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第三章 こちらの世界の調教師
第5話 獣ホイホイ
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シルダがしっぽで吹っ飛ばしたのは、毛の長い猪のような獣だった。体高は軽くシルダの身長を超える。体長は二メートルはないくらい。
「これは驚いた。可愛らしいから連れて歩いてるのかと思ったんだけど、獣魔は見た目で判断しちゃダメみたいだ」
「すみませんね、驚かせてしまったみたいで」
「ぐあっ」
「大丈夫だよ。私が勝手に驚いただけだから。イクエちゃんもね、噂で聞いてた調教師とは違ってたもんだから。どこに大きな獣魔を連れてるんだと探したけど、シルダちゃんしか連れてないじゃないか? 『大丈夫か』って初めは疑っちゃったよ。こちらこそ、ごめんね」
「いえいえ」
「ぐあっ」
シルダの頭をぐりぐり撫でる育江。
「はいはい、つよいつよい。あ、この獣どうしますか?」
「あぁ、『土猪』だね。土色の汚れたような、汚い毛を持ってるだろう? でもこいつ、結構うまいんだ」
「あ、それなら好きにしてもらって構いませんよ」
「そうかい? それなら遠慮なく」
そういうと、『土猪』の腹あたりを蹴飛ばしてひっくり返すと、片手でずるずると引きずっていく。
「すっご……」
「これくらいなら、毎日農作業してたらできるようになるって」
(農作業って、スキル上げになるんだ……)
育江は内心そう感心した。確かに、育江が考える筋力を上げる方法と同じようにも思えるからだ。
「そうなんですね」
「ぐあぁ……」
ずるずると土猪をひきずったギルマの案内で村長宅へ。平屋で丸太を組んで作られた、ログハウス風の建物。隙間があるからか、夏涼しく、冬は寒そうに見える。
「父ちゃん。死んでないのか?」
「当たり前だ」
「それは残念だ。働かざる者食うべからずだから、飯食う資格ないし、放っておけばそのうち、……ってたんだけどな。そしたらほら、私が村長になるからな」
「お前何気に、俺が嫌いだろう?」
なんという父と娘の会話。
「そんなことないぞ、それより客だ」
「……その小さいのがか?」
「ぐあ?」
育江より先に入ってしまったシルダが返事をしてしまう。
「いや、負けないくらいに可愛い子だ」
「シルダ、先にいってどうすんのよ? あ、すみません。ギルドから派遣されてきま――」
「おぉ、魔法使いさんか?」
鍔の広い年季の入ったとんがり帽子と、外套を羽織る姿を見て、そう判断したのだろう。
「いや、調教師さんだ」
「なんだ、調教師か……」
ここでも、調教師はあまりよく思われていないのかもしれない。
「父ちゃんそれは失礼だ。寝言はこいつを見てから言え」
引きずってきた土猪を放り投げる。
「まじか? ついに、来てくれたか――いででで……」
「無理すんなって、本当に死ぬぞ?」
「骨折ったくらいで死ぬかって……」
父ちゃんと呼ばれた、村長は本当に骨折していたようだ。左足に添え木をして、身動きが取れないでいるように見える。
「あ、動かない方がいいですよ。これならあたしでもいけそうです」
「何のことだい? 調教師のお嬢ちゃん」
「すみません、ちょっと黙っててもらえますか?」
「お、おう……」
育江は、村長の膝辺りに手を添える。
(『鑑定』、……と、うん、『骨折あり』ってあるね)
「『ライトヒール』」
(『鑑定』、……もういっちょかな?)
「『ライトヒール』、『ライトスタム』、……はおまけ」
(『鑑定』、……よし、完治っと)
「はい。もういいですよ」
「いいって、どういうことだい?」
「何でもいいから立ってみろって」
無理矢理村長の腕を引き上げようとするギルマ。
「ちょっと待て、痛いんだって――あれ? 痛くねぇ……。もしや、白魔法使いさんなのか?」
「いいえ、調教師ですけど?」
「私だって考えを改めたんだ。調教師さんにも、まともな人だっているんだって」
「あぁ、驚いたよ」
(どんだけ嫌われてんのよ……)
「あの、今のは秘密にしておいてくださいね? じゃないと、シルダに踏んでもらって、もう一度元通りにしますから」
「ぐぎゃっ」
「……おっかねぇな」
「あははは。もちろん秘密にするよ。わかったな? 父ちゃん」
「お、おう」
村長宅から、裏手の倉庫へ。足を踏み入れるとなんと、育江にとって麗しのとまじゅーの香りが漂ってくる。
「あぁあああ、とまじゅーが……」
そう呟きながら、育江はふらふらと壁際の樽の前へ歩いて行く。
「あぁ、その樽かい? 私たちは『とまじる』って呼んでてな、それを水で薄めて、缶詰にするんだ」
「もしかして、とまじゅーの元になるやつですか?」
「それでもあと十樽しか残ってないけどね。……飲んでみるかい?」
「い、いいんですか?」
「ちょっとまってな」
ギルマは一度村長宅へ戻ると、すぐに帰ってくる。木製のジョッキに似たコップを持ってくると、そこに『とまじる』を柄杓で入れる。水入れから水を注ぎ、軽く混ぜて育江に渡す。
「はいよ。ちょっと濃いめかもだけど」
「いただきますっ」
育江は『ごっきゅごっきゅ』と、喉を美味しそうに鳴らす。
「――ぷっはぁ。と、とまじゅーだっ。甘くて濃くてすっごく美味しい」
いつも飲んでるとまじゅーの倍くらいに濃縮された甘みと旨味。育江が濃厚とまじゅーを堪能しているときだった。
『どんっ!』
振動と共に、壁に何かがぶつかる音がする。
「シルダっ」
「ぐぎゃっ」
育江のシルダを呼ぶ声に反応して、彼女は外へ飛び出していく。育江もシルダの後を追って倉庫を出るが、すでにときは遅し。
壁沿いに倒れている土猪の横で『ドヤ可愛い』ポーズをしている、シルダの姿があった。
「ぐぎゃ」
「はいはい、えらいえらい、かわいいかわいい」
「ぐあぁ……」
村長宅から出てくるギルマ父の驚く表情。
「すごいねぇ、シルダちゃんは」
「ぐぎゃっ」
ギルマにも『ドヤ可愛ポーズ』を見せるシルダ。
「ギルマさん」
「なんだい?」
「この土猪ですけど」
「あぁ、『とまじる』の匂いにつられて来たんだろうさ。こいつらは鼻がいいから」
「それなら、こう、……でどうでしょう?」
「あぁ、それならいいかもだな」
その場の勢いで、作戦会議。村の人たちの安全も配慮して、あーでもない、こーでもないと、意見を出し合う育江とギルマ。
「ぐあ?」
▼
村から少し離れた場所。そこに『とまじる』の入った樽を置き、周りにはもの凄く、水で薄く薄く希釈したとまじゅーを蒔いていく。
「もったいないけど、まぁ仕方ないでしょ」
「ぐあ?」
村の人たちには、家から出ないように注意を促し、作戦は開始されようとしていた。
「これで来ますかね?」
「あぁ、あの状態でも釣れるんだ。ここまでしたら、ほら、聞こえてきたぞ」
まるで騎馬隊でも近寄ってくるかのような、『ドドドドド』という地響きにも似た音が響いてくる。
「隠れていなくても大丈夫ですか?」
「こうみえても、村で一番力はあるからね」
多少の怪我なら育江がいれば大丈夫だ。それに、力があるというのも先ほど見た、土猪を引きずるギルマの姿を見ていたら納得だろう。
「シルダ、準備はいい?」
「ぐあっ」
育江は、左手に持った濃厚とまじゅーの入ったジョッキを煽る。
「――ぷはっ。一応、ギルマさんまでは届かせませんので、とまじゅーの補充だけ、お願いします」
「はいよ、……って本当に好きだね」
「あたしの血みたいなものですから」
目の前五十メートルくらいまで、土猪の群れが迫ってきている。
「シルダっ!」
「ぐあっ」
育江の号令でシルダが飛び出す。ギルマから見たら、無謀な特攻に思えるだろう。
「ぐあっ」
群れに飛び込んだシルダのいたあたりで、一匹ずつ土猪がはじけ飛んでいく。
「おぉ、すっごいな」
「これからです『ライトスタム』」
シルダに体力回復呪文の『ライトスタム』をかける。こうすることで、シルダの疲れを癒やし、シルダも全開走行で攻撃し続けることができるわけだ。
「『ライトスタム』、『ライトスタム』、『ライトスタム』……、んくんくんく、ぷはっ。ありがとうございますっ。『ライトスタム』」
詠唱しつつ、合間に濃厚とまじゅーを補給。
「ぐぎゃっ、ぐぎゃっ――」
シルダはまるで、遊んでいるかのように、楽しそうな声を出している。
「『ライトスタム』、『ライトスタム』、『ライトスタム』……」
ぎりぎり魔力が枯渇しない程度に、『ライトスタム』を連打。土猪程度の獣では、シルダにダメージを与えることは不可能のようだから、生命力回復ではなく体力回復を優先にしている状態。
「これが調教師さんかいな……、噂に聞いてたのと全く違うじゃないか」
倒れた土猪を乗り越えて、それでも『とまじる』目指して群れは続いている。まるで『獣ホイホイ』でもここにあるみたいな状況だ。
いったいどれほど『とまじる』や『マトトマト』は、これらの獣を引き寄せるほどの匂いや旨さを出しているのだろう?
「『ライトスタム』、『ライトスタム』、もいっちょ『ライトスタム』っと」
▼
あれからどれくらい経っただろうか? 周りには土猪が死屍累々。育江は汗だく。
ギルマは呆れ、村長のギルマ父は驚きの光景を見て唖然とし、村の人たちは大喜びだった。
(ぽちっとな。……やっぱり、シルダの経験値、これっぽっちも入ってない。その代わり、治癒魔法が上がってるし。そりゃあれだけ連打すればねぇ……)
システムメニューにある、シルダのステータスに変化はない。治癒魔法は、レベル三から四になっていた。
これで使える呪文も増えているというもの。
「ざっと数えて、百五十はいるけど、どうする?」
「いえ、どうすると言われましても」
「うちじゃいいとこ十匹くらいしか、あとは腐らせちまうからなぁ」
「わかりました。あたしが持って帰ります」
「そうしてくれると助かるよ」
育江は十匹を残して、あとは全部インベントリへ格納していった。
「それが『空間魔法』ってやつか、いや見事なもんだね」
「これも秘密でお願いしますね」
「大丈夫だよ。約束は守るさ」
ややあって夕方になるころ。解体した土猪の肉を振る舞って、村はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
「その、報酬なんですが」
「あぁ、用意してあるけど?」
「いえ、できたらなんですが、『とまじる』を分けていただけたらと」
「長持ちしないよ、これ?」
「あ、それなら大丈夫です。『あれ』の中なら腐りませんから」
「そういうものなのか。いやはや、イクエちゃんはとんでもないな」
「秘密でお願いします」
「わかってるよ」
▼
「――という顛末でした」
ギルドに帰ってきた育江と、報告書に記入しているカナリア。マトトマト村、村長代理のギルマから感謝状がギルド宛てに書かれていた。
育江は土猪を引き取ったので、報酬は辞退。追加報酬のみ、『とまじる』を樽で五樽もらってきた。これでしばらくは、とまじゅーに困らないだろう。ほくほくである。
「それで、その土猪は?」
「全部買い取ってもらえますか?」
「まじですかー……」
「これは驚いた。可愛らしいから連れて歩いてるのかと思ったんだけど、獣魔は見た目で判断しちゃダメみたいだ」
「すみませんね、驚かせてしまったみたいで」
「ぐあっ」
「大丈夫だよ。私が勝手に驚いただけだから。イクエちゃんもね、噂で聞いてた調教師とは違ってたもんだから。どこに大きな獣魔を連れてるんだと探したけど、シルダちゃんしか連れてないじゃないか? 『大丈夫か』って初めは疑っちゃったよ。こちらこそ、ごめんね」
「いえいえ」
「ぐあっ」
シルダの頭をぐりぐり撫でる育江。
「はいはい、つよいつよい。あ、この獣どうしますか?」
「あぁ、『土猪』だね。土色の汚れたような、汚い毛を持ってるだろう? でもこいつ、結構うまいんだ」
「あ、それなら好きにしてもらって構いませんよ」
「そうかい? それなら遠慮なく」
そういうと、『土猪』の腹あたりを蹴飛ばしてひっくり返すと、片手でずるずると引きずっていく。
「すっご……」
「これくらいなら、毎日農作業してたらできるようになるって」
(農作業って、スキル上げになるんだ……)
育江は内心そう感心した。確かに、育江が考える筋力を上げる方法と同じようにも思えるからだ。
「そうなんですね」
「ぐあぁ……」
ずるずると土猪をひきずったギルマの案内で村長宅へ。平屋で丸太を組んで作られた、ログハウス風の建物。隙間があるからか、夏涼しく、冬は寒そうに見える。
「父ちゃん。死んでないのか?」
「当たり前だ」
「それは残念だ。働かざる者食うべからずだから、飯食う資格ないし、放っておけばそのうち、……ってたんだけどな。そしたらほら、私が村長になるからな」
「お前何気に、俺が嫌いだろう?」
なんという父と娘の会話。
「そんなことないぞ、それより客だ」
「……その小さいのがか?」
「ぐあ?」
育江より先に入ってしまったシルダが返事をしてしまう。
「いや、負けないくらいに可愛い子だ」
「シルダ、先にいってどうすんのよ? あ、すみません。ギルドから派遣されてきま――」
「おぉ、魔法使いさんか?」
鍔の広い年季の入ったとんがり帽子と、外套を羽織る姿を見て、そう判断したのだろう。
「いや、調教師さんだ」
「なんだ、調教師か……」
ここでも、調教師はあまりよく思われていないのかもしれない。
「父ちゃんそれは失礼だ。寝言はこいつを見てから言え」
引きずってきた土猪を放り投げる。
「まじか? ついに、来てくれたか――いででで……」
「無理すんなって、本当に死ぬぞ?」
「骨折ったくらいで死ぬかって……」
父ちゃんと呼ばれた、村長は本当に骨折していたようだ。左足に添え木をして、身動きが取れないでいるように見える。
「あ、動かない方がいいですよ。これならあたしでもいけそうです」
「何のことだい? 調教師のお嬢ちゃん」
「すみません、ちょっと黙っててもらえますか?」
「お、おう……」
育江は、村長の膝辺りに手を添える。
(『鑑定』、……と、うん、『骨折あり』ってあるね)
「『ライトヒール』」
(『鑑定』、……もういっちょかな?)
「『ライトヒール』、『ライトスタム』、……はおまけ」
(『鑑定』、……よし、完治っと)
「はい。もういいですよ」
「いいって、どういうことだい?」
「何でもいいから立ってみろって」
無理矢理村長の腕を引き上げようとするギルマ。
「ちょっと待て、痛いんだって――あれ? 痛くねぇ……。もしや、白魔法使いさんなのか?」
「いいえ、調教師ですけど?」
「私だって考えを改めたんだ。調教師さんにも、まともな人だっているんだって」
「あぁ、驚いたよ」
(どんだけ嫌われてんのよ……)
「あの、今のは秘密にしておいてくださいね? じゃないと、シルダに踏んでもらって、もう一度元通りにしますから」
「ぐぎゃっ」
「……おっかねぇな」
「あははは。もちろん秘密にするよ。わかったな? 父ちゃん」
「お、おう」
村長宅から、裏手の倉庫へ。足を踏み入れるとなんと、育江にとって麗しのとまじゅーの香りが漂ってくる。
「あぁあああ、とまじゅーが……」
そう呟きながら、育江はふらふらと壁際の樽の前へ歩いて行く。
「あぁ、その樽かい? 私たちは『とまじる』って呼んでてな、それを水で薄めて、缶詰にするんだ」
「もしかして、とまじゅーの元になるやつですか?」
「それでもあと十樽しか残ってないけどね。……飲んでみるかい?」
「い、いいんですか?」
「ちょっとまってな」
ギルマは一度村長宅へ戻ると、すぐに帰ってくる。木製のジョッキに似たコップを持ってくると、そこに『とまじる』を柄杓で入れる。水入れから水を注ぎ、軽く混ぜて育江に渡す。
「はいよ。ちょっと濃いめかもだけど」
「いただきますっ」
育江は『ごっきゅごっきゅ』と、喉を美味しそうに鳴らす。
「――ぷっはぁ。と、とまじゅーだっ。甘くて濃くてすっごく美味しい」
いつも飲んでるとまじゅーの倍くらいに濃縮された甘みと旨味。育江が濃厚とまじゅーを堪能しているときだった。
『どんっ!』
振動と共に、壁に何かがぶつかる音がする。
「シルダっ」
「ぐぎゃっ」
育江のシルダを呼ぶ声に反応して、彼女は外へ飛び出していく。育江もシルダの後を追って倉庫を出るが、すでにときは遅し。
壁沿いに倒れている土猪の横で『ドヤ可愛い』ポーズをしている、シルダの姿があった。
「ぐぎゃ」
「はいはい、えらいえらい、かわいいかわいい」
「ぐあぁ……」
村長宅から出てくるギルマ父の驚く表情。
「すごいねぇ、シルダちゃんは」
「ぐぎゃっ」
ギルマにも『ドヤ可愛ポーズ』を見せるシルダ。
「ギルマさん」
「なんだい?」
「この土猪ですけど」
「あぁ、『とまじる』の匂いにつられて来たんだろうさ。こいつらは鼻がいいから」
「それなら、こう、……でどうでしょう?」
「あぁ、それならいいかもだな」
その場の勢いで、作戦会議。村の人たちの安全も配慮して、あーでもない、こーでもないと、意見を出し合う育江とギルマ。
「ぐあ?」
▼
村から少し離れた場所。そこに『とまじる』の入った樽を置き、周りにはもの凄く、水で薄く薄く希釈したとまじゅーを蒔いていく。
「もったいないけど、まぁ仕方ないでしょ」
「ぐあ?」
村の人たちには、家から出ないように注意を促し、作戦は開始されようとしていた。
「これで来ますかね?」
「あぁ、あの状態でも釣れるんだ。ここまでしたら、ほら、聞こえてきたぞ」
まるで騎馬隊でも近寄ってくるかのような、『ドドドドド』という地響きにも似た音が響いてくる。
「隠れていなくても大丈夫ですか?」
「こうみえても、村で一番力はあるからね」
多少の怪我なら育江がいれば大丈夫だ。それに、力があるというのも先ほど見た、土猪を引きずるギルマの姿を見ていたら納得だろう。
「シルダ、準備はいい?」
「ぐあっ」
育江は、左手に持った濃厚とまじゅーの入ったジョッキを煽る。
「――ぷはっ。一応、ギルマさんまでは届かせませんので、とまじゅーの補充だけ、お願いします」
「はいよ、……って本当に好きだね」
「あたしの血みたいなものですから」
目の前五十メートルくらいまで、土猪の群れが迫ってきている。
「シルダっ!」
「ぐあっ」
育江の号令でシルダが飛び出す。ギルマから見たら、無謀な特攻に思えるだろう。
「ぐあっ」
群れに飛び込んだシルダのいたあたりで、一匹ずつ土猪がはじけ飛んでいく。
「おぉ、すっごいな」
「これからです『ライトスタム』」
シルダに体力回復呪文の『ライトスタム』をかける。こうすることで、シルダの疲れを癒やし、シルダも全開走行で攻撃し続けることができるわけだ。
「『ライトスタム』、『ライトスタム』、『ライトスタム』……、んくんくんく、ぷはっ。ありがとうございますっ。『ライトスタム』」
詠唱しつつ、合間に濃厚とまじゅーを補給。
「ぐぎゃっ、ぐぎゃっ――」
シルダはまるで、遊んでいるかのように、楽しそうな声を出している。
「『ライトスタム』、『ライトスタム』、『ライトスタム』……」
ぎりぎり魔力が枯渇しない程度に、『ライトスタム』を連打。土猪程度の獣では、シルダにダメージを与えることは不可能のようだから、生命力回復ではなく体力回復を優先にしている状態。
「これが調教師さんかいな……、噂に聞いてたのと全く違うじゃないか」
倒れた土猪を乗り越えて、それでも『とまじる』目指して群れは続いている。まるで『獣ホイホイ』でもここにあるみたいな状況だ。
いったいどれほど『とまじる』や『マトトマト』は、これらの獣を引き寄せるほどの匂いや旨さを出しているのだろう?
「『ライトスタム』、『ライトスタム』、もいっちょ『ライトスタム』っと」
▼
あれからどれくらい経っただろうか? 周りには土猪が死屍累々。育江は汗だく。
ギルマは呆れ、村長のギルマ父は驚きの光景を見て唖然とし、村の人たちは大喜びだった。
(ぽちっとな。……やっぱり、シルダの経験値、これっぽっちも入ってない。その代わり、治癒魔法が上がってるし。そりゃあれだけ連打すればねぇ……)
システムメニューにある、シルダのステータスに変化はない。治癒魔法は、レベル三から四になっていた。
これで使える呪文も増えているというもの。
「ざっと数えて、百五十はいるけど、どうする?」
「いえ、どうすると言われましても」
「うちじゃいいとこ十匹くらいしか、あとは腐らせちまうからなぁ」
「わかりました。あたしが持って帰ります」
「そうしてくれると助かるよ」
育江は十匹を残して、あとは全部インベントリへ格納していった。
「それが『空間魔法』ってやつか、いや見事なもんだね」
「これも秘密でお願いしますね」
「大丈夫だよ。約束は守るさ」
ややあって夕方になるころ。解体した土猪の肉を振る舞って、村はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
「その、報酬なんですが」
「あぁ、用意してあるけど?」
「いえ、できたらなんですが、『とまじる』を分けていただけたらと」
「長持ちしないよ、これ?」
「あ、それなら大丈夫です。『あれ』の中なら腐りませんから」
「そういうものなのか。いやはや、イクエちゃんはとんでもないな」
「秘密でお願いします」
「わかってるよ」
▼
「――という顛末でした」
ギルドに帰ってきた育江と、報告書に記入しているカナリア。マトトマト村、村長代理のギルマから感謝状がギルド宛てに書かれていた。
育江は土猪を引き取ったので、報酬は辞退。追加報酬のみ、『とまじる』を樽で五樽もらってきた。これでしばらくは、とまじゅーに困らないだろう。ほくほくである。
「それで、その土猪は?」
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