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「何か隠してないか?本当にそれだけなのか?」
「何も隠してない。」
「……それじゃ昨日は本当に店にも入らず、声もかけてないのか?」
「……」
ロベールはマルセルと顔を見合わせると額に手をあてて大袈裟に呻いた。
「う~ん、不味いな。思ったよりも重症だ。次はついて行ってやらないとこのまま何も出来ないんじゃないか?」
マルセルは黙ったままのジャンからロベールに視線を移すとからかう様な調子で尋ねた。
「ロベールはそういうのに慣れているのか?」
「あぁ、少なくともお前らよりはマシなはずだ。公爵家二男は人あたりの良さでは定評がある。」
「……どこでの評価なのかは敢えて聞かないでおこう。」
それまで黙ったままだったジャンがおもむろにロベールに目を向けると、ポツリと呟いた。
「声をかけて、その後どうする?別に忙しく働いている相手を呼び止めてまで話をしたい訳では無い。」
「あぁ、そうか、食堂の娘だったか。確かに仕事中に余りしつこくされても迷惑なだけだな……。」
「だが暗闇から監視されているのだって迷惑な話だろう?」
「か、監視なんかしてない!」
ジャンは落ち着かない様子で立ち上がると、部屋の中をウロウロと歩き始めた。
「まぁ話を聞く限りではバレては無さそうだが……。」
「店が休みの日に会いに行くしかないな。あ……でもああいう町食堂は休みなんかないか。」
「多分……家族経営の小さな食堂のようだし。」
マルセルは申し訳なさそうにジャンを見ると、立ち上がってその肩に手を置いた。
「まぁそう気を落とすな、そのうち何かいい案が浮かぶかもしれない。」
「気を落としてなどない、大体俺は金物屋の様子を見てくると言ったはずだ。それなのにお前らときたらクラリスの話ばかり!」
「ほぅ……クラリスと言うのか、その娘は。」
「っ!」
ジャンは口を滑らせたと思ったのかハッとしてロベールに目を向けると慌てて否定した。
「その、店の外で客がそう呼んでいたのが聞こえたから……。」
「なんだ。直接名前を聞いたわけじゃないのか。」
「うわ、俺ちょっとワクワクしてきた。人のこういう話って聞いてるだけで何かこうくすぐったいもんだな!」
「……」
ジャンは二人に背を向けると、諦めたかのように窓の外に目を向けた。
「自分でもよく分からない。だからただもう一度会って確認したかっただけだ。」
「ジャンの気持ちを?」
「あぁ。」
「それで?何か分かったのか?」
「……ただ顔を見るだけでいいとそう思っていた。でも、実際に目の前で笑っている顔を見たら自分はここにいるんだと知って欲しくなった。」
「……なるほど?」
「それなのに声をかけなかったのか?」
「ロベール、いいからお前は黙っていろ。」
マルセルは目を輝かせるとジャンの近くまで歩み寄って行った。
「それで?」
「……だからさっきも言っただろ?それだけだ。店を閉めたのを確認したらすぐに戻って来た。」
ロベールはほらねと言いたげにマルセルに目配せをすると二人に背を向けてソファーに戻った。
マルセルはどうしたものかとその場でジャンを見つめていたが、自分には何もかける言葉がないことに気が付くとロベールの方を振り返った。
「なぁロベール。私は王都の一般的な民の暮らしに詳しくないのだが。貴族でないものは結婚や婚約の制度が違ったりするのか?」
「制度が?まぁ爵位がなければ継ぐのは家業と財産だけになるが、そんなに変わらないんじゃないか?でもどうして?」
マルセルは不思議そうにこちらを見ているジャンの視線を感じながらロベールに尋ねた。
「じゃあ小さい頃から婚約者が決まっていてもおかしくはないのか?」
「それはどうだろうな?庶民は基本自由に結婚相手を選ぶと聞いたことがある。」
「じゃあクラリスという娘にはまだそういう相手がいないと考えてもいいのか…。成程。」
「あのなぁ、もう俺の話はいいから。それよりもほら、学園の話はどうなったんだ?休んでいる間に2、3本論文を書くんじゃなかったのか?何か考えたのか?」
「あぁ。」
マルセルは強引に話を逸らそうとしたジャンを笑顔で見返すと、近くにあった机の上から走り書きしたメモを取り上げた。
「これは?」
ロベールは差し出されたメモを読みながら首を傾げた。
「神殿の成り立ちと聖女の力?加護?」
「あぁ、いくつか思いついた題材を書き留めてある。次に学園に行った時にそれにひっかかる論文を片っ端から借りてきて欲しい。」
「は?」
ロベールはメモにもう一度目を落とすとブツブツと口の中でそれを復唱した。
「勘弁してくれよ。本じゃなくて論文を探すのか?そんなのどれだけの量あるかも分からないじゃないか?」
「学園には文献管理の職員がいるはずだから、きっと力を貸してくれるさ。特にお前は人心掌握に長けているんだからな。」
「お前……。」
「マルセル、もしかしてステーリアの神殿について調べようとしているのか?だったらトロメリンの学園よりもステーリアの方が資料は多い。俺で何か力になれる事があるのなら……。」
「ジャン、私はステーリア語の論文は読める気がしない。お前には読めるか?」
「論文は……流石にどうだろう。」
戸惑うジャンを優しい目で見つめると、マルセルは小さな声で続けた。
「どうしても必要ならばその時はポールに頼む。まぁ私の欲しい情報が学園になければ……だが。」
「大陸の端と端の国だからな。そんなに多くの情報がここで得られるとも限らないか……。よし、分かった。だったら学園の方は俺が探してみるよ。」
「あぁ、頼んだ。」
「……俺に出来ることは?」
「そうだな。」
マルセルはジャンに向けてニッコリと笑いかけると、親指で背後にいるロベールを指しながら答えた。
「ロベールに対人関係を円滑にするにはどうすればいいのか教えて貰え。まずはそこからだ。」
「何も隠してない。」
「……それじゃ昨日は本当に店にも入らず、声もかけてないのか?」
「……」
ロベールはマルセルと顔を見合わせると額に手をあてて大袈裟に呻いた。
「う~ん、不味いな。思ったよりも重症だ。次はついて行ってやらないとこのまま何も出来ないんじゃないか?」
マルセルは黙ったままのジャンからロベールに視線を移すとからかう様な調子で尋ねた。
「ロベールはそういうのに慣れているのか?」
「あぁ、少なくともお前らよりはマシなはずだ。公爵家二男は人あたりの良さでは定評がある。」
「……どこでの評価なのかは敢えて聞かないでおこう。」
それまで黙ったままだったジャンがおもむろにロベールに目を向けると、ポツリと呟いた。
「声をかけて、その後どうする?別に忙しく働いている相手を呼び止めてまで話をしたい訳では無い。」
「あぁ、そうか、食堂の娘だったか。確かに仕事中に余りしつこくされても迷惑なだけだな……。」
「だが暗闇から監視されているのだって迷惑な話だろう?」
「か、監視なんかしてない!」
ジャンは落ち着かない様子で立ち上がると、部屋の中をウロウロと歩き始めた。
「まぁ話を聞く限りではバレては無さそうだが……。」
「店が休みの日に会いに行くしかないな。あ……でもああいう町食堂は休みなんかないか。」
「多分……家族経営の小さな食堂のようだし。」
マルセルは申し訳なさそうにジャンを見ると、立ち上がってその肩に手を置いた。
「まぁそう気を落とすな、そのうち何かいい案が浮かぶかもしれない。」
「気を落としてなどない、大体俺は金物屋の様子を見てくると言ったはずだ。それなのにお前らときたらクラリスの話ばかり!」
「ほぅ……クラリスと言うのか、その娘は。」
「っ!」
ジャンは口を滑らせたと思ったのかハッとしてロベールに目を向けると慌てて否定した。
「その、店の外で客がそう呼んでいたのが聞こえたから……。」
「なんだ。直接名前を聞いたわけじゃないのか。」
「うわ、俺ちょっとワクワクしてきた。人のこういう話って聞いてるだけで何かこうくすぐったいもんだな!」
「……」
ジャンは二人に背を向けると、諦めたかのように窓の外に目を向けた。
「自分でもよく分からない。だからただもう一度会って確認したかっただけだ。」
「ジャンの気持ちを?」
「あぁ。」
「それで?何か分かったのか?」
「……ただ顔を見るだけでいいとそう思っていた。でも、実際に目の前で笑っている顔を見たら自分はここにいるんだと知って欲しくなった。」
「……なるほど?」
「それなのに声をかけなかったのか?」
「ロベール、いいからお前は黙っていろ。」
マルセルは目を輝かせるとジャンの近くまで歩み寄って行った。
「それで?」
「……だからさっきも言っただろ?それだけだ。店を閉めたのを確認したらすぐに戻って来た。」
ロベールはほらねと言いたげにマルセルに目配せをすると二人に背を向けてソファーに戻った。
マルセルはどうしたものかとその場でジャンを見つめていたが、自分には何もかける言葉がないことに気が付くとロベールの方を振り返った。
「なぁロベール。私は王都の一般的な民の暮らしに詳しくないのだが。貴族でないものは結婚や婚約の制度が違ったりするのか?」
「制度が?まぁ爵位がなければ継ぐのは家業と財産だけになるが、そんなに変わらないんじゃないか?でもどうして?」
マルセルは不思議そうにこちらを見ているジャンの視線を感じながらロベールに尋ねた。
「じゃあ小さい頃から婚約者が決まっていてもおかしくはないのか?」
「それはどうだろうな?庶民は基本自由に結婚相手を選ぶと聞いたことがある。」
「じゃあクラリスという娘にはまだそういう相手がいないと考えてもいいのか…。成程。」
「あのなぁ、もう俺の話はいいから。それよりもほら、学園の話はどうなったんだ?休んでいる間に2、3本論文を書くんじゃなかったのか?何か考えたのか?」
「あぁ。」
マルセルは強引に話を逸らそうとしたジャンを笑顔で見返すと、近くにあった机の上から走り書きしたメモを取り上げた。
「これは?」
ロベールは差し出されたメモを読みながら首を傾げた。
「神殿の成り立ちと聖女の力?加護?」
「あぁ、いくつか思いついた題材を書き留めてある。次に学園に行った時にそれにひっかかる論文を片っ端から借りてきて欲しい。」
「は?」
ロベールはメモにもう一度目を落とすとブツブツと口の中でそれを復唱した。
「勘弁してくれよ。本じゃなくて論文を探すのか?そんなのどれだけの量あるかも分からないじゃないか?」
「学園には文献管理の職員がいるはずだから、きっと力を貸してくれるさ。特にお前は人心掌握に長けているんだからな。」
「お前……。」
「マルセル、もしかしてステーリアの神殿について調べようとしているのか?だったらトロメリンの学園よりもステーリアの方が資料は多い。俺で何か力になれる事があるのなら……。」
「ジャン、私はステーリア語の論文は読める気がしない。お前には読めるか?」
「論文は……流石にどうだろう。」
戸惑うジャンを優しい目で見つめると、マルセルは小さな声で続けた。
「どうしても必要ならばその時はポールに頼む。まぁ私の欲しい情報が学園になければ……だが。」
「大陸の端と端の国だからな。そんなに多くの情報がここで得られるとも限らないか……。よし、分かった。だったら学園の方は俺が探してみるよ。」
「あぁ、頼んだ。」
「……俺に出来ることは?」
「そうだな。」
マルセルはジャンに向けてニッコリと笑いかけると、親指で背後にいるロベールを指しながら答えた。
「ロベールに対人関係を円滑にするにはどうすればいいのか教えて貰え。まずはそこからだ。」
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