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第三章:潮目

それぞれの思惑(1)

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 イクリプス王国、王宮。閉鎖的で文明の発展に乏しいこの国の象徴は、ポーラニア帝国の皇宮に劣らない規模を誇っているが、帝国のそれと比べると細かなつくりの拙さが見て取れた。
 その王宮の地下には土を掘り固めただけの簡素な階段があり、いずこかへとつながっている。道中にはまったく明かりがなく、そんな頼りない細道をランプの灯りだけを頼りに恐る恐る進む者がいた。この地下通路の存在を知る者は、王国内でこの人物以外にいない。
 常人であれば、ランプが消えたらどうするとか足を踏み外したらどうするという恐怖に駆られ、足取りは慎重になるだろう。しかし、その人物は王宮の階段を歩くのと変わりない様子で土階段を下っていた。
 やがて、その人物は階段の終点にたどり着く。目の前には、それまでの簡素なつくりからは想像もできないほど重厚な扉が立ちはだかった。
 扉の向こうと何事かの符丁をやり取りした後、扉がゆっくりと開く。その人物は自分が入れるギリギリの隙間が開くとその身をすべらせるように扉の向こうへと入り込んだ。

「いらっしゃいませ、王太子殿」

 扉の向こうへ入り込んだ人物……イクリプス王国王太子、オースティン・イクリプスを迎えたのは、フードを目深に被った初老の女性だった。

「ふん。相変わらずのようだな」

 オースティンは自らも被っていたフード付きコートを脱ぎ捨て、木製の椅子にどかっと腰を落とす。もし知らない誰かが地下通路に入ってきても自分のことがばれないようにするための対策であった。

「そちらの準備は滞りなく進んでいるんだろうな?」
「ええ、ええ、もちろんですとも。あとは具体的な日付さえ決まれば、それに合わせて最終調整をするだけですもの」
「ならいい。パーティーの日程が決まった」

 オースティンは懐から一枚の紙を差し出す。そこには、ステラリアとレイジの婚約記念パーティーの開催日程が記載されていた。

「なるほどなるほど……概ね予想通りですな」

 ローブの女性は差し出された紙を眺め、手元の紙に要点を書き写していく。

「それにしても、ご執心の女性の婚約記念パーティーだというのに、殿下はいつも通りでいらっしゃいますな」
「最終的にステラリアが俺のものになるなら、過程などどうでもいい」

 ローブの女性からの問いに、考えるそぶりもなく答える。

「しかし、本当に望む状態で手に入りますかねえ?」
「どういう意味だ。まさか貴様、今になってステラリアを殺そうなどと考えているわけではあるまいな!?」
「いえいえ、我々にその気はありません。ですが、帝国ではどうでしょう。すでに皇太子がお手付きになっていて、皇太子との子を身ごもった状態で出てくるかもしれませんよ?」
「ステラリアが婚前交渉などするはずがない!!」

 オースティンは両手を力いっぱい机に叩きつける。机上のランプが揺れ、あわや転倒しかけるが、なんとか持ちこたえた。

「おお、怖い怖い……殿下、先ほど過程などどうでもいいとおっしゃったばかりではございませんか」
「挑発するような真似をするな!」

 しばらく拳を握りしめていたオースティンだったが、相手がそれ以上なにも言わずにこちらを待つばかりだったため、しだいに落ち着いて拳を開いた。

「……それで、パーティー開催期間の流れを整理するんだったよな?」

 オースティンが問うと、女性は「ええ」と答えてそらんじる。

「婚約記念パーティーの中で、ディゼルド騎士団と帝都騎士団は模擬戦を行います。帝国最強の騎士団は帝国を空け、王国最強の騎士団も自分の領地に居座る。その隙をついて、我がルナリア王国はイクリプス王国へ攻撃を仕掛けましょう」

 女性は懐から一枚の地図を取り出す。それはルナリア王国とイクリプス王国、ポーラニア帝国の三国間の国境を中心とした簡素なものだった。

「ルナリア王国との国境を守る騎士団はディゼルド騎士団ほどの規模も実力もありませんから、奴らはディゼルド騎士団に支援を要請するでしょう。ディゼルド騎士団もそれに応じて出撃するしかありません。今回の合同模擬戦は両国の軍事同盟をアピールするためのものですから、帝都騎士団も同行せざるを得ないでしょうねえ」
「イクリプス王国とポーラニア帝国の主力が一斉に貴様らへ襲い掛かるというのに、ずいぶんと余裕なんだな?」
「私には関係ありませんもの。それに、こちらの戦力も主力ではございませんし」

 ローブの下、深いしわの刻まれた口元が下卑た笑みに歪んだ。
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