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第二章 急発展と防衛戦
第37話 移住ラッシュと小間物商
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2月も下旬に入ると、気候は初春へと変わってくる。空気は少しずつ暖かくなり、街道の行き来も再び始まる。
季節が春へと移っていく中で、アールクヴィスト士爵領は大きな変化を迎えていた。移住ラッシュである。
昨年にノエインが撒いた「アールクヴィスト領は難民を受け入れている」という噂の種が、冬明けを待っていたかのように急速に芽吹き始めたのだ。
数日おきに新たな難民がやって来て、冬明けから数週間で領都ノエイナの人口は70人を超えようとしていた。
「移住してきて早々に忙しくさせてごめんね、ドミトリ」
「なんの、むしろいきなり思う存分仕事をさせてもらえてありがたいくらいですぜ。金もしっかりもらってやすからね」
屋敷の執務室で家屋建設の進行具合の報告を受けながら、ノエインは大工のドミトリとそう言葉を交わしていた。
レトヴィクで所属していた建設業商会を辞め、冬明け早々に領都ノエイナに移住して新たな商会を立ち上げた彼は、早速新たな家屋の建設に勤しんでいる。
ノエインは移民の増加を見越してあらかじめ多くの家屋を発注してきたが、このペースだといずれ足りなくなりそうなほどに移住希望者が多いのだ。
「にしても、移民の全世帯に家と農地をやっちまうなんて、また随分と太っ腹なこって。俺まで立派な家と作業場をもらっちまいやしたし」
「ラピスラズリ鉱脈のおかげでうちの領は規模のわりに予算が潤沢だからね。移民たちがすぐさま生活を安定させて働き始められるようにした方が、発展の速度が上がって長い目で見てお得だと判断したんだよ」
実際に、アールクヴィスト領にやって来た難民たちは、移住して数日後には与えられた農地で春植えのジャガイモを中心に農作物を育て始めている。受け入れた難民が即座に労働力へと転換されることで、ノエイナの農業生産力も急速に拡大中だ。
今のところ、ノエインは少なくとも最初の100世帯の移住者には家と農地を、商人や職人がいれば店舗や作業場となる建物を与えるつもりでいる。これは「今アールクヴィスト領に行けばすぐに新生活を始められる」という噂が広まることも狙ってのことだ。
「そういうことなら、俺も張り切って家を建てさせてもらいやすぜ」
「うん。よろしくね」
ドミトリとの話し合いを終えたノエインは、建設費用の記録の整理をアンナに頼むと屋敷の外に出た。今日は執務室に籠って机仕事ばかりしていたので、これから休憩も兼ねた村内の視察だ。
ノエインの隣にはマチルダも控えている。まだ詳しい素性の分かっていない新移民も多いので、彼女は副官としてだけでなくノエインの護衛も兼ねて屋敷の外では常に同行していた。
冬の前の時点でも移住者用の空き家がいくつも建ち並んでいた領都ノエイナは、そこへ住む領民が増えたことで、より活き活きとした村へと進化を遂げている。
「やあエドガー、お疲れ様」
「ああ、ノエイン様。ありがとうございます」
家屋の集まる中心部を抜け、農地へと足を運ぶと、この領の農業担当として農作業を監督する従士エドガーと顔を合わせた。
「作付けは順調みたいだね」
「はい。人手も増えましたからね。あらかじめノエイン様が整地されていた土地も新しく開墾して、農地として活用する予定です。牛も使えるようになりましたし」
農作業の進行ペースが上がっていることを嬉しそうに報告するエドガーに、ノエインも「そうか、よかった」と微笑んで答える。
アールクヴィスト領に増えたのは人間だけではない。冬の前には家畜は鶏しかいなかったが、今では食肉用の豚の飼育と、農作業を手伝わせるための牛の飼育も行われていた。
牛の扱いは村長家の出身であるエドガーが心得ており、豚に関しては新移民の中に養豚を生業としていた者がいたために叶ったことだ。
このペースで人口が増えていくと、領都ノエイナ周辺の魔物狩りだけでは肉が不足するのは必至だった。今のうちに領内で養豚を始められたのは幸いだとノエインは思う。
また、牛のおかげでゴーレムに有輪犂を引っ張らせて土地を開墾する作業からノエインが解放されたのも大きかった。
エドガーと話した後も領都ノエイナの中を適当に歩き回り、視察という名の散歩に励むノエイン。彼を見た領民たちは恭しく頭を下げて挨拶し、ノエインもにこやかに手を振った。
「楽しいね、マチルダ」
「はい、ノエイン様。領都ノエイナが日に日に発展していく様を肌で感じられます」
領都ノエイナのことを呼ぶときは「領都」と頭に付けるのが従士や領民たちの間でいつの間にか通例となっていた。
これはノエインとノエイナの区別が紛らわしいので言い間違いを防止するという意味に加えて、「自分たちの新天地を都市と呼べる規模にまで発展させるのだ」という彼らの意気込みも込められていた。
だからこそ、まだ小さな村としか言えない規模の現段階から、誰もが口々に「領都ノエイナ」と呼ぶのである。これは従士や領民たちのアールクヴィスト領への期待の表れであり、ノエインへの信頼の表れでもあった。
・・・・・
別の日、行商人が領都ノエイナの広場まで来ているという報告を受けたノエインは、財務担当であるアンナと護衛のマチルダを伴って自ら広場に向かった。
「こんにちは、フィリップさん」
「これはアールクヴィスト士爵様。領主様から直々にご挨拶いただけるとは光栄です」
「いえ、わざわざこんな田舎領まで行商に来てもらってるんですから、せめて挨拶くらいは」
広場で小さな荷馬車をロバに牽かせ、その荷馬車に積んだ品々をノエイナの領民たちへと手売りしている青年に声をかける。
このフィリップという若い商人は、冬が明けてから時おり領都ノエイナまで行商に訪れていた。扱っているのは針や糸、布、蝋燭、石鹸、ナイフ、酒や香辛料、櫛や化粧品、さらにはちょっとした薬までさまざま。いわゆる小間物商と呼ばれる存在だ。
商店が置かれるほどではない小村での個人消費は、こうした小間物商によって成り立っている。フィリップはこの春から、他の小間物商に先駆けてアールクヴィスト領で儲けようと半日かけて行商にやって来ているのである。
「本日は何かご入用のものはございますか?」
「僕は屋敷の消耗品までは把握してないので……具体的な買い物の話はアンナとお願いします」
「それは失礼しました。それでは早速」
「はい、買わせていただきたいものを読み上げますね」
アンナが買い物リストにある品と必要な数を言い、フィリップはそれを準備していく。
領主が絶対的なトップである貴族領では、領の財政はそのまま領主の家計とも結びついている。そのため領内唯一の財務担当であるアンナは、ノエインの屋敷の生活上の収支まで把握・管理していた。
つまり、屋敷のお財布は彼女が握っているのである。こうした日用品の買い足し作業も彼女の領分である。
「以上で、締めて850レブロになります」
「分かりました。どうぞ」
「……はい、確かに」
アンナから受け取った8枚の銀貨と5枚の大銅貨を確認し、フィリップは頷いた。これで取引は完了だ。
「うちの領での商売はどうですか?」
「それはもう、おかげさまで多くの利益を上げさせていただいています。領都ノエイナの皆さんは生活に余裕もあるようですので」
「あはは、まあ、うちには仕事も農地もありますからね」
領都ノエイナの食料自給率が高まるに連れて、ラピスラズリ原石の採掘や開拓作業といった賦役の報酬は現金で支給されることが多くなっていた。そのため、アールクヴィスト領の領民たちは一般的な村落の農民よりも多くの現金を持っており、多少の嗜好品を買える程度の余裕もある。
「近頃は東西の隣国との紛争が経済にも少しずつ響いて来ていますから、ここの豊かさは羨ましい限りです」
「やっぱり紛争の影響は大きいですか?」
「ええ。特に西では冬が明けてランセル王国がまた攻勢をかけているそうで……本格的な戦争に発展しないといいのですが」
「まったくです。平和であるに越したことはありませんね」
ここ最近の難民の増加ぶりを見ても紛争が収まっていないのは予想できていたが、商人としての情報網を持つ人間からこうした領外の正確な情勢を聞ける機会は逃せない。しばらく世間話がてら、フィリップの知る情報を教えてもらうノエインだった。
やがて適当なところで話を切り上げると、フィリップも今日は商売を終えてレトヴィクへ帰るという。
ケーニッツ子爵領へと続く街道を去っていくフィリップをノエインが見送りがてら眺めていると、領内の治安維持担当であるペンスが近づいてきた。
「……ノエイン様、あの小間物商ですが」
「分かってるよ。多分ケーニッツ子爵の間諜だよね」
「えっ」
一応は領外の人間であるフィリップの見張りを務めていたペンスが言うと、ノエインはそれに先駆けて答えた。
2人の話を聞いていたアンナが驚いたような声を上げる。温厚で親しみやすい笑顔を浮かべていたフィリップがスパイだというのだから無理もない。
ちなみに、マチルダは以前ノエインからこの話を聞いていたので驚かない。
「フィリップさんは私がレトヴィクに住んでいたときも何度か会ったことがありますけど、普通の商人さんですよ?」
「そうだろうね。間諜というのは言い方が悪かったな。行商人としてうちの情報をケーニッツ子爵への売り物にしてるんだと思うよ」
小間物商が村を訪れるのはごく普通のことだ。何の違和感もなく村内に入り込める。
なので、おそらくケーニッツ子爵はフィリップに小金を握らせて、アールクヴィスト領がどのような様子か、発展のペースはどれくらいかなどを報告させているだろう。
別にこれはケーニッツ子爵に敵対の意思があるわけではなく、隣領の状況確認のためにそうしているだけのはずだ。
領主貴族ならこれくらいの情報収集はやって当たり前である。現に、ノエインも買い出し担当のバートにはレトヴィクの状況変化をしっかり観察するよう指示しているし、時には自らレトヴィクに足を運んでいるのだから。
「……でも、それじゃあ普通に領内に入れちゃっていいんですか?」
「こっちもそれを分かった上で、重要なことは探られないように話してるから大丈夫だよ。行商人なら情報収集なんて誰でもやってるだろうし。表面的な観察くらいは好きにさせておくさ。だけど彼が不穏な動きをしないか一応は見張っててほしいな」
「了解でさあ」
アンナに説明しつつノエインがペンスを振り返って言うと、ペンスは街道を帰っていくフィリップの背を鋭い目で見ながらそう答えた。
季節が春へと移っていく中で、アールクヴィスト士爵領は大きな変化を迎えていた。移住ラッシュである。
昨年にノエインが撒いた「アールクヴィスト領は難民を受け入れている」という噂の種が、冬明けを待っていたかのように急速に芽吹き始めたのだ。
数日おきに新たな難民がやって来て、冬明けから数週間で領都ノエイナの人口は70人を超えようとしていた。
「移住してきて早々に忙しくさせてごめんね、ドミトリ」
「なんの、むしろいきなり思う存分仕事をさせてもらえてありがたいくらいですぜ。金もしっかりもらってやすからね」
屋敷の執務室で家屋建設の進行具合の報告を受けながら、ノエインは大工のドミトリとそう言葉を交わしていた。
レトヴィクで所属していた建設業商会を辞め、冬明け早々に領都ノエイナに移住して新たな商会を立ち上げた彼は、早速新たな家屋の建設に勤しんでいる。
ノエインは移民の増加を見越してあらかじめ多くの家屋を発注してきたが、このペースだといずれ足りなくなりそうなほどに移住希望者が多いのだ。
「にしても、移民の全世帯に家と農地をやっちまうなんて、また随分と太っ腹なこって。俺まで立派な家と作業場をもらっちまいやしたし」
「ラピスラズリ鉱脈のおかげでうちの領は規模のわりに予算が潤沢だからね。移民たちがすぐさま生活を安定させて働き始められるようにした方が、発展の速度が上がって長い目で見てお得だと判断したんだよ」
実際に、アールクヴィスト領にやって来た難民たちは、移住して数日後には与えられた農地で春植えのジャガイモを中心に農作物を育て始めている。受け入れた難民が即座に労働力へと転換されることで、ノエイナの農業生産力も急速に拡大中だ。
今のところ、ノエインは少なくとも最初の100世帯の移住者には家と農地を、商人や職人がいれば店舗や作業場となる建物を与えるつもりでいる。これは「今アールクヴィスト領に行けばすぐに新生活を始められる」という噂が広まることも狙ってのことだ。
「そういうことなら、俺も張り切って家を建てさせてもらいやすぜ」
「うん。よろしくね」
ドミトリとの話し合いを終えたノエインは、建設費用の記録の整理をアンナに頼むと屋敷の外に出た。今日は執務室に籠って机仕事ばかりしていたので、これから休憩も兼ねた村内の視察だ。
ノエインの隣にはマチルダも控えている。まだ詳しい素性の分かっていない新移民も多いので、彼女は副官としてだけでなくノエインの護衛も兼ねて屋敷の外では常に同行していた。
冬の前の時点でも移住者用の空き家がいくつも建ち並んでいた領都ノエイナは、そこへ住む領民が増えたことで、より活き活きとした村へと進化を遂げている。
「やあエドガー、お疲れ様」
「ああ、ノエイン様。ありがとうございます」
家屋の集まる中心部を抜け、農地へと足を運ぶと、この領の農業担当として農作業を監督する従士エドガーと顔を合わせた。
「作付けは順調みたいだね」
「はい。人手も増えましたからね。あらかじめノエイン様が整地されていた土地も新しく開墾して、農地として活用する予定です。牛も使えるようになりましたし」
農作業の進行ペースが上がっていることを嬉しそうに報告するエドガーに、ノエインも「そうか、よかった」と微笑んで答える。
アールクヴィスト領に増えたのは人間だけではない。冬の前には家畜は鶏しかいなかったが、今では食肉用の豚の飼育と、農作業を手伝わせるための牛の飼育も行われていた。
牛の扱いは村長家の出身であるエドガーが心得ており、豚に関しては新移民の中に養豚を生業としていた者がいたために叶ったことだ。
このペースで人口が増えていくと、領都ノエイナ周辺の魔物狩りだけでは肉が不足するのは必至だった。今のうちに領内で養豚を始められたのは幸いだとノエインは思う。
また、牛のおかげでゴーレムに有輪犂を引っ張らせて土地を開墾する作業からノエインが解放されたのも大きかった。
エドガーと話した後も領都ノエイナの中を適当に歩き回り、視察という名の散歩に励むノエイン。彼を見た領民たちは恭しく頭を下げて挨拶し、ノエインもにこやかに手を振った。
「楽しいね、マチルダ」
「はい、ノエイン様。領都ノエイナが日に日に発展していく様を肌で感じられます」
領都ノエイナのことを呼ぶときは「領都」と頭に付けるのが従士や領民たちの間でいつの間にか通例となっていた。
これはノエインとノエイナの区別が紛らわしいので言い間違いを防止するという意味に加えて、「自分たちの新天地を都市と呼べる規模にまで発展させるのだ」という彼らの意気込みも込められていた。
だからこそ、まだ小さな村としか言えない規模の現段階から、誰もが口々に「領都ノエイナ」と呼ぶのである。これは従士や領民たちのアールクヴィスト領への期待の表れであり、ノエインへの信頼の表れでもあった。
・・・・・
別の日、行商人が領都ノエイナの広場まで来ているという報告を受けたノエインは、財務担当であるアンナと護衛のマチルダを伴って自ら広場に向かった。
「こんにちは、フィリップさん」
「これはアールクヴィスト士爵様。領主様から直々にご挨拶いただけるとは光栄です」
「いえ、わざわざこんな田舎領まで行商に来てもらってるんですから、せめて挨拶くらいは」
広場で小さな荷馬車をロバに牽かせ、その荷馬車に積んだ品々をノエイナの領民たちへと手売りしている青年に声をかける。
このフィリップという若い商人は、冬が明けてから時おり領都ノエイナまで行商に訪れていた。扱っているのは針や糸、布、蝋燭、石鹸、ナイフ、酒や香辛料、櫛や化粧品、さらにはちょっとした薬までさまざま。いわゆる小間物商と呼ばれる存在だ。
商店が置かれるほどではない小村での個人消費は、こうした小間物商によって成り立っている。フィリップはこの春から、他の小間物商に先駆けてアールクヴィスト領で儲けようと半日かけて行商にやって来ているのである。
「本日は何かご入用のものはございますか?」
「僕は屋敷の消耗品までは把握してないので……具体的な買い物の話はアンナとお願いします」
「それは失礼しました。それでは早速」
「はい、買わせていただきたいものを読み上げますね」
アンナが買い物リストにある品と必要な数を言い、フィリップはそれを準備していく。
領主が絶対的なトップである貴族領では、領の財政はそのまま領主の家計とも結びついている。そのため領内唯一の財務担当であるアンナは、ノエインの屋敷の生活上の収支まで把握・管理していた。
つまり、屋敷のお財布は彼女が握っているのである。こうした日用品の買い足し作業も彼女の領分である。
「以上で、締めて850レブロになります」
「分かりました。どうぞ」
「……はい、確かに」
アンナから受け取った8枚の銀貨と5枚の大銅貨を確認し、フィリップは頷いた。これで取引は完了だ。
「うちの領での商売はどうですか?」
「それはもう、おかげさまで多くの利益を上げさせていただいています。領都ノエイナの皆さんは生活に余裕もあるようですので」
「あはは、まあ、うちには仕事も農地もありますからね」
領都ノエイナの食料自給率が高まるに連れて、ラピスラズリ原石の採掘や開拓作業といった賦役の報酬は現金で支給されることが多くなっていた。そのため、アールクヴィスト領の領民たちは一般的な村落の農民よりも多くの現金を持っており、多少の嗜好品を買える程度の余裕もある。
「近頃は東西の隣国との紛争が経済にも少しずつ響いて来ていますから、ここの豊かさは羨ましい限りです」
「やっぱり紛争の影響は大きいですか?」
「ええ。特に西では冬が明けてランセル王国がまた攻勢をかけているそうで……本格的な戦争に発展しないといいのですが」
「まったくです。平和であるに越したことはありませんね」
ここ最近の難民の増加ぶりを見ても紛争が収まっていないのは予想できていたが、商人としての情報網を持つ人間からこうした領外の正確な情勢を聞ける機会は逃せない。しばらく世間話がてら、フィリップの知る情報を教えてもらうノエインだった。
やがて適当なところで話を切り上げると、フィリップも今日は商売を終えてレトヴィクへ帰るという。
ケーニッツ子爵領へと続く街道を去っていくフィリップをノエインが見送りがてら眺めていると、領内の治安維持担当であるペンスが近づいてきた。
「……ノエイン様、あの小間物商ですが」
「分かってるよ。多分ケーニッツ子爵の間諜だよね」
「えっ」
一応は領外の人間であるフィリップの見張りを務めていたペンスが言うと、ノエインはそれに先駆けて答えた。
2人の話を聞いていたアンナが驚いたような声を上げる。温厚で親しみやすい笑顔を浮かべていたフィリップがスパイだというのだから無理もない。
ちなみに、マチルダは以前ノエインからこの話を聞いていたので驚かない。
「フィリップさんは私がレトヴィクに住んでいたときも何度か会ったことがありますけど、普通の商人さんですよ?」
「そうだろうね。間諜というのは言い方が悪かったな。行商人としてうちの情報をケーニッツ子爵への売り物にしてるんだと思うよ」
小間物商が村を訪れるのはごく普通のことだ。何の違和感もなく村内に入り込める。
なので、おそらくケーニッツ子爵はフィリップに小金を握らせて、アールクヴィスト領がどのような様子か、発展のペースはどれくらいかなどを報告させているだろう。
別にこれはケーニッツ子爵に敵対の意思があるわけではなく、隣領の状況確認のためにそうしているだけのはずだ。
領主貴族ならこれくらいの情報収集はやって当たり前である。現に、ノエインも買い出し担当のバートにはレトヴィクの状況変化をしっかり観察するよう指示しているし、時には自らレトヴィクに足を運んでいるのだから。
「……でも、それじゃあ普通に領内に入れちゃっていいんですか?」
「こっちもそれを分かった上で、重要なことは探られないように話してるから大丈夫だよ。行商人なら情報収集なんて誰でもやってるだろうし。表面的な観察くらいは好きにさせておくさ。だけど彼が不穏な動きをしないか一応は見張っててほしいな」
「了解でさあ」
アンナに説明しつつノエインがペンスを振り返って言うと、ペンスは街道を帰っていくフィリップの背を鋭い目で見ながらそう答えた。
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