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ハイジが男の掌を短剣で貫く。
あたしは悲鳴をぐっと飲み込んだ。目を背けたくなる光景だったが、あたしは必死に瞼を開け続けた。涙が滲むが、恐怖を意志でねじ伏せ、決して目をそらさなかった。
「あ"ぁあ"ッ……!!!」
男の耳障りな悲鳴が森に響く。
「ッ……!……! ……! ……!!」
たった一人生き残った襲撃犯のリーダー格の男は、白樺に短剣で縫い付けられていた。既に脇と股関節の健を切断され、苦痛に喘いでいる。
男に許されているのは叫ぶことだけで、既に一切の抵抗ができる状態にない。
(もう、どう治癒しようとこの男が剣を握ることはできないだろう)
自業自得だ。同情はしない。きっとこの男はこれまで、数え切れないほどの弱者を傷つけてきた。ただ、その報いを受けているだけだ。
ハイジは男の口元を殴って、外から見える全ての歯をへし折る。苦痛を与えるためだけでなく、舌を噛んで自殺されるのを防ぐためだ。
男は何度も意識を失ったが、その都度、更に殴って目覚めさせた。––––今や、想像を絶する痛みが男の精神の全てを支配しているはずだ。
ハイジの静かな声が耳に届く。
「これでもうお前は自殺することもできない。死ぬまでゆっくり苦痛を味わえ」
広い森の中だと、声はとても近く聞こえる。
月灯りの中、男はゲホゲホと咳き込む。
「誰の差し金だ?」
ハイジが言うと、男はどういうつもりか、ニィと笑ってみせる。歯のない血だらけの口が醜く歪む。その瞬間、一切の躊躇なく、ハイジの拳が男の腹に突き刺さった。
「ゴぇッ!!!!!」
男が無様に呻く。掌を縫い付けた剣にだらりと体重を預けている。もはや痛みに対抗する体力も残されていないようだ。何度もゲホゲホと咳き込む。目は虚ろだが、まだ意志が感じられる。
ようやくハイジが駆け引きのできる相手ではないと思い知ったようだ。
「……ま、待て、待ってくれ」
男が制止するが、間髪入れずにハイジが拳を顔面に叩き込んだ。
「時間稼ぎはいらん。誰の差し金なのか、依頼主の名以外、何も口にするな」
「わ、わかっ……グェッ!!」
「もう一度言う。依頼主の名以外、一切口にするな」
(返事すら許さないのか)
ハイジの尋問は苛烈だった。
吊るされた男は黙り込むが、すぐにまた殴られる。
苦痛を与えるだけでなく、意識を失うことを禁ずるための暴力だ。
沈黙には苦痛を、時間稼ぎにも苦痛を与える。男の選択肢を一つ一つ確実に奪っていく。
「ゴエっ……ゲホッ、ゲホっ……!!」
「言っておくが、答えるまでは、絶対に死なせはしない。何日でも生かしつづけて苦痛を与え続ける。おれにはその手段があり、そうする理由がある」
そしてまた殴る。
(ハイジはこうしたことに慣れているのかな)
慣れているようには感じなかった。
すべきことをするのに躊躇するような男ではないが、かといって人を痛めつけることに何とも思わないような男だとも思えない。
(怒ってる、ってことか)
(あたしのために)
ならば、あたしは彼のすることを信じよう。
何があっても、あたしだけはハイジのことを信じ続けよう。
震える足に力を入れて、それを押し止める。
この拷問に立ち会ったことに後悔しそうな心を力づくでねじ伏せる。
(悲鳴ひとつだって上げてたまるか)
(目をそらすな。彼のやることを、きちんと見ておくんだ)
人間がそんなに長い時間苦痛に耐えることは不可能だ。
とうとう男は口を割った。
「……げほっ……ハーゲンベックの……お貴族さまだよ……」
「ハーゲンベックの誰だ? まさか領主本人ではあるまい」
「平民に化けた貴族だった……下手な化け方でよ……『サイモン』って名乗ってたけど、どうせ偽名だろ」
男は息も絶え絶えに、尋問に応じ始める。
(ハーゲンベック……エイヒムがライヒ領になる前の領主か)
「攫ったあとは、どういう手筈だった」
「ハーゲンベックには追悼記念日ってのがあってよ……その夜に、領主の居城に連れていくことになっていた」
「城に? お前のような怪しい男が城に入れるのか?」
「嘘じゃねぇよ……ゲホッゲホッ! ……検問に……待合室みたいなのがあってよ……そこで落ち合う事になってた」
男はすでに自分の死を覚悟しているのだろう。
痛みを逃れるためなら何でもするだろうし、嘘だって吐く。
信頼して良いものなのだろうか。
「他に話すべきことはないか? 役に立つ情報を吐けば、慈悲を与える」
ハイジは言った。
「おれには相手が嘘をついているかどうかが分かる。先程のお前の言葉に嘘はなかった」
「へっ……そうかよ」
「これからお前を殺す。なるべく長く苦しむように、じっくりとな」
「……俺にもわかるぜ。その言葉……嘘じゃねぇってよ……」
「だが、有益な情報を吐けば、苦しませずに殺してやる。何か言うことはあるか?」
男はニヤリと笑った。
「ハーゲンベックはリヒテンベルクと手を組んだぜ。エイヒムを取り戻すつもりだ」
「!!」
途端、ハイジが狼狽したのが解った。
それを見た盗賊は、クククと声を殺して笑った。
「……いい情報だ。他には?」
ハイジが言うと、男は目をむいて憎々しげに言った。
「……クソ喰らえ」
「そうか」
ハイジはそう言うと、短剣を男の喉に突き立てた。
男は数秒の間バタバタと痙攣して、息を引き取った。
とてもあっけない死だった。
目の前で三人の人間が死ぬところを目の当たりにした。
静まり返った冷たい月灯りの下、あたしもハイジも血だらけで、まるで現実感がなかった。
* * *
「怪我は?」
ハイジに言われて、あたしはようやく自分の体の異変に気がついた。
どこかにぶつけたのか、体中が痛い。何よりも、左耳がやけどしたかのように熱かった。
「……そう言えば、耳を怪我しているみたい。治癒……今からでも間に合うかな」
怪我をしてすぐなら、ヴィヒタを使って跡形もなく治癒させることができるが、残念ながら今日はサウナに火を入れていない。今から沸かすにしても、かなり時間がかかる。
完治は可能なのだろうか。
ジンジンと痛む左耳を触ってみると、上半分がピラピラとかろうじてつながっているだけだった。
「……まだかろうじてつながってるし、血が止まればそれでいいわ」
「そうか」
ハイジはそう言って、背中を向けた。
しかし、その様子はどこか気まずげで、早足に小屋へ向かうその足取りにあたしは違和感を覚えた。
(ハイジ、どうしてそんな逃げるように歩くの?)
ハイジは逃げない。
大きな魔獣と対峙するときも、傭兵として戦地へ向かうときも。人混みは苦手だろうに、あたしに言われてペトラの店に食事しに来るときだってそうだ。ハイジはその時にすべきことをするだけで、逃げたり悩んだりはしない。
それなのに。
(どうして、あたしから逃げるみたいに、距離を置こうとするの?)
あたしは無性に悲しくなって、ハイジの背中に向かって怒鳴った。
「ハイジ! 死体があるのよ?! こんなところに女性を置いて行くんもんじゃないでしょ! 相変わらずデリカシーがない!」
「……そうか」
ハイジはそう答えて立ち止まった。
あたしはすぐにハイジに追いつき、ハイジのシャツの袖を掴む。
「……逃げないでよ」
「逃げてなどいない」
「嘘」
明らかにいつもと様子が違うように見えた。
「……ハイジ、あたしのことを避けてない?」
「……お前は……」
ハイジは何かを言い淀むと、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「何よ……言いたいことがあれば言えばいいでしょう?」
「……お前は、おれが恐ろしくはないのか?」
「……えっ?」
恐ろしい? 誰が? ハイジが?
「えっと……それは……考えてなかったわね」
あたしが首を傾げると、ハイジは不思議そうな顔であたしを見つめた。
「おれの尋問を見ただろう? ……おれのことが恐ろしくならなかったのか?」
「言ってる意味がわからないわ」
「……どういうことだ」
ハイジは眉間に皺を寄せ、混乱したように額に手を当てた。
どうやら、何か誤解があるようだ。
「ねぇ、ハイジ」
そう言って、あたしはハイジの胸に額を押し付けて――あたしたちの関係だと、この程度のスキンシップが限界だ――言った。
「どうしてあたしがあなたを怖がるの?」
「人を殺すところを見ただろう」
「あたしも殺したわ」
「痛めつけるところも」
「必要なことだったわ」
「……普通は恐ろしくなるものじゃないのか」
「ハイジ、あなたって思ったよりバカなのね」
あたしは言った。
「あたしは、ハイジが優しいことを知ってるわ。ハイジが殺したくて殺したわけじゃないことも、殴るのが楽しくて殴っていたわけでもないことも知ってる」
「おれは……優しくなどない」
「そう? じゃあきっとあたしの勘違いね。それならそれでいいわ」
「おれには、お前が何を考えているのかわからん」
「わからなくていいわ。でもハイジ。殺したのはあたしのためでしょう?」
「……」
「傭兵だものね。きっとあなたはたくさんの人間を殺してきた。でも、あなたが誰かを殺すのは、いつだって誰かのためでしょう」
「違う。おれはおれのために殺している」
「そう? それならそれで別に構わないけれど。少なくともさっきの男たちは死んで当然のことをしようとしていたし、拷問だって必要なことだったわ」
「……あれを見て何も思わなかったのか? お前は……どこかおかしいのではないか?」
「全部、全部あたしのためだもの、そうでしょう、ハイジ」
あたしがそう言って、もっとつよく額を押し付けると、ハイジは、
「耳を治療するぞ。傷が残るだけなら良いが、腐って落ちると左右で聞こえ方が変わって勘が鈍るかもしれん」
そう言って、あたしを引き剥がし、小屋に向かってと歩き始める。
額を胸から離されると、あたしはぐっと胸が苦しくなった。
「待ってよ」
待ってよ。
行かないでよ。
怖がってるのはあたしじゃなくて––––あなたのほうじゃないの、ハイジ。
(あたしのこと––––怖がらないでよ)
(あたしを置いて行かないで。逃げないで)
あたしは泣きたい気持ちになって、ハイジを追いかけた。
あたしは悲鳴をぐっと飲み込んだ。目を背けたくなる光景だったが、あたしは必死に瞼を開け続けた。涙が滲むが、恐怖を意志でねじ伏せ、決して目をそらさなかった。
「あ"ぁあ"ッ……!!!」
男の耳障りな悲鳴が森に響く。
「ッ……!……! ……! ……!!」
たった一人生き残った襲撃犯のリーダー格の男は、白樺に短剣で縫い付けられていた。既に脇と股関節の健を切断され、苦痛に喘いでいる。
男に許されているのは叫ぶことだけで、既に一切の抵抗ができる状態にない。
(もう、どう治癒しようとこの男が剣を握ることはできないだろう)
自業自得だ。同情はしない。きっとこの男はこれまで、数え切れないほどの弱者を傷つけてきた。ただ、その報いを受けているだけだ。
ハイジは男の口元を殴って、外から見える全ての歯をへし折る。苦痛を与えるためだけでなく、舌を噛んで自殺されるのを防ぐためだ。
男は何度も意識を失ったが、その都度、更に殴って目覚めさせた。––––今や、想像を絶する痛みが男の精神の全てを支配しているはずだ。
ハイジの静かな声が耳に届く。
「これでもうお前は自殺することもできない。死ぬまでゆっくり苦痛を味わえ」
広い森の中だと、声はとても近く聞こえる。
月灯りの中、男はゲホゲホと咳き込む。
「誰の差し金だ?」
ハイジが言うと、男はどういうつもりか、ニィと笑ってみせる。歯のない血だらけの口が醜く歪む。その瞬間、一切の躊躇なく、ハイジの拳が男の腹に突き刺さった。
「ゴぇッ!!!!!」
男が無様に呻く。掌を縫い付けた剣にだらりと体重を預けている。もはや痛みに対抗する体力も残されていないようだ。何度もゲホゲホと咳き込む。目は虚ろだが、まだ意志が感じられる。
ようやくハイジが駆け引きのできる相手ではないと思い知ったようだ。
「……ま、待て、待ってくれ」
男が制止するが、間髪入れずにハイジが拳を顔面に叩き込んだ。
「時間稼ぎはいらん。誰の差し金なのか、依頼主の名以外、何も口にするな」
「わ、わかっ……グェッ!!」
「もう一度言う。依頼主の名以外、一切口にするな」
(返事すら許さないのか)
ハイジの尋問は苛烈だった。
吊るされた男は黙り込むが、すぐにまた殴られる。
苦痛を与えるだけでなく、意識を失うことを禁ずるための暴力だ。
沈黙には苦痛を、時間稼ぎにも苦痛を与える。男の選択肢を一つ一つ確実に奪っていく。
「ゴエっ……ゲホッ、ゲホっ……!!」
「言っておくが、答えるまでは、絶対に死なせはしない。何日でも生かしつづけて苦痛を与え続ける。おれにはその手段があり、そうする理由がある」
そしてまた殴る。
(ハイジはこうしたことに慣れているのかな)
慣れているようには感じなかった。
すべきことをするのに躊躇するような男ではないが、かといって人を痛めつけることに何とも思わないような男だとも思えない。
(怒ってる、ってことか)
(あたしのために)
ならば、あたしは彼のすることを信じよう。
何があっても、あたしだけはハイジのことを信じ続けよう。
震える足に力を入れて、それを押し止める。
この拷問に立ち会ったことに後悔しそうな心を力づくでねじ伏せる。
(悲鳴ひとつだって上げてたまるか)
(目をそらすな。彼のやることを、きちんと見ておくんだ)
人間がそんなに長い時間苦痛に耐えることは不可能だ。
とうとう男は口を割った。
「……げほっ……ハーゲンベックの……お貴族さまだよ……」
「ハーゲンベックの誰だ? まさか領主本人ではあるまい」
「平民に化けた貴族だった……下手な化け方でよ……『サイモン』って名乗ってたけど、どうせ偽名だろ」
男は息も絶え絶えに、尋問に応じ始める。
(ハーゲンベック……エイヒムがライヒ領になる前の領主か)
「攫ったあとは、どういう手筈だった」
「ハーゲンベックには追悼記念日ってのがあってよ……その夜に、領主の居城に連れていくことになっていた」
「城に? お前のような怪しい男が城に入れるのか?」
「嘘じゃねぇよ……ゲホッゲホッ! ……検問に……待合室みたいなのがあってよ……そこで落ち合う事になってた」
男はすでに自分の死を覚悟しているのだろう。
痛みを逃れるためなら何でもするだろうし、嘘だって吐く。
信頼して良いものなのだろうか。
「他に話すべきことはないか? 役に立つ情報を吐けば、慈悲を与える」
ハイジは言った。
「おれには相手が嘘をついているかどうかが分かる。先程のお前の言葉に嘘はなかった」
「へっ……そうかよ」
「これからお前を殺す。なるべく長く苦しむように、じっくりとな」
「……俺にもわかるぜ。その言葉……嘘じゃねぇってよ……」
「だが、有益な情報を吐けば、苦しませずに殺してやる。何か言うことはあるか?」
男はニヤリと笑った。
「ハーゲンベックはリヒテンベルクと手を組んだぜ。エイヒムを取り戻すつもりだ」
「!!」
途端、ハイジが狼狽したのが解った。
それを見た盗賊は、クククと声を殺して笑った。
「……いい情報だ。他には?」
ハイジが言うと、男は目をむいて憎々しげに言った。
「……クソ喰らえ」
「そうか」
ハイジはそう言うと、短剣を男の喉に突き立てた。
男は数秒の間バタバタと痙攣して、息を引き取った。
とてもあっけない死だった。
目の前で三人の人間が死ぬところを目の当たりにした。
静まり返った冷たい月灯りの下、あたしもハイジも血だらけで、まるで現実感がなかった。
* * *
「怪我は?」
ハイジに言われて、あたしはようやく自分の体の異変に気がついた。
どこかにぶつけたのか、体中が痛い。何よりも、左耳がやけどしたかのように熱かった。
「……そう言えば、耳を怪我しているみたい。治癒……今からでも間に合うかな」
怪我をしてすぐなら、ヴィヒタを使って跡形もなく治癒させることができるが、残念ながら今日はサウナに火を入れていない。今から沸かすにしても、かなり時間がかかる。
完治は可能なのだろうか。
ジンジンと痛む左耳を触ってみると、上半分がピラピラとかろうじてつながっているだけだった。
「……まだかろうじてつながってるし、血が止まればそれでいいわ」
「そうか」
ハイジはそう言って、背中を向けた。
しかし、その様子はどこか気まずげで、早足に小屋へ向かうその足取りにあたしは違和感を覚えた。
(ハイジ、どうしてそんな逃げるように歩くの?)
ハイジは逃げない。
大きな魔獣と対峙するときも、傭兵として戦地へ向かうときも。人混みは苦手だろうに、あたしに言われてペトラの店に食事しに来るときだってそうだ。ハイジはその時にすべきことをするだけで、逃げたり悩んだりはしない。
それなのに。
(どうして、あたしから逃げるみたいに、距離を置こうとするの?)
あたしは無性に悲しくなって、ハイジの背中に向かって怒鳴った。
「ハイジ! 死体があるのよ?! こんなところに女性を置いて行くんもんじゃないでしょ! 相変わらずデリカシーがない!」
「……そうか」
ハイジはそう答えて立ち止まった。
あたしはすぐにハイジに追いつき、ハイジのシャツの袖を掴む。
「……逃げないでよ」
「逃げてなどいない」
「嘘」
明らかにいつもと様子が違うように見えた。
「……ハイジ、あたしのことを避けてない?」
「……お前は……」
ハイジは何かを言い淀むと、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「何よ……言いたいことがあれば言えばいいでしょう?」
「……お前は、おれが恐ろしくはないのか?」
「……えっ?」
恐ろしい? 誰が? ハイジが?
「えっと……それは……考えてなかったわね」
あたしが首を傾げると、ハイジは不思議そうな顔であたしを見つめた。
「おれの尋問を見ただろう? ……おれのことが恐ろしくならなかったのか?」
「言ってる意味がわからないわ」
「……どういうことだ」
ハイジは眉間に皺を寄せ、混乱したように額に手を当てた。
どうやら、何か誤解があるようだ。
「ねぇ、ハイジ」
そう言って、あたしはハイジの胸に額を押し付けて――あたしたちの関係だと、この程度のスキンシップが限界だ――言った。
「どうしてあたしがあなたを怖がるの?」
「人を殺すところを見ただろう」
「あたしも殺したわ」
「痛めつけるところも」
「必要なことだったわ」
「……普通は恐ろしくなるものじゃないのか」
「ハイジ、あなたって思ったよりバカなのね」
あたしは言った。
「あたしは、ハイジが優しいことを知ってるわ。ハイジが殺したくて殺したわけじゃないことも、殴るのが楽しくて殴っていたわけでもないことも知ってる」
「おれは……優しくなどない」
「そう? じゃあきっとあたしの勘違いね。それならそれでいいわ」
「おれには、お前が何を考えているのかわからん」
「わからなくていいわ。でもハイジ。殺したのはあたしのためでしょう?」
「……」
「傭兵だものね。きっとあなたはたくさんの人間を殺してきた。でも、あなたが誰かを殺すのは、いつだって誰かのためでしょう」
「違う。おれはおれのために殺している」
「そう? それならそれで別に構わないけれど。少なくともさっきの男たちは死んで当然のことをしようとしていたし、拷問だって必要なことだったわ」
「……あれを見て何も思わなかったのか? お前は……どこかおかしいのではないか?」
「全部、全部あたしのためだもの、そうでしょう、ハイジ」
あたしがそう言って、もっとつよく額を押し付けると、ハイジは、
「耳を治療するぞ。傷が残るだけなら良いが、腐って落ちると左右で聞こえ方が変わって勘が鈍るかもしれん」
そう言って、あたしを引き剥がし、小屋に向かってと歩き始める。
額を胸から離されると、あたしはぐっと胸が苦しくなった。
「待ってよ」
待ってよ。
行かないでよ。
怖がってるのはあたしじゃなくて––––あなたのほうじゃないの、ハイジ。
(あたしのこと––––怖がらないでよ)
(あたしを置いて行かないで。逃げないで)
あたしは泣きたい気持ちになって、ハイジを追いかけた。
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