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第三章:潮目
騎士団育成計画(4)
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事態の収拾はバスティエ伯爵に任せ、私は鍛錬場をあとにする。
「お疲れ様でした、お嬢様」
いつの間にあの場から離れていたのか、クラリスがすっと近づいて声をかけてくれた。
「クラリスもお疲れ様。怪我はなかった?」
「ええ、おかげさまで。本当に……うまくいったからよかったですが、こんな無茶はこれ限りにしてくださいね」
バスティエ騎士団に危機感を与えるために私が立てた計画。それは、私自身が国境を脅かす敵の役を担い、騎士団に「自分たちがこいつを排除しなければ帝国が危ない」と思わせることだった。
本来、意図的な敵国の誘致はイクリプス王国、ポーラニア帝国を問わず即死罪のはず。この計画を実施するには、あくまで私の言動が見せかけの反乱であって、本当に国境を破壊する意図はないとバスティエ伯爵に信じてもらう必要があった。
伯爵は信用九割不安一割といったところで、万難を排す意味でも計画に反対していたのだけど。私が強硬な姿勢を貫いたことと、クラリスからの嘆願もあって最終的には受け入れてくれた。
万全の体制で臨むことができ、計画を大成功で終えることができた。今日は伯爵に任せるが、明日からは心を入れ替えた騎士たちを指導することができるだろう。
「お嬢様、嬉しそうですね」
「そうかしら……いえ、そうかもね。国境の防衛が重要であることを理解するのは難しいことだから。彼らがそれを理解してくれたというのは、とても嬉しいと思うわ」
私の率いた騎士団は、すべてを出し尽くしても国境を守り切ることができなかった。だからこそ、気の緩んだ騎士団では国境を守り切れるとは思えない。
しかし、隣国が攻めてこないと危機感が薄れていくのもまた事実。今回はかなりの劇薬だったが、定期的に危機感を煽って鍛錬の意識を高める取り組みは必要だろう。
「お嬢様も、お怪我はありませんでしたか?」
「ええ、よくも悪くも一撃も受けなかったからね。今回は緩んでいたからなんとかなったけど、ちゃんと鍛え直した騎士たちを相手にするなら集団戦は危険だわ」
「今回も危険だったんですけどね?」
「なにか言ったかしら?」
私はすっとぼけて答える。
今回の件は私が負うべきリスクだった。相応のリターンが得られた今、これ以上言うことはない。
翌日から、私の指導による騎士団の鍛錬がはじまった。
今度は最初から緩んだ空気がなく、私の指導を受けて基礎からみっちりとやり直している。
「お前たちは一度、国境を守り切れない屈辱を味わった。しかし、これから誠実に鍛錬を重ねることでそれを取り返すことができる。……私は国境を守り切れなかった。お前たちには、そんな想いをしてほしくない」
という私の想いをしっかりと受け取ってくれたのだと思う。
もともと騎士としての素養があった者たちだ。基礎の重要性を再認識して鍛錬に取り入れることで瞬く間にその実力を高めていき、一週間もすれば見違えるほどに動きがよくなっていた。
「下半身を重視した姿勢は負担が大きい。長時間維持するには短期的な鍛錬もそうだが日々の鍛錬で維持し続けることによって実戦でも維持できるようになる。いきなり実戦で長時間これを維持できると思うな! 私がこの地を去った後も、いや、騎士の座を退くまでこの鍛錬は続くと思え!」
「はいっ!」
私の檄に、誰ひとり不満の声を漏らさず応える。
聞くところによると、バスティエ領の街中では騎士づてに私の風聞が広まり、帝国の敵という認識が少しずつ変わってきているらしい。
これまで顔を合わせてきた貴族だけでなく、騎士をはじめとする平民にまで私のことを受け入れる人物が現れたことに、私はわずかながら風向きの変化を感じ始めていた。
「お疲れ様でした、お嬢様」
いつの間にあの場から離れていたのか、クラリスがすっと近づいて声をかけてくれた。
「クラリスもお疲れ様。怪我はなかった?」
「ええ、おかげさまで。本当に……うまくいったからよかったですが、こんな無茶はこれ限りにしてくださいね」
バスティエ騎士団に危機感を与えるために私が立てた計画。それは、私自身が国境を脅かす敵の役を担い、騎士団に「自分たちがこいつを排除しなければ帝国が危ない」と思わせることだった。
本来、意図的な敵国の誘致はイクリプス王国、ポーラニア帝国を問わず即死罪のはず。この計画を実施するには、あくまで私の言動が見せかけの反乱であって、本当に国境を破壊する意図はないとバスティエ伯爵に信じてもらう必要があった。
伯爵は信用九割不安一割といったところで、万難を排す意味でも計画に反対していたのだけど。私が強硬な姿勢を貫いたことと、クラリスからの嘆願もあって最終的には受け入れてくれた。
万全の体制で臨むことができ、計画を大成功で終えることができた。今日は伯爵に任せるが、明日からは心を入れ替えた騎士たちを指導することができるだろう。
「お嬢様、嬉しそうですね」
「そうかしら……いえ、そうかもね。国境の防衛が重要であることを理解するのは難しいことだから。彼らがそれを理解してくれたというのは、とても嬉しいと思うわ」
私の率いた騎士団は、すべてを出し尽くしても国境を守り切ることができなかった。だからこそ、気の緩んだ騎士団では国境を守り切れるとは思えない。
しかし、隣国が攻めてこないと危機感が薄れていくのもまた事実。今回はかなりの劇薬だったが、定期的に危機感を煽って鍛錬の意識を高める取り組みは必要だろう。
「お嬢様も、お怪我はありませんでしたか?」
「ええ、よくも悪くも一撃も受けなかったからね。今回は緩んでいたからなんとかなったけど、ちゃんと鍛え直した騎士たちを相手にするなら集団戦は危険だわ」
「今回も危険だったんですけどね?」
「なにか言ったかしら?」
私はすっとぼけて答える。
今回の件は私が負うべきリスクだった。相応のリターンが得られた今、これ以上言うことはない。
翌日から、私の指導による騎士団の鍛錬がはじまった。
今度は最初から緩んだ空気がなく、私の指導を受けて基礎からみっちりとやり直している。
「お前たちは一度、国境を守り切れない屈辱を味わった。しかし、これから誠実に鍛錬を重ねることでそれを取り返すことができる。……私は国境を守り切れなかった。お前たちには、そんな想いをしてほしくない」
という私の想いをしっかりと受け取ってくれたのだと思う。
もともと騎士としての素養があった者たちだ。基礎の重要性を再認識して鍛錬に取り入れることで瞬く間にその実力を高めていき、一週間もすれば見違えるほどに動きがよくなっていた。
「下半身を重視した姿勢は負担が大きい。長時間維持するには短期的な鍛錬もそうだが日々の鍛錬で維持し続けることによって実戦でも維持できるようになる。いきなり実戦で長時間これを維持できると思うな! 私がこの地を去った後も、いや、騎士の座を退くまでこの鍛錬は続くと思え!」
「はいっ!」
私の檄に、誰ひとり不満の声を漏らさず応える。
聞くところによると、バスティエ領の街中では騎士づてに私の風聞が広まり、帝国の敵という認識が少しずつ変わってきているらしい。
これまで顔を合わせてきた貴族だけでなく、騎士をはじめとする平民にまで私のことを受け入れる人物が現れたことに、私はわずかながら風向きの変化を感じ始めていた。
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