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第一章 大森林の開拓地
第6話 領民が増えない
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この世界では6日で1週、5週で1か月、12か月で1年と定められている。すなわち、1年は360日だ。
ノエインとマチルダがアールクヴィスト領の森に入って既に4週間。あと1週間で1か月が経とうとしていた。
「これからどうしようかねえ、マチルダ」
「……申し訳ございません。無知な私では妙案が思い浮かびません」
「ああ、違うんだ。何となく呟いてみただけだよ。僕こそごめんね」
生真面目で忠実な奴隷が本気で落ち込んだ顔をしたので、ノエインは慌ててそう言葉を足した。
ゴーレムを使って木の伐採を4週間も続けていれば、平地もそれなりに広がる。既にノエインとマチルダの2人だけでは持て余すほどの広さだ。
さらに、畑の面積も広がっている。豆などの野菜を追加で植え、大麦も植えた。最初にジャガイモを植えた畑では、すくすくと成長を続ける芽の手入れもしていた。
開拓は順調である。ひとつの点を除いて。
「……領民ってどうやって集めたらいいんだろうねえ」
領地を名乗るには領民が要る。いくらなんでも領主とその奴隷だけでは領地とは呼べないし、ゴーレムを民に数えることはできない。
しかし、領民を迎えるには、人にここへ移住したいと思わせる魅力が必要だ。
では、このアールクヴィスト領は人が移住したいと思うような土地だろうか。お世辞にもそうだとは言えないだろう。
あるものと言えば畑とテント、そして伐採の過程で大量に生まれた木材、そして果てしない大森林だけ。
そもそも領主ですらテント住まいの有り様だ。一体誰が好き好んでこんな場所に住みたがるものか。
「せめて自分たちの家くらいはないと駄目だよねえ」
「ノエイン様、レトヴィクから職人を呼んで屋敷を建てますか?」
「呼びたいんだけどねえ。お金がなあ」
ノエインが実家から縁を切られるときに父から渡された手切れ金は30万レブロ。そこからマチルダを買い取る代金を引いて25万レブロ。
田舎の村なら1万レブロで平民の家族が慎ましく1年暮らせる……と考えるとこれはなかなかの額だが、一領主が村を開拓する予算としてはとても足りない。
おまけに最低限の開拓地の利便性を図るために「沸騰」「火種」といった火魔法の魔道具を購入し、家を出た当時は人型ゴーレム2体しか持っていなかったので追加で馬型ゴーレムと荷馬車を買い、さらにこの国では珍しいジャガイモや、その他の各種農作物を買い集めていた。
そのため、今のノエインの所持金は15万レブロを切っている。職人を雇って屋敷を建てていたら、財布はすっからかんになってしまうだろう。
あのクソ父上も、まさかたったこれだけの資金でノエインが開拓を成功させられるとは思っていまい。
ノエインがアールクヴィストの姓を名乗りながら適当に何年か生き延び、「マクシミリアン・キヴィレフトの庶子」という存在が世間の記憶から消えたところで野垂れ死んでくれればいいとでも考えているのだろう。この金はそれまでの延命資金だ。
「……ノエイン様、お顔が険しくなっていますが、どこかお体の具合が?」
「ん? ああ、大丈夫だよ。ちょっとこの手切れ金をくださったクソ父上のことを思い出してしまってね」
心配そうなマチルダにそう返すと、ノエインは荒む思考を散らしてまた開拓作業へと意識を向けた。
・・・・・
ユーリはロードベルク王国に生まれた傭兵だ。
いや、「だった」というのが正しい。
貧しい農民の次男という立場から抜け出すために成人前に故郷の村から逃げ、ある傭兵団に入った。
下働きから始まり、成長すると体格に恵まれたこともあって団の主力として頭角を現すように。
やがて、実績の積み重ねと年功序列の昇進により、前の団長の戦死を受けて35歳で新しい団長の座に収まった。
そして迎えた団長としての初戦は……戦場で捨て駒にされることだった。
ロードベルク王国と東のパラス皇国の長年続く紛争。王国南部のとある大貴族に雇われてその戦場へ送り込まれたユーリたちは、根無し草の傭兵であるという理由で、正規軍が撤退する時間を稼ぐために捨て置かれた。
「雇い主の命令は絶対」という傭兵の掟を文字通り死守するか、自分と団員たちの命を取って持ち場から逃げ出すか。
極限の選択を迫られたユーリは、自分たちの命を取った。
命令された持ち場を離れ、自分たちを捕らえようとする正規軍の騎士たちを切り殺して戦場から逃走。
盗賊へと身を落とし、旅人や商人を襲って財産を奪いながら、西へ、西へと逃げ続けた。
王国の北西の端まで逃げ延び、やがてたどり着いたのはある子爵領の領都だという街だった。
・・・・・
「はあ。さすがに毎日木を切ってばかりじゃ飽きてくるね」
「お気持ちはお察しいたします。ノエイン様」
ノエインは領民の集め方で悩み続けたが、なかなか妙案は浮かばない。
せいぜい「生活に困窮した行き場のない貧民を拾ってここへ連れてくる」程度のことしか考えつかなかった。
とはいえ、そのためには行き場のない者を保護するだけの余裕がまず自分に必要だ。
そのためには、豊富な食料とそれを育む農地が必要だ。
なのでノエインは、同じ日々のくり返しでぶっちゃけ飽き始めていようとも、地道な開拓作業をくり返している。
領民を集める方法は思いつかなくても開拓は進み、腹は減り、食料を消費する。
開拓を始めてからちょうど1か月目、ノエインはまたもやマチルダとゴーレムたちを連れ、食料の買い出しのためにケーニッツ子爵領レトヴィクへと向かうのだった。
今回もイライザの店を訪れ、ノエインとマチルダの数週間分の食料を買い込み、料金を支払う。
レトヴィクの西門を出て、門の外に広がるレトヴィクの住民たちの農耕地帯を抜け、ちらほらと小さな森が点在する平原を抜け、ベゼル大森林の獣道に入る。
道を少し進んで、先に気づいたのはマチルダだった。
「っ! ノエイン様!」
茂みから何かが、いや誰かが飛び出して迫ってくる。そのことにノエインが気づいたときには、
「おっと、動くな。動くなよ……」
飛び出してきた男に後ろから頭を掴まれ、首にナイフを当てられていた。
ノエインとマチルダがアールクヴィスト領の森に入って既に4週間。あと1週間で1か月が経とうとしていた。
「これからどうしようかねえ、マチルダ」
「……申し訳ございません。無知な私では妙案が思い浮かびません」
「ああ、違うんだ。何となく呟いてみただけだよ。僕こそごめんね」
生真面目で忠実な奴隷が本気で落ち込んだ顔をしたので、ノエインは慌ててそう言葉を足した。
ゴーレムを使って木の伐採を4週間も続けていれば、平地もそれなりに広がる。既にノエインとマチルダの2人だけでは持て余すほどの広さだ。
さらに、畑の面積も広がっている。豆などの野菜を追加で植え、大麦も植えた。最初にジャガイモを植えた畑では、すくすくと成長を続ける芽の手入れもしていた。
開拓は順調である。ひとつの点を除いて。
「……領民ってどうやって集めたらいいんだろうねえ」
領地を名乗るには領民が要る。いくらなんでも領主とその奴隷だけでは領地とは呼べないし、ゴーレムを民に数えることはできない。
しかし、領民を迎えるには、人にここへ移住したいと思わせる魅力が必要だ。
では、このアールクヴィスト領は人が移住したいと思うような土地だろうか。お世辞にもそうだとは言えないだろう。
あるものと言えば畑とテント、そして伐採の過程で大量に生まれた木材、そして果てしない大森林だけ。
そもそも領主ですらテント住まいの有り様だ。一体誰が好き好んでこんな場所に住みたがるものか。
「せめて自分たちの家くらいはないと駄目だよねえ」
「ノエイン様、レトヴィクから職人を呼んで屋敷を建てますか?」
「呼びたいんだけどねえ。お金がなあ」
ノエインが実家から縁を切られるときに父から渡された手切れ金は30万レブロ。そこからマチルダを買い取る代金を引いて25万レブロ。
田舎の村なら1万レブロで平民の家族が慎ましく1年暮らせる……と考えるとこれはなかなかの額だが、一領主が村を開拓する予算としてはとても足りない。
おまけに最低限の開拓地の利便性を図るために「沸騰」「火種」といった火魔法の魔道具を購入し、家を出た当時は人型ゴーレム2体しか持っていなかったので追加で馬型ゴーレムと荷馬車を買い、さらにこの国では珍しいジャガイモや、その他の各種農作物を買い集めていた。
そのため、今のノエインの所持金は15万レブロを切っている。職人を雇って屋敷を建てていたら、財布はすっからかんになってしまうだろう。
あのクソ父上も、まさかたったこれだけの資金でノエインが開拓を成功させられるとは思っていまい。
ノエインがアールクヴィストの姓を名乗りながら適当に何年か生き延び、「マクシミリアン・キヴィレフトの庶子」という存在が世間の記憶から消えたところで野垂れ死んでくれればいいとでも考えているのだろう。この金はそれまでの延命資金だ。
「……ノエイン様、お顔が険しくなっていますが、どこかお体の具合が?」
「ん? ああ、大丈夫だよ。ちょっとこの手切れ金をくださったクソ父上のことを思い出してしまってね」
心配そうなマチルダにそう返すと、ノエインは荒む思考を散らしてまた開拓作業へと意識を向けた。
・・・・・
ユーリはロードベルク王国に生まれた傭兵だ。
いや、「だった」というのが正しい。
貧しい農民の次男という立場から抜け出すために成人前に故郷の村から逃げ、ある傭兵団に入った。
下働きから始まり、成長すると体格に恵まれたこともあって団の主力として頭角を現すように。
やがて、実績の積み重ねと年功序列の昇進により、前の団長の戦死を受けて35歳で新しい団長の座に収まった。
そして迎えた団長としての初戦は……戦場で捨て駒にされることだった。
ロードベルク王国と東のパラス皇国の長年続く紛争。王国南部のとある大貴族に雇われてその戦場へ送り込まれたユーリたちは、根無し草の傭兵であるという理由で、正規軍が撤退する時間を稼ぐために捨て置かれた。
「雇い主の命令は絶対」という傭兵の掟を文字通り死守するか、自分と団員たちの命を取って持ち場から逃げ出すか。
極限の選択を迫られたユーリは、自分たちの命を取った。
命令された持ち場を離れ、自分たちを捕らえようとする正規軍の騎士たちを切り殺して戦場から逃走。
盗賊へと身を落とし、旅人や商人を襲って財産を奪いながら、西へ、西へと逃げ続けた。
王国の北西の端まで逃げ延び、やがてたどり着いたのはある子爵領の領都だという街だった。
・・・・・
「はあ。さすがに毎日木を切ってばかりじゃ飽きてくるね」
「お気持ちはお察しいたします。ノエイン様」
ノエインは領民の集め方で悩み続けたが、なかなか妙案は浮かばない。
せいぜい「生活に困窮した行き場のない貧民を拾ってここへ連れてくる」程度のことしか考えつかなかった。
とはいえ、そのためには行き場のない者を保護するだけの余裕がまず自分に必要だ。
そのためには、豊富な食料とそれを育む農地が必要だ。
なのでノエインは、同じ日々のくり返しでぶっちゃけ飽き始めていようとも、地道な開拓作業をくり返している。
領民を集める方法は思いつかなくても開拓は進み、腹は減り、食料を消費する。
開拓を始めてからちょうど1か月目、ノエインはまたもやマチルダとゴーレムたちを連れ、食料の買い出しのためにケーニッツ子爵領レトヴィクへと向かうのだった。
今回もイライザの店を訪れ、ノエインとマチルダの数週間分の食料を買い込み、料金を支払う。
レトヴィクの西門を出て、門の外に広がるレトヴィクの住民たちの農耕地帯を抜け、ちらほらと小さな森が点在する平原を抜け、ベゼル大森林の獣道に入る。
道を少し進んで、先に気づいたのはマチルダだった。
「っ! ノエイン様!」
茂みから何かが、いや誰かが飛び出して迫ってくる。そのことにノエインが気づいたときには、
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飛び出してきた男に後ろから頭を掴まれ、首にナイフを当てられていた。
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