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逃亡の結末

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 マルセルは静かに語り始めたポールの顔を食い入るように見つめ続けた。
 マルセルが今まで実際に訪れた事があるのはザールとミレーヌ、あとは王都にある王宮というごく限られた場所だけだった。それなのに行ったこともない異国の話を出され、母親がその国の聖女だったと言われても何もかもがピンと来ない。

「マリエ様はステーリアに二人いらっしゃる聖女様のうちのお一人でした。代替わりの儀を行い聖母になる決心が付かず、ステーリアから……私が手引きをして逃げ出したのです。」
「ポールが逃げる手助けをしたならば、何故母上は一人でトロメリンへ来たんだ?」
「それは……。マリエ様が聖女の力を使って魔法陣で転移をして逃げられたからです。私は魔法陣に行く手助けをしただけで一緒に転移をする事は出来ませんでした。」
「転移の魔法?ジャン、お前は何か知っているか?」
「いいえ。聖女の力というものがあれば魔法陣で転移が可能なんですか?」

 ポールは額にかいた汗を拭うと、ジャンとマルセルを交互に見た。

「ステーリアでも転移の魔法陣についての詳しい事は分かっていませんでした。ただ、聖女の力を魔法陣に注ぐと身体が転移する代わりに加護の力を永遠に失うのだと古くから言われてきました。ですから誰も近付かないよう封印してあったのです。」
「母上がステーリアからここまで転移して来たとすれば、聖女の力はその時既に失われていたということか……。」
「確かマリエ様はクロゼで倒れている所を発見されたと聞いたような?その後で王宮に侍女として上がり、陛下の目にとまって……。」

 ジャンはそう言いながらポールを見つめた。
 マルセルはポールの話を聞いているうちに自分も額に汗をかき始めたのを感じた。妙な胸騒ぎがしてしょうがない。それはジャンも同じ様で、落ち着きなく目をキョロキョロとさせていた。
 ポールはジャンの言葉に頷きながら先を続けた。
 
「私がトロメリンでマリエ様を見つけ出すまで、それから四ヶ月かかりました。」

 マルセルは思わず息を呑んだ。

「四ヶ月も……?」
「はい。その時には既にマリエ様のお腹には新しい命が……。」
「それが、私だったのか?」

 ポールはマルセルの問いには答えずに何処か遠くを見るような目をしながら語り続けた。

「聖女様は王族の血を引く方との間に生涯一度だけ御子を授かります。御子は不思議な事に必ず双子の姉妹なんです。ただし、それはステーリアでの話です。私はマリエ様のお相手がトロメリンの国王だと言うことが分かると密かに陛下に伝えました。マリエ様のお腹に宿っているのはなのだと。」
「双子の姉妹?」

 ジャンは怪訝な顔をしてマルセルと視線を交わした。

「聖女様から男児が産まれたという話をステーリアでは聞いたことがありませんでしたから、私はお腹の子は当然女児だと信じ込んでいたのです。陛下も私の話を信じて下さいました。そして…お腹の子が女だと言うのならばマリエ様をわざわざ王宮での権力争いに巻き込むことはないと。妃として王宮に迎える事を止め、ザールに密かに送って下さったのです。」
「待て、それでは当初父上は母上を妃にするつもりだったのか?」

 ポールは目を伏せると唸るように小さく頷いた。

「はい。正妃様と陛下の間には当時まだ子供がおられませんでした。……私があんな事を言わなければ、マルセル様は今頃王宮で──。」
「でも、本当に母上を妃にするつもりだったならば産まれたのが男だと分かってからでも遅くはなかったはずだ。」
「確かに。実際はマリエ様もマルセルも存在を公には認められなかった。」
「私です。私が陛下に真実を伝えませんでした。産まれたのは双子の姉妹だったと、そう虚偽の報告をしました。」
「姉妹?」

 マルセルは無意識のうちにジャンと顔を見合わせていた。女の子と間違えられるほどに色が白く、髪色が薄い線の細い二人の子供の姿が脳裏をよぎる。

「まさか……私は双子だったのか?」

 ジャンはマルセルの言葉にこれ以上ないという程目を見開いた。
 ポールは目を伏せたまま絞り出すような声で小さく返事をした。

「その通りです。」
「そんな……。」
「……」

 マルセルは膝の上で拳を固く握りしめると行き場のない思いを言葉にする事も出来ず唸った。
 はじめて教会の墓地でジャンを見たあの冬の日。何処か自分と似ていると感じたのは間違いではなかった。初めて会ったはずなのに自分の事を分かってくれているかのような不思議な思いを抱いたのも、ジャンが自分の兄弟だったから──。
 幼い自分の誕生日に父親が贈ってくる物が必ず宝石だった事も、これで全て説明がつく。

「申し訳ありません。私はステーリアを出る時にマリエ様と交わした約束の方を優先してしまいました。」
「約束?」
「マリエ様がどこへ転移されたとしても必ず捜し出して──幸せにすると。」
「母上の幸せ?外へ出ることも出来ず隠れるようにして暮らす事がそうだったとでも言いたいのか?」

 マルセルはマリエが何時でもどこか上の空で虚ろな様子だった事を思い出すと、ポールに対してふつふつと怒りがこみ上げてきた。

「そうです。」
「そんなはずない!」
「マルセル様…。マリエ様はただ静かにここで暮らす事をお望みでした。これ以上余計な争い事に巻き込まれることを恐れておられた。ですから生まれたばかりの双子のうちの一人──ジャンを私に託されたのです。」
「ジャンを?どうして?」

 ジャンも困惑してポールを見つめた。

「マリエ様は生まれたばかりの双子が正妃様に奪われることを大変恐れておいででした。ですからお二人を別々に育てることでその危険を減らそうと考えられたのです。」
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