魔物の森のハイジ

カイエ

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 なぜだかわからないが、あたしは結局その場にいる全員を相手に模擬戦をさせられることになった。
 
 戦績は––––
 
 対ニコ……勝利。
 能力なしだとギリギリの戦いになってしまったが、油断さえしなければ怖くはない。
 
 対ハイジ……敗北。
 一撃でも入れればあたしの勝ちというルールだったが、結果振るわず。
 ニコの応援が聞こえてつい張り切ったが、残念ながら今回も届かなかった。
 
 対ペトラ……辛勝。
 とりあえず打ち込んでこいというから打ち込んだら、なぜか剣がすっ飛んでいきそうになって慌てた。
 ニコの使っていた「力点をずらす」技術が洗練されると、こうも厄介なのか。打ち込んだ倍の重さの衝撃が帰ってきた。『重騎兵』の二つ名の所以がわかった。
 剣を取り落とさなかったあたしを見てペトラが降参してくれたので勝利ということになった。もしあの剣で打たれていたらどうなっていただろうと考えて身を震わせた。
 続けていたら負けたのはあたしの方だったかも知れない。
 
 対ヘルマンニ……辛勝。
 「酔っ払ってるから」というよくわからない理由で寸止めルールを提案された。
 それを飲んだのは間違いだった。
 ヘルマンニは酔っ払っててもちゃんとあたしのことが見えているし、それに剣を振るおうとしたらすでに対応が終わっているといった感じ。先読みが上手く、何度か足元に寸止めで攻撃を食らった。しかも「うわっ」とか「ひぃ」とか言いながらひょいひょい、くねくねと妙な動きで避ける。絶対わざとだ。恐ろしく器用な戦いに始終翻弄されっぱなしだった。
 さすが『アライグマラクーン』ヘルマンニ、超強い。
 
 対ヴィーゴ……辛勝。
 なんじゃこりゃ。
 模擬戦が始まった瞬間に気配がゼロになった。まるで幽霊を相手にしてるみたいだった。
 さらに手数がやたら多くてバカみたいに速い。
 あれっヴィーゴさんとの距離感が掴みづらいぞと思ったら、面攻撃みたいな刺突が襲ってきてキャーキャー逃げ回った。
 一応しのぎきったが、わざわざ急所をギリギリ外したところを同時に責めてくるのが厄介すぎる。
 ヴィーゴさんが「疲れた。俺の負けでいい」と言わなかったら負けていた。こんな不気味な相手初めてだった。
 
(なんだこれ)
(身近にいる連中が、みんな化け物みたいなんだけど)

 考えてみれば、今よりも激戦だった昔の戦を生き抜いてきた、歴戦の二つ名持ちばかりなのだ。あたし程度が勝てるわけがない。
 辛勝と言ったが、どちらかというと花を持たせられたという感じ。
 鼻っ柱をへし折られた感は否めない。
 
 もし、これが「殺し合い」だったら、おそらく苦戦せずに勝てたかもしれない。いや、あるいは「なんでもあり」ならむしろ、この人達は隠し玉を出してきて、ますます強くなる可能性だってある。
 化け物はハイジだけかと思ったら、とんでもなかった。
  
(みんな現場を長く離れていてなおこれだ。現役時代だとても足も出なかっただろうな)

 ハイジの言う通り、あたしもまだまだ未熟だ。
 それに、敵方にだってこうした化け物が居ないとも限らない。
 もっともっと強くならなければ。



 * * *



 模擬戦が終わると、皆で連れ立ってペトラの店へ向かう。
 本日は、何とペトラの店は臨時休業だ。
 休んでいるのを見たことがなかったので、てっきり年中無休かと思ったら「開けたい日に開けて、休みたい日に休む」という業務形態らしい。
 なんだその殿様商売。
 
 しかし、そうでなくともそこに揃った面々を見てなお「エールくれぃ」と入ってこれる客がどれほどいるというのか。
 なにせ、今日のペトラの店は魔境なのだ。
  
『番犬』ハイジ。
『亡霊』ヴィーゴ。
『重騎兵』ペトラ。
『ラクーン』ヘルマンニ。

 ––––絵面が怖すぎる。

 ヴィーゴの二つ名を聞いた瞬間は思わず顔をしかめてしまったが(似合いすぎだ)、とりあえずエイヒムにいる二つ名持ちがほとんど全員勢揃いである。
  紅一点、可愛らしい女の子(ニコ)が混じっているが、暴力装置が四人も揃っていると、まさに壮観である(あたしは当然、数には入れていない)。
 
 ところで、ニコが怖がるかと思ったら、どうやら全然平気だという。
 サーヤが来た時は人見知りが発動していたが、普段から酒盛りしている荒くれ者を相手にしているだけのことはある。
 もしかすると、そこらの兵士相手なら劣らないだけの実力を身に着けたからかもしれない。
 
 
 * * *
 
 
「今日で、ギルドからお前への依頼は終了だ。よくやってくれた」

 ヴィーゴがニコリともせずにそんな事を言った。
 孤児への訓練依頼終了のお知らせである。

「こちらこそありがとうございました。……で、今後孤児への訓練はどうなるんです? まさか無くなっちゃうんですか?」
「いや、ペトラが後釜で請け負ってくれた」
「ええっ」

 あたしは驚いたが、ペトラは鼻に皺をよせて「フン」と言った。

「仕方ないだろう? ニコのこともあるし、リンも今後は忙しくなるだろうから、あたしがやるしかないじゃないか」
「ありがとう、ペトラ。実は気になってたんだ。正直すごく助かる」

 ペコリと頭を下げると、横から言いづらそうにニコが言葉を挟んだ。

「ペトラは教えるのがあんまり上手じゃないけどね」
「えっ、だってニコ、めちゃくちゃ上達してたじゃない。あたしが教えててもああはならなかったんじゃない?」
「う、うーん」
「なんだいニコ、文句がありそうだね」
「だって、ペトラの教え方って感覚的っていうか……バーン、とか、シュッ、とか、擬音ばっかりなんだもん」

 あー、なるほど、わかる気がする。
 
「何が問題なんだい? ちゃんと伝わるだろう?」
「伝わらないよぅ!」
「打点ずらしは覚えたじゃないか」
「あれは、ペトラが手取り足取りやってくれたからだよ。説明は結局全然意味わかんなかったし、それに基礎スピードのアップとかは、リンちゃんが残したメニューを真面目にやってたからだもん」

 ニコはどうやらこれからもあたしから教わりたいようだが、それはどうしても無理な相談だった。
 
(あたしだって、ニコとの訓練は楽しいけどさ)
(しょっちゅう放り出すような無責任なことはできないもの)

 それくらいなら、サクッと手を引いたほうがいい。
 
 それにしても、あのメニューだけでアレだけのスピードを手に入れるだなんて、ニコはもしかしてすごく才能があるんじゃないだろうか。

「ま、アンタの努力ってのは認めるよ。あとはヤーコブかね」

(ヤーコブ?)

「ペトラ、ヤーコブがどうしたの?」
「リン、あんた、ヤーコブにバカみたいな練習量のメニュー組んでったろ?」
「まぁ、生意気だったんでちょっと腹いせに」
「そ、そうかい……、いやまぁ、とにかくだ、ヤーコブもちゃんとメニューをこなしてるよ」
「へぇー」

 てっきりなんだかんだ言い訳して逃げるかと思ってた。
 そうしたら、それを理由にしごきまくってやろうと思っていたのに。
 残念。

「というか、ニコがヤーコブを見張ってたんだよ、リンの言いつけを守るように」
「へぇ……! ヤーコブがニコの言うことを聞くなんて意外ね」
「いや、最初は逃げ回ってたよ。でも、ニコが『ヤーコブが逃げた分は自分がかわりにやる』っていい出してね」
「は?」

 いやいやいや。

「無理でしょ、そんなの」
「リン、あんたニコを舐めすぎだ。この子はこうと決めたらやるよ。まぁ、最初の数日はゲロ吐いてぶっ倒れてたけどね」
「ええええ」
「ぺ、ペトラ、そのへんで……」

 ニコが慌てて止めているが、これは称賛されるべき努力だと思う。

「それじゃ、さすがにヤーコブも言うことを聞くしかないね」

 ああ見えて、人の好意や努力を無駄にできない小心者タイプだからな。
 ってあたしもか。

「そういうこったね。で、ヤーコブが真面目にやりだしたら、ニコもそれに付き合って、同じメニューをこなし続けた」
「はい? 何でまた」
「さあね? だがリン、あんたも思い知ったろう? あの模擬戦がその成果さね」

 いやいやいや。

「ひょっとして、ニコってものすごく才能があるんじゃないですか」
「ああ。あたしは解ってたけどね。そのうち化けると思ってた」
「マジですかぁ」

(この世界の人達ってみんな、基本スペックが高過ぎやしませんかね)

 少なくともあたしにそんな才能はなかった。
 つくづく、この世界は『はぐれ』に厳しいと思う。

「あとは、まぁ、ヤーコブと切磋琢磨というか、うん、なんだろうね。暇さえあれば一緒に木剣振ってさ……」
「ペトラ……も、もうこの話は終わりにしよう? ね?」

 見ると、ニコの頬がほんのり赤い気がする。

(おや? おやおやおや?)
(え、まって、もしかして)

 一瞬脳裏に、ニコとヤーコブが幸せそうに木剣を素振りしている映像が過ぎったが、頭から打ち消す。
 うん、あたしのニコがヤーコブごときにやられるわけがない。
 
 間違いない。
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