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取り戻せる距離
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「うお!マジで怪我してんじゃん?」
「大輔、お前なんか妙に嬉しそうだな。」
火曜日、いつも通りの朝。学内の駐車場を二人で歩いていると、前から来た車から香菜と大輔の二人が仲良く顔を出した。
「いいじゃん、シン包帯姿もイケてるし。」
「お前に言われると嫌味でしかない。」
「香菜ちゃんから聞いたけどなんかもめてたんでしょ?怪我してなかったらこんなに早く仲直りしてなかったんじゃん?まさに怪我の功名ってやつ?よかったじゃん。」
シンが困ったような顔をして香菜と私の顔を見比べている間に大輔の運転する車は小さくクラクションを鳴らしながら駐車場の奥に入っていった。
助手席で小さく手を合わせて謝っている香菜を見送りながら時計を見た。まだ授業の開始時刻までは余裕がありそうだ。
「あのさぁ、美緒。」
「ん?」
「俺、もう一個美緒にはまだ言ってなかった事があるんだけど──。」
「そ、コイツの右腕折れてないんだよね、実は。」
「え?」
「は?」
背後からいきなり声をかけられて私とシンは二人揃って思わず大きな声を上げた。
「ナオ!」
「おはよう、まこっちゃん。」
「おはよう……。」
そこには爽やかな笑顔でシンに挨拶をする直哉さんがいた。きっと車を停めて降りてきたところだったのだろう。
シンは気まずそうに私の方を見ると、包帯をしていない左手を目の前に上げて拝むような格好をした。
「ほんと、ゴメンナサイ。」
「……」
「原付でコケたのは事実。でも折れたりとかはしてないんだ。打ち身と擦り傷っていうのかな?そんな感じで……。」
「じゃあ、その包帯は何だったの?」
「ナオにやってもらった。」
直哉さんはシンの頭をゲンコツでぐりぐりとしながらごめんねと小さく謝った。
「ごめんね、騙すような事して。例え喧嘩中だったとしても、彼氏が怪我してて無視するような彼女なら考え直した方がいいって俺が言ったんだ。でもちょっと大袈裟すぎたかも。」
シンは直哉さんから離れると包帯の巻かれた右手を少しだけ動かしてみせた。
「なのに朝一番に心配して声かけてきてくれたのは美緒じゃなかったっていうね。あの時の俺の虚しさって言ったら──。」
「あれは自業自得。お前が周りにいい顔しすぎた結果だろ?」
「それは──。」
呆れかえって返す言葉も見つからなかった。腕を骨折するほどの事故を想像して蒼くなっていたあの時間は一体何だったのだろうか?
振り返ると少し離れた場所からこちらに向かって来ている大輔と香菜の姿が見えた。
二人に向けて大きく手を振ると、私はその場にシンと直哉さんを残して香菜達の方へ合流しようと動き出した。
「美緒?」
「シンとはしばらく距離置く!今度こそホントに!」
「ちょっと、待ってってば。」
シンは背後から焦ったように追いかけて来ると、長い手で簡単に私の腕を捕らえた。
「嘘ついたのはほんと申し訳ない、俺が悪かった。でもお互い今回の件で分かっただろ?一回離れたらもうそんな簡単に元に戻ったり出来ないんだってば。」
声の聞こえる位置まで近付いて来ていた香菜と大輔、直哉さんも全員がシンの言葉を聞いて視線を交わし合った。
一番先に口を開いたのは直哉さんだった。
「そういう事。時間が経てば経つほどこじれちゃうもんだよ。」
「私もそう思う。だから美緒、逃げたらダメ。」
香菜は立ち止まっている大輔の手を引っ張って先に行くよと言いながら歩き出した。
それを見た直哉さんはシンの肩をポンと軽く叩いた。
「じゃ、俺も行くわ。」
いつになく真剣な表情のシンは周りに人がいなくなったのを確認すると、私だけに聞こえるくらいの声で呟いた。
「ナオ、高校の時付き合ってた彼女のことまだ忘れられないんだよ。」
遠ざかって行く背の高い直哉さんの背中を見ながら、シンは私の手をギュッと握りしめた。
「卒業したら離れ離れになる事分かってたから、お互い好き同士なのに別れたんだよ、アイツら。多分言い出したナオが一番後悔してる。」
「それは……そうなのかもしれないけど。でも直哉さんと私達では状況が違うでしょ。」
「うん、それは分かってる。だから俺たちはまだ間に合うと思うんだ。俺は美緒のこと好きだよ、嘘ついてでも元通りになりたいと思ったし離れるとかそういうの美緒の口から聞きたくない。」
シンの包帯の巻かれた右手を軽く触った。何か添え木のような硬いものが手に当たる。
「もうこれ以上私に隠してる事ない?」
「……多分……ないと思うけど。」
「じゃあ、あと一か月続けるんだね?」
「……え?何を?」
「怪我のフリ。周りにはもう折れたって言っちゃったんだから治るまでそうしてて。反省の意味も込みで。」
「分かった……けど、いいの?俺このままだと何も出来ないんですけど。」
「普通一週間くらいで首から下げてるそれは外すでしょ?そしたら大分動けるはずだから。」
「そうなの?治るまで結構かかるんだ?」
「あと……明日からは車で送ったりしないから。自分で何とかしてね?」
「え?」
驚いたシンは駐車場に停めてある私の車の方を振り返った。
「直哉さんにでも送ってもらって。連帯責任。」
「連帯責任?ナオも?」
「そう。でも……他の女の子に頼むくらいだったら私に言って。」
「……おう。」
「なにニヤけてんの?」
「なんか……美緒が自分からそういう風に言ってくるのが新鮮で。」
「……」
「完璧を目指して頑張るのもいいけど、ちょっとくらい駄目な部分があった方がいいのかもとか思ったりして……あ、ごめんって、そんな顔しないでよ。」
「大輔、お前なんか妙に嬉しそうだな。」
火曜日、いつも通りの朝。学内の駐車場を二人で歩いていると、前から来た車から香菜と大輔の二人が仲良く顔を出した。
「いいじゃん、シン包帯姿もイケてるし。」
「お前に言われると嫌味でしかない。」
「香菜ちゃんから聞いたけどなんかもめてたんでしょ?怪我してなかったらこんなに早く仲直りしてなかったんじゃん?まさに怪我の功名ってやつ?よかったじゃん。」
シンが困ったような顔をして香菜と私の顔を見比べている間に大輔の運転する車は小さくクラクションを鳴らしながら駐車場の奥に入っていった。
助手席で小さく手を合わせて謝っている香菜を見送りながら時計を見た。まだ授業の開始時刻までは余裕がありそうだ。
「あのさぁ、美緒。」
「ん?」
「俺、もう一個美緒にはまだ言ってなかった事があるんだけど──。」
「そ、コイツの右腕折れてないんだよね、実は。」
「え?」
「は?」
背後からいきなり声をかけられて私とシンは二人揃って思わず大きな声を上げた。
「ナオ!」
「おはよう、まこっちゃん。」
「おはよう……。」
そこには爽やかな笑顔でシンに挨拶をする直哉さんがいた。きっと車を停めて降りてきたところだったのだろう。
シンは気まずそうに私の方を見ると、包帯をしていない左手を目の前に上げて拝むような格好をした。
「ほんと、ゴメンナサイ。」
「……」
「原付でコケたのは事実。でも折れたりとかはしてないんだ。打ち身と擦り傷っていうのかな?そんな感じで……。」
「じゃあ、その包帯は何だったの?」
「ナオにやってもらった。」
直哉さんはシンの頭をゲンコツでぐりぐりとしながらごめんねと小さく謝った。
「ごめんね、騙すような事して。例え喧嘩中だったとしても、彼氏が怪我してて無視するような彼女なら考え直した方がいいって俺が言ったんだ。でもちょっと大袈裟すぎたかも。」
シンは直哉さんから離れると包帯の巻かれた右手を少しだけ動かしてみせた。
「なのに朝一番に心配して声かけてきてくれたのは美緒じゃなかったっていうね。あの時の俺の虚しさって言ったら──。」
「あれは自業自得。お前が周りにいい顔しすぎた結果だろ?」
「それは──。」
呆れかえって返す言葉も見つからなかった。腕を骨折するほどの事故を想像して蒼くなっていたあの時間は一体何だったのだろうか?
振り返ると少し離れた場所からこちらに向かって来ている大輔と香菜の姿が見えた。
二人に向けて大きく手を振ると、私はその場にシンと直哉さんを残して香菜達の方へ合流しようと動き出した。
「美緒?」
「シンとはしばらく距離置く!今度こそホントに!」
「ちょっと、待ってってば。」
シンは背後から焦ったように追いかけて来ると、長い手で簡単に私の腕を捕らえた。
「嘘ついたのはほんと申し訳ない、俺が悪かった。でもお互い今回の件で分かっただろ?一回離れたらもうそんな簡単に元に戻ったり出来ないんだってば。」
声の聞こえる位置まで近付いて来ていた香菜と大輔、直哉さんも全員がシンの言葉を聞いて視線を交わし合った。
一番先に口を開いたのは直哉さんだった。
「そういう事。時間が経てば経つほどこじれちゃうもんだよ。」
「私もそう思う。だから美緒、逃げたらダメ。」
香菜は立ち止まっている大輔の手を引っ張って先に行くよと言いながら歩き出した。
それを見た直哉さんはシンの肩をポンと軽く叩いた。
「じゃ、俺も行くわ。」
いつになく真剣な表情のシンは周りに人がいなくなったのを確認すると、私だけに聞こえるくらいの声で呟いた。
「ナオ、高校の時付き合ってた彼女のことまだ忘れられないんだよ。」
遠ざかって行く背の高い直哉さんの背中を見ながら、シンは私の手をギュッと握りしめた。
「卒業したら離れ離れになる事分かってたから、お互い好き同士なのに別れたんだよ、アイツら。多分言い出したナオが一番後悔してる。」
「それは……そうなのかもしれないけど。でも直哉さんと私達では状況が違うでしょ。」
「うん、それは分かってる。だから俺たちはまだ間に合うと思うんだ。俺は美緒のこと好きだよ、嘘ついてでも元通りになりたいと思ったし離れるとかそういうの美緒の口から聞きたくない。」
シンの包帯の巻かれた右手を軽く触った。何か添え木のような硬いものが手に当たる。
「もうこれ以上私に隠してる事ない?」
「……多分……ないと思うけど。」
「じゃあ、あと一か月続けるんだね?」
「……え?何を?」
「怪我のフリ。周りにはもう折れたって言っちゃったんだから治るまでそうしてて。反省の意味も込みで。」
「分かった……けど、いいの?俺このままだと何も出来ないんですけど。」
「普通一週間くらいで首から下げてるそれは外すでしょ?そしたら大分動けるはずだから。」
「そうなの?治るまで結構かかるんだ?」
「あと……明日からは車で送ったりしないから。自分で何とかしてね?」
「え?」
驚いたシンは駐車場に停めてある私の車の方を振り返った。
「直哉さんにでも送ってもらって。連帯責任。」
「連帯責任?ナオも?」
「そう。でも……他の女の子に頼むくらいだったら私に言って。」
「……おう。」
「なにニヤけてんの?」
「なんか……美緒が自分からそういう風に言ってくるのが新鮮で。」
「……」
「完璧を目指して頑張るのもいいけど、ちょっとくらい駄目な部分があった方がいいのかもとか思ったりして……あ、ごめんって、そんな顔しないでよ。」
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