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次期皇帝として Ⅴ

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 ――その少し前。リディアが城内へ戻っていくのを見届けたデニスは、宿舎の玄関をくぐろうとしていた。灯りが消えたはずの玄関先に、ランタンの灯りと大柄な人影を、彼はみとめる。――城下町に飲みに行った先輩せんぱい兵士が戻ってきたのだろうか?

(いや、違う。あれは……)

「ジョン?」

 デニスが自らのランタンで照らすと、その男はやっぱりジョンだった。

「デニス、戻ったか。――中庭で、姫様と逢引きしていたのか?」

 開口かいこう一番でズバッと訊いてきたジョンに、デニスは苦い顔でボヤく。

「まあ、そうなんだけどさ。お前、他に言い方ねえのかよ……」

「俺は遠回しな言い方が嫌いなんだよ」

 カタブツなジョンは、デニスのボヤきをバッサリと斬り捨てた。

 この男は幼い頃から、こういうヤツだとデニスはよぉーく知っている。けれど、というかだからこそ、ここで疑問が湧き上がる。

「だったらお前、どうしてリディアに自分の想い伝えねえんだよ? お前の気持ち、アイツも知ってるぜ?」

「……!? 姫様も、ご存じなのか……」

 痛いところを突かれたジョンが、「参りました」という顔で夜空をあおいだ。

「……今日の昼間、姫様が海賊と戦うことになった時にさ」

「……ん?」

「俺はあの時、姫様とお前との信頼関係っていうか、強い『きずな』みたいなものを感じたんだ。それが、二人が想いを通じ合わせた結果なんだ、って分かった時、もう俺にはここに入り込む隙はないんだと思った」

 そこまで言ってしまうと、ジョンは再びデニスに視線を戻した。

「だからってわけじゃないけど、俺は姫様に想いを伝えるつもりはない。姫様はいつも、俺達国民のためにお心を砕いて下さってる。俺は、そんな姫様のお心を掻き乱すようなことはしたくないから」

「ったく、カタブツなお前らしい理屈りくつだぜ。でもな、リディアはお前から直接聞きたがってるんだ。アイツにとってはお前も、大切な幼なじみなんだから」

 デニスの思わぬ言葉に、ジョンは目を瞠った。それでも、彼はかたくなだ。

「……でも俺は、姫様に想いは伝えない。忠誠心が、俺なりの姫様への愛情だ。姫様に忠義を尽くして、陰ながらお守りすることこそが、俺なりの愛し方なんだよ」

「ああ、そうかい! 勝手にしろよなっ!」

 デニスはもう、ジョンの理詰りづめにはウンザリしていた。捨て台詞を吐いて、さっさと寝部屋へ行こうとするけれど。

「――そういや、十日後にスラバットの王子が国賓として来るらしいな」

「ああ、そうだけど……」

 ジョンに引き留められたデニスは、「なんでお前が知っているのか」と訊いた。

 すると、イヴァン陛下のお供をしていた先輩兵士から聞いたのだと、答えが返る。

「その王子と姫様との縁談の話も出てるっていうじゃないか。お前、大丈夫なのか?」

「大丈夫だって。リディアは絶対、オレのこと裏切らないからさ。ちゃんとオレが守るって約束したし」

「だったらいいけどな。ま、せいぜい褐色の肌の王子に姫様をられないように気をつけろよ。同じ色の肌の騎士ナイトさん?」


「うるせえ! 余計なお世話だっつうの!」


 ぷりぷり怒りながら、デニスは階段をドスドスと上がっていく。ちなみに、デニスの部屋は二階、ジョンの部屋は一階のそれぞれ二人部屋である。

「――褐色の肌の王子、か……」

 デニスは自分の容姿をジョンと比較ひかくして、いつも劣等感コンプレックスを抱えている。生粋きっすいのレーセル人であるジョンの白肌・金髪に対し、スラバットとの混血こんけつである自分の褐色肌・赤髪がにくらしかった。

アイツリディアは、なんでオレのことを……?」

 自分のこの異国風エキゾチックな容姿にかれたのだとすれば、その王子にだって――。何せ、容姿が似ていたってこちらは一介いっかいの軍人、あちらは一国の王子だ。身分が違いすぎる。

(オレ、リディアのこと守りきれるかな)


 ――それから十日間、デニスは悶々と悩みながら過ごしたのち、国賓としてスラバット王子を迎えることとなった――。
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