騎士様は甘い物に目がない

ゆみ

文字の大きさ
上 下
40 / 59
3

唯一の存在

しおりを挟む
 どうしてこうなったのか…。レジナルドは王都にある植物園を散歩しながら自分の立場も忘れてうんざりとした表情を見せ始めていた。
「…で、レジナルド様もそう思っていらっしゃるのでしょう?」
「…そうですね。」
 何の話を聞かれたのかもうさっぱり分かっていないのだが、先程から澱みなく話し続けているご令嬢にとりあえず曖昧な返事を返す。
「やっぱり、私もそうだと言いましたのよ?それなのに──。」
 まだ話の先は続くようだが植物園の出口が見えてきた。助かった…。
 レジナルドは足取りも軽くそちらの方に向かおうとすると、ご令嬢が自分とは全く反対側に向かおうとしていることに気がついた。
「こちらに少しだけよろしくて?私妹に頼まれて少し見たいものが有りますの。」
「…そうでしたか。」
 これが済めば…。拳をぐっと握りしめにこやかな表情をどうにか作るとそちらへ向かう。このよく喋るご令嬢、実はあのエリックという騎士の妹なのだ。しかし今の発言からするとこの他に少なくとももう一人は妹がいるということだろう。

 ご令嬢が向かった先には植物園で育てられた花の苗やポプリなど土産物が並んだ売店が見える。
 ──植物園の土産屋か。
 レジナルドにも唯一苦手な菓子がある。香りの高いハーブが練り込まれた甘い菓子だ。ケーキや飲み物の上に飾りで載せてあるミントなどはギリギリセーフだがそれでも口にしたくはないので丁寧に取り出してから頂くことに決めている。ハーブティーは物によっては飲まない。何時だったか危うく飲まされそうになったラベンダーティーは控えめに言っても最悪だった。香りは幾ら砂糖を入れても誤魔化せないから…。
 勿論ハーブはハーブでも料理の香辛料として口にする物であれば問題は無い。だがあの強い香りはどうも甘い物とは相性が悪いと思っている。
 ご令嬢が土産に買うのは珍しい花か何かだろうかと遠目に眺めながら待っていると、迷うことなく一直線に菓子の置いてある棚に向かっているのが見えた。なんだか嫌な予感が…。

「お待たせ致しました。さぁ、こちらは先程お話していた物です、私からレジナルド様に。」
 にこやかに差し出されたのは──予想通りその色が目にも鮮やかなハーブティーとクッキーのセットだ。
 ──先程お話していた、と今言ったよな?
 ろくに話も聞かずに曖昧な返事を返していた罰なのだろうか…。ハーブティーの色はどう見てもラベンダーのそれだ。クッキーの方はなんだか小さい葉っぱなので種類まではよく分からない。
 ゴクリと唾を飲み込むとその包みを受け取り、申し訳ないがお礼の言葉はどうやっても出てきそうにないので黙って頭だけ下げておいた。

 エリックにも土産を渡すと言うので騎士団までご令嬢を送り届けるとそのままジークフリートの執務室に向かって重たい足を運ぶ。
「ただいま…。」
「随分と早かったのだな?」
「あぁ、問題は無さそうだったよ。だからわざわざ二人で下見なんか行く必要ないって言ったのにさ…。」
 そう、今回の任務、実はジークフリートがセシリアを伴い初めての公務で訪れる予定の植物園の下見だったのだ。レジナルドが一人で行こうとしているのを何処から聞いてきたのかエリックが是非妹を連れて行って欲しいと父親に直訴したそうで…。花祭りのリーナの護衛にエリックを付けて貰った件もあったので此方としても了承するしかなかったのだ。
「で、伯爵令嬢の方はどうだった?」
 ──ははーん、やっぱり。ジークの奴も一枚噛んでいたな?
 レジナルドはジークフリートの目の前に土産の袋を突き付けるように掲げた。
「これは…。レジー残念だったな…。」
 ジークフリートはレジナルドが嫌いな物もよく知っているから土産の袋を見ただけで察したようだ。
「何か企んでたな?」
「お前に良かれと思ってだな…。兄の騎士とは好みが似ているようだとスコール団長も言っていたから。」
「好みが似ているのは兄の方だし、甘いものに関してだけだから!女の子の好みはまた別でしょ?」
「…そんなに怒るとは思わなかったんだ。」
「怒っては…ないよ…。」
 お土産をジークフリートの机の上にそっと置く。
 分かってる、ジークもあのよく喋る妹殿も悪くないんだ。…でも、何か分からないけど直感的に駄目だと思う物って、誰にでも一つくらいはあると思うんだよね…。
「しかしどうして彼女はお前の唯一嫌いなものを選んだんだ?」
「…それが、話の流れで選んだみたいなんだけど。よく分からないんだ。」
「分からない?どうせ上の空で聞いていなかったんだろう?」
 ──やっぱりお見通しかよ。
「ごめん。ずーっとしゃべり通しだったからいい加減疲れちゃって…。」
「なんだ、そんなに話が合う相手だったのか?」
「違う、向こうが一方的にずっと喋ってたんだよ!」
「一方的に?」
 ジークフリートの目が一気に優しくなった──いや、あれは憐みの目だな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜

水都 ミナト
恋愛
女神の祝福を受けた聖女が尊ばれるサミュリア王国で、癒しの力を失った『元』聖女のミラベル。 『現』聖女である実妹のトロメアをはじめとして、家族から冷遇されて生きてきた。 すっかり痩せ細り、空腹が常となったミラベルは、ある日とうとう国外追放されてしまう。 隣国で力尽き果て倒れた時、助けてくれたのは――フリルとハートがたくさんついたラブリーピンクなエプロンをつけた筋骨隆々の男性!? そんな元強面騎士団長のアインスロッドは、魔物の呪い蝕まれ余命一年だという。残りの人生を大好きな可愛いものと甘いものに捧げるのだと言うアインスロッドに救われたミラベルは、彼の夢の手伝いをすることとなる。 認めとくれる人、温かい居場所を見つけたミラベルは、お腹も心も幸せに満ちていく。 そんなミラベルが飾り付けをしたお菓子を食べた常連客たちが、こぞってとあることを口にするようになる。 「『アインスロッド洋菓子店』のお菓子を食べるようになってから、すこぶる体調がいい」と。 一方その頃、ミラベルを追いやった実妹のトロメアからは、女神の力が失われつつあった。 ◇全15話、5万字弱のお話です ◇他サイトにも掲載予定です

処理中です...