魔物の森のハイジ

カイエ

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 街の周りの森は魔物が少く、今のところジャッカロープにしか遭遇していない。
 ジャッカロープは群れで生きる魔物だから、事前に数を減らしたいところなのだが、弓は森から持ってきていないため、レイピアで狩るしかない。

(遠距離攻撃ができないのは面倒ね)

 遭遇すると、ジャッカロープはあたしのことを「弱そうな人間の子供が迷い込んできた」と、警戒心もなく突進してくる。
 人間の子供など簡単に狩れると舐めきっている。

(……遅い。それに角が短い)

 あたしはジャッカロープの首を撥ね、その場で解体する。
 危険は皆無。寂しの森のウサギと比べると、雑魚もいいところだった。

(それでも肉にはかわりない。久しぶりのウサギ肉だ)

 街ではあまり魔物の肉は流通していない。ウサギ肉もあるにはあるが、基本的に飼育された角のない普通の動物の肉だ。
 魔物は元の世界で言うところのジビエみたいな扱いで、日々の食卓に並ぶことはほとんどない。

 ウサギ肉を手に入れたあたしはいそいそと血抜きをし、毛皮を傷つけないように剥ぎ取る。
 毛皮はギルドで買い取ってもらおう。
 虫眼鏡と油紙とほぐした麻ひもを使って火を起こす。
 鍋やフライパンはないので、ナイフで切り分けて枝に刺し、そこらに自生しているハーブとポケットに常備している塩で味付けして、ウサギの串焼きである。
 脂肪分の少ないウサギは火の通りが遅いので、焚き火で焦がさないようにじっくり焼く。
 時間はいくらでもあるのだ。急ぐ必要はない。
 本でも読みながら、ゆっくり遠火で火を通してやればいい。
 あたしはせっかくのウサギ肉が焦げたり固くなったりしないよう、世話をしながら本を読む。

 と、ここで違和感を覚える。
 あたしは魔力を広げ、違和感の正体を探った。

(人の気配ね)
(……強者ってほどではないわね……放っておけばいいか)

 あたしは気にするのをやめて、読書と肉の世話を続けることにした。
 お茶すすりつつ、肉の位置を動かしたり薪代わりに小枝を火に焚べたりしていると、ウサギから脂が滴り、香ばしい香りが立ち込め始める。

(上手くいきそうだ)
(ウサギは二日ほど寝かしたほうが美味しいんだけど、これはこれで悪くないわね)

 などと考えていると、がさりと足音がした。
 危険はなさそうだが、万一に備え、いつでもレイピアを抜けるようにしておく。

「……こんな森の奥に人がいるぞ」
「おいおい、女じゃねぇか。何してんだ? 嬢ちゃん」

 話しかけてきたのは、二人の男だった。
 軽装だが、腕とふくらはぎを皮で覆い、武器や辛子袋(鼻の効く魔獣に投げつける)などを腰に下げた、冒険者風の出で立ちだ。

(ギルドで見覚えのある顔ね)
(たしか……傭兵ではなく冒険者だったはず)

 悪意のある表情ではないし、魔力感知でも害意はみとめられない。
 盗賊の類ではなさそうだ。

(仕方ない)

 両親から「無視は人としてやってはいけないことだ」と強く躾けられてて育ったあたしには返事をするしかなかった。

「見ての通り、食事中よ」
「……それ、ウサギ?」
「そう、ジャッカロープ」
「ジャッカロープ?!」

 あたしの座る側には、木の葉の上に3匹のジャッカロープが皮を剥がれて積まれている。
 内蔵は少し離れたところに捨て、心臓と肝臓だけは目の前で爆ぜる焚き火に炙られている。
 今のあたしにとってはごく自然な光景なのだが、もしも日本に居た頃のあたしが今のあたしを見たら、あまりの血なまぐさい光景にひっくり返るだろう。

「魔物じゃねぇか……」
「……それが?」
「嬢ちゃんが一人で狩ったのか?」
「そう」
「……いや……大したもんだな」
「処理も完璧なようだし、良い腕をしてる」

 男たちはしきりに感心しながら、なぜか焚き火を挟んであたしの向かいに座り込んだ。
 なんだか面倒くさいことになってきた。

「……何かご用?」
「いや、すまん、ちょっかいを掛けるつもりはないんだ。安心して欲しい」
「……あんた、ギルドでよく見る顔だ。えーっと名前は……たしかリンっていったか?」
「あってるわ」
「俺たちも冒険者だ。俺は ヨアキムで、そっちがアルノー」
「よろしくな」

 人懐っこい顔で挨拶してくるヨキアムとアルノーだが、あたしはまだ警戒を解いたわけではない。
 相手の目的がわからない限り、気軽によろしくする気にはなれなかった。

「そのヨキアムさんとアルノーさんが、あたしに何の用?」
「……いや、まいったな、嫌われちゃったか」
「嫌ってないわ。警戒してるだけ」

 とはいえ、この二人に害意がないことはすでにわかっている。
 狙いがわからないので手放しでは信用できないだけだ。
 あたしの言葉を聞いて、二人は納得したように頷いた。

「まぁ、警戒は冒険者としては当然だ」
「そうでないと、街の外では行きていけないからな」
「ま、声をかけたのは、単純に街の外で女性を見かけることが珍しくてな」

 二人は「心配になってつい」などと言いつつ頷いている。
 どうやらいい人たちっぽい。
 ならば、あまりぶっきらぼうにするのも失礼だろう。

「そう。心配させたなら申し訳なかったわね」
「いやいや、さすがに俺たちも見ればわかるよ。キミは心配しなくても大丈夫そうだ」
「余計なおせっかいだったらすまんね。言っておくが下心はないぜ? 女に限らず、子供や駆け出しっぽい奴を見かけたら、いつもこうして声をかけているのさ」

 嘘では無さそうだ。
 警戒レベルを少し下げる。

「親切なのね」
「一応、先輩だからな」
「こんな森でも、魔獣が出ることもあるからさ」
「そうね」

 魔獣なら目の前でこんがりと焼けているけれどね。
 そろそろ食べ頃なのだけれど、この人たちどこかに行ってくれないだろうか。

「キミは、なぜこの森へ? 何かの依頼かい?」
「階級を上げるために依頼を受けまくってるだけよ」
「階級を? 何故また……階級を上げたからと言って、収入が激増するわけでもないだろ?」
「キミみたいな女の子が、わざわざ危ない真似をしてまで階級を上げるメリットなんてあるか?」

(……何を根掘り葉掘りと……)

 プライバシーの侵害だぞと言いたくなったが、考えてみればこの世界にプライバシーなんて概念があるわけもなかった。
 仕方なく、少しだけ事情を教えることにする。

「……パーティを組むために五級まで上げないといけないのよ」
「パーティ?」
「そう。腕はあるのにまだ子供だからという理由で割の良い依頼を受けられない冒険者がいてね」
「ほう?」
「そうした子供はせっかく腕があっても、大人とパーティに組むか級を上げないと害獣駆除の依頼は受けられない。大人は足手まといとパーティを組んだりしない。だからなかなか級が上がらない。ホームレスの子供が冒険者として独り立ちしたくても、システムに欠陥があるから貧乏から抜け出せない」

 悪循環なのよ、と説明する。

「なるほどなぁ」

 ヨキアムとアルノーは関心した様子で何度も頷づいた。

「じゃあ、嬢ちゃん」
「……リンよ」
「リン。一度、オレたちとパーティを組んでみないか?」
「あなた達と?」
「そうだ。リンはまだ級が低いんだろ? ならパーティに参加したこともないんじゃないか?」
「そうね……」

 森の熊さんハイジとの過激な害獣駆除ならいくらでも経験はあるけどね、とは言わなかった。

「じゃあ、パーティの運用だってわからないだろ」
「なんならその子ども冒険者って連中も誘ってみればいい。どうだ?」
「……あなた達のメリットは?」
「慈善事業さ! ……と言いたいところだが、ちゃんと理由はある」
「俺たちはもう七級でね。ここまで来ると討伐や採集ではなく、ギルドへの貢献がないと級が上がらないんだ」
「上手く八級まで上がれれば、貴族からの依頼も受けられるし収入も上がるだろ。生活も安定する」
「その日暮らしから抜け出して、市民権を得たり、結婚することを考えれば、級はできるだけ上げておきたい」
「なるほど」
「だから、森で怪我した冒険者や、子供なんかを保護して、ポイントを稼いでいる」
「僕らのことが信用できないなら、ギルドに問い合わせてくれ」

 ……なんだか妙な話になってきた。
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