上 下
44 / 76
第三章:潮目

騎士団育成計画(4)

しおりを挟む
 事態の収拾はバスティエ伯爵に任せ、私は鍛錬場をあとにする。

「お疲れ様でした、お嬢様」

 いつの間にあの場から離れていたのか、クラリスがすっと近づいて声をかけてくれた。

「クラリスもお疲れ様。怪我はなかった?」
「ええ、おかげさまで。本当に……うまくいったからよかったですが、こんな無茶はこれ限りにしてくださいね」


 バスティエ騎士団に危機感を与えるために私が立てた計画。それは、私自身が国境を脅かす敵の役を担い、騎士団に「自分たちがこいつを排除しなければ帝国が危ない」と思わせることだった。
 本来、意図的な敵国の誘致はイクリプス王国、ポーラニア帝国を問わず即死罪のはず。この計画を実施するには、あくまで私の言動が見せかけの反乱であって、本当に国境を破壊する意図はないとバスティエ伯爵に信じてもらう必要があった。
 伯爵は信用九割不安一割といったところで、万難を排す意味でも計画に反対していたのだけど。私が強硬な姿勢を貫いたことと、クラリスからの嘆願もあって最終的には受け入れてくれた。
 万全の体制で臨むことができ、計画を大成功で終えることができた。今日は伯爵に任せるが、明日からは心を入れ替えた騎士たちを指導することができるだろう。

「お嬢様、嬉しそうですね」
「そうかしら……いえ、そうかもね。国境の防衛が重要であることを理解するのは難しいことだから。彼らがそれを理解してくれたというのは、とても嬉しいと思うわ」

 私の率いた騎士団は、すべてを出し尽くしても国境を守り切ることができなかった。だからこそ、気の緩んだ騎士団では国境を守り切れるとは思えない。
 しかし、隣国が攻めてこないと危機感が薄れていくのもまた事実。今回はかなりの劇薬だったが、定期的に危機感を煽って鍛錬の意識を高める取り組みは必要だろう。

「お嬢様も、お怪我はありませんでしたか?」
「ええ、よくも悪くも一撃も受けなかったからね。今回は緩んでいたからなんとかなったけど、ちゃんと鍛え直した騎士たちを相手にするなら集団戦は危険だわ」
「今回も危険だったんですけどね?」
「なにか言ったかしら?」

 私はすっとぼけて答える。
 今回の件は私が負うべきリスクだった。相応のリターンが得られた今、これ以上言うことはない。


 翌日から、私の指導による騎士団の鍛錬がはじまった。
 今度は最初から緩んだ空気がなく、私の指導を受けて基礎からみっちりとやり直している。

「お前たちは一度、国境を守り切れない屈辱を味わった。しかし、これから誠実に鍛錬を重ねることでそれを取り返すことができる。……私は国境を守り切れなかった。お前たちには、そんな想いをしてほしくない」

 という私の想いをしっかりと受け取ってくれたのだと思う。
 もともと騎士としての素養があった者たちだ。基礎の重要性を再認識して鍛錬に取り入れることで瞬く間にその実力を高めていき、一週間もすれば見違えるほどに動きがよくなっていた。

「下半身を重視した姿勢は負担が大きい。長時間維持するには短期的な鍛錬もそうだが日々の鍛錬で維持し続けることによって実戦でも維持できるようになる。いきなり実戦で長時間これを維持できると思うな! 私がこの地を去った後も、いや、騎士の座を退くまでこの鍛錬は続くと思え!」
「はいっ!」

 私の檄に、誰ひとり不満の声を漏らさず応える。
 聞くところによると、バスティエ領の街中では騎士づてに私の風聞が広まり、帝国の敵という認識が少しずつ変わってきているらしい。

 これまで顔を合わせてきた貴族だけでなく、騎士をはじめとする平民にまで私のことを受け入れる人物が現れたことに、私はわずかながら風向きの変化を感じ始めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...