせるわけではない。あちらにいたときは、課金アイテムに『スキル成功率n倍チケット』とか、『経験値取得nパーセント増量チケット』などがあったくらい。
 上がるときは上がる、上がらないときはとことん上がらないのがスキル。サイコロを振って、思った目を出るように祈って振ったとして、うまく収束することもそれは確率、まったく出ないのもまた確率。
 スキルを連打するように、何かを行動したからといって、必ず経験値が一は入ると思ってはいけない。経験値取得できるように当たりを出すためのロジックも働いてはいるが、その反面、経験値取得をさせないためにハズレを出すためのロジックも働いている。それが経験値取得のロジックだということ。
 これは育江ではない誰かが調べたと思われる事象を、育江が身をもって検証作業を市焚けっ結果、『そういうもの』だと納得した事実にほど近い現象だということ。なので、焦っても仕方がないのは重々承知の上。

「ただねー、早くなんとかしたいのは山々。シルダの育成も止まっちゃってるし……」
「ぐあ――すぴぃ……」
「寝言ですかー」

 とにかく地味に、何度も何度も重ねるように呪文を続けるだけ。当てるけいけんちをもらうためには、取得に成功する数以上のスキルを連打する必要があるだけ。
 スキルが上がったきっかけが掴めたなら、その方法を試して検証をしつつ、効率の良いスキルが下を続けていく、そのような努力は怠らない。これが育江のスキル上げの神髄だった。

「あれ? 経験値、そういえば失敗しても入るんだっけ? すっかり忘れてたかも」

 時空魔法、取得経験値欄の数字が、一から四に上がっていた。育江はスキルが失敗、不発だったとしても上がる場合があるのを忘れていた。これを一部では『失敗上げ』と呼ばれていた。

「けどねー、成功した方がもらえる経験値多かったはずなのよ」

 それもまた事実。空間魔法スキル上げの退屈さに比べたら、知らない現象が起きるのを待っているだけわくわくできる。このあたり、育江はまだまだゲーマー気質が残っているのだろう。

 育江はまた、グラスの水面をじっと見つめる。

「『目視物体転移センドオブジェクト』」

 すると水面が若干揺れたような気がする。システムメニュー上の残存魔力は、空間魔法でインベントリを利用するときよりは多く魔力が減っており、取得経験値欄も四から八に増えていた。

「……ということは成功? なんて地味な魔法なの?」

 となりのジョッキの底を見ると、若干濡れているのが見てとれる。グラスからジョッキへ、若干だが水が『転移』されたのは間違いない。
 熟練度ももちろん関係しているのだろう。成功した分だけ熟練度も上がることがある。それによって、多少は効果も違ってくるはずだ。

「『目視物体転移』」

「『目視物体転移』」

「『目視物体転移』」

「『目視物体転移』」

 育江はただひたすら『目視物体転移』を連打するのだった。

「――『目視物体転移』」

 経験値欄から見るに、百回目は優に超えた成功だったか。徐々に魔力の消費も多くなってきたのが実感したあたりで、やっとグラスに入っていた水がジョッキへ全て移し替えられている。
 PWOあちらでは、親切な人に教えてもらったりして、スキルや魔法の空打からうちから始めたことはあった。ただ、あのときは『初心者さん頑張って、応援チケット』があったから、ここまで地味な作業になったりはしなかった。

 システムメニューの現在時刻を見ると、午前十時を越えたあたり。ギルドから戻って小一時間というところだろう。
 シルダはまだ気持ちよさそうに寝ている。寝る子は育つということわざがあるように、シルダもすくすく育っているのだろう。

 ジョッキからだと、水面を見るのが大変なので、ジョッキに移った水を育江は飲み干す。集中していたからか、初夏だからか。宿の中の室温は、どうやらマジックアイテムである程度調整されているようにも思える。
 けれど、喉からしみる水の味と香り、その美味しさも心地よさも、スキル上げを頑張っている充実感を底上げしてくれるくらいに、良いものだっただろう。

 新しく水差しからグラスに水を注いで、ラップ二週目。

「さて、頑張りますか『目視物体転移』、……よし、成功」

 ▼

 育江は、自分の服の裾が引っ張られる感触で我に返る。

「ぐあっ、ぐあっ」

 声の方を見ると、シルダが見ている。

「あ、あぁ。集中してたから気づかなかったわ。ごめんねシルダ」
「ぐあぁ……」

 シルダはうつむき加減でお腹をさすって、育江を見て恨めしそうな目をしている。

「はいはい、今あげるからね」

 するとシルダは、育江の隣の椅子を自分で引く。そこにちょこんと座り、口を軽く開けて待っている。

「ぐあっ」

 育江は、スキル上げに使っていた水差しとグラス、ジョッキを避ける。インベントリから持ち手が二つついた、大きめのジョッキを取り出すと、ストローを挿して水差しから水を注ぐ。
 実はシルダは、ストローを使って水を器用に飲む。口をぴったり閉じた状態で、右側か左側か、気分で変えつつ、ストローで水を吸い上げる。

「ぐあっ」

 『準備完了だからご飯』、そんな感じなのだろう。

「はい。シルダ」
「ぐぎゃ」

 いつものように『焼いただけの蛇肉』を美味しそうに頬張る。

「飽きないねー」
「ぐあ?」

 今日も一日お休みみたいなもの。シルダは満腹になると、ベッドでまた寝息をたてている。
 最近は、ギルドでカナリアの『お願い』を聞いていたからか、収入的にも余裕がでてきた。これといって贅沢をするわけではないが、前のように『今日は何をしようか?』と思えるくらいになるまでもう少しなのだろう。

「『目視物体転移』、『目視物体転移』、『目視物体転移』――」

 あと二割ほどで、レベルも上がる。そんな状態になると、水の転移は終えていた。空になったジョッキを一度見て、動かしたいテーブル上の座標ともいえる位置を見る。その状態で魔法を唱える。

「『目視物体転移』」

 十センチくらい移動しただろうか?

「おー」

 これだけでもそれなりに魔力を消費する。『ペットケージ』ほどではないにしても、二、三パーセント弱くらいは残存魔力のゲージ動いたかもしれない。

 とまじゅーを飲もうかと思ったけれど、最近は何もないとき朝一杯だけで我慢をしている。『何もないとき』とは、カナリアの無理な『お願い』のことである。
 それならその代わりになる呪文を使えばいい。

「『パルズマナ』」

 魔力回復補助呪文『パルズマナ』、これで十秒に一度、じわっと魔力が回復する。効果はとまじゅーと同じくらいだろう。

「よし、『目視物体転移』、『目視物体転移』……」

 連打しても、気にならない程度になっていた。

 更に小一時間ほど――
 一瞬、取得経験値欄が光ったような気がする。見ると、経験値の数値が一桁に戻っている。

「あ、もしかして上がった?」

 別に身体へ変化があるわけではないから、確認しないとわからないものである。育江は、時空魔法の行使可能呪文の一覧を見る。そこには、『目視物体転移』の次に『目視自身転移ムーブセルフ』というのが表示されていた。

「おー。『目視自身転移』ってどんな効果なんだろうね?」

 呪文の説明を見るが、別に何も記されていない。おそらくは、文字通りの効果ということなのだろう。

「すーっ、……はーっ。よし、『目視自身転移』」

 魔力の変化なし。

「ですよねー」

 お約束の失敗であった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

おばあちゃん(28)は自由ですヨ

七瀬美緒
ファンタジー
異世界召喚されちゃったあたし、梅木里子(28)。 その場には王子らしき人も居たけれど、その他大勢と共にもう一人の召喚者ばかりに話し掛け、あたしの事は無視。 どうしろっていうのよ……とか考えていたら、あたしに気付いた王子らしき人は、あたしの事を鼻で笑い。 「おまけのババアは引っ込んでろ」 そんな暴言と共に足蹴にされ、あたしは切れた。 その途端、響く悲鳴。 突然、年寄りになった王子らしき人。 そして気付く。 あれ、あたし……おばあちゃんになってない!? ちょっと待ってよ! あたし、28歳だよ!? 魔法というものがあり、魔力が最も充実している年齢で老化が一時的に止まるという、謎な法則のある世界。 召喚の魔法陣に、『最も力――魔力――が充実している年齢の姿』で召喚されるという呪が込められていた事から、おばあちゃんな姿で召喚されてしまった。 普通の人間は、年を取ると力が弱くなるのに、里子は逆。年を重ねれば重ねるほど力が強大になっていくチートだった――けど、本人は知らず。 自分を召喚した国が酷かったものだからとっとと出て行き(迷惑料をしっかり頂く) 元の姿に戻る為、元の世界に帰る為。 外見・おばあちゃんな性格のよろしくない最強主人公が自由気ままに旅をする。 ※気分で書いているので、1話1話の長短がバラバラです。 ※基本的に主人公、性格よくないです。言葉遣いも余りよろしくないです。(これ重要) ※いつか恋愛もさせたいけど、主人公が「え? 熟女萌え? というか、ババ專!?」とか考えちゃうので進まない様な気もします。 ※こちらは、小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

じいちゃんから譲られた土地に店を開いた。そしたら限界集落だった店の周りが都会になっていた。

ゆうらしあ
ファンタジー
死ぬ間際、俺はじいちゃんからある土地を譲られた。 木に囲まれてるから陽当たりは悪いし、土地を管理するのにも金は掛かるし…此処だと売ったとしても買う者が居ない。 何より、世話になったじいちゃんから譲られたものだ。 そうだ。この雰囲気を利用してカフェを作ってみよう。 なんか、まぁ、ダラダラと。 で、お客さんは井戸端会議するお婆ちゃんばっかなんだけど……? 「おぉ〜っ!!? 腰が!! 腰が痛くないよ!?」 「あ、足が軽いよぉ〜っ!!」 「あの時みたいに頭が冴えるわ…!!」 あ、あのー…? その場所には何故か特別な事が起こり続けて…? これは後々、地球上で異世界の扉が開かれる前からのお話。 ※HOT男性向けランキング1位達成 ※ファンタジーランキング 24h 3位達成 ※ゆる〜く、思うがままに書いている作品です。読者様もゆる〜く呼んで頂ければ幸いです。カクヨムでも投稿中。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)

こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位! 死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。 閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話 2作目になります。 まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。 「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

処理中です...