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鳥籠の鳥たち

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「お前には最後のお願いだと、そう仰っている。いいな?」
「……少しだけ考えさせて下さい。」
「考えて断るという余地があるとでも?」
 レジナルドはいつになく厳しい調子の父親を見上げた。
「しかし一月となると……。」
「お前が留守にする間殿下とセシリア様のことは私に任せろ、大丈夫だ。それよりも、お前には考えて差し上げるべき方がいらっしゃる。」
「分かりました。」

 フェルナンドとリーナの婚約の話は結局立ち消えとなった。だがそのすぐ後、リーナには突如勉強のため留学をしないかという話が舞い込んできたのだ。行き先は海を隔てた南にある小国。その国はまだ若い独身の女王がおさめており、跡を継ぐ子供もいないという話だ。今回の留学話は婚約だ結婚だという事に発展する余地はない──突然湧いて出たこの話をリーナは受けると言い出した。留学の期間は二年。ジークフリートの結婚式には間に合うように戻って来るつもりだという。
 問題はヴィルヘルムから小国まで移動するには往復で一月もかかるという事だった。そしてリーナは最後のお願いだと言って移動の際の護衛にレジナルドが加わることを望んだ。

「スコール団長から聞いた。姉上がこれが最後だと言っているのなら仕方ない。」
 レジナルドは申し訳なさそうにしているジークフリートに向けて力なく笑って見せた。
「誤解するな、最後だと言われなくても断る気はなかった。ただ、ジークからの許可をもらいたかっただけだ。…一月離れる許可を。」
「ステーリアには付いて行かなかったのに、南国ならいいのか?」
「ステーリアとは違って行くだけで半月もかかるんだ。知らない場所に行くというのにそれでは流石にリーナ様も心細いだろう。」
「それはそうだが。まぁ今更お前と姉上がどうにかなるとも思ってないがな…。頼んだぞ?」
 ジークフリートは柔らかく微笑んでレジナルドを見つめた。
「俺も久し振りの船旅だからちょっと楽しみにしてるんだ。」

「リーナ様、お元気で。お手紙を書いてもよろしいですか?」
「えぇ。でもお願いだからヴィルヘルム語にしてちょうだいね?小国の言葉なんて書かれた日には私は返事を出さないから。」
 セシリアは侍女に持って来させた大きな荷物を差し出した。
「これ、半月分にはならないかもしれませんが。なるべく日持ちのする菓子を集めました。」
「……私に?」
 リーナは驚いた様子でその大きな荷物を覗き込んだ。
「はい、決して怪しい菓子は入っておりません。全て店で手に入れたものですし…侯爵家で作らせた物は何もありませんから。」
 リーナは笑顔を見せると違うのだと否定した。
「リアを疑った訳ではないの、ごめんなさいね。でもこんなに沢山あるのだからレジーにかと思っただけよ。」
「俺?」
 ジークフリートとセシリアは目配せをし合った。
「姉上は知らないのですか?」
「何の話?」
 二人の視線はレジナルドに向った。遅れてリーナもレジナルドを見る。
 小さく咳ばらいをすると、レジナルドは少し胸を張って高らかに宣言をした。
「俺、ヴィルヘルムに無事に帰ってくるまでは甘いものを食べないことに決めたんだ!」
「レジーが?そんなの無理に決まってるわ。」
「姉上、レジーは護衛の任務で同行するのです。暇つぶしの遊び相手ではありません。姉上があちらに無事に着いたらレジーとも離れなければなりません。」
 リーナははっと息を呑むと何も言わずにジークフリートを見つめた。
「留学先には私たちのような気やすい相手はいないのです。慣れていただかねばなりません。」
「リーナ様、皆王女様が一人で小国に留学することを心配してるんだよ。寂しくて泣いちゃうんじゃないかって。俺が菓子を我慢する事なんかよりそっちの方が大変だと思う。だから……」
「だから?」
「向こうに着くまでは俺がちゃんと守る。だけどそこから先は自分の足でしっかり歩いてほしい。」
 リーナは言葉に詰まるとレジナルドをまっすぐに見つめた。翡翠の瞳もまっすぐにこちらに向けられている。思わず涙がこみあげて来そうになり、それを誤魔化すようにあわてて目を逸らした。
「……かっこいいこと言ってるけど結局長旅ではチョコレートが食べられないから我慢できるのでしょう?」
「さすが姉上、なかなか鋭いな。確かにそれは大きいかもしれない。」
「チョコレートは溶けますからね…。」
「ちょっと!リア様までひどい!」
 リーナは笑いながらこっそりと目元を押さえた。しばらくは三人のこの楽しそうな笑い声ともお別れになる。もう迷いはないと、そこまでは言い切れない。でもきっとこの旅と留学で何かが大きく変わるはずだ。
「リア、私のいなくなった後の事、よろしくね?」
「はい。リーナ様も私にできることがあればいつでもお手紙でおっしゃってください。」
「それと……」
 リーナはセシリアを近くへ呼びよせると耳元に囁いた。
「結婚式までにお腹が大きくなってはダメよ?ドレスが合わなくなるから……。」
「リーナ様?そ、そんなこと!」
 セシリアは真っ赤な顔をしてあたふたしている。リーナはそれを満足そうに眺めるとニッコリと微笑み、扇で口元を隠した。
「なんかそうしてるとリーナ様って──」
「あぁ、母上とそっくりだな。」
「やめて頂戴!」
「……そういえば、あれから母上とはきちんと話をしたのですか?」
 リーナは尚も口元を扇で隠したままつんと上を向いた。
「必要ないわ!」
 リーナは上を向いたまま閉じていた目をそっと開けた。今いる場所からは北棟の窓が目に入る。きっと国王も王妃も窓からこの様子を見ていることだろう。そんなことは計算済みだ。一体何年この王宮で暮らしてきたと思っているのか?18年だ。18年もこの大きな鳥籠の中で自分はもがきながらもさえずってきたのだ。

 出発の準備は整った。後はリーナとレジナルドが馬車に乗り込むだけだ。
「いよいよこの大きな鳥籠から出られるのね。」
「……大げさだな、また帰ってくるのに。」
「いいでしょ?さぁ、連れてって頂戴。」
 リーナはレジナルドに向って大げさに手を差し出した。
「はいはい、王女様。」
 レジナルドはやれやれといった表情で、しかし態度はどこまでも恭しくその手を握った。
 馬車へと歩き出す二人の後を追いながら、セシリアはこっそりジークフリートに耳打ちした。
「夢が叶ったのですね、リーナ様は。」
 ジークフリートは困ったような表情で前を行く二人を見ながら頷いた。
「一応な。レジーに手をとってもらって鳥籠から逃げることができたんだから。」
「はい。」
「私は逃がさないからな?」
 ジークフリートは突然セシリアの手を引っ張ると、そのまま強く抱きしめた。
「ジーク様?」
「……あのさ、見送りの時ぐらいじゃれ合うの止めてくれない?」
「私本当にレジーを連れて行っても大丈夫なのかしら?ちょっと心配になってきたわ。」
「大丈夫だ、私もは甘いものを我慢するつもりだからな。」
「甘いもの…」
 リーナとレジナルドはお互いの顔を見合わせると、同時にジークフリートの腕の中で固まっているセシリアへ目を向けた。
「だといいんだけどね。」
「頑張ってね、リアもレジーも。」
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