思い出に花を、君に唄を

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一難去ってまた一難

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 エレベーターのボタンが光っているのが見えた。
 その光を見るまで、俺は上司との口論に夢中でエレベーターが下に降りたことにすら気づかなかった。
 「どこを見ているんだね?こっちを見なさい!まだ話は終わっていない!」
 俺はエレベーターから目が離せなかった。上司の怒鳴る声なんて、耳にも入らない。
 ただ、あのエレベーターの扉の向こうには誰がいるのか?それだけに集中していた。
 「いい加減にしないとね!クビにするよ。ク!ビ!」
 そして、エレベーターはこの階に到着した。
 ゆっくりとエレベーターの扉が開いていく。
 中の様子はまだ分からない。
 上司はまだ俺に怒鳴っているが、そんなことはどうだっていい。大事なのは、エレベーターの中にあの男がいるかどうかだ。
 俺が瞬きをした瞬間。ナイフを持った男がエレベーターから飛び出てきた。
 「あば、なかたのにどこにやた!あへわどここだあは!」
 意味の分からない言葉を叫びながら、もうスピードで走ってくる。
 手に持っているナイフを振り下ろすのが見える。
 「危なっ…………い」
 俺が言い切る前に、上司に男の持っているナイフが振り下ろされた。
 さっきまで怒鳴っていた姿が嘘のように、上司は俺の目の前で倒れてしまった。
 「おれたおれた。なくなったきまったねがった!」
 ナイフを持った男は変わらず、訳の分からない言葉をぶつぶつと呟いている。
 「きゃーーーーー!」
 ようやく事態に気づいた野次馬達が悲鳴を上げる。
 だが、もう手遅れだ。
 ここまで入られてしまえば、あとはみんなやられてしまうだけだろう。
 目の前でぶつぶつと呟いている男を前に、俺は別のことを思い出した。
 「あぁ、参観日に行かなくちゃ……」
 「あんかんび?かんかんび?」
 ふと、口をついて出た言葉は目の前の男にも聞こえていたらしい。が、その言葉を理解している様子はない。
 もう、目の前のことなんかどうでもいい。という気さえしてきた。
 刃物を持った男も倒れている上司も怪我をした後輩も、もうどうでもいい。
 とにかく参観日に行かなくちゃ。
 そんな思いで俺の頭の中で一杯になる。
 だが、先に刃物を持った男が動いた。
 「ささかんび!」
 刃物を持った男はそう叫ぶと、倒れてしまった上司の両の足を掴み、エレベーターに駆け込んでいった。
 エレベーターは閉まり、混乱した俺たちだけが取り残された。
 「先輩!大丈夫ですか!?」
 後輩が俺を心配して駆け寄ってきた。
 「あぁ、大丈夫だ」
 「それはよかった……」
 一瞬、変な気を起こしそうにもなったが、俺は大丈夫だ。それよりも、後輩の顔色がエレベーターを降りた時よりも確実に悪くなっている。例えるのなら、葬式の棺の中にいる人間の肌の色だ。
 「お前、本当に大丈夫か?」
 「……大丈夫っすよ」
 強がる後輩だが、確実に大丈夫ではない。
 このままでは本当に不味いかもしれない。
 「それよりも、警察は何してるんだ!」
 救急隊員が襲われているのだから、警察が来ていないのはおかしい。
 到着が遅れているにしても、遅すぎる。
 「何かがおかしい」そう確信した俺は、窓から外を覗き込んだ。
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