124 / 135
#5
35 : Lynn
しおりを挟む
「その角だが、縮めることはできないのか?」
ハイジがあたしの角を軽く撫でながら言った。
「うん、できないみたい」
「だが、伸ばすことはできるんだろう?」
そうは言うが、実は自分で意図的に角を伸ばせるとわかったのは、つい今さっきのことなのだ。
なにせ、これまではどうにかして角が伸びないように頑張ってきたので、実際のところまさか自分で伸ばせるとは思っていなかった。
「この角、嫌な気分になると伸びるんだよ」
「嫌な気分とは?」
「うん……孤独感とか、怒りとか、悲しさとか、そういう辛い気持ち全般」
「–––そうか」
ハイジは少し悲しそうな目であたしの角を撫でる。
(……これが本当にハイジ?)
(随分と表情豊かというか……っていうか、こっちが本来のハイジなのか)
ハイジは「これまでは自分の感情を持つことが許されなかった」と言った。
ということは、いつものやたらと冷たい態度やら、ドライ過ぎる対応も、朴念仁の唐変木っぷりも全部、自分の感情を殺した結果だったわけだ。
……よくこんなのに惚れたな、あたし。
(だけど)
(自分では感情を殺したつもりだったんだろうけど、見てたらわかるんだよね。鉄面皮だったけど、あんなに冷たいのに、この人はいつだって優しかった)
ハイジが怪訝そうな表情になった。
「……何かおかしいか?」
「ううん。なんでもない」
どうやら笑ってしまっていたらしい。
「では、この数日はよほど辛かったのだな」
「そうね。でも、もういいわ」
「もういいとはどういう意味だ?」
「だたのやけくそよ」
あたしがそう言うと、ハイジは困ったように笑う。
こんな表情をする人だったんだなぁ。
「角を石で砕いてただろう」
「……見てたの?」
「ああ。……おれには想像もできないのだが、自分の角を砕くのはどんな気分なんだ?」
痛むのか? とハイジが気遣うように言った。
もちろん痛むし、頭が揺れて吐き気が来るし、ろくなもんじゃない。
でも。
「痛いことは痛いわ。でも、それよりハイジとは別のものになっちゃったことが一番辛かったかな」
「馬鹿なことを。お前は何も変わってない」
そう言って、ハイジはまた角を撫でる。
「そうかな」
「おれと一緒に来ると言ったあの日から何も変わっていない。戦い方を覚えて誰よりも強くなったが、そんな力がなくとも、お前はもとから強かった」
(うぅ、ハイジの声が優しいぞ)
(くそー、抱きつきたい……)
抱きつきたいが、今はそんなことをしている場合じゃないのだ。
行動するならすぐに行動すべきだ。
すべきなのだが。
(ハイジ、ずっと角ばかり撫でてる。どうせなら頭を撫でてくれたらいいのに)
(やっぱり気になるんだろうな)
「ふむ、やはりか」
「何?」
「角が小さくなった」
「え、うそ!?」
自分の角を触ると、変わらず角がそこにある。
「……小さくなってる? あんまり変わらなくない?」
「いや、小さくなった。もう少し触れていてもいいか?」
「い、いいけど」
なでり、なでり。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいんですけど」
「我慢しろ」
そんなことをしても、角はなくならないだろう、と思ったが、
(あ、あれ?)
角が縮む感覚があった。
どういう感覚なのか、自分でもよくわからないが、たしかに角が小さくなっていく感覚がある。
「な、ななな、なにこれ」
「先ほどは例外級くらいはあったが、もうだいぶ小さくなった」
「何これ、どういうこと?」
「魔獣もそうだが、攻撃本能が強ければ強いほど角が大きい。だが、敵の少ないところだと角は小さくなる」
確かに、エイヒムの森の兎たちの角は短かった。
「だから、お前が落ち着けば角が小さくなると思った。どうやら間違いではなかったらしい」
そういって、ハイジは角から手を離す。
「ほら、もう殆どわからない」
「……うそ……」
触ってみると、ちょっとした子鬼みたいな角になっていた。
「さて、行くか」
「え?」
「ノイエの様子を見に行くんだろう? ––––おそらく無駄だとは思うが、行くならば急ぐべきだ」
「じゃあ、角なんてほっとけばよかったのに」
「ばかを言うな」
ハイジはムッとした顔であたしを睨む。
そしてぷいと顔をそむけ、つぶやくように言った。
「自分で自分の角を砕くなど……二度とあんな真似をさせられるか」
* * *
廃墟を後にしたあたしたちは、崖を見上げる。
崖は、まるで襲いかかる波のような形をしていて、かなりの高さがある。
さすがの黒山羊も逆テーパーの崖は登れそうもない。
「あんなところから落とされたのか……」
「ちゃんと受け止めただろう」
「そういう問題じゃないわよ」
くそう、ヘルマンニめ、めちゃくちゃしやがって。
「どうやって登るの?」
「こっちだ。もう道は残ってないだろうが」
ハイジは迷いなくザクザクと歩き始める。
慌ててそれについていくあたし。
「そういえば、ここって結局どういう場所なの?」
「駆け出しの頃、師匠に修行を付けてもらった場所だ」
「それって、ヘルマンニたちと一緒に?」
「そうだ」
ハイジは躊躇なく歩いているが、とてもではないが道とは言えないただの鬱蒼とした森である。
道なき道をあるきながら、ハイジが昔の話をポツリポツリと話してくれる。
「傭兵として鍛えてもらいながら、ずっとここに住んでいた。上の連中の他にも、何人か兄弟弟子がいたな。皆死んでしまったが」
「……傭兵だものね」
こうして聞くと、死が随分と身近に感じる。
だが、あたしが殺してきた敵兵にだって人生があり、その人に関わる沢山の人がいたはずだ。同情するのは筋違いというものだ。
「その他にも、保護した『はぐれ』なども居たな。中には師匠に稽古をつけてもらって、能力を開花させた者もいた」
「あたしみたいな?」
「いや、お前みたいな極端なやつは居なかった」
どういう意味だ。
「あたし、極端なの?」
「極端だとも。師匠がヴァルハラに行く頃には、おれもそれなりに力を付けていた。しかも、師匠の力を受け継いだんだ。おれの肌に傷をつけることができる人間が出てくるとは夢にも思わなかった」
自分が傷つけられた話だというのに、ハイジは随分と嬉しそうだ。
「何故嬉しそうなの?」
「何故だろうな。もしおれに傷をつけたのがヨーコあたりだったら、流石に悔しかったかもしれんが、お前だからな」
だからどういう意味だ。
「あたし、強くなったかな」
「ああ。そんな角が無くても、もうお前に勝てるやつなんてそうそう居ないはずだ」
そこまで強くなる必要はなかっただろう、とハイジは言う。
(ハイジを圧倒できるくらいにならないと、相棒として認めなかったくせに)
「でも、ノイエ君には勝てなかったよ」
「いや、能力を使わなければ余裕で勝てたはずだ」
「え、そうなの?」
「おれには無理だがな」
ん? どういうこと?
「あいつの能力は二つある。一つは距離を変化させる」
「あれね」
あたしの能力にちょっと近いかもと思った力だ。
「あれのせいで、殺さずに打倒するのはおれには無理だ。手加減したつもりでも距離を変化させられると殺してしまいかねん」
「あれってそういう意味だったの?!」
あの時、ハイジは「勝てないから逃げる」と言ったが、まさか逆の意味だったとは。
「もう一つは、魔力の流れを断ち切る能力だ」
「……あたしの『加速』を発動出来なくしたやつね」
あのバチン! という感触を思い出して、思わず顔をしかめる。
「お前はよほど能力をうまく使いこなしていたのだろう、無駄がなかったから大したことにはならなかったが、闇雲に魔力を使うタイプだったら、体が弾け飛んで死んでいただろうな」
「ひぇぇ……」
そんな死に方だけはしたくない……。
「でも、あんなに練度が低いくせに、強力な能力が二つもあるなんて、よっぽど才能があったのかな」
「違う。どちらの力も、親から受け継いだものだ」
「へぇ、能力って遺伝するのね」
「いや」
ハイジはちょっと言葉を選んで、
「おれが師匠から力を受け継いだのと、同じ方法を使ったのだろう」
「…………ん?」
「つまり、殺したのだろう。ノイエは」
「……えっと、もしかしてご両親を?」
「そうだ」
その言葉を聞いた瞬間、体の中からブワッと魔力が溢れ出るのがわかった。
あ、と思った瞬間、角がズルリと伸びた。
––––親殺し。
元の世界でももちろんだが、この世界でも最大のタブーの一つのはずだ。
少なくとも、あたしの感覚には相容れない。
「……ちょっと刺激が強かったか?」
気配を感じたハイジが立ち止まった。
「……ごめん、また伸びちゃった」
「その角のままでヨーコたちと合流するのは、あまり良くないな」
「うー……」
ハイジが近づいてきて、あたしの角に手をかける。
また角を縮めるつもりらしい。
「ごめんね」
「いや、かまわない」
ハイジがあたしの頭を抱き寄せて、ゆっくりと撫でる。
(うひゃぁああ)
これは……だめだ。恥ずかしくて死ねる。
「うぅ」
「なんとかなりそうか?」
「なります、します」
「そうか」
(ふー……)
(角に意識をして、さきほどの角が縮む感覚を思い出して……)
すると、角がじわじわと溶けるように縮んで行くのがわかった。
(あ、できた)
もしかすると、ハイジに撫でられなくてもなんとかなるかも知れないが、そこは黙っておくことにしよう。
「……先ほどよりも早く縮められるようになったな」
「もう少し撫でてくれたら、もっと早くできそう」
離すもんか、とハイジに抱きつくと、ハイジは「そうか」と言って角に手を触れる。
するすると縮んでいく角。
(……いや、ますます人間離れしてませんか、これ)
(それに、ハイジってば、こんな娘のことが不気味じゃないのだろうか)
ちらりとハイジを見上げると、バッチリ目が合ってしまった。
「うひゃぁああぁ……」
「なんだ、その声は」
「……リンの鳴き声です」
そう言ってハイジの胸に顔を埋める。
「……面白い冗談だ」
「じゃあ笑ってよ」
「……笑い方を忘れた」
「じゃあ、早いこと思い出さないとね」
あたしがそう言うと、なぜか上からではなく、少し遠くから返事があった。
「そうだな、お前は少しくらいユーモアを覚えたほうがいい」
「つーか、甘ったるくて見てらんないんだけど……」
(……この声!)
(ヴィーゴさん?! それにペトラ!)
思いっきり抱き合ってたところを見られた!
あたしは慌ててハイジから飛び退くように離れたが、そこには、いつもの爬虫類みたいに冷たい目でこちらを見るヴィーゴと、呆れたように腕を組んだペトラが。
そして。
「よっ」
木の枝の上に、軽く手を上げたヘルマンニがしゃがんでいた。
ハイジがあたしの角を軽く撫でながら言った。
「うん、できないみたい」
「だが、伸ばすことはできるんだろう?」
そうは言うが、実は自分で意図的に角を伸ばせるとわかったのは、つい今さっきのことなのだ。
なにせ、これまではどうにかして角が伸びないように頑張ってきたので、実際のところまさか自分で伸ばせるとは思っていなかった。
「この角、嫌な気分になると伸びるんだよ」
「嫌な気分とは?」
「うん……孤独感とか、怒りとか、悲しさとか、そういう辛い気持ち全般」
「–––そうか」
ハイジは少し悲しそうな目であたしの角を撫でる。
(……これが本当にハイジ?)
(随分と表情豊かというか……っていうか、こっちが本来のハイジなのか)
ハイジは「これまでは自分の感情を持つことが許されなかった」と言った。
ということは、いつものやたらと冷たい態度やら、ドライ過ぎる対応も、朴念仁の唐変木っぷりも全部、自分の感情を殺した結果だったわけだ。
……よくこんなのに惚れたな、あたし。
(だけど)
(自分では感情を殺したつもりだったんだろうけど、見てたらわかるんだよね。鉄面皮だったけど、あんなに冷たいのに、この人はいつだって優しかった)
ハイジが怪訝そうな表情になった。
「……何かおかしいか?」
「ううん。なんでもない」
どうやら笑ってしまっていたらしい。
「では、この数日はよほど辛かったのだな」
「そうね。でも、もういいわ」
「もういいとはどういう意味だ?」
「だたのやけくそよ」
あたしがそう言うと、ハイジは困ったように笑う。
こんな表情をする人だったんだなぁ。
「角を石で砕いてただろう」
「……見てたの?」
「ああ。……おれには想像もできないのだが、自分の角を砕くのはどんな気分なんだ?」
痛むのか? とハイジが気遣うように言った。
もちろん痛むし、頭が揺れて吐き気が来るし、ろくなもんじゃない。
でも。
「痛いことは痛いわ。でも、それよりハイジとは別のものになっちゃったことが一番辛かったかな」
「馬鹿なことを。お前は何も変わってない」
そう言って、ハイジはまた角を撫でる。
「そうかな」
「おれと一緒に来ると言ったあの日から何も変わっていない。戦い方を覚えて誰よりも強くなったが、そんな力がなくとも、お前はもとから強かった」
(うぅ、ハイジの声が優しいぞ)
(くそー、抱きつきたい……)
抱きつきたいが、今はそんなことをしている場合じゃないのだ。
行動するならすぐに行動すべきだ。
すべきなのだが。
(ハイジ、ずっと角ばかり撫でてる。どうせなら頭を撫でてくれたらいいのに)
(やっぱり気になるんだろうな)
「ふむ、やはりか」
「何?」
「角が小さくなった」
「え、うそ!?」
自分の角を触ると、変わらず角がそこにある。
「……小さくなってる? あんまり変わらなくない?」
「いや、小さくなった。もう少し触れていてもいいか?」
「い、いいけど」
なでり、なでり。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいんですけど」
「我慢しろ」
そんなことをしても、角はなくならないだろう、と思ったが、
(あ、あれ?)
角が縮む感覚があった。
どういう感覚なのか、自分でもよくわからないが、たしかに角が小さくなっていく感覚がある。
「な、ななな、なにこれ」
「先ほどは例外級くらいはあったが、もうだいぶ小さくなった」
「何これ、どういうこと?」
「魔獣もそうだが、攻撃本能が強ければ強いほど角が大きい。だが、敵の少ないところだと角は小さくなる」
確かに、エイヒムの森の兎たちの角は短かった。
「だから、お前が落ち着けば角が小さくなると思った。どうやら間違いではなかったらしい」
そういって、ハイジは角から手を離す。
「ほら、もう殆どわからない」
「……うそ……」
触ってみると、ちょっとした子鬼みたいな角になっていた。
「さて、行くか」
「え?」
「ノイエの様子を見に行くんだろう? ––––おそらく無駄だとは思うが、行くならば急ぐべきだ」
「じゃあ、角なんてほっとけばよかったのに」
「ばかを言うな」
ハイジはムッとした顔であたしを睨む。
そしてぷいと顔をそむけ、つぶやくように言った。
「自分で自分の角を砕くなど……二度とあんな真似をさせられるか」
* * *
廃墟を後にしたあたしたちは、崖を見上げる。
崖は、まるで襲いかかる波のような形をしていて、かなりの高さがある。
さすがの黒山羊も逆テーパーの崖は登れそうもない。
「あんなところから落とされたのか……」
「ちゃんと受け止めただろう」
「そういう問題じゃないわよ」
くそう、ヘルマンニめ、めちゃくちゃしやがって。
「どうやって登るの?」
「こっちだ。もう道は残ってないだろうが」
ハイジは迷いなくザクザクと歩き始める。
慌ててそれについていくあたし。
「そういえば、ここって結局どういう場所なの?」
「駆け出しの頃、師匠に修行を付けてもらった場所だ」
「それって、ヘルマンニたちと一緒に?」
「そうだ」
ハイジは躊躇なく歩いているが、とてもではないが道とは言えないただの鬱蒼とした森である。
道なき道をあるきながら、ハイジが昔の話をポツリポツリと話してくれる。
「傭兵として鍛えてもらいながら、ずっとここに住んでいた。上の連中の他にも、何人か兄弟弟子がいたな。皆死んでしまったが」
「……傭兵だものね」
こうして聞くと、死が随分と身近に感じる。
だが、あたしが殺してきた敵兵にだって人生があり、その人に関わる沢山の人がいたはずだ。同情するのは筋違いというものだ。
「その他にも、保護した『はぐれ』なども居たな。中には師匠に稽古をつけてもらって、能力を開花させた者もいた」
「あたしみたいな?」
「いや、お前みたいな極端なやつは居なかった」
どういう意味だ。
「あたし、極端なの?」
「極端だとも。師匠がヴァルハラに行く頃には、おれもそれなりに力を付けていた。しかも、師匠の力を受け継いだんだ。おれの肌に傷をつけることができる人間が出てくるとは夢にも思わなかった」
自分が傷つけられた話だというのに、ハイジは随分と嬉しそうだ。
「何故嬉しそうなの?」
「何故だろうな。もしおれに傷をつけたのがヨーコあたりだったら、流石に悔しかったかもしれんが、お前だからな」
だからどういう意味だ。
「あたし、強くなったかな」
「ああ。そんな角が無くても、もうお前に勝てるやつなんてそうそう居ないはずだ」
そこまで強くなる必要はなかっただろう、とハイジは言う。
(ハイジを圧倒できるくらいにならないと、相棒として認めなかったくせに)
「でも、ノイエ君には勝てなかったよ」
「いや、能力を使わなければ余裕で勝てたはずだ」
「え、そうなの?」
「おれには無理だがな」
ん? どういうこと?
「あいつの能力は二つある。一つは距離を変化させる」
「あれね」
あたしの能力にちょっと近いかもと思った力だ。
「あれのせいで、殺さずに打倒するのはおれには無理だ。手加減したつもりでも距離を変化させられると殺してしまいかねん」
「あれってそういう意味だったの?!」
あの時、ハイジは「勝てないから逃げる」と言ったが、まさか逆の意味だったとは。
「もう一つは、魔力の流れを断ち切る能力だ」
「……あたしの『加速』を発動出来なくしたやつね」
あのバチン! という感触を思い出して、思わず顔をしかめる。
「お前はよほど能力をうまく使いこなしていたのだろう、無駄がなかったから大したことにはならなかったが、闇雲に魔力を使うタイプだったら、体が弾け飛んで死んでいただろうな」
「ひぇぇ……」
そんな死に方だけはしたくない……。
「でも、あんなに練度が低いくせに、強力な能力が二つもあるなんて、よっぽど才能があったのかな」
「違う。どちらの力も、親から受け継いだものだ」
「へぇ、能力って遺伝するのね」
「いや」
ハイジはちょっと言葉を選んで、
「おれが師匠から力を受け継いだのと、同じ方法を使ったのだろう」
「…………ん?」
「つまり、殺したのだろう。ノイエは」
「……えっと、もしかしてご両親を?」
「そうだ」
その言葉を聞いた瞬間、体の中からブワッと魔力が溢れ出るのがわかった。
あ、と思った瞬間、角がズルリと伸びた。
––––親殺し。
元の世界でももちろんだが、この世界でも最大のタブーの一つのはずだ。
少なくとも、あたしの感覚には相容れない。
「……ちょっと刺激が強かったか?」
気配を感じたハイジが立ち止まった。
「……ごめん、また伸びちゃった」
「その角のままでヨーコたちと合流するのは、あまり良くないな」
「うー……」
ハイジが近づいてきて、あたしの角に手をかける。
また角を縮めるつもりらしい。
「ごめんね」
「いや、かまわない」
ハイジがあたしの頭を抱き寄せて、ゆっくりと撫でる。
(うひゃぁああ)
これは……だめだ。恥ずかしくて死ねる。
「うぅ」
「なんとかなりそうか?」
「なります、します」
「そうか」
(ふー……)
(角に意識をして、さきほどの角が縮む感覚を思い出して……)
すると、角がじわじわと溶けるように縮んで行くのがわかった。
(あ、できた)
もしかすると、ハイジに撫でられなくてもなんとかなるかも知れないが、そこは黙っておくことにしよう。
「……先ほどよりも早く縮められるようになったな」
「もう少し撫でてくれたら、もっと早くできそう」
離すもんか、とハイジに抱きつくと、ハイジは「そうか」と言って角に手を触れる。
するすると縮んでいく角。
(……いや、ますます人間離れしてませんか、これ)
(それに、ハイジってば、こんな娘のことが不気味じゃないのだろうか)
ちらりとハイジを見上げると、バッチリ目が合ってしまった。
「うひゃぁああぁ……」
「なんだ、その声は」
「……リンの鳴き声です」
そう言ってハイジの胸に顔を埋める。
「……面白い冗談だ」
「じゃあ笑ってよ」
「……笑い方を忘れた」
「じゃあ、早いこと思い出さないとね」
あたしがそう言うと、なぜか上からではなく、少し遠くから返事があった。
「そうだな、お前は少しくらいユーモアを覚えたほうがいい」
「つーか、甘ったるくて見てらんないんだけど……」
(……この声!)
(ヴィーゴさん?! それにペトラ!)
思いっきり抱き合ってたところを見られた!
あたしは慌ててハイジから飛び退くように離れたが、そこには、いつもの爬虫類みたいに冷たい目でこちらを見るヴィーゴと、呆れたように腕を組んだペトラが。
そして。
「よっ」
木の枝の上に、軽く手を上げたヘルマンニがしゃがんでいた。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
My Doctor
west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生
病気系ですので、苦手な方は引き返してください。
初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです!
主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな)
妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ)
医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
甘い誘惑
さつらぎ結雛
恋愛
幼馴染だった3人がある日突然イケナイ関係に…
どんどん深まっていく。
こんなにも身近に甘い罠があったなんて
あの日まで思いもしなかった。
3人の関係にライバルも続出。
どんどん甘い誘惑の罠にハマっていく胡桃。
一体この罠から抜け出せる事は出来るのか。
※だいぶ性描写、R18、R15要素入ります。
自己責任でお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる