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早朝の白い花

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 花祭りの日の王都の朝は早い。パレードの為の準備は昨夜のうちに終わり、花車が巡る王都のメインストリートや王宮前の広場は色鮮やかな花々で埋め尽くされている。広場の中央には花鉢でヴィルヘルム国旗の模様が描かれており、高台にある王宮からは花で彩られた王都の様子が一望できた。
 去年は前日の雨のせいもあり朝からまとわりつくような暑さだったが今年は気持ちよく晴れた。騎士団は早くから市中に警邏に出かけるため早朝訓練は行われないことになっている。レジナルドはまだ少し時間には早いと思いながらも回廊を通りゆっくりと執務室に向っていた。
 すると庭園の噴水脇の花壇に誰かがいるのが見えた。セシリアのようだが…。
 ──あれは、ジーク…ではない?
 レジナルドが目で追うとどうやらセシリアは庭師と二人で花壇の花を摘んでいるようだった。声を掛けようかと口を開けかけたが思い直してその場で足を止める。まだ少しひんやりとした早朝の花壇で小さな白い花を摘むセシリアはとても楽しそうに笑っている。ちょうどその手に一掴みほどの花を摘み終わると、顔を上げたセシリアがこちらに気が付いたようだ。庭師に鋏を渡し何か一言二言話すと、手に花を持ったままこちらへとやってくる。
「レジー様、おはようございます。」
「おはようございます、随分早いんですね?」
「レジー様も。」
 セシリアが近づくと共に花の香りが濃くなる。その手にあるのは鈴のような白い小さな花…スズランだ。セシリアはスズランの束から二本ほど抜き取ると、そのままレジナルドの騎士服の胸ポケットにそれを挿した。
「…スズラン、ですね。」
「今日は花祭りの日ですから。」
 戸惑うレジナルドに向けてセシリアは少しはにかむと執務室の方に顔を向けた。
「ジーク様はもういらっしゃるでしょうか?」
「一緒に行きましょうか、執務室まで。」
「はい。」
 セシリアの手にあるスズランはジークの胸に挿され、残りは執務室に飾るのだろう。花祭りでは室内にスズランやライラックなどの花を飾る風習があったはずだ。しかしジークフリートの執務室にはかつて花祭りの飾りなどあった試しがない。もちろんその胸に挿す生花も…。
 執務室へと続く廊下の角を曲がった所で、少し前にジークフリートの姿が見えた。レジナルドが足を止めるとセシリアが不思議そうにこちらを見たのでその背中をそっと押してやる。それだけで意味が分かったのだろう、セシリアはそのままジークフリート方へ速足で近寄って行くと、何やら話をしながらその胸にスズランを挿した。ジークフリートは胸ポケットの花の香りを確かめるように顔を近づけると、そのままセシリアの額に口付ける──。

「あのさ、もうそろそろ部屋に入りたいんだけど…?」
「あぁ、レジーいたのか?」
「俺が見てるの最初から分かってたくせに…」
 執務室のドアを開けながらジークフリートがセシリアを招き入れる──その目はレジナルドの胸ポケットの上で一瞬止まったようだった。
「お前の方が先にリアから花をもらったんだろう?」
「なんだ、ヤキモチやいてんの?」
 ジークフリートは返事を返さずに侍女にスズランを活ける花瓶の手配をしはじめた。
「あの、生花はすぐに萎れるものですから…。後でまたきちんとしたものをお渡ししますね?」
 ──あ、そう…なの?
 ジークフリートはセシリアのその言葉を聞くと無言で自分の胸ポケットから一本の花を引き抜き、それをセシリアの髪にそっと挿した。
「私の方が一本多かったようだ…。」
 得意そうに微笑むその胸にはまだ二本のスズランがある。
「ジーク様はレジー様と同じがよかったから拗ねていらしたんですね。」
 笑いを堪えたセシリアが震える声でそう呟くと同時に室内に三人の笑い声が賑やかに響いた。
「なんだよジーク、俺お前のその嫉妬は受け止められない!」
「なんでそうなるんだ…リアも!」

 華やかな香りと笑い声に包まれた執務室の扉の前では部屋に入るタイミングを見計らっていた国王とスコール公爵が顔を見合わせていた。
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