上 下
16 / 76
第一章:再起

王国にて(1)

しおりを挟む
 ポーラニア帝国が良くも悪くも婚約披露パーティーに沸いた、その翌日。

 イクリプス王国に小さな波が立った。

   ---

 私はまだ日が昇らぬうちから執務室に足を運んでいた。

 長く続いた隣国ポーラニア帝国との戦争の中で、我が家門は伯爵から公爵にまで家格が上がった。

 しかし、身の丈に合わない公爵という肩書きに加え、新たに与えられた土地の管理はなかなか行き届いておらず、妻であるディゼルド公爵夫人と共に遅くまで書類と向き合ってきた。

 その結果、娘のステラリアに戦場をほとんど任せることとなってしまったが……。

 そんな娘の尽力があって、敗戦という形だったとはいえ大きな損害なく戦争は終結した。これで、隣国の脅威におびえることなく領地を治めることができる。

 いや、治めなければならない。


 帝国から講和条件としてステラリアを引き渡すよう要求されたとき、私が代わりになると何度申し入れても、帝国は頑として聞き入れなかった。むしろ、妥協案としてそれ以外の条件が緩和されるほどだった。

 そこまでするほど、帝国は娘に執着していたのだ。

 娘がどうなったのか、帝国からの情報は未だ私の耳に入ってきていない。

 しかし、あれほどまでに執着された娘が無事であるとは到底思えない。

 国境を守ることができず、娘を守ることもできず。

 私はただ、娘が守ろうとしたこの土地を、この国を、豊かにすることでしか彼女に報いることができないのだろう。

「旦那様、本日のお手紙でございます」

 執務室に腰を下ろすや否や、執事が手紙の積まれたトレイを差し出してくる。

 ステラリアが帝国に向かった後、私や妻を気遣う手紙や茶会への誘いが増えた。

 それについては嬉しく思うが、同時に「ステラリアのおかげで公爵になったのだから、ステラリアがいなくなった今のディゼルド家は公爵家に相応しくない」と思う家門からは厳しい目を向けられるようになってきている。

(ステラリアの名を貶めることのない公爵であらねば……む?)

 手紙の差出人を改めていると、見慣れない封蝋をした一通の封筒に目が留まった。

「これは……ポーラニア皇室から?」

「左様です。早朝に玄関まで使者が来られ、必ず旦那様に渡すようにと申しつけられました。お引止めしましたが、王室にも手紙を届けなければならないとのことで」

「なるほどな……わかった。下がってくれ」

「かしこまりました。何かございましたらお呼びください」

 執事を下げ、その封筒を手に取る。

 皇室の権威を思わせる、黒地に金箔が彩られたそれは、ステラリアを帝国へ引き渡すにあたって約束した「ステラリアの処遇は後日イクリプス国王とディゼルド公爵に報告する」という条件に応えるものだろう。

 封筒を恐る恐る開け、中の文章に目を落とす。そこに書かれていたのは。

「婚約成立の報告……?」

 あまりに予想外の内容だった。

「ポーラニア帝国皇太子レイジと、イクリプス王国ステラリア公爵令嬢との婚約が成立し、婚約披露パーティーをおこなった。当面は帝国で活動するためイクリプス王国に顔を出すことはかなわないが、必ず再会の機会を設けるのでしばらくお待ちいただきたく……?」

 声に出して読み上げても、内容が理解できない。

 処刑ではなく婚約? しかもイクリプス側の優勢を覆してポーラニア軍を勝利に導いたあの皇太子と?

 ステラリアを引き渡すよう要求したのは、最初から皇太子の婚約者にするためだったのか?

 なんのために? ステラリアを盾にイクリプス王国を支配するため?

「わからん……!」

 私は手紙を握りしめたまま執務室を飛び出した。

 剣術で家門を守ってきた私にとって、頭を使うことは苦手だ。その点、幼いころから利発的な淑女として名高く、子爵令嬢でありながら社交界の注目を集めていた妻の方がこういうことには詳しいだろう。

 王都にいる息子アランにも、このことを知らせてやらなければ。

 そんなことを考えながら妻のいるであろう寝室へと向かった。

 妻の叫び声が屋敷に響くまで、あと数分。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

なにものでもないぼくたちへ

青春
 男でも女でもない、宙ぶらりんの僕が個性的なファッションの彼女と出会う青春ドラマ  幼い頃、可愛いものに興味がある僕は母の私物を手にしていたことを指摘され、それ以来隠して生きてきた。  高校生になり、僕は魔女と呼ばれている朝川さんと運命的な出会いをする。朝川さんは学校では真っ黒なマスクに無口無表情と、一般の生徒とは一線を画していた。しかし、外で出会った朝川さんはマスクを外し、ロリータ服に身を包んでいた。  僕の好きなものを知った朝川さんは好意的に接してくれた。二人は親友となり、一緒に買い物をしたり、僕が挑戦したメイクの感想を言い合ったりした。  その中で、女性になりたい人、女性を軽視する人など、様々な人と出会い、僕は成長していく。

婚約破棄追追放 神与スキルが謎のブリーダーだったので、王女から婚約破棄され公爵家から追放されました

克全
ファンタジー
小国の公爵家長男で王女の婿になるはずだったが……

【完結】そんなに怖いなら近付かないで下さいませ! と口にした後、隣国の王子様に執着されまして

Rohdea
恋愛
────この自慢の髪が凶器のようで怖いですって!? それなら、近付かないで下さいませ!! 幼い頃から自分は王太子妃になるとばかり信じて生きてきた 凶器のような縦ロールが特徴の侯爵令嬢のミュゼット。 (別名ドリル令嬢) しかし、婚約者に選ばれたのは昔からライバル視していた別の令嬢! 悔しさにその令嬢に絡んでみるも空振りばかり…… 何故か自分と同じ様に王太子妃の座を狙うピンク頭の男爵令嬢といがみ合う毎日を経て分かった事は、 王太子殿下は婚約者を溺愛していて、自分の入る余地はどこにも無いという事だけだった。 そして、ピンク頭が何やら処分を受けて目の前から去った後、 自分に残ったのは、凶器と称されるこの縦ロール頭だけ。 そんな傷心のドリル令嬢、ミュゼットの前に現れたのはなんと…… 留学生の隣国の王子様!? でも、何故か構ってくるこの王子、どうも自国に“ゆるふわ頭”の婚約者がいる様子……? 今度はドリル令嬢 VS ゆるふわ令嬢の戦いが勃発──!? ※そんなに~シリーズ(勝手に命名)の3作目になります。 リクエストがありました、 『そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして』 に出てきて縦ロールを振り回していたドリル令嬢、ミュゼットの話です。 2022.3.3 タグ追加

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。 公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。 そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。 ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。 そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。 自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。 そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー? 口は悪いが、見た目は母親似の美少女!? ハイスペックな少年が世界を変えていく! 異世界改革ファンタジー! 息抜きに始めた作品です。 みなさんも息抜きにどうぞ◎ 肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!

条件付きチート『吸収』でのんびり冒険者ライフ!

ヒビキ タクト
ファンタジー
旧題:異世界転生 ~条件付きスキル・スキル吸収を駆使し、冒険者から成り上がれ~ 平凡な人生にガンと宣告された男が異世界に転生する。異世界神により特典(条件付きスキルと便利なスキル)をもらい異世界アダムスに転生し、子爵家の三男が冒険者となり成り上がるお話。   スキルや魔法を駆使し、奴隷や従魔と一緒に楽しく過ごしていく。そこには困難も…。   従魔ハクのモフモフは見所。週に4~5話は更新していきたいと思いますので、是非楽しく読んでいただければ幸いです♪   異世界小説を沢山読んできた中で自分だったらこうしたいと言う作品にしております。

触手ネタ(エロのみなついったネタ)

恋愛
深夜テンションなエロリハビリ的な何か。 なんとなく触手物を読んだ結果触手物が書きたくなっただけとも言う。 いつもの如くストーリーはほぼ皆無なエロのみである。 こちらも気が向いたのでムーンライトより転載。

ザコ転生、異世界トッカータ(おっさんが雑魚キャラに転生するも、いっぱしを目指す。)

月見ひろっさん
ファンタジー
どこにでも居るような冴えないおっさん、山田 太郎(独身)は、かつてやり込んでいたファンタジーシミュレーションRPGの世界に転生する運びとなった。しかし、ゲーム序盤で倒される山賊の下っ端キャラだった。女神様から貰ったスキルと、かつてやり込んでいたゲーム知識を使って、生き延びようと決心するおっさん。はたして、モンスター蔓延る異世界で生き延びられるだろうか?ザコキャラ奮闘ファンタジーここに開幕。

処理中です...