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一通の報告書

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 朝早くから久々に馬で駆けて外のさわやかな空気を吸い、王都の美しい景色を初めて目にすることができたマルセルは上機嫌で屋敷へと戻った。そこで待っていたのは騎士団から届いたばかりの一通の報告書だった。

「先日の暗殺未遂事件の詳細が判明したようですね。」

 ポールから報告書を差し出されたマルセルは意外そうな顔でそれを受け取るとその場でパラパラとめくりはじめた。

「時間がかかっていたようだから、もう報告書は来ないものだと半分諦めて──。」

 書類をめくる手が一瞬止まると、ある一点を見つめたままマルセルは固まったように動かなくなった。

「マルセル?」

 ジャンが訝しげにマルセルを見つめるが返事は返って来ない。それどころかマルセルは静かに書類から目を上げると、難しい顔をしたまま踵を返して部屋に向かい歩き出した。
 ポールとジャンはその後ろについて行きながら戸惑ったようにお互いに目配せをし合った。

「報告書には何と書いてあったのです?」
「私も詳細は見ていないから何とも……。」

 重苦しい雰囲気の中部屋に入ると、マルセルは扉の鍵をかけるよう指示を出し二人と向き合うように机にもたれかかり、大きくため息をついた。

「これを……。」

 差し出された報告書を受け取ると、ジャンは迷うことなくそのページをめくり内容を確認し始めた。
 マルセルが手を止めた箇所に差し掛かると、ジャンはポールに向けてその部分を指し示した。

「あの男の妻が侯爵家の使用人?」
「……その侯爵家というのは王妃に連なる一族だ。騎士団が報告書にわざわざその名を上げてまでこちら側に知らせて来るとは、一体どういう事だと思う?」
「マルセルの暗殺未遂は公爵ではなくその侯爵が裏で糸を引いていたと…騎士団が公式に認めたことになるが。だとしたら公爵は王妃一族を見限ったともとれる。」
「そうだ、どうして公爵は今頃になってそんな波風を立てる必要がある?」
「……」

 マルセルとジャンは黙ったままお互いを見つめ合うと、それぞれが考えを巡らせていた。
 ポールは報告書をもう一度手に取ると初めから丁寧に読み返し始めた。ジャンはその隣へ近寄ると、手元を覗き込みながら尋ねた。

「この報告書は騎士団とここに届けられる他にどこかへ持ち込まれるものなのですか?例えば陛下の元には?」
「貴族間で起きた一般的な事件ならば騎士団で止まる事もあるが…。今回は流石に関係者が陛下に近すぎる。こういう時は団長が直々に陛下まで報告に上がるに違いない。」

 ポールの言葉を受け何かを口にしようとしていたジャンは、屋敷の外がにわかに騒がしくなった事にいち早く気が付くと窓際に駆け寄った。

「あれは…ロベールの馬車?」
「ロベール?アイツならとっくに学園に行ったはずだろう?」

 ポールとマルセルが窓際に近寄った時には馬車は既に死角に入ったのか見えなくなっていた。
 程なく屋敷の廊下をこちらへと向かってくる足音がすると、扉をノックするよりも先にノブをガチャガチャと回す音が響いた。

「マルセル、俺だ。報告書はもう見たんだろう?」
「ロベールか、今開ける。」

 ポールにより部屋に招き入れられたロベールは、急いで戻ってきたせいなのか息を弾ませながらソファーにどっかりと座り込んだ。
 何事かと驚くジャンの手にある報告書が目に入ると、ロベールは小さく声に出して頷いた。

「あぁ、やっぱり。もう届いていたんだな。」
「暗殺未遂の一件の報告書だ。でもお前は学園に行っていたはずだろう?どうしてそんな事を知っている?」

 ロベールは息を整えるといつになく真面目な面持ちで三人を見渡した。

「兄の婚姻が解消されたと知らせが来た。」
「……ロベールの兄上と言うと、次期公爵が?」
「あぁ、そうだ。ジャンは知らないかもしれないが、兄の結婚相手はその報告書にもある侯爵家の長女だった。」

 マルセルは頭から冷や水を浴びせられたような気がした。
 次期公爵の婚姻解消は確かに大きなニュースだ。学園にいるロベールの元にも直ぐに知らせが届くのは当然の事だろう。そしてロベールの元へ知らせが届いたということは既に学園中に話が広がっていてもおかしくは無い。

「不味いな……。」
「あぁ、親父は本格的に動き出したようだ。」
「ミレーヌはザールと共にトロメリン王国から離脱するつもりだ……。」

 事情を飲み込めないのかジャンは無言で報告書に目を落とした。

「……ミレーヌがザールと独立する?」
「それだけじゃない。もしかしたら親父はマルセルを兄と結婚させるつもりかもしれない。」
「は?ちょっと待ってくれ!俺には話がよく見えないんだが…。」

 マルセルは興奮するロベールとは対照的にいつも通りの冷めた表情を浮かべたまま答えた。

「公爵は王妃一族を見限る事にしたんだろう。動機は分からない。だが今回の件が引き金になったことは間違いない。」
「だからと言ってなんでザールと共に王国から独立を?これは明らかに公爵家の謀反だ、そうだろ?」

 ロベールとマルセルは目を合わせると頷き合った。

「ロベール、すぐに公爵に会いに行く、手配を。」
「あぁ、分かってる。」

 状況を把握しきれないままジャンは報告書を懐に仕舞うと、マルセルの合図を待つまでもなく腰の剣を確認して後を追いかけた。
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