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第一章 来訪者たちは異世界に迎えられる。

第9話 仲間ができる。

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「君がアサカ リオくんよね?」


 翌日の朝、カノンと一緒に食堂で朝食を食べていたら、一人の来訪者に話しかけられた。少しウェーブのかかったショートカットで、多分20代半ばくらい。活発そうな女の人だ。


「そうですけど……あなたは?」

「私はキリヤ マイカ。昨日ルフェーブル子爵と話し合って、私もルフェーブル領に行くって決まってね。あなたもそうだって聞いたから、ちょっと話してみたかったのよ」


 なんと、僕以外にもあの領に行く来訪者がいるのか。あんまり裕福な領地じゃないし報酬も少ないし、僕みたいに特殊な事情のない人があそこを選ぶなんて正直意外だった。


 「一緒に座っていい?」と言われたので、「どうぞ」と答えながらテーブルを挟んで僕の斜め前、カノンの隣へと促す。

 カノンが「申し訳ございません!すぐにどきます!」と言って慌てて僕の正面を開けようとしたけど、マイカさんは「いいっていいって!座ってゆっくり食べてて」とそのままカノンを座らせた。


「この子、リオくんが買った奴隷?可愛いね」


 よかった、奴隷を買うことに拒否反応を示すタイプの来訪者じゃないみたいだ。

 「可愛い」と言われたカノンは少し顔を赤くしている。


「ところで、マイカさんとはまだ喋ったことはなかったと思いますけど、よく僕がアサカ リオだって分かりましたね」

「何言ってんのよ。そんなでっかいゴーレム後ろに立たせてたら分かるに決まってるじゃない」


 ……そういえばそうだった。ゴーレムを連れ歩いてるなんてこの世界で僕だけなんだ。目立たないわけがない。当たり前のことに気づけなくて少し恥ずかしい。


「あはは、意外とうっかり屋さんなのね?」

「いえ、あの……すいません」

「別に謝らなくてもいいのに。ていうか、敬語なんていらないわよ?せっかく同じ領地に行く来訪者同士なんだし。あたしのこともマイカって呼び捨ててよ」

「分かりま……分かった。じゃあ、僕のこともリオって呼び捨てして。よろしく」

「うん、よろしくねリオ」


 それから、自己紹介も兼ねてお互いのことを話す。


 マイカのギフトは「探知」という能力らしい。半径500mほどの範囲内にいる人や魔物、動物の位置を正確に掴み、それぞれのサイズや魔力量まで測定できるという。


「こんなレーダーみたいなギフトを授かっちゃったから、あたしに声をかけてくるのは軍閥の貴族ばっかりでさー。ごついおじさんたちから『戦場に出て一緒に武勲を上げよう!』って声をかけられるの」


 心底面倒くさそうにマイカは言う。


「でもさ、やっぱり人同士の殺し合いの場でレーダー扱いされて暮らすなんて抵抗あるじゃない?できることなら、戦争以外のことにギフトを使ってもらいたいなーと思って」


 そこで声をかけてきたのがルフェーブル子爵だったらしい。開拓地には深くて見通しの悪い森が多く、マイカのギフトが魔物の奇襲を防ぐために有効なので勧誘されたそうだ。


 マイカも「開拓で領地を発展させる」という仕事内容に惹かれたらしい。


「それに、他の貴族は『我が〇〇家のために!』『私の武功のために!』とか言う人ばっかりだったけど、ルフェーブル子爵は『領民たちのために力を奮ってほしい』なんて言うじゃない?報酬は少ないけど、行くならこういう人の領地がいいかなーと思って」

「……それは確かに。僕も『領民たちのために』っていう言葉には惹かれたよ」

「あの子爵閣下、立派で誠実そうな人よね。誘われる前に他の貴族からルフェーブル子爵家の話は聞いたことあったけど、そのときもあの家の統治は代々善政だって評価されてるみたいだったし」

「よく事前にそこまで知ってたね……僕はなんとかルフェーブルっていう家名は知ってる程度だったのに」

「コミュニケーション能力はまあまあ自信あるつもりだからね。女子の来訪者同士で情報交換したりしてたし」


 その後、お互いの過去についてもざっくりと明かし合った。


 マイカのもとの世界での悩みは「婚約していた職場の上司を同僚の女性に奪われて、さらにその女性から退職に追い込まれた」ことだったらしい。


「せっかく就職活動を頑張って憧れの会社に入って、尊敬できる人にも出会えて結ばれると思ってたのにさ、全部台無しだったよね。その女子社員も他の同僚集めて派閥なんか作っちゃって、あたしが会社を辞めるまで虐めてくるのよ。さすがにあのときは死にたくなったよねー」

「それは……酷いね」

「でしょ?まあ今となってはもうどうでもいいけどね。悲しいとも悔しいとも思わなくなっちゃったし」


 そんな辛い体験をそこまであっけらかんと話せるのも、来訪者が前世への未練を失っているからこそだろう。


「まあ、そんな感じで、これから仲間としてよろしくね」

――――――――――――――――――――

 僕とマイカを確保したルフェーブル子爵は、僕たちを連れてそろそろ領地に戻るそうだ。


 子爵の一行が王都を発つ準備に2週間ほどかかるというので、僕はカノンやマイカに協力してもらいながらゴーレムの機能を実験して過ごした。


 ゴーレムの実験で分かったことは次の通り。


 まず、ゴーレムは僕の魔力で動いている限りは、常に僕の意識と繋がっている。そして、僕の意思をかなり正確に理解して行動してくれる。

 ゴーレムが丸一日で消費する魔力は700~800だけど、体内に魔力を保有できる容量はその2倍、1500ほどまであるらしい(魔力を注ぎながら体感で理解できた)。

 なので、毎朝1回ゴーレムに魔力を補充するだけで彼らは魔力切れになることなく連続稼働できるるし、もしまったく補充しなくても、2日ほどは動き続けることができるみたいだった。


 ゴーレムに指示できる動作の幅もかなり広い。

 ターゲットを決めて攻撃させたり、僕を守らせたりするのはもちろん、荷物を運ばせたり、僕を担いで移動させたりすることもできた。

 さらに、「カノンを護衛しろ」「マイカを抱えて跳べ」のように、僕以外の人間に関わる指示も理解してくれた。僕が意識の中に思い浮かべられる知人であれば、個人の特定や識別もできるみたいだ。


 また、「一定の線を越えて僕に近づく者がいたら立ち塞がれ」と命じて昼寝してみたけど、僕が寝ている間にカノンに近づいてもらったら、ゴーレムはちゃんとその前に立ち塞がったらしい。

 睡眠中のように僕の意識がないときでも、事前の命令があれば見張りや護衛として働いてくれるみたいだった。


 ただし、「地面に線を引いて好きに絵を描け」「手拍子に合わせて自由に踊れ」のような指示では動かなかった。ある程度の判断力はあっても、感情や自我があるわけではないらしい。


 こんな感じで、ゴーレムの機能を試していった。

 その過程でまた子爵の護衛騎士たちと何度か模擬戦させてもらったんだけど、僕が勝った後に毎回カノンが「さすがですご主人様!」「凄いですご主人様!」と褒めちぎってくるんだよね。


 ここまで色々と肯定してくれるのは嬉しいんだけど、このままちやほやされ続けると僕はカノンに依存してしまいそうだ。

――――――――――――――――――――

 毎日一緒に暮らす中で、僕とカノンはお互いに自分のことを色々と話した。

 そのおかげで、カノンが僕に対して過度に遠慮したり恐縮したりしないくらいには打ち解けている。


 カノンは幼い頃から、ある裕福な商人の家事奴隷として、母親と2人で暮らしていたらしい。


 父親も奴隷身分のハーフエルフで、カノンの母と結婚した時には400歳を超えていた。カノンがまだ幼い時に、老齢のエルフがよくかかるという病気で亡くなったそうだ。

 その後は母親に愛情を注がれて育ち、主人の商人からもよく面倒を見てもらったという。そして、カノンが15歳を過ぎたころに、商人の勧めで母親が他の奴隷と再婚したそうだ。


 ただ、この再婚相手はカノンたちには優しかったものの、酒に酔うと気が大きくなるという悪癖があった。

 ある日、下層民向けの安い酒場で悪酔いし、帰宅中の路上で他の奴隷と喧嘩騒ぎを起こし、通行人を巻き込んで重傷を負わせてしまう。

 その相手が運の悪いことに……士爵位を持つ貴族だったらしい。


 故意ではないとはいえ、奴隷の身でありながら貴族に重傷を負わせるのは、家族揃って極刑を免れない重罪だ。

 再婚相手と、その妻であるカノンの母は絞首刑。カノンは罪人の直接の娘ではないという点を考慮されて、死刑ではなく終身奴隷落ちになったという。


「大好きなお母さんもいなくなってしまって、終身奴隷の魔法を刻まれたとき、私の人生はもう終わったんだと思っていました。もう楽しいことも嬉しいこともなくて、病気か衰弱で死ぬまで娼館で働かされるんだと思っていました」


 震えながら話すカノンの手をそっと握った。あまりにも残酷な話で言葉が出ない。


「でも、あの日ご主人様に買っていただいてからは、毎日が夢のように幸せです。こんなにも大切に扱っていただいて、優しい言葉をかけていただいて……私にこんな日々が与えられるなんて、奇跡なんて言葉では足りないくらいです。ご主人様は私にとって、唯一絶対の神様に等しい存在です」

「……これから先も、僕が生きてる限りずっと、カノンのことを大切にするからね。安心して僕に仕えてほしい」

「はい、どうかずっとお傍に置いてください、ご主人様」
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