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第一章:再起
側近セルジュと侍女クラリス(1)
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今日は帝国に到着したばかりだから自室で体を休めるようにと言われ、私は部屋をあとにする。
「セルジュ、ステラリア令嬢を私室に案内してくれ」
「かしこまりました、殿下」
皇太子に促されて、セルジュと呼ばれた側近の男が部屋の扉を開ける。それに従うように、私は部屋を出た。
「こちらはレイジ殿下の執務室になります。今後何度も足を運ぶことになると思いますので、覚えておいていただけますよう」
部屋を出てすぐに、皇太子の後ろに控えていた側近が声をかけてくる。彼も私と同じタイミングで部屋を出ていた。
「ありがとうございます。あなたは……」
「自己紹介が遅くなり失礼いたしました。私はセルジュ。ノーステッド侯爵家の長男でレイジ殿下の側近を務めております」
現時点では帝国貴族に関する知識はないに等しい。だけど、あの皇太子の側近を務めるほどの人物ということは間違いなく優秀なのだろう。
「ノーステッド卿、よろしくお願いいたします」
「はい。それから今後私のことはセルジュとお呼びください。敬語も結構です」
私が騎士の礼を送ると、セルジュはぶっきらぼうにそう返してきた。
「……何か私に問題でも?」
「問題しかないですよ」
「それもそうか」
冷たい返答を受けて、妙に納得する。大陸一の帝国・ポーラニア帝国唯一の皇太子という重要な人物に対して、これほど問題だらけの婚約者などそうそうないだろう。
セルジュに先導され、私室への道を歩く。道中に人はおらず、ただ広く長い廊下を歩き続けた。
「ステラリア令嬢。あなたは先ほどレイジ殿下が語った帝国の現状についてどう考えていますか?」
道中、セルジュがぽつりとそう問うてきた。私は少しだけ考えて答える。
「そうね……まず、私は帝国について知ろうとしていなかったことを思い知らされたわ。意識が自分の国にしか向いていなかったのもあるけれど、極秘裏に密偵を忍び込ませるとか、貿易をおこなっていた兵に密偵を紛れ込ませるとか、そういう情報を得る努力を怠っていた」
「はあ」
予想外の答えだったのか、セルジュは呆けたような返事をよこす。
「あとは、皇太子が参戦するまでに襲ってきた帝国軍が想像以上にたいしたことなかったというのも怪しいと思うべきだったかしら。統率が取れていなかったり、すぐに撤退したり……鍛えられた軍でなかったことはすぐにわかったわ」
「たいしたことなかった、ですか……」
うつむき、拳を握りしめたセルジュを見て、私はあまりに率直に言いすぎたことに気づいた。だけど、もう遅い。私は取り繕うことをせず、セルジュとまっすぐ向き合うことにした。
「戦後の検証はできなかったけど、こうして話を聞くとまだやれることはあったんだと気づかされた。皇太子が参戦してからだって、もっとやれたことはあったはずだって後悔はある。だけど……もうその悔しさを晴らす機会は、私にはない」
「ええ、そうですね。あなたの奮戦によって帝国は甚大な被害を受けましたが、最終的に帝国の勝利で戦争は終結しました。レイジ殿下も、皇帝陛下も、これ以上の戦争は望んでいません」
「それならよかったわ。私だって、戦争をしたかったわけではなかった。戦争が終結し、条件はどうあれ両国に新たな関係が生まれた……それで、私の役割はこれで終わり。だと、思っていたのだけど……」
「しかし、殿下だけは違った。当初は皇帝陛下をはじめ、あなたを処刑すべきだという声が大きかったのです。それを殿下が『彼女に為政者としての才能があることは事実。できることならその才能を帝国の発展に利用すべきだ』と強く主張し、やれるものならやってみろと許可を得て今回の契約に至ったのです」
「そう……」
私に限らず、戦争で勝利した側が敗北した側の有力者を処刑するというのはこれまでの大陸の歴史の中で幾度となく行われてきた。
あえて敵国の有力者を引き入れようとするのは、裏切りのリスクをはらんだ危険な行為だ。皇帝陛下もそれを理解しているからこそ、私を処刑したかったはず。そして、それを理解しているからこそ、皇太子は私を引き入れることにしたんだろう。
「私はあなたを帝国に招き入れるのを反対していました。しかし、殿下の命令とあっては従わないわけにはいきません。これ以上帝国に害をなさない限りはあなたを殿下の婚約者として丁重に扱いますが、失礼な態度をとってしまう点についてはご容赦いただきたく存じます」
セルジュは悪びれずにそう告げる。あまりにもまっすぐなその態度には、私もまっすぐに応えなければならないと思えた。
「セルジュ、ステラリア令嬢を私室に案内してくれ」
「かしこまりました、殿下」
皇太子に促されて、セルジュと呼ばれた側近の男が部屋の扉を開ける。それに従うように、私は部屋を出た。
「こちらはレイジ殿下の執務室になります。今後何度も足を運ぶことになると思いますので、覚えておいていただけますよう」
部屋を出てすぐに、皇太子の後ろに控えていた側近が声をかけてくる。彼も私と同じタイミングで部屋を出ていた。
「ありがとうございます。あなたは……」
「自己紹介が遅くなり失礼いたしました。私はセルジュ。ノーステッド侯爵家の長男でレイジ殿下の側近を務めております」
現時点では帝国貴族に関する知識はないに等しい。だけど、あの皇太子の側近を務めるほどの人物ということは間違いなく優秀なのだろう。
「ノーステッド卿、よろしくお願いいたします」
「はい。それから今後私のことはセルジュとお呼びください。敬語も結構です」
私が騎士の礼を送ると、セルジュはぶっきらぼうにそう返してきた。
「……何か私に問題でも?」
「問題しかないですよ」
「それもそうか」
冷たい返答を受けて、妙に納得する。大陸一の帝国・ポーラニア帝国唯一の皇太子という重要な人物に対して、これほど問題だらけの婚約者などそうそうないだろう。
セルジュに先導され、私室への道を歩く。道中に人はおらず、ただ広く長い廊下を歩き続けた。
「ステラリア令嬢。あなたは先ほどレイジ殿下が語った帝国の現状についてどう考えていますか?」
道中、セルジュがぽつりとそう問うてきた。私は少しだけ考えて答える。
「そうね……まず、私は帝国について知ろうとしていなかったことを思い知らされたわ。意識が自分の国にしか向いていなかったのもあるけれど、極秘裏に密偵を忍び込ませるとか、貿易をおこなっていた兵に密偵を紛れ込ませるとか、そういう情報を得る努力を怠っていた」
「はあ」
予想外の答えだったのか、セルジュは呆けたような返事をよこす。
「あとは、皇太子が参戦するまでに襲ってきた帝国軍が想像以上にたいしたことなかったというのも怪しいと思うべきだったかしら。統率が取れていなかったり、すぐに撤退したり……鍛えられた軍でなかったことはすぐにわかったわ」
「たいしたことなかった、ですか……」
うつむき、拳を握りしめたセルジュを見て、私はあまりに率直に言いすぎたことに気づいた。だけど、もう遅い。私は取り繕うことをせず、セルジュとまっすぐ向き合うことにした。
「戦後の検証はできなかったけど、こうして話を聞くとまだやれることはあったんだと気づかされた。皇太子が参戦してからだって、もっとやれたことはあったはずだって後悔はある。だけど……もうその悔しさを晴らす機会は、私にはない」
「ええ、そうですね。あなたの奮戦によって帝国は甚大な被害を受けましたが、最終的に帝国の勝利で戦争は終結しました。レイジ殿下も、皇帝陛下も、これ以上の戦争は望んでいません」
「それならよかったわ。私だって、戦争をしたかったわけではなかった。戦争が終結し、条件はどうあれ両国に新たな関係が生まれた……それで、私の役割はこれで終わり。だと、思っていたのだけど……」
「しかし、殿下だけは違った。当初は皇帝陛下をはじめ、あなたを処刑すべきだという声が大きかったのです。それを殿下が『彼女に為政者としての才能があることは事実。できることならその才能を帝国の発展に利用すべきだ』と強く主張し、やれるものならやってみろと許可を得て今回の契約に至ったのです」
「そう……」
私に限らず、戦争で勝利した側が敗北した側の有力者を処刑するというのはこれまでの大陸の歴史の中で幾度となく行われてきた。
あえて敵国の有力者を引き入れようとするのは、裏切りのリスクをはらんだ危険な行為だ。皇帝陛下もそれを理解しているからこそ、私を処刑したかったはず。そして、それを理解しているからこそ、皇太子は私を引き入れることにしたんだろう。
「私はあなたを帝国に招き入れるのを反対していました。しかし、殿下の命令とあっては従わないわけにはいきません。これ以上帝国に害をなさない限りはあなたを殿下の婚約者として丁重に扱いますが、失礼な態度をとってしまう点についてはご容赦いただきたく存じます」
セルジュは悪びれずにそう告げる。あまりにもまっすぐなその態度には、私もまっすぐに応えなければならないと思えた。
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