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自分でもびっくりしているのだが。
あたしはとてつもない決断をしようとしている。
すなわち、
(男に甘えてみよう)
ということだった。
なぜそんなことを考えているかというと、先日の肉じゃがもどきが原因だった。
あの日、あたしはネガティブになってしまい、深夜になるまでベッドで毛布にくるまったままだった。
しかし、結局お腹が空いて眠ることもできず(一日二食の上、朝食は量がとても少ないのだから仕方ない)、それならばあの妙な味の料理を片付けてやろうと思ったのだ。
男はどうせ、自分で何か作って食べただろう。
明日になっても、あの料理がキッチンにあり続けるなんてことは看過できなかった。
男は早い時間に寝てしまうのが常だ。だから起こさないようにそっと扉を開けて、キッチンへ向かう。
そこであたしは発見することになる。
肉じゃがもどきは、きれいに半分食べられていたのだ。
そして、あたしの分の皿がテーブルの上に乗っていた。
つまり、あの男は、あの妙な食べ物を黙って一人で食ったということだ。
あたしの分の皿の用意までして。
この時、あたしは男に対して申し訳なくて、自分が恥ずかしくて死にたくなった。
思い返してみれば、男はあたしが作ったものは必ず残さず食べていた。
後から手を加えたり、嫌々食べるような素振りを見せたりも一切しなかった。
あたしは勝手に男に対抗意識を燃やしていたが、男は何も言わずに黙々と食べてくれていた。
見た目と態度は酷いものだが、その行動はとても紳士的なのだ。
そして、あたしはやっと、男が自分に対して害意を持っていないと信頼することができたのだ。
とはいえ、あの男はあたしに対してなんの興味もないようだ。
相変わらずの無視が続いているし、翌日の朝部屋から出て挨拶したときも、一瞥すらせず、いつもどおりの幽霊扱いである。
それなら、少しずつ興味を持ってもらおう。
(無視は辛いですし)
ここに住むならば、せめて会話ができるくらいの仲にはなっておきたい。
頭を下げて「ここに住まわせてください」と頼むにしても、返事が返ってこないのでは意味がない。
そのためには、女の武器を使うのもやぶさかではない。
あんな狩りロボットでも男なのだ。年頃の女性に甘えられて、嫌な気持ちになることはないだろう。
といっても「あの男が襲いかかってくるようなことは無いだろう」という、妙な信頼があってこその話である。
というわけで、あたしはいつもひっつめていた髪を下ろし、洗い足りずにゴワゴワしているのを頑張って手ぐしで整える。
シャンプーの匂いなど望むべくもない。というか、髪が脂っぽい匂いになっている……。
女子としてどうなんだとも思うが、今は少しでも可愛らしく見えるように努力する。
寝台の横にある小さな鏡台を覗く。
なんだか久しぶりに自分の顔を見た気がする。
(……酷い顔)
自分のことを特別美人だと自惚れるつもりはないが、いつの間にか随分頬が痩けたし、隈が酷い。
こんなブスだったっけ……。
こんな女に甘えられて、男性は嬉しいものだろうか……。
(いかん、またネガティブになっている)
せめて笑顔で接してみようと思い、鏡に向かって笑いかけてみて撃沈。
(駄目だ、不自然すぎる)
不自然だろうとかまうものか。
これまでは、いつまで経っても部屋から出られない。
そして久しぶりに制服に袖を通した。
日本のことを思い出して、胸が苦しくなったが、頭から振り払う。
いつもの借り物シャツワンピースよりは女らしく見えるだろう。
どんなに女らしくしても、あの男がデレデレになるところなど想像もつかないが、
(ええい、かまうもんか)
(行ってしまえ)
思い切って部屋を出た。
男はいつもどおり、お茶をすすりながら本を読んでいた。
あたしが近づいても一切の反応なし。
(こんちくしょう)
絶対に会話できるようになってやる。
「ねえ、何読んでるの?」
思い切って話しかけた。
これまで、必要なこと以外で話しかけたことは一度もないのだ。きっと男だって「おや、今日はいつもとはなにか違うようだ」と思ってくれる違いない。
「よかったら、何を読んでるのか教えてよ」
無視。
「ねえ、ってば、せめて返事くらいしてよ」
勇気を出して男のそばに立つと、男はようやくこちらに顔を向ける。
そして、あたしの姿を足元から顔までゆっくりと眺めて、
(え、何その顔……)
名状しがたき表情をした。
悪い意味で。
「あの、それはどういう表情なのかな……?」
男は「心底理解できない」という風に顔を歪めていた。
明らかに不快そうだった。
「な、なによ」
あたしが言うと、男は口を開いた。
「なんだ、その格好は」
(よかった、ちゃんと言葉は通じるようだ)
(というか、失礼だな、こいつ)
「か、可愛くない?」
「可愛い……?」
わけがわからん、と言いたげな顔で首をふり、再度あたしを眺める。
そしてキュッと眉間のシワを深くする。
「もしかして、その格好は俺を誘惑してるつもりか……?」
言われて、顔がカァっと赤くなるのがわかった。
思わずざざっと後ずさりする。
「ち、ちちち、違うわよ!」
「では、なんの意味がある」
「何よ、少しは可愛くしようとしただけじゃない!」
「……意味がわからん……」
男はあたしの意図が理解できずに混乱しているようだった。
そういえば、初めて会ったときもこの格好だった。
あの時「襲われる」などと怯えてパニックになったことを思い出し、恥ずかしさで死にそうになった。
この男にとっては珍妙な格好にしか見えていなかったのか……。
「なによ、あんたホモなんじゃないの! それともロリコンなの!?」
「なんだ、そのホモ? とかロリコンってのは」
男が珍しく返答する。
せっかく会話が成り立っているのに、なんでこんな言い合いになっているのか。
「女より男が好きとか、幼児のほうがいいとかって意味よ!」
「……俺は貴族じゃないから、男に興味はない。あと、お前のような子供にも興味はない」
女だと思われてなかった!!
まさかの事実!!
あたし、女じゃなくて、ただの子供だと思われてたよ!!
(嘘でしょ、あたしもう十八歳だよ!)
(じゃあ、あたしが男のことを警戒してたのは、一体……)
道理で甲斐甲斐しく世話をしてくれたわけだ。
道理で興味がないわけだ。
だって、ただの子供が相手だから!
あまりの事実によろりとして壁にもたれかかる。
と、壁にかかっていた剣に肩が触れた。
剣はあっさりと剣掛けから外れて、
(うわっ! 危なっ!)
ストーン、と足のすぐ近くに突き立った。
その途端、男は怒りをたたえた表情で立ち上がった。
そして、何事かとキョトンとしているあたしに近づいてくると、いきなり拳骨をあたしの頭に落とした。
「痛ぁっ!!」
思わず悲鳴が上がる。
(殴られた?!)
(しかも容赦ない!!)
痛さでうずくまるあたしをまるっと無視して、男は何も言わずに剣を床から引き抜き、壁に掛けた。
(うそ……殴られた!?)
(わざとじゃないのに!!)
その一発の拳骨は、十日ほどの時間をかけて少しずつ育ててきた男への信頼を一気に失墜させた。
(女に暴力を振るうだと?)
流石にこれはない。
いくら何でもこれはない。
無視がどうとか、信頼がどうとか、それどころの話ではなかかった。
女に暴力を振るうような男の近くなんかにいられるわけがない。
確信する。
この男は駄目だ!
(こんなところ出ていってやる)
あたしはこの時、ここを出ていくことを心に決めた。
もう先のことなんて知るものか。
この男のそばに居続けることに耐えられない。
「……ねぇ、街に連れて行ってよ」
痛む頭を抑えながら、男を睨む。
「駄目なら一人で行く。死ぬかもしれないけど、こんなところにはいられないもの」
「……明日、街へ毛皮を売りに行く」
「そう、じゃああたしも連れて行って。そうしたら、もうあなたの世話にはならないから」
言い放つが、男は何も返答しなかった。
無視。
無視ですか。
無視ですか!!
(この男、最低だ)
(もう知るもんか)
あたしは男をもう一度強く睨んでから部屋に閉じこもる。
涙が出てくるが、悔し涙なんかじゃない。
頭を殴られて、鼻の奥がツンと痛むからだ。
ただ、それだけだ。
あたしはとてつもない決断をしようとしている。
すなわち、
(男に甘えてみよう)
ということだった。
なぜそんなことを考えているかというと、先日の肉じゃがもどきが原因だった。
あの日、あたしはネガティブになってしまい、深夜になるまでベッドで毛布にくるまったままだった。
しかし、結局お腹が空いて眠ることもできず(一日二食の上、朝食は量がとても少ないのだから仕方ない)、それならばあの妙な味の料理を片付けてやろうと思ったのだ。
男はどうせ、自分で何か作って食べただろう。
明日になっても、あの料理がキッチンにあり続けるなんてことは看過できなかった。
男は早い時間に寝てしまうのが常だ。だから起こさないようにそっと扉を開けて、キッチンへ向かう。
そこであたしは発見することになる。
肉じゃがもどきは、きれいに半分食べられていたのだ。
そして、あたしの分の皿がテーブルの上に乗っていた。
つまり、あの男は、あの妙な食べ物を黙って一人で食ったということだ。
あたしの分の皿の用意までして。
この時、あたしは男に対して申し訳なくて、自分が恥ずかしくて死にたくなった。
思い返してみれば、男はあたしが作ったものは必ず残さず食べていた。
後から手を加えたり、嫌々食べるような素振りを見せたりも一切しなかった。
あたしは勝手に男に対抗意識を燃やしていたが、男は何も言わずに黙々と食べてくれていた。
見た目と態度は酷いものだが、その行動はとても紳士的なのだ。
そして、あたしはやっと、男が自分に対して害意を持っていないと信頼することができたのだ。
とはいえ、あの男はあたしに対してなんの興味もないようだ。
相変わらずの無視が続いているし、翌日の朝部屋から出て挨拶したときも、一瞥すらせず、いつもどおりの幽霊扱いである。
それなら、少しずつ興味を持ってもらおう。
(無視は辛いですし)
ここに住むならば、せめて会話ができるくらいの仲にはなっておきたい。
頭を下げて「ここに住まわせてください」と頼むにしても、返事が返ってこないのでは意味がない。
そのためには、女の武器を使うのもやぶさかではない。
あんな狩りロボットでも男なのだ。年頃の女性に甘えられて、嫌な気持ちになることはないだろう。
といっても「あの男が襲いかかってくるようなことは無いだろう」という、妙な信頼があってこその話である。
というわけで、あたしはいつもひっつめていた髪を下ろし、洗い足りずにゴワゴワしているのを頑張って手ぐしで整える。
シャンプーの匂いなど望むべくもない。というか、髪が脂っぽい匂いになっている……。
女子としてどうなんだとも思うが、今は少しでも可愛らしく見えるように努力する。
寝台の横にある小さな鏡台を覗く。
なんだか久しぶりに自分の顔を見た気がする。
(……酷い顔)
自分のことを特別美人だと自惚れるつもりはないが、いつの間にか随分頬が痩けたし、隈が酷い。
こんなブスだったっけ……。
こんな女に甘えられて、男性は嬉しいものだろうか……。
(いかん、またネガティブになっている)
せめて笑顔で接してみようと思い、鏡に向かって笑いかけてみて撃沈。
(駄目だ、不自然すぎる)
不自然だろうとかまうものか。
これまでは、いつまで経っても部屋から出られない。
そして久しぶりに制服に袖を通した。
日本のことを思い出して、胸が苦しくなったが、頭から振り払う。
いつもの借り物シャツワンピースよりは女らしく見えるだろう。
どんなに女らしくしても、あの男がデレデレになるところなど想像もつかないが、
(ええい、かまうもんか)
(行ってしまえ)
思い切って部屋を出た。
男はいつもどおり、お茶をすすりながら本を読んでいた。
あたしが近づいても一切の反応なし。
(こんちくしょう)
絶対に会話できるようになってやる。
「ねえ、何読んでるの?」
思い切って話しかけた。
これまで、必要なこと以外で話しかけたことは一度もないのだ。きっと男だって「おや、今日はいつもとはなにか違うようだ」と思ってくれる違いない。
「よかったら、何を読んでるのか教えてよ」
無視。
「ねえ、ってば、せめて返事くらいしてよ」
勇気を出して男のそばに立つと、男はようやくこちらに顔を向ける。
そして、あたしの姿を足元から顔までゆっくりと眺めて、
(え、何その顔……)
名状しがたき表情をした。
悪い意味で。
「あの、それはどういう表情なのかな……?」
男は「心底理解できない」という風に顔を歪めていた。
明らかに不快そうだった。
「な、なによ」
あたしが言うと、男は口を開いた。
「なんだ、その格好は」
(よかった、ちゃんと言葉は通じるようだ)
(というか、失礼だな、こいつ)
「か、可愛くない?」
「可愛い……?」
わけがわからん、と言いたげな顔で首をふり、再度あたしを眺める。
そしてキュッと眉間のシワを深くする。
「もしかして、その格好は俺を誘惑してるつもりか……?」
言われて、顔がカァっと赤くなるのがわかった。
思わずざざっと後ずさりする。
「ち、ちちち、違うわよ!」
「では、なんの意味がある」
「何よ、少しは可愛くしようとしただけじゃない!」
「……意味がわからん……」
男はあたしの意図が理解できずに混乱しているようだった。
そういえば、初めて会ったときもこの格好だった。
あの時「襲われる」などと怯えてパニックになったことを思い出し、恥ずかしさで死にそうになった。
この男にとっては珍妙な格好にしか見えていなかったのか……。
「なによ、あんたホモなんじゃないの! それともロリコンなの!?」
「なんだ、そのホモ? とかロリコンってのは」
男が珍しく返答する。
せっかく会話が成り立っているのに、なんでこんな言い合いになっているのか。
「女より男が好きとか、幼児のほうがいいとかって意味よ!」
「……俺は貴族じゃないから、男に興味はない。あと、お前のような子供にも興味はない」
女だと思われてなかった!!
まさかの事実!!
あたし、女じゃなくて、ただの子供だと思われてたよ!!
(嘘でしょ、あたしもう十八歳だよ!)
(じゃあ、あたしが男のことを警戒してたのは、一体……)
道理で甲斐甲斐しく世話をしてくれたわけだ。
道理で興味がないわけだ。
だって、ただの子供が相手だから!
あまりの事実によろりとして壁にもたれかかる。
と、壁にかかっていた剣に肩が触れた。
剣はあっさりと剣掛けから外れて、
(うわっ! 危なっ!)
ストーン、と足のすぐ近くに突き立った。
その途端、男は怒りをたたえた表情で立ち上がった。
そして、何事かとキョトンとしているあたしに近づいてくると、いきなり拳骨をあたしの頭に落とした。
「痛ぁっ!!」
思わず悲鳴が上がる。
(殴られた?!)
(しかも容赦ない!!)
痛さでうずくまるあたしをまるっと無視して、男は何も言わずに剣を床から引き抜き、壁に掛けた。
(うそ……殴られた!?)
(わざとじゃないのに!!)
その一発の拳骨は、十日ほどの時間をかけて少しずつ育ててきた男への信頼を一気に失墜させた。
(女に暴力を振るうだと?)
流石にこれはない。
いくら何でもこれはない。
無視がどうとか、信頼がどうとか、それどころの話ではなかかった。
女に暴力を振るうような男の近くなんかにいられるわけがない。
確信する。
この男は駄目だ!
(こんなところ出ていってやる)
あたしはこの時、ここを出ていくことを心に決めた。
もう先のことなんて知るものか。
この男のそばに居続けることに耐えられない。
「……ねぇ、街に連れて行ってよ」
痛む頭を抑えながら、男を睨む。
「駄目なら一人で行く。死ぬかもしれないけど、こんなところにはいられないもの」
「……明日、街へ毛皮を売りに行く」
「そう、じゃああたしも連れて行って。そうしたら、もうあなたの世話にはならないから」
言い放つが、男は何も返答しなかった。
無視。
無視ですか。
無視ですか!!
(この男、最低だ)
(もう知るもんか)
あたしは男をもう一度強く睨んでから部屋に閉じこもる。
涙が出てくるが、悔し涙なんかじゃない。
頭を殴られて、鼻の奥がツンと痛むからだ。
ただ、それだけだ。
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