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第一章 来訪者たちは異世界に迎えられる。

プロローグ

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 人が腐るまでは早い。本当にあっという間だ。


 僕、朝霞莉生あさか りおは、パーカーにスウェットのズボンというだらしない服装で近所の書店に向かっていた。

 今は平日の真っ昼間。こんな時間からこんな格好で街をフラフラしていると、自分がまともな社会生活を送っていない人間なんだとあらためて実感してしまう。


 高校2年生の秋ごろから、僕は学校に行かなくなった。


 県内でもそこそこの進学校に入学したものの、学校では仲のいい友人ができなかった。

 クラスメイトとは最低限の会話はあるけど、休日に一緒に遊びに行くような友だちは皆無。

 別にいじめられているわけではないけど、特に誰かと深く付き合うこともない、無味無臭の日々。

 そんな高校生活が楽しいわけがない。


 僕にとって学校は「行くのがめんどくさい場所」になり、インフルエンザで1週間ほど欠席したのをきっかけに、そのままズルズルと休み続けるようになった。

 最初は少し焦りもあったけど、1か月も経つと「どうせ今さら行っても」という諦めの気持ちの方が大きくなってしまって。

 年度末を前に「今の出席日数だと進級できない」という連絡が来たのをきっかけに、学校を辞めた。


 それ以来、僕は完全に腐った。


 寝起きする時間は乱れ、有り余る時間をインターネットで消費する生活。

 特にやりたいことは思いつかず、夢も目標もなく、就職活動どころかアルバイトすらせずにゴロゴロするだけの毎日。

 両親は「いつか立ち直ってくれるはず」と黙って見守ってくれていたけど、だんだん2人の関心は僕よりも、県内一の進学校に入学した妹へと移っていった。


 こうして2年の月日が流れて、「19歳ニート」という肩書になった僕は、ひたすら無気力に、将来への希望なんて欠片もないまま、怠惰な日々を送っている。

 自分でも甘ったれているとは思うけど、人が堕落するきっかけなんてこんなもんだ。


 外出といえば、週に2~3回ほど気まぐれで近所のコンビニや書店に出ていくだけ。

 その日もそんな気まぐれで家を出た。

 向かったのは家から歩いて5分ほどの近所にある書店。平日の昼間ということもあって、僕以外の客はいないみたいだった。


 (どうせ昼間から暇なニートだと思われてるんだろうな……)


 レジに立つ若い女性店員の視線を受けながら、海外小説の並ぶ棚へと向かう。

 こんな格好で平日にしょっちゅう足を運んでいるのだから、店員から自分がどんな人間に見えているかは想像に難くない。


 なんとなく目についた新刊のファンタジー小説を手に取り、最初の10ページほどを読み進める。

 思いのほか面白そうな内容なので買ってもいいかと思ったけど、


 (うわっ1200円?やっぱり大判の本って高いな……)


 予想外の金額を恨めしく思いつつ、19歳にもなって本1冊を買うことにも躊躇してしまう自分の懐事情に虚しくなりつつ、



 そこで僕の意識は不意に途絶えた。



 「パンッ」と本が床に落ちる音と、「ドサッ」という音が静かな店内に響く。


 店員がレジから顔を出して音の聴こえた方を見ると、海外小説コーナーの床に一冊の文庫本と、およそ人間一人分のものと思われる服が落ちていた。

 まるでそれを着ていた人間がいきなり消えてしまったかのように、雑に散らばったパーカーとスウェット。


「お、お客様……?」


 店員がおそるおそる呼びかけながら店内を見回しても、その服の持ち主はどこにもいなかった。


 その日、西日本全域で奇妙な失踪事件が相次いで発生した。


 どれも「人が服や荷物を残していきなり消えた」というあり得ない内容で、その件数は分かっているだけでも274件。

 なかには駅や店の防犯カメラに消える瞬間が映っている者もいた。


 「全員15歳~30歳」「午後2時16分に忽然と消えた」ということ以外に行方不明者の共通点はなし。

 その多くが学校や仕事、家庭の悩みを周囲に語っていたという情報があり、集団自殺や集団失踪という見方もあったが、消え方があまりにも不可解だったため「現代の神隠し」として日本のみならず世界中で話題を呼ぶことになった。


 しかし、消え去った当人たちがその騒動を知ることはない。


 そして、彼らがどこへ行ってしまったのかを、現代日本の人々が知ることも永遠にない。
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