6 / 44
第一章 来訪者たちは異世界に迎えられる。
第5話 この世界を知る。
しおりを挟む
宮廷魔導士に僕のギフトの詳細を記録するよう指示して、サヴォア侯爵が僕の方を向く。
「リオ殿。聞こえていたと思うが、貴殿のギフトは『膨大な魔力』だ。ただし魔法の素質はない」
サヴォア侯爵の説明では、魔法を使うには魔力だけではなくて、その魔法の属性の「素質」というものが要るらしい。
魔法使いになれるレベルの魔力を持つ人間なら、最低でも1つ以上は魔法の素質を持っているのが普通だという。
僕のように「魔力は大量にあるのに魔法の素質はない」という例は、彼の知る限りないそうだ。
なので、僕がこの世界でギフトを活かすとしたら「魔法具を使う」のが最善だと言われた。
「魔法具って、魔法の力を再現した道具のことですよね?僕がこの世界に来て見たのは灯りや湯沸かしのような日常的な魔法具ばかりなんですが……魔法具を使うだけで来訪者としての価値を発揮できるものなんでしょうか?」
「魔法具と言っても様々だ。魔力切れの心配をせずに軍事用や産業用の特殊魔法具を連続使用できるとなれば、そのギフトでも来訪者として十分な働きができるはずだ」
そもそも魔法具とは、魔力を直接注いだり、魔物からとれる魔石を取りつけたりして魔法を再現するもののことを言うらしい。
魔法の素質がなく、魔力が少ない人が「火種」「灯り」「沸騰」といったごく簡単で、魔力消費量の少ない魔法を再現できるのが魔法具の利点だそうだ。
そして、なかには攻撃魔法を放てるものだったり、広範囲の土木作業を一気にできるようなものだったりと、大きな効果を持つ魔法具もあるらしい。
ただ、そうした「特殊魔法具」は高価で希少。それに魔法具で魔法を再現するのは、普通に魔法を使うのと比べて魔力の消費量が倍以上になるという。
特殊魔法具は一般人では魔力が足りなくて使えないし、貴族にとっては高価で効率の悪い特殊魔法具を揃えるより、各属性の魔法使いを部下として迎えた方がよほど勝手が良い。
実用に向かない特殊魔法具はどちらかというと工芸品・美術品としての色合いが強く、一部の物好きな魔法具職人が作り、好事家の貴族や豪商がコレクションしているようなものらしい。
でも、僕の魔力量なら、そうした特殊魔法具を実用レベルで使いこなせるだろう、ということだった。
つまり僕は「本人には何の力もないけれど、常人には使えない超強力な装備を使いこなせる」ような人間らしい。
「貴殿が来訪者としてこの王国で力を発揮することを期待する。今日は以上だ。もう下がりなさい」
別館に戻ると、ユウヤさんや、昨日話して仲良くなった来訪者の人たちが待ってくれていた。
「おかえり、リオ君のギフトはどんなものだった?」
そう聞いてくるユウヤさんに、僕は苦笑いを返した。
――――――――――――――――――――
ギフト解析の儀式が終わって数日は、のんびり過ごして王都までの旅の疲れを癒す。
途中で何度か例の「特殊魔法具」を僕が本当に使えるかどうかの実験もさせられたけど、問題なく使用できた。
魔法具のおかげとはいえ、大きな火の玉を撃ったり電柱のように太い氷柱を撃ったりするのはなかなか刺激的な経験だった。
そして王宮に来て1週間ほど経った頃、僕は他の数十人の来訪者と一緒に館の一室に集められる。
そこには眼鏡をかけた白髪の、学者然とした初老の男性がいた。
「私はジーリング王国文部省のアラム・ザイツェフです。これから皆さんには、この王国の社会制度を学んでいただきます」
どうやら今から、この世界のことをまったく知らない僕たちのために、詳しい説明があるらしい。1週間ほど期間が空いたのは、ある程度の人数にまとめて説明するために、新しい来訪者が王宮に集められるのを待っていたんだろう。
そこからは、王国のこと、貴族社会や身分制度のこと、種族のこと、魔法のことなど、黒板への板書と口頭で延々と説明が続いた(ちなみに、僕たち来訪者は言葉と同じようにこの世界の文字も不思議と理解できる)。まるで学校の授業だ。
まず、この王国のこと。これはノーフッド士爵に教えてもらった知識と被る部分も多かった。
このジーリング王国の今の国王はエドワード・ジーリング7世で、43代目になる。
王国自体は1041年の歴史を持っていて、1200年ほど前に覇権を握っていたある帝国の崩壊後、小国の乱立と戦乱が続いた200年ほどの暗黒期を経て、各小国を統一するかたちで初代国王がこの国を興したらしい。
王国はアステア大陸南部のやや西寄りにあって、東はレギオン王国と、西はアルドワン王国と接している。
南は海に面していて、その先のイリオン大陸北部には、アールクヴィスト共和国という国があるらしい。
北にはディオス山脈という巨大な山々が走っていて、亜竜やワイバーンなどの竜種が住みつき、人が立ち入ることは不可能だという。
東のレギオン王国は規模でも発展度でもジーリング王国と同じくらいで、一応は友好的と言える関係。
一方で、西のアルドワン王国は規模では拮抗しているけど発展度はやや下、国境ではたびたび小競り合いが起こり、「敵国」と言ってもいい緊張状態にある。
そして、南のアールクヴィスト共和国は文明的にはジーリング王国を上回るほど豊かだけど、国としての規模は小さい。関係は良好で盛んに貿易も行われている。
これが、ジーリング王国を取り巻く現在の状況らしい。
この他にも王国の1000年以上の歴史や、その中で主な大貴族家がどうやって興されていったかが語られたけど、さすがに一度で覚えるのは厳しい情報量だった。
ザイツェフ氏も僕らが一度に覚えられるとは思っていないようで、「追々覚えていけばいいでしょう」と言っている。
次に、貴族社会と身分制度について。
このジーリング王国では、当然ながら国王と王家が頂点にいる。
そしてその下に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という順で上級貴族の爵位が並び、さらにその下に下級貴族である準男爵と士爵が続く。
上級貴族は領地や特権を保障されることと引き換えに王家に忠誠を誓い、下級貴族は上級貴族の領地内でさらに街や村などの小規模な領地を与えらる。
ただし、貴族の全員が領地を持っているわけではなく、軍人や官僚(法衣貴族)として王家や上級貴族に仕える者もいる。
最下級の士爵になると数もかなり多く、その経済事情もさまざまで、貧しい村を治める士爵よりも平民の豪商の方がよほど裕福な場合も多いそうだ。ノーフッド士爵が自分を「木っ端貴族」と言っていた理由が分かった。
貴族の下に来るのが平民。自作農や職人、商人、兵士や下級の文官などがこの身分になる。
僕たち来訪者は王家や貴族に雇われてそこの「食客」という立場になるので、身分上は平民だけど、どこに行ってもそれなりの礼遇を受けるという。
そしてその下には奴隷。なんと奴隷がこの王国の人口の半分以上を占めているらしい。
その多くが農奴で、その他にも肉体労働や雑用を務める奴隷、戦闘奴隷、性奴隷などがいる。
代々農奴として生きる者、借金返済の代わりに自分や家族を奴隷として売る者、罪を犯した罰として奴隷落ちする者など、奴隷身分にいる理由は様々。
奴隷と主人は契約魔法で結ばれていて、奴隷は主人を害したり、命令に逆らったり、勝手に自殺したりできないようにされている。
解放される条件も「借金奴隷として〇年働く」「数万~数十万ロークを支払って自分を買い戻す」など様々。
特に重いのが「終身奴隷」で、契約魔法で一度その身分になると、一生涯解放できなくなるらしい。
一族全員死刑になるほどの重罪を犯した者の家族が、連座での処刑を免れる代わりに落とされるような、奴隷身分の中でも最下層のものだそうだ。
次に、種族について。
アステア大陸南部で最も多いのは、ごく普通の人間。身体能力も寿命も魔力も平凡で、際立った個性も弱点もないからこそ最大多数として発展してきたとされている。
そして、寿命が長く、豊富な魔力や魔法素質を持つ傾向にあるのが精霊族。エルフやドワーフ、小柄なノーム、2m以上の巨体を持つゴリアテなどを指す。
ドワーフやノーム、ゴリアテは150年~200年の寿命を持ち、さらにエルフは1000年以上の寿命と、晩年まで若いままの容姿を保ち続ける不老長寿の特性を持つ。
最後に、人間と動物の特長を併せ持つ獣人。寿命は人間と大差なく、筋力や聴覚、嗅覚など身体面では人間よりも高い能力を持つ者が多い。
ただし魔力や魔法素質に関しては人間より劣るとされていて、魔法使いレベルの魔力や素質を持つ者は限りなく少ないそうだ。
ジーリング王国と直接関わることはまずないけど、アステア大陸北部や他の大陸では、精霊族や獣人が多数を占める国もあるらしい。
そして、魔法について。
この世界の魔法は、自然界にはたらきかける「火」「水」「風」「土」の4属性魔法と、生物に直接はたらきかける「光」「闇」の魔法に大きく分けられる。
4属性魔法については僕たちがゲームなどをもとに想像する「魔法」のイメージそのままだけど、いくら魔法と言っても、大地や天気を操ったり、1人で戦争の結果を左右するようなな力はない。
あくまで「通常の武器より強力な遠距離攻撃ができる」「生活や仕事の上で便利な能力が使える」程度のものらしい。
ただし、ギフトとして魔法の才能を授かった来訪者なら、この世界の一般的な魔法使いよりは格段に威力の高い魔法を扱えるだろう、と言われた。
光魔法と闇魔法は生き物の身体や心に作用するもので、光魔法は怪我や病気の治療、身体能力の向上などの効果を持つ。
闇魔法は逆に体調不良を引き起こしたり、精神を追い詰めたり、暗示をかけたりする効果がある。奴隷契約の魔法もこの闇魔法に分類されているらしい。
魔法の素質を持って生まれる者は数十人に1人くらいはいるけど、「魔法使い」と呼べるほどの魔力を持つ者は数百人に1人しかいない。
魔力の量は「火種を起こすだけなら5」「炎の矢1発で30」などポピュラーな魔法をもとにある程度数値化されているそうで、それをもとに僕は「魔力およそ8000」と計測されたらしい。
ちなみに、体内の魔力は睡眠時に徐々に回復し、6時間で完全回復するそうだ。
魔法具は、魔法が放たれるときの魔力の動きを観測・解析して図式化し、さらに特定の魔法素質を持つ魔物の素材を使うことで、「魔力を通すだけで魔法を再現する」という機能を実現した道具のこと。
「火種」や「灯り」といった簡単な家電程度の魔法具でも庶民ではなかなか買えない程度に高価で、特殊魔法具には先日説明されたように、高価な珍品扱いらしい。
次に、宗教について。この世界の(少なくともこの国の)宗教は実にシンプルだった。
アステア大陸南部からイリオン大陸にかけては、ただ「神」と呼ばれる唯一絶対の神が信仰されていて、都市や村には神殿がある。
「神殿」と言ってもそのサイズは都市や村の規模によって様々で、デザインはなぜか、地球で言うところの教会によく似ている。
各国の首都レベルの神殿には「貨幣を作る魔法具」が備えられているそうで、そこでは「神託に基づいて、神から命じられた量の貨幣が作られている」らしい。
この仕組みがいつ作られたかは不明。また、魔法具に関する情報も神殿内部のごく一部の者しか知らない。
人々の宗教的・道徳的な拠り所というだけでなく、貨幣を作る組織としての役割があることから、神殿は世俗社会から独立して一定の地位を維持している。
と、こうした怒涛の説明を、僕たち来訪者は数日かけて受けていった。
あと、誰か他の来訪者が質問していたけど、ゲームみたいにレベルやHPみたいなシステムはないらしい。
――――――――――――――――――――
最後に説明されたのは、僕たち来訪者について分かっていること。
来訪者は普通の人間と異なり、召喚されたときのまま年を取らない。
そして、寿命は「召喚されたときからおよそ150年」と言い伝えられているらしい。
来訪者のギフトは一代限り。というか、そもそも僕たち来訪者は子供を作ることができない。これは過去の来訪者に共通していたことだそうだ。
年を取らず、子孫も残せず、150年もの時を生きる。かなり衝撃的な情報のはずだけど、なぜか僕は動揺しなかったし、他の来訪者たちもショックを受けなかった。
この異様な平常心は、もとの世界への未練をまったく感じなかったときの感覚によく似ていた。
「リオ殿。聞こえていたと思うが、貴殿のギフトは『膨大な魔力』だ。ただし魔法の素質はない」
サヴォア侯爵の説明では、魔法を使うには魔力だけではなくて、その魔法の属性の「素質」というものが要るらしい。
魔法使いになれるレベルの魔力を持つ人間なら、最低でも1つ以上は魔法の素質を持っているのが普通だという。
僕のように「魔力は大量にあるのに魔法の素質はない」という例は、彼の知る限りないそうだ。
なので、僕がこの世界でギフトを活かすとしたら「魔法具を使う」のが最善だと言われた。
「魔法具って、魔法の力を再現した道具のことですよね?僕がこの世界に来て見たのは灯りや湯沸かしのような日常的な魔法具ばかりなんですが……魔法具を使うだけで来訪者としての価値を発揮できるものなんでしょうか?」
「魔法具と言っても様々だ。魔力切れの心配をせずに軍事用や産業用の特殊魔法具を連続使用できるとなれば、そのギフトでも来訪者として十分な働きができるはずだ」
そもそも魔法具とは、魔力を直接注いだり、魔物からとれる魔石を取りつけたりして魔法を再現するもののことを言うらしい。
魔法の素質がなく、魔力が少ない人が「火種」「灯り」「沸騰」といったごく簡単で、魔力消費量の少ない魔法を再現できるのが魔法具の利点だそうだ。
そして、なかには攻撃魔法を放てるものだったり、広範囲の土木作業を一気にできるようなものだったりと、大きな効果を持つ魔法具もあるらしい。
ただ、そうした「特殊魔法具」は高価で希少。それに魔法具で魔法を再現するのは、普通に魔法を使うのと比べて魔力の消費量が倍以上になるという。
特殊魔法具は一般人では魔力が足りなくて使えないし、貴族にとっては高価で効率の悪い特殊魔法具を揃えるより、各属性の魔法使いを部下として迎えた方がよほど勝手が良い。
実用に向かない特殊魔法具はどちらかというと工芸品・美術品としての色合いが強く、一部の物好きな魔法具職人が作り、好事家の貴族や豪商がコレクションしているようなものらしい。
でも、僕の魔力量なら、そうした特殊魔法具を実用レベルで使いこなせるだろう、ということだった。
つまり僕は「本人には何の力もないけれど、常人には使えない超強力な装備を使いこなせる」ような人間らしい。
「貴殿が来訪者としてこの王国で力を発揮することを期待する。今日は以上だ。もう下がりなさい」
別館に戻ると、ユウヤさんや、昨日話して仲良くなった来訪者の人たちが待ってくれていた。
「おかえり、リオ君のギフトはどんなものだった?」
そう聞いてくるユウヤさんに、僕は苦笑いを返した。
――――――――――――――――――――
ギフト解析の儀式が終わって数日は、のんびり過ごして王都までの旅の疲れを癒す。
途中で何度か例の「特殊魔法具」を僕が本当に使えるかどうかの実験もさせられたけど、問題なく使用できた。
魔法具のおかげとはいえ、大きな火の玉を撃ったり電柱のように太い氷柱を撃ったりするのはなかなか刺激的な経験だった。
そして王宮に来て1週間ほど経った頃、僕は他の数十人の来訪者と一緒に館の一室に集められる。
そこには眼鏡をかけた白髪の、学者然とした初老の男性がいた。
「私はジーリング王国文部省のアラム・ザイツェフです。これから皆さんには、この王国の社会制度を学んでいただきます」
どうやら今から、この世界のことをまったく知らない僕たちのために、詳しい説明があるらしい。1週間ほど期間が空いたのは、ある程度の人数にまとめて説明するために、新しい来訪者が王宮に集められるのを待っていたんだろう。
そこからは、王国のこと、貴族社会や身分制度のこと、種族のこと、魔法のことなど、黒板への板書と口頭で延々と説明が続いた(ちなみに、僕たち来訪者は言葉と同じようにこの世界の文字も不思議と理解できる)。まるで学校の授業だ。
まず、この王国のこと。これはノーフッド士爵に教えてもらった知識と被る部分も多かった。
このジーリング王国の今の国王はエドワード・ジーリング7世で、43代目になる。
王国自体は1041年の歴史を持っていて、1200年ほど前に覇権を握っていたある帝国の崩壊後、小国の乱立と戦乱が続いた200年ほどの暗黒期を経て、各小国を統一するかたちで初代国王がこの国を興したらしい。
王国はアステア大陸南部のやや西寄りにあって、東はレギオン王国と、西はアルドワン王国と接している。
南は海に面していて、その先のイリオン大陸北部には、アールクヴィスト共和国という国があるらしい。
北にはディオス山脈という巨大な山々が走っていて、亜竜やワイバーンなどの竜種が住みつき、人が立ち入ることは不可能だという。
東のレギオン王国は規模でも発展度でもジーリング王国と同じくらいで、一応は友好的と言える関係。
一方で、西のアルドワン王国は規模では拮抗しているけど発展度はやや下、国境ではたびたび小競り合いが起こり、「敵国」と言ってもいい緊張状態にある。
そして、南のアールクヴィスト共和国は文明的にはジーリング王国を上回るほど豊かだけど、国としての規模は小さい。関係は良好で盛んに貿易も行われている。
これが、ジーリング王国を取り巻く現在の状況らしい。
この他にも王国の1000年以上の歴史や、その中で主な大貴族家がどうやって興されていったかが語られたけど、さすがに一度で覚えるのは厳しい情報量だった。
ザイツェフ氏も僕らが一度に覚えられるとは思っていないようで、「追々覚えていけばいいでしょう」と言っている。
次に、貴族社会と身分制度について。
このジーリング王国では、当然ながら国王と王家が頂点にいる。
そしてその下に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という順で上級貴族の爵位が並び、さらにその下に下級貴族である準男爵と士爵が続く。
上級貴族は領地や特権を保障されることと引き換えに王家に忠誠を誓い、下級貴族は上級貴族の領地内でさらに街や村などの小規模な領地を与えらる。
ただし、貴族の全員が領地を持っているわけではなく、軍人や官僚(法衣貴族)として王家や上級貴族に仕える者もいる。
最下級の士爵になると数もかなり多く、その経済事情もさまざまで、貧しい村を治める士爵よりも平民の豪商の方がよほど裕福な場合も多いそうだ。ノーフッド士爵が自分を「木っ端貴族」と言っていた理由が分かった。
貴族の下に来るのが平民。自作農や職人、商人、兵士や下級の文官などがこの身分になる。
僕たち来訪者は王家や貴族に雇われてそこの「食客」という立場になるので、身分上は平民だけど、どこに行ってもそれなりの礼遇を受けるという。
そしてその下には奴隷。なんと奴隷がこの王国の人口の半分以上を占めているらしい。
その多くが農奴で、その他にも肉体労働や雑用を務める奴隷、戦闘奴隷、性奴隷などがいる。
代々農奴として生きる者、借金返済の代わりに自分や家族を奴隷として売る者、罪を犯した罰として奴隷落ちする者など、奴隷身分にいる理由は様々。
奴隷と主人は契約魔法で結ばれていて、奴隷は主人を害したり、命令に逆らったり、勝手に自殺したりできないようにされている。
解放される条件も「借金奴隷として〇年働く」「数万~数十万ロークを支払って自分を買い戻す」など様々。
特に重いのが「終身奴隷」で、契約魔法で一度その身分になると、一生涯解放できなくなるらしい。
一族全員死刑になるほどの重罪を犯した者の家族が、連座での処刑を免れる代わりに落とされるような、奴隷身分の中でも最下層のものだそうだ。
次に、種族について。
アステア大陸南部で最も多いのは、ごく普通の人間。身体能力も寿命も魔力も平凡で、際立った個性も弱点もないからこそ最大多数として発展してきたとされている。
そして、寿命が長く、豊富な魔力や魔法素質を持つ傾向にあるのが精霊族。エルフやドワーフ、小柄なノーム、2m以上の巨体を持つゴリアテなどを指す。
ドワーフやノーム、ゴリアテは150年~200年の寿命を持ち、さらにエルフは1000年以上の寿命と、晩年まで若いままの容姿を保ち続ける不老長寿の特性を持つ。
最後に、人間と動物の特長を併せ持つ獣人。寿命は人間と大差なく、筋力や聴覚、嗅覚など身体面では人間よりも高い能力を持つ者が多い。
ただし魔力や魔法素質に関しては人間より劣るとされていて、魔法使いレベルの魔力や素質を持つ者は限りなく少ないそうだ。
ジーリング王国と直接関わることはまずないけど、アステア大陸北部や他の大陸では、精霊族や獣人が多数を占める国もあるらしい。
そして、魔法について。
この世界の魔法は、自然界にはたらきかける「火」「水」「風」「土」の4属性魔法と、生物に直接はたらきかける「光」「闇」の魔法に大きく分けられる。
4属性魔法については僕たちがゲームなどをもとに想像する「魔法」のイメージそのままだけど、いくら魔法と言っても、大地や天気を操ったり、1人で戦争の結果を左右するようなな力はない。
あくまで「通常の武器より強力な遠距離攻撃ができる」「生活や仕事の上で便利な能力が使える」程度のものらしい。
ただし、ギフトとして魔法の才能を授かった来訪者なら、この世界の一般的な魔法使いよりは格段に威力の高い魔法を扱えるだろう、と言われた。
光魔法と闇魔法は生き物の身体や心に作用するもので、光魔法は怪我や病気の治療、身体能力の向上などの効果を持つ。
闇魔法は逆に体調不良を引き起こしたり、精神を追い詰めたり、暗示をかけたりする効果がある。奴隷契約の魔法もこの闇魔法に分類されているらしい。
魔法の素質を持って生まれる者は数十人に1人くらいはいるけど、「魔法使い」と呼べるほどの魔力を持つ者は数百人に1人しかいない。
魔力の量は「火種を起こすだけなら5」「炎の矢1発で30」などポピュラーな魔法をもとにある程度数値化されているそうで、それをもとに僕は「魔力およそ8000」と計測されたらしい。
ちなみに、体内の魔力は睡眠時に徐々に回復し、6時間で完全回復するそうだ。
魔法具は、魔法が放たれるときの魔力の動きを観測・解析して図式化し、さらに特定の魔法素質を持つ魔物の素材を使うことで、「魔力を通すだけで魔法を再現する」という機能を実現した道具のこと。
「火種」や「灯り」といった簡単な家電程度の魔法具でも庶民ではなかなか買えない程度に高価で、特殊魔法具には先日説明されたように、高価な珍品扱いらしい。
次に、宗教について。この世界の(少なくともこの国の)宗教は実にシンプルだった。
アステア大陸南部からイリオン大陸にかけては、ただ「神」と呼ばれる唯一絶対の神が信仰されていて、都市や村には神殿がある。
「神殿」と言ってもそのサイズは都市や村の規模によって様々で、デザインはなぜか、地球で言うところの教会によく似ている。
各国の首都レベルの神殿には「貨幣を作る魔法具」が備えられているそうで、そこでは「神託に基づいて、神から命じられた量の貨幣が作られている」らしい。
この仕組みがいつ作られたかは不明。また、魔法具に関する情報も神殿内部のごく一部の者しか知らない。
人々の宗教的・道徳的な拠り所というだけでなく、貨幣を作る組織としての役割があることから、神殿は世俗社会から独立して一定の地位を維持している。
と、こうした怒涛の説明を、僕たち来訪者は数日かけて受けていった。
あと、誰か他の来訪者が質問していたけど、ゲームみたいにレベルやHPみたいなシステムはないらしい。
――――――――――――――――――――
最後に説明されたのは、僕たち来訪者について分かっていること。
来訪者は普通の人間と異なり、召喚されたときのまま年を取らない。
そして、寿命は「召喚されたときからおよそ150年」と言い伝えられているらしい。
来訪者のギフトは一代限り。というか、そもそも僕たち来訪者は子供を作ることができない。これは過去の来訪者に共通していたことだそうだ。
年を取らず、子孫も残せず、150年もの時を生きる。かなり衝撃的な情報のはずだけど、なぜか僕は動揺しなかったし、他の来訪者たちもショックを受けなかった。
この異様な平常心は、もとの世界への未練をまったく感じなかったときの感覚によく似ていた。
0
お気に入りに追加
531
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
異世界召喚?やっと社畜から抜け出せる!
アルテミス
ファンタジー
第13回ファンタジー大賞に応募しました。応援してもらえると嬉しいです。
->最終選考まで残ったようですが、奨励賞止まりだったようです。応援ありがとうございました!
ーーーー
ヤンキーが勇者として召喚された。
社畜歴十五年のベテラン社畜の俺は、世界に巻き込まれてしまう。
巻き込まれたので女神様の加護はないし、チートもらった訳でもない。幸い召喚の担当をした公爵様が俺の生活の面倒を見てくれるらしいけどね。
そんな俺が異世界で女神様と崇められている”下級神”より上位の"創造神"から加護を与えられる話。
ほのぼのライフを目指してます。
設定も決めずに書き始めたのでブレブレです。気楽〜に読んでください。
6/20-22HOT1位、ファンタジー1位頂きました。有難うございます。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
性格が悪くても辺境開拓できますうぅ!
エノキスルメ
ファンタジー
ノエイン・アールクヴィストは性格がひねくれている。
大貴族の妾の子として生まれ、成人するとともに辺境の領地と底辺爵位を押しつけられて実家との縁を切られた彼は考えた。
あのクソ親のように卑劣で空虚な人間にはなりたくないと。
たくさんの愛に包まれた幸福な人生を送りたいと。
そのためにノエインは決意した。誰もが褒め称える理想的な領主貴族になろうと。
領民から愛されるために、領民を愛し慈しもう。
隣人領主たちと友好を結び、共存共栄を目指し、自身の幸福のために利用しよう。
これはちょっぴり歪んだ気質を持つ青年が、自分なりに幸福になろうと人生を進む物語。
※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載させていただいています
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
召還社畜と魔法の豪邸
紫 十的
ファンタジー
魔法仕掛けの古い豪邸に残された6歳の少女「ノア」
そこに次々と召喚される男の人、女の人。ところが、誰もかれもがノアをそっちのけで言い争うばかり。
もしかしたら怒られるかもと、絶望するノア。
でも、最後に喚ばれた人は、他の人たちとはちょっぴり違う人でした。
魔法も知らず、力もちでもない、シャチクとかいう人。
その人は、言い争いをたったの一言で鎮めたり、いじわるな領主から沢山のお土産をもらってきたりと大活躍。
どうしてそうなるのかノアには不思議でたまりません。
でも、それは、次々起こる不思議で幸せな出来事の始まりに過ぎなかったのでした。
※ プロローグの女の子が幸せになる話です
※ 『小説家になろう』様にも「召還社畜と魔法の豪邸 ~召喚されたおかげでデスマーチから逃れたので家主の少女とのんびり暮らす予定です~」というタイトルで投稿しています。
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる