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どっと疲れた
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金物屋から見送られて通りへ出ると既に昼近くになっていた。結局手ぶらで店を後にした三人は外套のフードを深くかぶり直すと足早に馬車へと向かうことにした。朝と比べて明らかに増えた人通りに一瞬も気を抜くことはできない。
「しかしよくしゃべる店主だったな。ロベールの奴があんなに恐れていた理由がよく分からん。」
「あれは明らかに酒が入っていたからな。話の合間に飲んでたのは茶ではなかったんだろう?」
「確かに。」
無事に馬車までたどり着くと一息つきながらマルセルはジャンに笑いかけた。
「そういえば、ジャン。お前うまく話を誤魔化したな?あのタイミングで首飾りにぶつかるとは流石だなぁ。」
「……あの店主の鋭い目を見たか?ミレーヌと聞いた途端顔がガラリと変わった。」
「私も一瞬剣に手をやりそうでした。ですがあの店主ではそれも間に合ったかどうか。」
「私にはそんな風に殺気立っては見えなかったが……。そうか、分かる者には分かるんだな。だとしたらあの店主にもこちらの事は大体バレているのか…?」
「高位貴族の子息が護衛を従えて来たとでも思われたのではないでしょうか?」
「まさか王族だとは思わないだろうからな。しかし世間話ならあの店主も警戒せずよく話すという事が分かった。よかったじゃないか。」
ジャンは戸惑ったようにポールに視線を送ると動き出した窓の外の様子を窺った。
「マルセル、お前気付いていないのか?」
「ん?」
マルセルはジャンが何を言いたいのかが分からずに咄嗟に視線を窓の外に向けた。何か大事なことを自分は見落としているのだろうか?
「お前は俺に話かける時、無意識のうちにザール語を使っていた。」
「!?」
振り向いたジャンの顔を見たままマルセルは微動だにせず固まっていた。
「やっぱり気付いていなかったか。あの店主は王都の出身のはずなのにザール語が分かる。それだけじゃなく普通に会話に入ってきた。おかしいと思わないか?」
「ザール語……そうか、ここは王都だった。ついいつもの癖で……。」
「マルセル様は何かお考えがあってあの店主を試されていたのかと思っておりました。実際店主はザール語を耳にした途端警戒を解いたようでしたし。」
「いや……完全に無意識だった。」
マルセルは頭を抱えると放心状態でしばらく丸まっていた。馬の蹄の音だけが静かな車内に響き渡る。ジャンはポールに向けて両手を上げて見せるとそのまま頬杖をついてマルセルを見つめた。今では見慣れた焦げ茶色のカツラが視界に入る。サラサラとした髪が振動に合わせて小さく揺れていた。ジャンは無意識のうちに自分の染めた髪に手をやるとその色を確認した。トロメリンに戻ってきた時は漆黒だった髪も今は茶色く染められている。丁度目の前にあるマルセルのカツラと同じように。
「マルセル……俺も無意識だったが。もしかして俺たち髪の色が一緒なんじゃないか?」
「何?今度は髪の色か?」
「お二人とも、今更ですか?」
「気付いていたならどうしてもっと早くに指摘してくれないんですか?」
ポールはついに吹き出しながら笑うと二人から顔を背けた。
「別によくある髪色だから指摘するほどの事ではないでしょう?瞳の色と合っていないから多少違和感はありますが。」
ジャンは顔を上げたマルセルと見つめ合うとお互いの瞳の色を確認した。
「確かに、髪色が濃い者は瞳の色も濃いことが多いが……。」
「薄紫と空色ってのは結構似た色だな…これはもしかして自分たちが思っている以上に似た顔になってるんじゃないか…?」
「それでか……。ロベールの奴が私たち二人が揃って外出する事に妙に反対するのは……。」
「……」
「よし、分かった。これからはもう少し気を付けて行動する。外ではなるべく話をしないように、トロメリン語を使って。カツラも別の色を用意しよう。染め直すよりそっちの方が早い。」
驚いてマルセルを見ているジャンに向けて、マルセルはにっこりと笑いかけると高らかに告げた。
「金物屋の店主の対応はもうお前に任せた。次からは堂々と店に入って行ってザール語で話しかけろ。いいな?」
「……分かった。その方が俺も話しやすい。」
マルセルはジャンの膝を軽く叩くと嬉しそうに微笑んだ。
「それに、まだチャンスはありそうじゃないか?親の決めた婚約者ならば本人さえその気になればすぐ破談にできる。婚約者という男があの店主が言う通りの人物ならばお前の方が断然いい男だ、そこは私が保証する。」
「あのなぁ……。」
マルセルは笑みを消すとジャンに向けて人差し指を真っすぐに立てて見せた。
「いいか?期間は1年だ。どちらも必ず口説き落とせ。」
ジャンはマルセルから目を逸らすと口を尖らせながら呟いた。
「……努力する。」
「それにしても、惜しかったなぁ。今日こそはその娘を見れると思ったのに。予想以上に金物屋の店主と話が弾んでしまったな。」
「あぁ、あの時間になると店の前には客が列を成すんだな。あの食堂があんなに繁盛しているとは知らなかった。」
「……入ったことはあるのか?店に。」
「……」
「そうか、やっぱり外で監視しているんだな?」
やれやれとため息をつくマルセルの耳に、ジャンが小さな声で囁くのが聞こえた。
「俺がクラリスを二人に見せたくないのはきちんとした理由があるからだよ。」
「……理由?」
「……薄紫なんだ、クラリスの瞳は。顔も肌の色も髪の色も、全部よくある色なのに瞳だけが綺麗な菫色だった。」
マルセルは思わず息を呑むとジャンの横顔を食い入るように見つめた。何か思いつめたような色を浮かべたその横顔に次の言葉が咄嗟に出てこない。
「珍しいんだろ?だからマルセルの身代わりを探せと言われたときに真っ先に頭に浮かんだ。でも言いたくなかったんだよ。」
マルセルは小さく息を吐くとジャンの膝にもう一度手を乗せた。
「安心しろ。クラリスに私の身代わりは頼まない。危険な目に合わせたりしたらお前にどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないからな。」
「しかしよくしゃべる店主だったな。ロベールの奴があんなに恐れていた理由がよく分からん。」
「あれは明らかに酒が入っていたからな。話の合間に飲んでたのは茶ではなかったんだろう?」
「確かに。」
無事に馬車までたどり着くと一息つきながらマルセルはジャンに笑いかけた。
「そういえば、ジャン。お前うまく話を誤魔化したな?あのタイミングで首飾りにぶつかるとは流石だなぁ。」
「……あの店主の鋭い目を見たか?ミレーヌと聞いた途端顔がガラリと変わった。」
「私も一瞬剣に手をやりそうでした。ですがあの店主ではそれも間に合ったかどうか。」
「私にはそんな風に殺気立っては見えなかったが……。そうか、分かる者には分かるんだな。だとしたらあの店主にもこちらの事は大体バレているのか…?」
「高位貴族の子息が護衛を従えて来たとでも思われたのではないでしょうか?」
「まさか王族だとは思わないだろうからな。しかし世間話ならあの店主も警戒せずよく話すという事が分かった。よかったじゃないか。」
ジャンは戸惑ったようにポールに視線を送ると動き出した窓の外の様子を窺った。
「マルセル、お前気付いていないのか?」
「ん?」
マルセルはジャンが何を言いたいのかが分からずに咄嗟に視線を窓の外に向けた。何か大事なことを自分は見落としているのだろうか?
「お前は俺に話かける時、無意識のうちにザール語を使っていた。」
「!?」
振り向いたジャンの顔を見たままマルセルは微動だにせず固まっていた。
「やっぱり気付いていなかったか。あの店主は王都の出身のはずなのにザール語が分かる。それだけじゃなく普通に会話に入ってきた。おかしいと思わないか?」
「ザール語……そうか、ここは王都だった。ついいつもの癖で……。」
「マルセル様は何かお考えがあってあの店主を試されていたのかと思っておりました。実際店主はザール語を耳にした途端警戒を解いたようでしたし。」
「いや……完全に無意識だった。」
マルセルは頭を抱えると放心状態でしばらく丸まっていた。馬の蹄の音だけが静かな車内に響き渡る。ジャンはポールに向けて両手を上げて見せるとそのまま頬杖をついてマルセルを見つめた。今では見慣れた焦げ茶色のカツラが視界に入る。サラサラとした髪が振動に合わせて小さく揺れていた。ジャンは無意識のうちに自分の染めた髪に手をやるとその色を確認した。トロメリンに戻ってきた時は漆黒だった髪も今は茶色く染められている。丁度目の前にあるマルセルのカツラと同じように。
「マルセル……俺も無意識だったが。もしかして俺たち髪の色が一緒なんじゃないか?」
「何?今度は髪の色か?」
「お二人とも、今更ですか?」
「気付いていたならどうしてもっと早くに指摘してくれないんですか?」
ポールはついに吹き出しながら笑うと二人から顔を背けた。
「別によくある髪色だから指摘するほどの事ではないでしょう?瞳の色と合っていないから多少違和感はありますが。」
ジャンは顔を上げたマルセルと見つめ合うとお互いの瞳の色を確認した。
「確かに、髪色が濃い者は瞳の色も濃いことが多いが……。」
「薄紫と空色ってのは結構似た色だな…これはもしかして自分たちが思っている以上に似た顔になってるんじゃないか…?」
「それでか……。ロベールの奴が私たち二人が揃って外出する事に妙に反対するのは……。」
「……」
「よし、分かった。これからはもう少し気を付けて行動する。外ではなるべく話をしないように、トロメリン語を使って。カツラも別の色を用意しよう。染め直すよりそっちの方が早い。」
驚いてマルセルを見ているジャンに向けて、マルセルはにっこりと笑いかけると高らかに告げた。
「金物屋の店主の対応はもうお前に任せた。次からは堂々と店に入って行ってザール語で話しかけろ。いいな?」
「……分かった。その方が俺も話しやすい。」
マルセルはジャンの膝を軽く叩くと嬉しそうに微笑んだ。
「それに、まだチャンスはありそうじゃないか?親の決めた婚約者ならば本人さえその気になればすぐ破談にできる。婚約者という男があの店主が言う通りの人物ならばお前の方が断然いい男だ、そこは私が保証する。」
「あのなぁ……。」
マルセルは笑みを消すとジャンに向けて人差し指を真っすぐに立てて見せた。
「いいか?期間は1年だ。どちらも必ず口説き落とせ。」
ジャンはマルセルから目を逸らすと口を尖らせながら呟いた。
「……努力する。」
「それにしても、惜しかったなぁ。今日こそはその娘を見れると思ったのに。予想以上に金物屋の店主と話が弾んでしまったな。」
「あぁ、あの時間になると店の前には客が列を成すんだな。あの食堂があんなに繁盛しているとは知らなかった。」
「……入ったことはあるのか?店に。」
「……」
「そうか、やっぱり外で監視しているんだな?」
やれやれとため息をつくマルセルの耳に、ジャンが小さな声で囁くのが聞こえた。
「俺がクラリスを二人に見せたくないのはきちんとした理由があるからだよ。」
「……理由?」
「……薄紫なんだ、クラリスの瞳は。顔も肌の色も髪の色も、全部よくある色なのに瞳だけが綺麗な菫色だった。」
マルセルは思わず息を呑むとジャンの横顔を食い入るように見つめた。何か思いつめたような色を浮かべたその横顔に次の言葉が咄嗟に出てこない。
「珍しいんだろ?だからマルセルの身代わりを探せと言われたときに真っ先に頭に浮かんだ。でも言いたくなかったんだよ。」
マルセルは小さく息を吐くとジャンの膝にもう一度手を乗せた。
「安心しろ。クラリスに私の身代わりは頼まない。危険な目に合わせたりしたらお前にどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないからな。」
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