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怯える男
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ぼんやりとマルセルを見つめていたリュカは、何かを思い出したかのようにハッと我に返ると慌てて掴まれたままの自分の手を振りほどいた。
「私に亡くなった方の代わりを努めさせて人々の目を誤魔化し、国王の手からザールを奪おうというおつもりですか?」
「う~ん……。それは少し違うかな。」
「リュカ、俺たちは確かに人々の目を誤魔化そうとしている。でも、陛下は俺の婚約者がこの世にはいない女性だという事を知った上でそれでも婚約を認めてくださっている。お前にもこの意味が分かるな?」
リュカはノートにペンを挟みそっと閉じると、ロベールの方に体ごと向き直った。
「では、ロベール様の婚約は最初から形だけという約束なのですね?」
「……そういうことに……なるのかな?」
ロベールはリュカの真っ直ぐな視線を受け止めることが出来ず、仰け反るようになりながらマルセルに助けを求めた。
「リュカ、ロベールも初恋の相手を失って暫くは他を考えられない様なんだ。陛下もそこはよく理解して下さっている。」
ロベールは真面目くさった顔のジャンから飛び出た助けの言葉についに我慢できなくなったのか、ソファーから立ち上がると背を向け笑いを必死で堪えはじめた。
リュカは微かに揺れているロベールの背中を決まりが悪そうに眺めた後、小さくため息をついた。
「そうだったんですか……。ロベール様は王女様の事をそんなに思っていらしたんですね。」
リュカはやっと納得がいったという風に何回か小さく頷くと、覚悟を決めた様子でマルセルに顔を向けた。
「分かりました。私も微力ながらロベール様のお手伝いをさせて頂きます。」
「そうか、ありがとうリュカ。そう言って貰えるとこちらも助かる。」
「いえ……。それにしても数奇な運命ですよね。」
ジャンは再び夢見るような顔になったリュカを怪訝な面持ちで見据えた。
「数奇?」
「はい。国を捨てて駆け落ちまでなさった聖女様は結局そのお相手と幸せになる事は叶いませんでした。そしてそのお子様である王女様も最愛の婚約者を置いて亡くなってしまわれた……。」
「最愛の婚約者か……。」
マルセルはチラッと盗み見たロベールが満面の笑みをたたえていることに気が付くと、純粋な少年の心を持ったまま大人になったようなリュカを騙す形になってしまうことに少しだけ罪悪感を覚えた。
「母とポールに関しては私も否定はしないが、ロベールとはただの幼馴染だ。そんなロマンチックな話でもないさ。」
「そんな事はありません!」
マルセルは夢見るようなリュカの顔を見ながらふと気になった事を聞いてみた。
「そう言えばリュカはどうなんだ?お前も23歳ならばもう決まった相手がいるんじゃないのか?もしかして既に結婚していて子どもがいるとか言わないよな?」
「まさか、子供なんていませんよ。お忘れですか?私は17でトロメリンに出てきたんですから。」
「お、子供はいないと言うことはもしかして結婚しているのか?」
「いえ、国に名ばかりの婚約者がいるだけです。」
マルセルはロベールと顔を見合わせるとやはりと頷いた。
「マルセル様とジャン様は?」
「俺たちはまだそういう相手はいない。特にマルセルは未だに微妙な立場にいるからな。」
「あ~まぁそうですよね。」
「リュカはステーリアに戻るつもりはないのか?その婚約者の事はどうするつもりなんだ?」
「さぁ、どうなんでしょう?」
リュカは顎に手をあてて宙を睨むと難しい顔をしながらう~んと小さな声を出した。
「きっと待ちくたびれたら婚約破棄をして次の相手を探すんじゃないでしょうか?私は自然消滅を狙っているんですが…。」
ロベールは感心したようにリュカを見ると何気なく時計に目を向けた。
「リュカ、どうだ?もうこんな時間だ、今夜は泊まっていかないか?」
「あっ!本当だ。そう言えばそうでした。すみません、仕事を片付けてから直ぐにこちらへ伺ったから遅くなってしまったんでした。」
リュカが慌ててのその場に立ち上がると、ノートの間からペンが音を立てて滑り落ちた。
無意識のうちにそれを拾い上げようとジャンが手を伸ばすと、リュカがビクッと身体を震わせ身構えたのが分かった。
ジャンは黙ってペンを拾い上げると蒼い目を細めてリュカを見つめた。
「どうした?」
「えっ?あ、いえ。すみません……。」
「ジャン、あんまり虐めるなよ?リュカのやつお前の事怖がってるじゃないか?」
「……」
リュカはビクビクしながらジャンからペンを受け取ると、俯きがちに礼を言った。
「すみません…。別にジャン様が怖い訳では無いのですが。」
ジャンはリュカの目の前で腰に差した剣をカチッと鳴らすとロベールに向けて目配せをした。
「俺じゃなくきっとこの剣が怖いんだろう。それとも騎士、かな?」
「騎士?リュカの家はステーリアの公爵家なんだろ?だったら騎士なんかそこら中に嫌という程いたんじゃないのか?アレだろ?お前が資料室でリュカの手を掴んだのが相当痛かったんじゃないか?」
三人の視線がリュカに集まると、リュカは泣きそうな顔になりながらゴメンなさいともう一度謝った。
「すみません…。どうしても剣を見ると兄を思い出してしまうんです。それで少しだけ怖くて……。」
マルセルはジャンと顔を見合わせるとリュカの方に向き直った。
「リュカはその兄から何かされたんだな?」
怯えた顔をしたリュカはマルセルに向かって首を縦に振ったが、それが何かは決して口にしなかった。
「私に亡くなった方の代わりを努めさせて人々の目を誤魔化し、国王の手からザールを奪おうというおつもりですか?」
「う~ん……。それは少し違うかな。」
「リュカ、俺たちは確かに人々の目を誤魔化そうとしている。でも、陛下は俺の婚約者がこの世にはいない女性だという事を知った上でそれでも婚約を認めてくださっている。お前にもこの意味が分かるな?」
リュカはノートにペンを挟みそっと閉じると、ロベールの方に体ごと向き直った。
「では、ロベール様の婚約は最初から形だけという約束なのですね?」
「……そういうことに……なるのかな?」
ロベールはリュカの真っ直ぐな視線を受け止めることが出来ず、仰け反るようになりながらマルセルに助けを求めた。
「リュカ、ロベールも初恋の相手を失って暫くは他を考えられない様なんだ。陛下もそこはよく理解して下さっている。」
ロベールは真面目くさった顔のジャンから飛び出た助けの言葉についに我慢できなくなったのか、ソファーから立ち上がると背を向け笑いを必死で堪えはじめた。
リュカは微かに揺れているロベールの背中を決まりが悪そうに眺めた後、小さくため息をついた。
「そうだったんですか……。ロベール様は王女様の事をそんなに思っていらしたんですね。」
リュカはやっと納得がいったという風に何回か小さく頷くと、覚悟を決めた様子でマルセルに顔を向けた。
「分かりました。私も微力ながらロベール様のお手伝いをさせて頂きます。」
「そうか、ありがとうリュカ。そう言って貰えるとこちらも助かる。」
「いえ……。それにしても数奇な運命ですよね。」
ジャンは再び夢見るような顔になったリュカを怪訝な面持ちで見据えた。
「数奇?」
「はい。国を捨てて駆け落ちまでなさった聖女様は結局そのお相手と幸せになる事は叶いませんでした。そしてそのお子様である王女様も最愛の婚約者を置いて亡くなってしまわれた……。」
「最愛の婚約者か……。」
マルセルはチラッと盗み見たロベールが満面の笑みをたたえていることに気が付くと、純粋な少年の心を持ったまま大人になったようなリュカを騙す形になってしまうことに少しだけ罪悪感を覚えた。
「母とポールに関しては私も否定はしないが、ロベールとはただの幼馴染だ。そんなロマンチックな話でもないさ。」
「そんな事はありません!」
マルセルは夢見るようなリュカの顔を見ながらふと気になった事を聞いてみた。
「そう言えばリュカはどうなんだ?お前も23歳ならばもう決まった相手がいるんじゃないのか?もしかして既に結婚していて子どもがいるとか言わないよな?」
「まさか、子供なんていませんよ。お忘れですか?私は17でトロメリンに出てきたんですから。」
「お、子供はいないと言うことはもしかして結婚しているのか?」
「いえ、国に名ばかりの婚約者がいるだけです。」
マルセルはロベールと顔を見合わせるとやはりと頷いた。
「マルセル様とジャン様は?」
「俺たちはまだそういう相手はいない。特にマルセルは未だに微妙な立場にいるからな。」
「あ~まぁそうですよね。」
「リュカはステーリアに戻るつもりはないのか?その婚約者の事はどうするつもりなんだ?」
「さぁ、どうなんでしょう?」
リュカは顎に手をあてて宙を睨むと難しい顔をしながらう~んと小さな声を出した。
「きっと待ちくたびれたら婚約破棄をして次の相手を探すんじゃないでしょうか?私は自然消滅を狙っているんですが…。」
ロベールは感心したようにリュカを見ると何気なく時計に目を向けた。
「リュカ、どうだ?もうこんな時間だ、今夜は泊まっていかないか?」
「あっ!本当だ。そう言えばそうでした。すみません、仕事を片付けてから直ぐにこちらへ伺ったから遅くなってしまったんでした。」
リュカが慌ててのその場に立ち上がると、ノートの間からペンが音を立てて滑り落ちた。
無意識のうちにそれを拾い上げようとジャンが手を伸ばすと、リュカがビクッと身体を震わせ身構えたのが分かった。
ジャンは黙ってペンを拾い上げると蒼い目を細めてリュカを見つめた。
「どうした?」
「えっ?あ、いえ。すみません……。」
「ジャン、あんまり虐めるなよ?リュカのやつお前の事怖がってるじゃないか?」
「……」
リュカはビクビクしながらジャンからペンを受け取ると、俯きがちに礼を言った。
「すみません…。別にジャン様が怖い訳では無いのですが。」
ジャンはリュカの目の前で腰に差した剣をカチッと鳴らすとロベールに向けて目配せをした。
「俺じゃなくきっとこの剣が怖いんだろう。それとも騎士、かな?」
「騎士?リュカの家はステーリアの公爵家なんだろ?だったら騎士なんかそこら中に嫌という程いたんじゃないのか?アレだろ?お前が資料室でリュカの手を掴んだのが相当痛かったんじゃないか?」
三人の視線がリュカに集まると、リュカは泣きそうな顔になりながらゴメンなさいともう一度謝った。
「すみません…。どうしても剣を見ると兄を思い出してしまうんです。それで少しだけ怖くて……。」
マルセルはジャンと顔を見合わせるとリュカの方に向き直った。
「リュカはその兄から何かされたんだな?」
怯えた顔をしたリュカはマルセルに向かって首を縦に振ったが、それが何かは決して口にしなかった。
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