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第一章:再起
婚約披露パーティー(3)
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「申し上げます!」
そういってはっきりと声を上げたのは、ポーラニア帝国筆頭貴族と呼ばれるリシャール公爵家の当主、ダミアンだった。
「ステラリア・ディゼルドといえば先の戦争で我ら帝国軍と敵対し、多くの帝国民を殺害した王国軍の指揮を担っていた者です。帝国の仇敵ともいうべき人物が皇太子妃になるなど、帝国民に示しがつきません!」
明らかにこちらを無視して、レイジ殿下に向かって発言している。しかし、殿下はそんなリシャール公爵を見下ろすだけ。
「現時点ではそのとおりでしょう。だからこそ、この婚約発表後に私は帝国の発展のために手を尽くし、帝国の皆さんに認められるように努力します」
「現時点で帝国民から歓迎されない婚約など認められるものか!」
「ですが、殿下と皇帝陛下は認めていらっしゃいます。あなたは何の権限をもって、この婚約を認めないとおっしゃるのですか?」
「当然、帝国の公爵家としてだ! 我が領民を脅かしかねない存在など許されない!」
「そうですか。私は問題ないと考えていますが、あなたは問題だとおっしゃっている。そうですね?」
「そうだ!」
「そうですか。では……」
私は右腕をさっと水平に振り抜く。
リシャール公爵はひゅっという風切り音とともに、なにかが胸にぶつかるのを感じとった。
「決闘といたしましょうか、公爵?」
「……は?」
公爵の呆けた声を最後に、会場がしんと静まり返る。
まるで時間が止まったかのような錯覚の後。
「な、なぜ、決闘など」
「帝国法では、貴族同士で意見の不一致があった場合には決闘を申し込むことができるのでしょう? 私とリシャール公爵の間には『私が帝国の婚約者としてふさわしいか』という点で意見の不一致がありました。これは決闘で決めるしかないですわよねえ?」
「馬鹿な。他にも方法が……」
「なぜ、あなたの方法につきあう必要があるのです? 私は帝国法にのっとって決闘を申し込みました。そして、それを避けることはできない。ご存じですよね?」
「だ、だが、そんな法が適用された事例は聞いたことが……」
「直近の事例があったかどうかは重要なことではないのです。法がたしかに存在していて、それを適用できる状況が発生したのですから」
言って、私はひとり舞台の階段を下りてリシャール公爵の前に立つ。
周囲の貴族たちは固唾をのんでその様子を見守っていた。
「さあ、決闘しましょうか。もちろん、代理を立てても私は構いませんよ? ああ、そうだ」
私はドレスのポケットから取り出した手袋を取り出して手にはめると、周囲の貴族たちを示すように両腕を広げる。
「この中に、私の婚約に不満があり、リシャール公爵のように強くもの申したい者が他にいるでしょう。手を上げなさい! まとめて決闘を申し込んであげるわ」
私は笑みを浮かべながらドレスのポケットに手を突っ込み、そこに入っていたものを取り出す。
その手に握っているのは……手袋。それもひとつやふたつではない。十に近い数の手袋が握られている。
これこそが、衣装合わせのときにレイジ殿下から贈られた秘密兵器。
『ひときわ食って掛かってくるやつに手袋を投げつけて、これを見せつけてやればいい』
レイジ殿下の不快な笑みを思い出す。その不快さは私に向けたものではなかったが。
案の定、私に気圧されたほとんどの貴族は私と戦うことを恐れて発言をこらえている。
「ふざけないで!」
一斉に視線が声の主に向けられた。声の主はレヴァンタル公爵家の長女、アリアンヌ令嬢だった。
「私は……私たち帝国の貴族令嬢は、皇太子殿下との結婚を目指して今日まで来たの。それをよそから来た、貴族令嬢なんて名ばかりの軍人が奪い取るなんて、納得できないわ!」
彼女の叫びに、周囲の令嬢が揃って頷く。
私も小さく頷いて、
「皆さんがそう考えるのは当然でしょう。確かに皆さんはこの大陸一の帝国に生きる貴族令嬢で、皆さんとても美しい。しかし、殿下から求められていたものは、本当にそれだけ?」
返す言葉に、アリアンヌ令嬢は息をのむ。
「殿下が婚約者に求めたものは、国政を殿下に任せず、共に努めることと聞いたわ。それを無視して、ただ家格と美しさだけを押し付けようとした……違う? だからこそ、殿下はイクリプス王国で領地を発展させた実績のある私に白羽の矢を立てた。殿下にとって、他に選択肢などなかったのだから」
アリアンヌ令嬢の扇子を握る手がわなわなと震える。その心情が透けて見えるようだった。
「帝国内でどうしても決めなければならない事態にまで追い込まれたら、殿下の気も変わったかもしれない。だけど、私がその条件に合致していると知ってしまったから、状況は変わってしまった。最初に言ったとおり、私を婚約者の座から引きずり下ろしたければ、あなたたちは私以上に国政、まずは領地を発展させる方法について学ばなければいけない。それについては、私が力を貸すわ」
「あんたが……?」
「そうよ。私はあなたたち帝国貴族が領地を発展させ、収入を増加させるための力になる。それが多くの帝国民の命を奪った私の責任であり、殿下の婚約者となった人間の果たすべき義務だから」
アリアンヌ令嬢は理解できないと言わんばかりに私をにらみつけ、そして一歩引き下がる。
そこに貴族令嬢としての矜持を感じ、私は彼女に敬意を抱いた。
そういってはっきりと声を上げたのは、ポーラニア帝国筆頭貴族と呼ばれるリシャール公爵家の当主、ダミアンだった。
「ステラリア・ディゼルドといえば先の戦争で我ら帝国軍と敵対し、多くの帝国民を殺害した王国軍の指揮を担っていた者です。帝国の仇敵ともいうべき人物が皇太子妃になるなど、帝国民に示しがつきません!」
明らかにこちらを無視して、レイジ殿下に向かって発言している。しかし、殿下はそんなリシャール公爵を見下ろすだけ。
「現時点ではそのとおりでしょう。だからこそ、この婚約発表後に私は帝国の発展のために手を尽くし、帝国の皆さんに認められるように努力します」
「現時点で帝国民から歓迎されない婚約など認められるものか!」
「ですが、殿下と皇帝陛下は認めていらっしゃいます。あなたは何の権限をもって、この婚約を認めないとおっしゃるのですか?」
「当然、帝国の公爵家としてだ! 我が領民を脅かしかねない存在など許されない!」
「そうですか。私は問題ないと考えていますが、あなたは問題だとおっしゃっている。そうですね?」
「そうだ!」
「そうですか。では……」
私は右腕をさっと水平に振り抜く。
リシャール公爵はひゅっという風切り音とともに、なにかが胸にぶつかるのを感じとった。
「決闘といたしましょうか、公爵?」
「……は?」
公爵の呆けた声を最後に、会場がしんと静まり返る。
まるで時間が止まったかのような錯覚の後。
「な、なぜ、決闘など」
「帝国法では、貴族同士で意見の不一致があった場合には決闘を申し込むことができるのでしょう? 私とリシャール公爵の間には『私が帝国の婚約者としてふさわしいか』という点で意見の不一致がありました。これは決闘で決めるしかないですわよねえ?」
「馬鹿な。他にも方法が……」
「なぜ、あなたの方法につきあう必要があるのです? 私は帝国法にのっとって決闘を申し込みました。そして、それを避けることはできない。ご存じですよね?」
「だ、だが、そんな法が適用された事例は聞いたことが……」
「直近の事例があったかどうかは重要なことではないのです。法がたしかに存在していて、それを適用できる状況が発生したのですから」
言って、私はひとり舞台の階段を下りてリシャール公爵の前に立つ。
周囲の貴族たちは固唾をのんでその様子を見守っていた。
「さあ、決闘しましょうか。もちろん、代理を立てても私は構いませんよ? ああ、そうだ」
私はドレスのポケットから取り出した手袋を取り出して手にはめると、周囲の貴族たちを示すように両腕を広げる。
「この中に、私の婚約に不満があり、リシャール公爵のように強くもの申したい者が他にいるでしょう。手を上げなさい! まとめて決闘を申し込んであげるわ」
私は笑みを浮かべながらドレスのポケットに手を突っ込み、そこに入っていたものを取り出す。
その手に握っているのは……手袋。それもひとつやふたつではない。十に近い数の手袋が握られている。
これこそが、衣装合わせのときにレイジ殿下から贈られた秘密兵器。
『ひときわ食って掛かってくるやつに手袋を投げつけて、これを見せつけてやればいい』
レイジ殿下の不快な笑みを思い出す。その不快さは私に向けたものではなかったが。
案の定、私に気圧されたほとんどの貴族は私と戦うことを恐れて発言をこらえている。
「ふざけないで!」
一斉に視線が声の主に向けられた。声の主はレヴァンタル公爵家の長女、アリアンヌ令嬢だった。
「私は……私たち帝国の貴族令嬢は、皇太子殿下との結婚を目指して今日まで来たの。それをよそから来た、貴族令嬢なんて名ばかりの軍人が奪い取るなんて、納得できないわ!」
彼女の叫びに、周囲の令嬢が揃って頷く。
私も小さく頷いて、
「皆さんがそう考えるのは当然でしょう。確かに皆さんはこの大陸一の帝国に生きる貴族令嬢で、皆さんとても美しい。しかし、殿下から求められていたものは、本当にそれだけ?」
返す言葉に、アリアンヌ令嬢は息をのむ。
「殿下が婚約者に求めたものは、国政を殿下に任せず、共に努めることと聞いたわ。それを無視して、ただ家格と美しさだけを押し付けようとした……違う? だからこそ、殿下はイクリプス王国で領地を発展させた実績のある私に白羽の矢を立てた。殿下にとって、他に選択肢などなかったのだから」
アリアンヌ令嬢の扇子を握る手がわなわなと震える。その心情が透けて見えるようだった。
「帝国内でどうしても決めなければならない事態にまで追い込まれたら、殿下の気も変わったかもしれない。だけど、私がその条件に合致していると知ってしまったから、状況は変わってしまった。最初に言ったとおり、私を婚約者の座から引きずり下ろしたければ、あなたたちは私以上に国政、まずは領地を発展させる方法について学ばなければいけない。それについては、私が力を貸すわ」
「あんたが……?」
「そうよ。私はあなたたち帝国貴族が領地を発展させ、収入を増加させるための力になる。それが多くの帝国民の命を奪った私の責任であり、殿下の婚約者となった人間の果たすべき義務だから」
アリアンヌ令嬢は理解できないと言わんばかりに私をにらみつけ、そして一歩引き下がる。
そこに貴族令嬢としての矜持を感じ、私は彼女に敬意を抱いた。
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