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第2部 放課後トップレディの初恋
縮まらないディスタンス ②
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――翌日の終礼後。わたしは教室で帰り支度をしながら、里歩と話していた。彼女も学年末テスト前ということで、部活はお休み。もうすぐ貢が迎えに来るので、「あたしも久々に桐島さんに挨拶して帰るよ」ということになった。
「――へぇ~、アンタCMのオファー断ったんだ。もったいない」
「里歩、彼とおんなじこと言ってる……」
わたしが〈Sコスメティックス〉のCM出演を辞退したことを話すと、里歩の反応は前日の貢とほぼ同じだった。
「だってさぁ、アンタ以上の愛用者はいないっしょ。なのに断っちゃうなんて」
「そんなこと言われても、わたしは女優でもモデルでもアイドルでも何でもないんだもん。俳優さんとキスシーンやれって言われても困る」
百五十八センチの身長にサラサラのロングヘアー、長い睫毛と目鼻立ちのハッキリした顔、そして恵まれたプロポーション。わたしは確かに外見こそ芸能人っぽいかもしれないけれど、あくまで一般ピープル、普通の女の子だったのだ。……そりゃまぁ、少しばかりTVには出ましたけども。
「そうだけどさぁ……。小坂リョウジがファーストキスの相手っていうのはちょっといただけないか。だってアンタ、桐島さんの方がいいもんねぇ」
「…………うん、それはそのとおりなんだけど。そんなに茶化さないでよ。わたし今、本気で悩んでるんだから。彼との距離がなかなか縮まらないこと」
貢がわたしの初恋の相手だということは、里歩もよく知っていた。
茗桜女子はお嬢さま学校ではあるものの、こと男女交際についてはオープンだ。他校との交流もあり、里歩みたいに彼氏がいるという子も珍しくなかった中で、わたしは男性に対して奥手だったせいもあるのか恋自体したことがなかったのだ。だからこそ、好きな人との距離の縮め方が分からなくて悩んでいた。
「ふーん……。っていうか、アンタたちまだ付き合ってなかったの? もう知り合って四ヶ月っしょ? もうとっくにくっついてると思ってた」
「だって、今はそれどころじゃないもん。仕事いっぱい抱えてるし、経営の勉強も学校の勉強もあるんだよ? とてもそんな心の余裕なんか」
「まぁ、アンタはそうだろうね。人を好きになったのも初めてだし、どう行動していいか分かんないっていうのはあたしも理解できるよ。じゃあ、桐島さんの方は? 彼は一応恋愛経験ありそうだし、そこんところどうなわけ?」
「えっ? ……う~ん、どうって言われても……。真面目な人だし、上司と部下っていう関係上、いつも一歩引いてる感じだからなぁ。彼がホントにわたしのこと好きなのかどうかもまだよく分んないし」
彼もわたしのことが好きらしい、というのは里歩が以前くれた情報のみで、本人に直接確かめたわけではないし、わたしには確かめる勇気もなかった。でも、前日のうろたえぶりからすると、里歩の推測はあながち外れてもいないような気がしていた。
「……あ、それ確かめたいなら今の時期チャンスなんじゃない? ほら、もうすぐバレンタインデーだしさ」
「バレンタインデーか……。そういえばそんな時期だね。忙しくて忘れかけてたけど」
昇降口へ向かって歩いている途中で、里歩がまたもやナイスな提案をしてくれた。恋する人にとって、バレンタインデーは絶対に外せないビッグイベントだ。
初等部から女子校に通っていて、これまで恋愛経験ゼロだったわたしは〝女子校バレンタイン〟しか知らずに育ってきた。具体的にいうと、同級生や後輩の女の子からチョコをもらったり、里歩と友チョコを交換したり。男性にチョコをあげたのは寺田さんと父くらいのものだ。
でも、この年は違っていた。生まれて初めての、好きな人=本命の相手がいるバレンタインデー。これはわたしにとってすごく特別な意味を持っていて、わたしの恋のこれからを左右する日といっても過言ではなかった。
「でしょ? もう思い切って告っちゃえ! バレンタインデーに手作りチョコでも渡してさ、桐島さんにアンタの気持ち伝えて。そのついでに彼の気持ちも確かめたらいいんじゃない?」
「そんな、『告っちゃえ』って簡単に言うけど」
「んじゃ、告るのは別にいいとして、チョコだけでもあげたら? 桐島さんってスイーツ男子だし、絢乃の手作りチョコなら喜んで受け取ってくれると思うよ」
「手作りねぇ……。やってる時間あるかなぁ」
里歩の言うとおり、彼は甘いものに目がないし、わたしからなら受け取らないはずがない。ただ、手作りというのは……。会長に就任してからというもの、色々と多忙になったためあまり時間が取れなくなっていたのだ。
「そこはまぁ、来週はテスト期間だし。休みの日もあるし? あたしも部活休みだし準備とか手伝ってあげられるから」
「うん……、じゃあ……考えてみようかな」
「――『考えてみる』って何のお話ですか? 絢乃さん」
「わぁっ、桐島さん! ビックリしたぁ」
いるはずのない人の声が急に聞こえてきて、わたしは思わず飛び上がった。でも、何のことはない。わたしたちはおしゃべりしている間に校門の前まで来ていたのだ。
「お……っ、お疲れさま。早かったねー」
「桐島さん、こんにちは。今日も絢乃がお世話になります」
「こんにちは、里歩さん。今日はたまたま道路が空いていたもので、早めに来られたんです。――ところで何のお話をされていたんですか?」
わたしの笑顔が若干引きつっていたことにも、里歩が一緒にいることにも彼は動じることなく、彼女への挨拶もそこそこにサクッと本題に戻した。
「ああ、『もうすぐバレンタインデーだね』って話してたんです。ね、絢乃?」
「うん。……桐島さん、あの……。あ、そろそろ行かないとね。寒いし、ママが待ってるし」
「そうですね。では里歩さん、我々はこれで」
「はーい☆ 絢乃、また明日ねー♪ 仕事頑張って!」
「うん、また明日」
里歩に手を振ると、彼女が「絢乃、ファイト!」と言っているのが口の動きだけで分かった。――「ファイト!」って何を? 彼とのこと?
「――そういえば先ほど、里歩さんとバレンタインデーのことで話されていたんですよね」
オフィスへ向かうクルマの中で、貢が改めてわたしに訊ねてきた。
「あー、うん。まぁ、そんなところかな」
厳密にいえばちょっと違ったのだけれど、正確に伝える勇気がわたしにはなかった。
「で? それがどうかしたの?」
「えーと……、絢乃さんは、チョコレートを差し上げる相手っていらっしゃるんですか? その……義理も含めて。確か小学校から女子校ですよね?」
「ああ、そういうことね。去年まではパパにもあげてたかな。学校では里歩に友チョコでしょ。今年はあと寺田さんと、村上さんと山崎さんと広田さん、あと小川さんにも。桐島さんがお世話になってるからね」
名前を挙げたほとんどが、会社でお世話になっている人ばかりだ。当然そこには同じ女性である広田常務と小川さんも含まれていた。
「はぁ、そんなに……」
彼はそこに自分の名前が入っていなかったので、「僕はもらえないのか」と落胆しているようだったけれど、それは彼の早合点だった。
「あと……ね、貴方にも。一応手作り……の予定」
「……えっ? 本当ですか!?」
ガッカリしていた彼の表情が、その一言でパッと明るくなった。彼もわたしからのチョコを期待していたということは、やっぱり……。里歩の言っていたことは間違っていなかったのだろうか?
「――あ、来週は学年末テストの期間で学校が早く終わるの。だから十一時半ごろに迎えに来てもらっていい? ランチは社員食堂で一緒に食べようよ」
「はい、かしこまりました」
そう答えた彼の声も、心なしか弾んでいた。
「――へぇ~、アンタCMのオファー断ったんだ。もったいない」
「里歩、彼とおんなじこと言ってる……」
わたしが〈Sコスメティックス〉のCM出演を辞退したことを話すと、里歩の反応は前日の貢とほぼ同じだった。
「だってさぁ、アンタ以上の愛用者はいないっしょ。なのに断っちゃうなんて」
「そんなこと言われても、わたしは女優でもモデルでもアイドルでも何でもないんだもん。俳優さんとキスシーンやれって言われても困る」
百五十八センチの身長にサラサラのロングヘアー、長い睫毛と目鼻立ちのハッキリした顔、そして恵まれたプロポーション。わたしは確かに外見こそ芸能人っぽいかもしれないけれど、あくまで一般ピープル、普通の女の子だったのだ。……そりゃまぁ、少しばかりTVには出ましたけども。
「そうだけどさぁ……。小坂リョウジがファーストキスの相手っていうのはちょっといただけないか。だってアンタ、桐島さんの方がいいもんねぇ」
「…………うん、それはそのとおりなんだけど。そんなに茶化さないでよ。わたし今、本気で悩んでるんだから。彼との距離がなかなか縮まらないこと」
貢がわたしの初恋の相手だということは、里歩もよく知っていた。
茗桜女子はお嬢さま学校ではあるものの、こと男女交際についてはオープンだ。他校との交流もあり、里歩みたいに彼氏がいるという子も珍しくなかった中で、わたしは男性に対して奥手だったせいもあるのか恋自体したことがなかったのだ。だからこそ、好きな人との距離の縮め方が分からなくて悩んでいた。
「ふーん……。っていうか、アンタたちまだ付き合ってなかったの? もう知り合って四ヶ月っしょ? もうとっくにくっついてると思ってた」
「だって、今はそれどころじゃないもん。仕事いっぱい抱えてるし、経営の勉強も学校の勉強もあるんだよ? とてもそんな心の余裕なんか」
「まぁ、アンタはそうだろうね。人を好きになったのも初めてだし、どう行動していいか分かんないっていうのはあたしも理解できるよ。じゃあ、桐島さんの方は? 彼は一応恋愛経験ありそうだし、そこんところどうなわけ?」
「えっ? ……う~ん、どうって言われても……。真面目な人だし、上司と部下っていう関係上、いつも一歩引いてる感じだからなぁ。彼がホントにわたしのこと好きなのかどうかもまだよく分んないし」
彼もわたしのことが好きらしい、というのは里歩が以前くれた情報のみで、本人に直接確かめたわけではないし、わたしには確かめる勇気もなかった。でも、前日のうろたえぶりからすると、里歩の推測はあながち外れてもいないような気がしていた。
「……あ、それ確かめたいなら今の時期チャンスなんじゃない? ほら、もうすぐバレンタインデーだしさ」
「バレンタインデーか……。そういえばそんな時期だね。忙しくて忘れかけてたけど」
昇降口へ向かって歩いている途中で、里歩がまたもやナイスな提案をしてくれた。恋する人にとって、バレンタインデーは絶対に外せないビッグイベントだ。
初等部から女子校に通っていて、これまで恋愛経験ゼロだったわたしは〝女子校バレンタイン〟しか知らずに育ってきた。具体的にいうと、同級生や後輩の女の子からチョコをもらったり、里歩と友チョコを交換したり。男性にチョコをあげたのは寺田さんと父くらいのものだ。
でも、この年は違っていた。生まれて初めての、好きな人=本命の相手がいるバレンタインデー。これはわたしにとってすごく特別な意味を持っていて、わたしの恋のこれからを左右する日といっても過言ではなかった。
「でしょ? もう思い切って告っちゃえ! バレンタインデーに手作りチョコでも渡してさ、桐島さんにアンタの気持ち伝えて。そのついでに彼の気持ちも確かめたらいいんじゃない?」
「そんな、『告っちゃえ』って簡単に言うけど」
「んじゃ、告るのは別にいいとして、チョコだけでもあげたら? 桐島さんってスイーツ男子だし、絢乃の手作りチョコなら喜んで受け取ってくれると思うよ」
「手作りねぇ……。やってる時間あるかなぁ」
里歩の言うとおり、彼は甘いものに目がないし、わたしからなら受け取らないはずがない。ただ、手作りというのは……。会長に就任してからというもの、色々と多忙になったためあまり時間が取れなくなっていたのだ。
「そこはまぁ、来週はテスト期間だし。休みの日もあるし? あたしも部活休みだし準備とか手伝ってあげられるから」
「うん……、じゃあ……考えてみようかな」
「――『考えてみる』って何のお話ですか? 絢乃さん」
「わぁっ、桐島さん! ビックリしたぁ」
いるはずのない人の声が急に聞こえてきて、わたしは思わず飛び上がった。でも、何のことはない。わたしたちはおしゃべりしている間に校門の前まで来ていたのだ。
「お……っ、お疲れさま。早かったねー」
「桐島さん、こんにちは。今日も絢乃がお世話になります」
「こんにちは、里歩さん。今日はたまたま道路が空いていたもので、早めに来られたんです。――ところで何のお話をされていたんですか?」
わたしの笑顔が若干引きつっていたことにも、里歩が一緒にいることにも彼は動じることなく、彼女への挨拶もそこそこにサクッと本題に戻した。
「ああ、『もうすぐバレンタインデーだね』って話してたんです。ね、絢乃?」
「うん。……桐島さん、あの……。あ、そろそろ行かないとね。寒いし、ママが待ってるし」
「そうですね。では里歩さん、我々はこれで」
「はーい☆ 絢乃、また明日ねー♪ 仕事頑張って!」
「うん、また明日」
里歩に手を振ると、彼女が「絢乃、ファイト!」と言っているのが口の動きだけで分かった。――「ファイト!」って何を? 彼とのこと?
「――そういえば先ほど、里歩さんとバレンタインデーのことで話されていたんですよね」
オフィスへ向かうクルマの中で、貢が改めてわたしに訊ねてきた。
「あー、うん。まぁ、そんなところかな」
厳密にいえばちょっと違ったのだけれど、正確に伝える勇気がわたしにはなかった。
「で? それがどうかしたの?」
「えーと……、絢乃さんは、チョコレートを差し上げる相手っていらっしゃるんですか? その……義理も含めて。確か小学校から女子校ですよね?」
「ああ、そういうことね。去年まではパパにもあげてたかな。学校では里歩に友チョコでしょ。今年はあと寺田さんと、村上さんと山崎さんと広田さん、あと小川さんにも。桐島さんがお世話になってるからね」
名前を挙げたほとんどが、会社でお世話になっている人ばかりだ。当然そこには同じ女性である広田常務と小川さんも含まれていた。
「はぁ、そんなに……」
彼はそこに自分の名前が入っていなかったので、「僕はもらえないのか」と落胆しているようだったけれど、それは彼の早合点だった。
「あと……ね、貴方にも。一応手作り……の予定」
「……えっ? 本当ですか!?」
ガッカリしていた彼の表情が、その一言でパッと明るくなった。彼もわたしからのチョコを期待していたということは、やっぱり……。里歩の言っていたことは間違っていなかったのだろうか?
「――あ、来週は学年末テストの期間で学校が早く終わるの。だから十一時半ごろに迎えに来てもらっていい? ランチは社員食堂で一緒に食べようよ」
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