19 / 76
第二章:浸透
お茶会という名の(2)
しおりを挟む
「リシャール公爵領の主要な収入源は宝石やドレスなどの貴族向け高級品ですよね?」
「ええ、そうですわ。お父様から、宝石の産出量は安定していて、ドレスも流行を追ってデザインも最新を貫いていると聞いていますわ」
私がお茶会に招待した意図を理解し、リシャール公爵は事前に知識を与えていた。さすがに公爵家をまとめているだけのことはある。
「そうなんですね。それでも領地収入が減り続けているということは、他にも原因があるということです」
「他の原因、ですの……?」
「たとえば、企業の利益率が低く、税金が領地に還元されていない可能性があります。産業を宝飾業と服飾業に依存するあまり、そこに人が集まりすぎて人件費が多くかかっているとか」
「ですが、多くの領民が飢えないようにするためには主要産業に人が集まるのは仕方のないことでは?」
「現状ではそうですね。ですが、このままでは今よりよくなることはないということでもあります。その場合は、宝飾業と服飾業に依存しない新しい事業を立ち上げて、過剰な人員をそちらに割り当てるのが理想的でしょう」
「新しい事業……ですか?」
「ええ」
「それは、いったいなにをすれば……?」
ラドニス嬢が身を乗り出してくる。想像どおりの反応ではあるけれど、私はこれに答えるべきではない。
「それは、今すぐに私から答えられるものではありません。ここまでの話はすべて仮定ですから、まずはそれが合っているかを確認するといいでしょう」
「え、ええ……そうしますわ」
私の貼り付けた笑顔で冷静になったのか、ラドニス嬢は座り直してお茶に口を付けた。
「話を急ぎすぎましたね。あいにく、私にはご令嬢を楽しませる話題の種を持っていないのですが、ラドニス嬢はどのような話に興味がありますか?」
「……では、あなたの住んでいたイクリプス王国について教えてくださる?」
ラドニス嬢から水を向けてもらい、ぎこちないながらもイクリプス王国について語る。
はじめてのお茶会ではあったけど、一定の信頼関係を築くことができた……そう思う。
---
「ラドニス嬢がそこまで反抗的でなかったのは意外ですね」
お茶会を終えてラドニス嬢を見送った私は、クラリスと結果について振り返っていた。
「うまく彼女の不満を私から領地に動かすことができたかしら」
「おそらくは。あやうくステラリアお嬢様に依存しそうでしたけど」
「あそこまで乗り出されるとは思っていなかったわ。ちょーっと感受性が高いようね。だからこそなんとかなったと思う」
「ええ。この調子で明日も頑張りましょう!」
「明日。明日よね……」
そう。このお茶会について、上位貴族はなるべく一対一での開催をしたいと考えている。
一日に一人と考えると、毎日でもお茶会を開かないと次の段階に進むことができない。
お茶会を開くこと自体が目的ではないのだ。
お茶会で令嬢に自身が敵ではないことを示した上で領地の改善すべき点を示す。
それを踏まえてどうするかを令嬢経由で各家門に考えてもらい、行動へ移すに至るには……かなりの時間を要することは想像に難くない。
(我ながらやっていることが商人以外のなにものでもないわね……)
改めて、こんなことを生業としてやってのけている商人に敬意を抱く。
日々「ご指導」をいただいているとはいえ、付け焼刃の知識で帝国の貴族令嬢と向き合うのは不安しかない。
「それではお嬢様、今日もお勉強しに行きましょうか」
「ええ……行きましょうか」
有無は言わせんとばかりのクラリスの笑顔に若干の気迫を感じながら、私は「ご指導」を受けに行く覚悟を決めるのだった。
---
「誰だ」
「侍女のクラリスでございます。ステラリアお嬢様をお連れしました」
「入れ」
「失礼いたします」
クラリスのノックにそっけない返答があり、クラリスが扉を開ける。
そこに待っていたのは、見慣れたふたりの人物だった。
「リシャール公爵令嬢とのお茶会は無事終わったわ。とりあえず次につながる話はできたと思う」
「そうか、よくやった」
まただ。
このところ、レイジ殿下はやたらと私をほめてくれる。悪い気はしないけれど、優しすぎてちょっと不気味にも思う。
「明日はレヴァンタル公爵令嬢だったな。家門の情報は頭に入っているか?」
「ある程度は。帝国の教育周りを一手に担っていて、殿下やセルジュもお世話になったと聞いているけれど」
「まあ、そうだな。貴族に求められる教養をひととおり学び、家門に還元するにはレヴァンタル公爵家に頼るのが間違いない。だが、いつまでも体系が変わらないのはもったいない」
「もったいない、ね」
レイジ殿下らしい感想だった。その教育を広げていくことができれば、帝国全体の利益になると考えているんだろう。
「才能ある平民への教育展開。とくに平民の識字率を向上させることができれば、新聞や出版業は勝手に活性化していくでしょうね」
ポーラニア帝国の識字率はイクリプス王国と比べると低い。
イクリプス王国では平民向けの教育機関が充実していて国民のほぼ全員が教育を受けられるのに対して、ポーラニア帝国はある程度恵まれた境遇の人物……貴族はともかく、文字の扱いが必要な仕事をする平民くらいにしか行き届いていない。
帝国の発展のためには、貴族に限らず平民も教育を受けて優秀な人材を育てることが必要不可欠だ。
その点、レヴァンタル公爵家であればそれを推進するのにふさわしい地盤を持っている。
「ええ、そうですわ。お父様から、宝石の産出量は安定していて、ドレスも流行を追ってデザインも最新を貫いていると聞いていますわ」
私がお茶会に招待した意図を理解し、リシャール公爵は事前に知識を与えていた。さすがに公爵家をまとめているだけのことはある。
「そうなんですね。それでも領地収入が減り続けているということは、他にも原因があるということです」
「他の原因、ですの……?」
「たとえば、企業の利益率が低く、税金が領地に還元されていない可能性があります。産業を宝飾業と服飾業に依存するあまり、そこに人が集まりすぎて人件費が多くかかっているとか」
「ですが、多くの領民が飢えないようにするためには主要産業に人が集まるのは仕方のないことでは?」
「現状ではそうですね。ですが、このままでは今よりよくなることはないということでもあります。その場合は、宝飾業と服飾業に依存しない新しい事業を立ち上げて、過剰な人員をそちらに割り当てるのが理想的でしょう」
「新しい事業……ですか?」
「ええ」
「それは、いったいなにをすれば……?」
ラドニス嬢が身を乗り出してくる。想像どおりの反応ではあるけれど、私はこれに答えるべきではない。
「それは、今すぐに私から答えられるものではありません。ここまでの話はすべて仮定ですから、まずはそれが合っているかを確認するといいでしょう」
「え、ええ……そうしますわ」
私の貼り付けた笑顔で冷静になったのか、ラドニス嬢は座り直してお茶に口を付けた。
「話を急ぎすぎましたね。あいにく、私にはご令嬢を楽しませる話題の種を持っていないのですが、ラドニス嬢はどのような話に興味がありますか?」
「……では、あなたの住んでいたイクリプス王国について教えてくださる?」
ラドニス嬢から水を向けてもらい、ぎこちないながらもイクリプス王国について語る。
はじめてのお茶会ではあったけど、一定の信頼関係を築くことができた……そう思う。
---
「ラドニス嬢がそこまで反抗的でなかったのは意外ですね」
お茶会を終えてラドニス嬢を見送った私は、クラリスと結果について振り返っていた。
「うまく彼女の不満を私から領地に動かすことができたかしら」
「おそらくは。あやうくステラリアお嬢様に依存しそうでしたけど」
「あそこまで乗り出されるとは思っていなかったわ。ちょーっと感受性が高いようね。だからこそなんとかなったと思う」
「ええ。この調子で明日も頑張りましょう!」
「明日。明日よね……」
そう。このお茶会について、上位貴族はなるべく一対一での開催をしたいと考えている。
一日に一人と考えると、毎日でもお茶会を開かないと次の段階に進むことができない。
お茶会を開くこと自体が目的ではないのだ。
お茶会で令嬢に自身が敵ではないことを示した上で領地の改善すべき点を示す。
それを踏まえてどうするかを令嬢経由で各家門に考えてもらい、行動へ移すに至るには……かなりの時間を要することは想像に難くない。
(我ながらやっていることが商人以外のなにものでもないわね……)
改めて、こんなことを生業としてやってのけている商人に敬意を抱く。
日々「ご指導」をいただいているとはいえ、付け焼刃の知識で帝国の貴族令嬢と向き合うのは不安しかない。
「それではお嬢様、今日もお勉強しに行きましょうか」
「ええ……行きましょうか」
有無は言わせんとばかりのクラリスの笑顔に若干の気迫を感じながら、私は「ご指導」を受けに行く覚悟を決めるのだった。
---
「誰だ」
「侍女のクラリスでございます。ステラリアお嬢様をお連れしました」
「入れ」
「失礼いたします」
クラリスのノックにそっけない返答があり、クラリスが扉を開ける。
そこに待っていたのは、見慣れたふたりの人物だった。
「リシャール公爵令嬢とのお茶会は無事終わったわ。とりあえず次につながる話はできたと思う」
「そうか、よくやった」
まただ。
このところ、レイジ殿下はやたらと私をほめてくれる。悪い気はしないけれど、優しすぎてちょっと不気味にも思う。
「明日はレヴァンタル公爵令嬢だったな。家門の情報は頭に入っているか?」
「ある程度は。帝国の教育周りを一手に担っていて、殿下やセルジュもお世話になったと聞いているけれど」
「まあ、そうだな。貴族に求められる教養をひととおり学び、家門に還元するにはレヴァンタル公爵家に頼るのが間違いない。だが、いつまでも体系が変わらないのはもったいない」
「もったいない、ね」
レイジ殿下らしい感想だった。その教育を広げていくことができれば、帝国全体の利益になると考えているんだろう。
「才能ある平民への教育展開。とくに平民の識字率を向上させることができれば、新聞や出版業は勝手に活性化していくでしょうね」
ポーラニア帝国の識字率はイクリプス王国と比べると低い。
イクリプス王国では平民向けの教育機関が充実していて国民のほぼ全員が教育を受けられるのに対して、ポーラニア帝国はある程度恵まれた境遇の人物……貴族はともかく、文字の扱いが必要な仕事をする平民くらいにしか行き届いていない。
帝国の発展のためには、貴族に限らず平民も教育を受けて優秀な人材を育てることが必要不可欠だ。
その点、レヴァンタル公爵家であればそれを推進するのにふさわしい地盤を持っている。
0
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~
水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート!
***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!
なにものでもないぼくたちへ
凜
青春
男でも女でもない、宙ぶらりんの僕が個性的なファッションの彼女と出会う青春ドラマ
幼い頃、可愛いものに興味がある僕は母の私物を手にしていたことを指摘され、それ以来隠して生きてきた。
高校生になり、僕は魔女と呼ばれている朝川さんと運命的な出会いをする。朝川さんは学校では真っ黒なマスクに無口無表情と、一般の生徒とは一線を画していた。しかし、外で出会った朝川さんはマスクを外し、ロリータ服に身を包んでいた。
僕の好きなものを知った朝川さんは好意的に接してくれた。二人は親友となり、一緒に買い物をしたり、僕が挑戦したメイクの感想を言い合ったりした。
その中で、女性になりたい人、女性を軽視する人など、様々な人と出会い、僕は成長していく。
【完結】そんなに怖いなら近付かないで下さいませ! と口にした後、隣国の王子様に執着されまして
Rohdea
恋愛
────この自慢の髪が凶器のようで怖いですって!? それなら、近付かないで下さいませ!!
幼い頃から自分は王太子妃になるとばかり信じて生きてきた
凶器のような縦ロールが特徴の侯爵令嬢のミュゼット。
(別名ドリル令嬢)
しかし、婚約者に選ばれたのは昔からライバル視していた別の令嬢!
悔しさにその令嬢に絡んでみるも空振りばかり……
何故か自分と同じ様に王太子妃の座を狙うピンク頭の男爵令嬢といがみ合う毎日を経て分かった事は、
王太子殿下は婚約者を溺愛していて、自分の入る余地はどこにも無いという事だけだった。
そして、ピンク頭が何やら処分を受けて目の前から去った後、
自分に残ったのは、凶器と称されるこの縦ロール頭だけ。
そんな傷心のドリル令嬢、ミュゼットの前に現れたのはなんと……
留学生の隣国の王子様!?
でも、何故か構ってくるこの王子、どうも自国に“ゆるふわ頭”の婚約者がいる様子……?
今度はドリル令嬢 VS ゆるふわ令嬢の戦いが勃発──!?
※そんなに~シリーズ(勝手に命名)の3作目になります。
リクエストがありました、
『そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして』
に出てきて縦ロールを振り回していたドリル令嬢、ミュゼットの話です。
2022.3.3 タグ追加
趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです
紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。
公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。
そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。
ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。
そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。
自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。
そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー?
口は悪いが、見た目は母親似の美少女!?
ハイスペックな少年が世界を変えていく!
異世界改革ファンタジー!
息抜きに始めた作品です。
みなさんも息抜きにどうぞ◎
肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!
条件付きチート『吸収』でのんびり冒険者ライフ!
ヒビキ タクト
ファンタジー
旧題:異世界転生 ~条件付きスキル・スキル吸収を駆使し、冒険者から成り上がれ~
平凡な人生にガンと宣告された男が異世界に転生する。異世界神により特典(条件付きスキルと便利なスキル)をもらい異世界アダムスに転生し、子爵家の三男が冒険者となり成り上がるお話。 スキルや魔法を駆使し、奴隷や従魔と一緒に楽しく過ごしていく。そこには困難も…。 従魔ハクのモフモフは見所。週に4~5話は更新していきたいと思いますので、是非楽しく読んでいただければ幸いです♪ 異世界小説を沢山読んできた中で自分だったらこうしたいと言う作品にしております。
触手ネタ(エロのみなついったネタ)
月
恋愛
深夜テンションなエロリハビリ的な何か。
なんとなく触手物を読んだ結果触手物が書きたくなっただけとも言う。
いつもの如くストーリーはほぼ皆無なエロのみである。
こちらも気が向いたのでムーンライトより転載。
ザコ転生、異世界トッカータ(おっさんが雑魚キャラに転生するも、いっぱしを目指す。)
月見ひろっさん
ファンタジー
どこにでも居るような冴えないおっさん、山田 太郎(独身)は、かつてやり込んでいたファンタジーシミュレーションRPGの世界に転生する運びとなった。しかし、ゲーム序盤で倒される山賊の下っ端キャラだった。女神様から貰ったスキルと、かつてやり込んでいたゲーム知識を使って、生き延びようと決心するおっさん。はたして、モンスター蔓延る異世界で生き延びられるだろうか?ザコキャラ奮闘ファンタジーここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる