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第五章 初めての大戦争

第108話 誘い

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 ランセル王国軍との二度目の戦いで、バレル砦の防衛部隊は9名の死者を出した。全員が獣人の徴募兵だ。

 また、しばらく戦闘に復帰できないほどの重傷者も16名を数えた。こちらは獣人だけでなく、王国軍やアールクヴィスト領軍の兵士も含まれる。

「実質的に、戦力の一割が欠けたことになる……戦えはするものの、万全の状態じゃない怪我人も多いからな。次の戦いはもっと厳しいものになるだろう」

「それでいて、敵の戦力はさらに増えてるんだから笑えませんよね」

 戦闘の翌日。城壁の上でフレデリックと話しながら、ノエインはランセル王国軍の陣を見る。

 昨日も100人以上の敵を殺したはずなのに、既にそれ以上の増援が敵に加わって陣が膨れ上がっているのがノエインの視力でも分かった。

「敵の様子だと今日は攻めてくることはなさそうだが……」

「バリスタを連続で撃てることに気づいて、警戒してるのかもしれませんね」

「ああ、次はまた何か策を練って来るだろうな。森の木を盛んに切り出しているのが見える」

 フレデリックはため息をつくと、後ろを振り返って砦の中を見る。

「兵たちは随分と気が沈んでしまったようだな」

「仲間が死ぬのを目の当たりにしましたからね」

 見張り以外の兵士は地面に座り込んで休んでいるが、その顔は暗い。自分たちが一方的に相手を殺すだけでなく、相手に殺されることもあるのだと強く実感したためか。

 まとめ役であるジノッゼやボレアスが懸命に励まして回っているが、効果が大きいとは言えなさそうだった。

「……ノエイン様、畏れながら進言の許可を」

「いいよ、マチルダ」

 横から話しかけてきたマチルダにノエインが答える。それを見たフレデリックが少し驚いたような表情を見せた。マチルダが自発的に話すのを初めて見たからか。

「この戦争を生き延びた後の徴募兵たちの処遇について、ノエイン様のお考えを伝えられてはいかがでしょうか。彼らの気力も回復するかと思いますが」

「そうだね、僕もちょうどそう思ってたところだよ」

 マチルダにそう返すと、ノエインはフレデリックの方を向いた。

「フレデリックさん、この獣人たちは故郷の集落がなくなって行き場をなくしたという話でしたが、例えば戦争のあとに僕が彼らを自領への移民として引き取ったら、問題になったりしますか?」

 集落を焼かれて帰る場所がないとジノッゼから聞いたとき、その話にマチルダが暗い顔を見せたとき、ノエインは彼女と目を合わせて頷き合った。言葉にはしていないが、「彼らを領に迎えよう」と考えを一致させたのだ。

「いや、問題はない。むしろ、彼らが難民化せずに済むから推奨されて然るべきことだが……彼らを全員迎えるつもりか? 相当な人数だぞ?」

「その点は大丈夫です。うちの領は食糧事情も金銭的な面も余裕がありますし、働き手はどれだけいても困りません」

 心配そうに尋ねるフレデリックにノエインは微笑む。

「……そうか、それならいい。今すぐにでもその話を伝えてやるといい。生き延びたあとに希望があると知れば、獣人たちの士気も上がるはずだ」

「ありがとうございます。そうします」

 ノエインは城壁の下に降りると、ジノッゼとボレアスに「ちょっと話があるんだ」と声をかける。

「アールクヴィスト閣下、お話とは一体……?」

 何の話か検討がついていない様子でジノッゼが尋ねる。その横ではボレアスもきょとんとした表情を浮かべていた。

「うん、実はね……この戦争が終わったら、君たちがうちの領地に移住しないかなと思って声をかけたんだ」

 ノエインの言葉を聞いた二人は、少し訝しむような顔を見せた。獣人差別が激しい南部で生きてきたため、あまりにも自分たちに都合のいい話に警戒しているらしい。

 そんな彼らを安心させるようにノエインは続ける。

「もちろん、君たちを奴隷にしたり、奴隷のように酷使したりするってわけじゃないよ。君たちの住む場所と仕事については僕が保証する。土地を持って農業に励んでも、力がある人は建設現場や鉱山で力仕事に励んでもいい。領軍に入ってもいいし、読み書き計算ができるなら僕が文官として雇ってもいい」

「それは……とても嬉しいお誘いですが、なぜ我々にそこまで良くしてくださるのですか? 我々は獣人です」

 警戒を解かないまま聞いてくるジノッゼ。ノエインはその問いに自らが答えるのではなく、マチルダに目配せをした。

 それに頷いたマチルダが口を開く。

「ノエイン様は特殊な生い立ちをお持ちで、獣人への差別心を持っておられません。貴族や平民、奴隷といった身分差、そして男女差についても限りなく寛容なお方です」

 ジノッゼもボレアスも、信じられないといった表情でマチルダの話に耳を傾ける。

「アールクヴィスト領では獣人も普人や亜人と同じように暮らしています。自作農も職人もいますし、自らの商会を立ち上げている者もいます。そして、私も獣人ですが、ノエイン様の最も近くで側近としてお支えする役目を与えられています。ご寵愛もいただいています。私の存在がノエイン様の獣人へのご心情を何より証明していると思います」

 マチルダが話し終えると、ジノッゼとボレアスは少し考え込んだ。

「……確かに、俺たちが食糧をちゃんともらえなかったとき、士爵様は獣人の俺たちのために他の貴族様に立ち向かってくれました。仲間だからとも言ってもらいました。俺たちにそんな風に言ってくれた貴族様は初めてです」

 ボレアスが言うと、ジノッゼも首肯して口を開く。

「そうだな、閣下は私たちにも優しく親切に接してくださる……閣下のお言葉を信じさせていただきます。疑うような真似をして大変申し訳ありませんでした」

「急にこんな話をされたら警戒するのも分かるから、大丈夫だよ」

 頭を下げるジノッゼに微笑んで答えるノエイン。

「ただ……集落の仲間はここにいる者だけではないのです。ベゼル大森林の中や、獣人の司祭が運営する教会などに、戦えない子どもや老人を分散させて避難させているのですが……」

「分かった、その人たちも一緒に移住してもらおう」

「ほ、本当によろしいのですか? ここにいる者と併せると300人近くになりますが」

「僕の領地は急発展の只中にあってね。お金と食糧には余裕があるし、多くの働き手を必要としてるんだ。人口が増えるのは大歓迎だよ」

 こうしてノエインが戦地にいる間もアールクヴィスト領への移民は増えているだろうが、それと同時に開拓や家屋建設も進んでいるはず。まだまだ受け入れる余裕はあるのだ。領のさらなる発展のためにも、人手はいくらあっても困らない。

「ああ……閣下、本当にありがとうございます。何とお礼を申し上げればいいか」

「夢みてえな話です。ありがとうございます」

 感激した様子で礼を述べる二人に、ノエインは笑いかけた。

「君たちが了承してくれて僕も嬉しいよ……この話を徴募兵の皆にも伝えてあげて。そうすればきっと生きる気力が湧くはずだから」

「そうですな、皆戦って生き残ろうという気持ちになれるでしょう。さっそく伝えます」

 嬉しそうに言いながらジノッゼは獣人たちのもとに向かい、ボレアスも続いた。

 それを見送りながらノエインは呟く。

「これで獣人たちの士気は上がるし、僕は領民を増やせる。本当は戦争が終わってから伝えるつもりだったけど……結果的にこれでよかったね、マチルダ」

「はい、ノエイン様。素晴らしいことだと思います」
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