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雨降り制服
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結局学校で幸と別れた後、私はすぐに先輩に連絡をした。家に一回帰るより、学校からの方が先輩の家からは近いはずだから。
先輩は戸惑ったような顔をして、随分早いねと言いながら自転車で現れた。前かごには重たそうな袋が入っているのが見えた。きっとアレが昨日話してくれた参考書だ。
「実はちょっと憧れてたんです、自転車を押す先輩と制服で並んで歩くの。」
「もしかしてだけどさ……椙山って今まで誰かと付き合った事なかったりする感じ?」
「……」
「うわ~マジか…。ていうかごめんね、俺制服じゃなくて。」
「いや、ほんと謝ったりしないでください!私もなんか恥ずかしくなってきた。」
「どうしようか?なんか今日雨降りそうだしこれ荷物になるだろうからどっか置いて来る?一回……家帰る?」
「あ~。」
制服のポケットに部室の鍵があることを思い出した。今朝の幸とのやりとりを思い出すとぐっと言葉に詰まりそうになるが家と学校の往復を繰り返すのも時間の無駄だと気を取り直した。
「私、部室にロッカーあるんで置いてきます。鍵、ちょうど持ってるんで。」
「……そっか。」
「先輩、ちょっと待っててもらってもいいですか?」
「俺も……ついて行ってもいい?部室まで。」
「構いませんけど。」
幸が先に帰って行くのはさっき見届けたからばったり会ってしまうようなことはないけれど、真っ赤な顔の幸がフラッシュバックして戸惑う。
「休日の校舎とか入ったことないからちょっとビビるわ。」
先を行く先輩は自転車を止めるとカゴから重たそうな袋を持ち上げ、いつのまにか学校でよく見た無表情な顔になっていた。それなのに無言で私の方に左手を差し出してくる。手をつなごうという事だ。
「あの……。」
「見られたくない?」
「……」
「休みの日は校舎内ほとんど人いないんでしょ?いるとすれば吹奏楽の奴らくらい?」
「多分。」
意を決して手を握ると、先輩は何かを言いたそうな顔で私を見下ろしながらぎゅっと手を握り返してくれた。
「頑張れ。」
「……はい、頑張ってます。ほんと、すごく頑張ってます。」
「手つなぐだけでそんなに?」
「学校で先輩と手つなぎで歩くなんて、ほんとに付き合ってるみたいでやばいですね。」
「何言ってんの?みたいじゃないでしょ。付き合ってんじゃん、ちゃんと。」
2階の外廊下に出た途端風が強く吹き付け、小さな雨粒が顔にあたった。朝から曇り空だったけれどもう雨が降り始めたらしい。
「雨……」
「部室一番奥だったよね?ちょっと急ごうか?」
先輩は手を離すと私に先に行くよう促した。
ついさっきまで幸と話していた所まで戻って来ると急いで鍵を開ける。
「ここにいたら濡れちゃうんで、先輩もとりあえず中入ってください。先に言っときますけど部室汚いし臭いですから。」
「おじゃま……します。」
美術室のドアを開けると同時にいつものにおいがブワッと辺りに広がった。慣れている私でも時々ウっとくる油絵の具の独特のニオイ。隣で先輩が顔を顰めているのが分かった。
「油絵とか見た事あります?まだ完全に乾いてないから結構におうんですよ。」
「確かに臭い。油絵か……すごいね。これとかめちゃでかいじゃん。」
「それ安野先輩の描いた絵ですよ?去年県展に出したんじゃないかな?大きすぎて持って帰れないんでそのまま。」
「椙山の描いたのは?」
「……絶対に教えません。」
「なんでよ?」
美術室に初めて入ったのか、先輩は物珍しそうにあちこちを眺めている。
「絵、描くの好きなの?楽しい?」
「……好きなんだと思います。でも描いてる時は集中してるんで楽しいとかそういうのは考えてないです。むしろうまくいかなくて疲れたり嫌になったりもするし。」
「へぇ……。未知の世界すぎて俺には分からん。」
「先輩は走るの好きですか?楽しい?」
「好きだけど……楽しいかって聞かれると確かにそれだけじゃないかな。思い通りにいかない事ばっかだったし。」
好きだけど、の言葉にドキッとした。いちいちそんな事で動揺する自分が子供っぽくて嫌になる。先輩はただ陸上の話をしてるだけなのに。
雨音が一段と強くなってきた。グランド側の窓から外を見ていた先輩の声が部屋に低く響く。
「こんなところから見てたんだ……いっつも。」
部室の電気をつけようとしていた手の動きを止めた──今先輩が言ったのはきっと私の事だ。
ゆっくりと先輩に視線を向けると先輩はまだ遠い目をして外を見ていた。
「外の廊下まで出るの分かる気するな、ここだと障害物ありすぎて全然見えねぇもん、トラック。」
「……先輩は……いつ頃から気付いてたんですか?私が……見てること。」
「入学してすぐじゃないかな?最初に気付いたのは俺じゃなくてマネージャーだったから。結構俺からかわれたりしてたし。」
「……」
「あぁ……でも、もう外廊下からグランド見るのやらない方がいいよ?あれ、グランド側からかなり目立つから。」
「え?」
先輩はやっとこちらを振り返ると、何かを思い出したかのようにプッと笑い出した。
「やっぱり、気付いてなかったんだ?」
楽しそうに笑う先輩の顔を見るのはすごく久しぶりのような気がした。それなのに、何故だか幸の真剣な顔が頭を過った。
” 美優は平気なの?遊ばれてるだけなんじゃないの? ”
先輩は戸惑ったような顔をして、随分早いねと言いながら自転車で現れた。前かごには重たそうな袋が入っているのが見えた。きっとアレが昨日話してくれた参考書だ。
「実はちょっと憧れてたんです、自転車を押す先輩と制服で並んで歩くの。」
「もしかしてだけどさ……椙山って今まで誰かと付き合った事なかったりする感じ?」
「……」
「うわ~マジか…。ていうかごめんね、俺制服じゃなくて。」
「いや、ほんと謝ったりしないでください!私もなんか恥ずかしくなってきた。」
「どうしようか?なんか今日雨降りそうだしこれ荷物になるだろうからどっか置いて来る?一回……家帰る?」
「あ~。」
制服のポケットに部室の鍵があることを思い出した。今朝の幸とのやりとりを思い出すとぐっと言葉に詰まりそうになるが家と学校の往復を繰り返すのも時間の無駄だと気を取り直した。
「私、部室にロッカーあるんで置いてきます。鍵、ちょうど持ってるんで。」
「……そっか。」
「先輩、ちょっと待っててもらってもいいですか?」
「俺も……ついて行ってもいい?部室まで。」
「構いませんけど。」
幸が先に帰って行くのはさっき見届けたからばったり会ってしまうようなことはないけれど、真っ赤な顔の幸がフラッシュバックして戸惑う。
「休日の校舎とか入ったことないからちょっとビビるわ。」
先を行く先輩は自転車を止めるとカゴから重たそうな袋を持ち上げ、いつのまにか学校でよく見た無表情な顔になっていた。それなのに無言で私の方に左手を差し出してくる。手をつなごうという事だ。
「あの……。」
「見られたくない?」
「……」
「休みの日は校舎内ほとんど人いないんでしょ?いるとすれば吹奏楽の奴らくらい?」
「多分。」
意を決して手を握ると、先輩は何かを言いたそうな顔で私を見下ろしながらぎゅっと手を握り返してくれた。
「頑張れ。」
「……はい、頑張ってます。ほんと、すごく頑張ってます。」
「手つなぐだけでそんなに?」
「学校で先輩と手つなぎで歩くなんて、ほんとに付き合ってるみたいでやばいですね。」
「何言ってんの?みたいじゃないでしょ。付き合ってんじゃん、ちゃんと。」
2階の外廊下に出た途端風が強く吹き付け、小さな雨粒が顔にあたった。朝から曇り空だったけれどもう雨が降り始めたらしい。
「雨……」
「部室一番奥だったよね?ちょっと急ごうか?」
先輩は手を離すと私に先に行くよう促した。
ついさっきまで幸と話していた所まで戻って来ると急いで鍵を開ける。
「ここにいたら濡れちゃうんで、先輩もとりあえず中入ってください。先に言っときますけど部室汚いし臭いですから。」
「おじゃま……します。」
美術室のドアを開けると同時にいつものにおいがブワッと辺りに広がった。慣れている私でも時々ウっとくる油絵の具の独特のニオイ。隣で先輩が顔を顰めているのが分かった。
「油絵とか見た事あります?まだ完全に乾いてないから結構におうんですよ。」
「確かに臭い。油絵か……すごいね。これとかめちゃでかいじゃん。」
「それ安野先輩の描いた絵ですよ?去年県展に出したんじゃないかな?大きすぎて持って帰れないんでそのまま。」
「椙山の描いたのは?」
「……絶対に教えません。」
「なんでよ?」
美術室に初めて入ったのか、先輩は物珍しそうにあちこちを眺めている。
「絵、描くの好きなの?楽しい?」
「……好きなんだと思います。でも描いてる時は集中してるんで楽しいとかそういうのは考えてないです。むしろうまくいかなくて疲れたり嫌になったりもするし。」
「へぇ……。未知の世界すぎて俺には分からん。」
「先輩は走るの好きですか?楽しい?」
「好きだけど……楽しいかって聞かれると確かにそれだけじゃないかな。思い通りにいかない事ばっかだったし。」
好きだけど、の言葉にドキッとした。いちいちそんな事で動揺する自分が子供っぽくて嫌になる。先輩はただ陸上の話をしてるだけなのに。
雨音が一段と強くなってきた。グランド側の窓から外を見ていた先輩の声が部屋に低く響く。
「こんなところから見てたんだ……いっつも。」
部室の電気をつけようとしていた手の動きを止めた──今先輩が言ったのはきっと私の事だ。
ゆっくりと先輩に視線を向けると先輩はまだ遠い目をして外を見ていた。
「外の廊下まで出るの分かる気するな、ここだと障害物ありすぎて全然見えねぇもん、トラック。」
「……先輩は……いつ頃から気付いてたんですか?私が……見てること。」
「入学してすぐじゃないかな?最初に気付いたのは俺じゃなくてマネージャーだったから。結構俺からかわれたりしてたし。」
「……」
「あぁ……でも、もう外廊下からグランド見るのやらない方がいいよ?あれ、グランド側からかなり目立つから。」
「え?」
先輩はやっとこちらを振り返ると、何かを思い出したかのようにプッと笑い出した。
「やっぱり、気付いてなかったんだ?」
楽しそうに笑う先輩の顔を見るのはすごく久しぶりのような気がした。それなのに、何故だか幸の真剣な顔が頭を過った。
” 美優は平気なの?遊ばれてるだけなんじゃないの? ”
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