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最後の雪
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アンナと女の子は目上の人に直接名前を尋ねるのは気が咎めるのか、口ごもると困ったように顔を見合わせ、やがて助けを求めるようにロジェの背後にいるシスターに向かって尋ねた。
「シスター、この方はロジェ様ですか?それともレオ様ですか?」
シスターはロジェの背中をポンと叩くとほらねと言いながら笑いだした。
ロジェの方はいたずらがバレたような気まずい顔をしてシルヴィの方を見た。
「私の名前はロジェ・ボドワンだよ。ギーは最後まで私のことをレオだと勘違いしていたみたいだけど。」
「ギーがですか?」
「今二人でその話をしていたところですよ。やっぱりシルヴィ様もご一緒するべきでしたね。」
「どういうことでしょうか?」
シスターはアンナたちに仕事に戻るように伝えると、自分も礼拝堂に用があるからとそそくさと立ち去った。
残されたロジェは窓枠に手をつくとシルヴィを見上げた。
「アングラード侯爵のところで何回かギーに会ったことがあるんだ。まぁ……その後も彼とはいろいろあってね。」
「侯爵邸で会われたのですか?ここじゃなく?」
ロジェは頷きながらシルヴィの背後を覗き込んだ。
「そう、珍しくレオに邸まで来いと呼び出されてね。何だろうと思って行ってみたらレオがいなくて代わりに君がいた。」
「……私ですか?」
「あの日は多分、君が侯爵夫妻と初めて会った日だと思う。婚約の話をしに行ったあの日だよ。」
「確かにあの日レオ様はいらっしゃいませんでしたけれど。ロジェ様にお会いした記憶もありませんが?」
「君とは直接会ってない。見慣れない馬車が停めてあるし、何かがおかしいと気がついてとりあえずレオの部屋に行ったんだ。そしたら今度はそこにあの男がいた。」
「どうしてギーがレオ様の部屋に?」
ギーは侯爵邸の使用人でもなければシルヴィが連れて行った訳でもない。それに第一、シルヴィが侯爵夫妻と話をしたのはレオの部屋ではなく少し離れた所にある応接室だったはずだ。
侯爵邸にギーが何か用があるとすれば注文のあった花を届けに行くらいだからレオの部屋に居る意味が分からない。
「……ギーが教会以外の仕事が長くつとまらない理由を知ってる?」
「それは……知りません。」
「君には言うつもりはなかったんだが。彼がいると金目の物がいつのまにか消えるそうだ。」
「あ……」
「市場でもそうだった。その後私が紹介したガレルでも何度かそういう事があったらしい。それが理由で最終的には解雇された。」
ギーはそれまでもルイーズだけでなく、他にも何人かの女性に甘い言葉を囁く代わりにアクセサリーなどの金品を受け取っていたようだ。
そしてついにそれだけでは足りなくなったということかもしれない──。
「ギーがそんな事をしていたなんて知りませんでした。」
「アングラード侯爵のところは私がたまたま気がついたから被害はなかった。それに向こうは私のことをレオだと勘違いして反省していたから、あの時は見逃したんだ。まさかこの教会の関係者だとは思わなかったし。」
ロジェは窓枠に足を乗せると軽々とそれを乗り越えてシルヴィの目の前に飛び降りた。
「だから、もうああいうタイプの男を信じるのはやめろ。」
「はい?」
「『 あんなに優しい人だったのに信じられない 』とか何とか考えているんじゃないのか?ああいう一見優しい顔をした人間の方が実は裏でどんなことをしているか分からない。」
ギーはあんなに優しかったのに──そう言いかけていた自分の浅はかな考えを見透かされたようで、シルヴィは黙って頷いた。
「レオもだろ?あんな見た目をしておいて何を考えているのかさっぱり分からない。」
「それは大丈夫です。レオ様の事はお会いする前から分かっていましたから。」
「へぇ……。会わなくて何が分かるの?」
ロジェが拗ねたような言い方をするのが可笑しくて目を上げた。
最近のロジェはこうしていろいろな表情を見せてくれるようになった。それが自分に心を許してくれているようでシルヴィは自然と頬が緩んだ。
「優しい嘘をつきそうだなって。」
「……なんだそれは?よく分からん。」
「レオ様の見た目はいかにも高貴な貴族っていう感じじゃないですか?白馬に乗った王子様。私、ああいう人はいくら優しくても信じません。」
「おいおい、随分な言いようだな?」
「だから安心していいですよ?」
ロジェは複雑そうな表情を見せると一瞬言葉につまって何かを考えはじめた。
「安心……していいのか?私が?」
「私、ロジェ様のことは信じています。」
「それはどういう……」
外では雪が舞いはじめた。
大きな雪の華が風に揺られてふわふわと踊りながら窓をかすめていく。
窓を閉めようと手を伸ばしたシルヴィを、背後からロジェがしっかりと抱きしめた。
「まあいい。とにかく シルヴィ、私は君のことを愛してる。」
「とにかくって何ですか?」
「優しくないし嘘はつかない。」
しっかりと回されたロジェの左腕にそっと触れた時、シルヴィの視界の遥か彼方に空になった荷馬車が帰ってきたのが見えた気がした。
「シスター、この方はロジェ様ですか?それともレオ様ですか?」
シスターはロジェの背中をポンと叩くとほらねと言いながら笑いだした。
ロジェの方はいたずらがバレたような気まずい顔をしてシルヴィの方を見た。
「私の名前はロジェ・ボドワンだよ。ギーは最後まで私のことをレオだと勘違いしていたみたいだけど。」
「ギーがですか?」
「今二人でその話をしていたところですよ。やっぱりシルヴィ様もご一緒するべきでしたね。」
「どういうことでしょうか?」
シスターはアンナたちに仕事に戻るように伝えると、自分も礼拝堂に用があるからとそそくさと立ち去った。
残されたロジェは窓枠に手をつくとシルヴィを見上げた。
「アングラード侯爵のところで何回かギーに会ったことがあるんだ。まぁ……その後も彼とはいろいろあってね。」
「侯爵邸で会われたのですか?ここじゃなく?」
ロジェは頷きながらシルヴィの背後を覗き込んだ。
「そう、珍しくレオに邸まで来いと呼び出されてね。何だろうと思って行ってみたらレオがいなくて代わりに君がいた。」
「……私ですか?」
「あの日は多分、君が侯爵夫妻と初めて会った日だと思う。婚約の話をしに行ったあの日だよ。」
「確かにあの日レオ様はいらっしゃいませんでしたけれど。ロジェ様にお会いした記憶もありませんが?」
「君とは直接会ってない。見慣れない馬車が停めてあるし、何かがおかしいと気がついてとりあえずレオの部屋に行ったんだ。そしたら今度はそこにあの男がいた。」
「どうしてギーがレオ様の部屋に?」
ギーは侯爵邸の使用人でもなければシルヴィが連れて行った訳でもない。それに第一、シルヴィが侯爵夫妻と話をしたのはレオの部屋ではなく少し離れた所にある応接室だったはずだ。
侯爵邸にギーが何か用があるとすれば注文のあった花を届けに行くらいだからレオの部屋に居る意味が分からない。
「……ギーが教会以外の仕事が長くつとまらない理由を知ってる?」
「それは……知りません。」
「君には言うつもりはなかったんだが。彼がいると金目の物がいつのまにか消えるそうだ。」
「あ……」
「市場でもそうだった。その後私が紹介したガレルでも何度かそういう事があったらしい。それが理由で最終的には解雇された。」
ギーはそれまでもルイーズだけでなく、他にも何人かの女性に甘い言葉を囁く代わりにアクセサリーなどの金品を受け取っていたようだ。
そしてついにそれだけでは足りなくなったということかもしれない──。
「ギーがそんな事をしていたなんて知りませんでした。」
「アングラード侯爵のところは私がたまたま気がついたから被害はなかった。それに向こうは私のことをレオだと勘違いして反省していたから、あの時は見逃したんだ。まさかこの教会の関係者だとは思わなかったし。」
ロジェは窓枠に足を乗せると軽々とそれを乗り越えてシルヴィの目の前に飛び降りた。
「だから、もうああいうタイプの男を信じるのはやめろ。」
「はい?」
「『 あんなに優しい人だったのに信じられない 』とか何とか考えているんじゃないのか?ああいう一見優しい顔をした人間の方が実は裏でどんなことをしているか分からない。」
ギーはあんなに優しかったのに──そう言いかけていた自分の浅はかな考えを見透かされたようで、シルヴィは黙って頷いた。
「レオもだろ?あんな見た目をしておいて何を考えているのかさっぱり分からない。」
「それは大丈夫です。レオ様の事はお会いする前から分かっていましたから。」
「へぇ……。会わなくて何が分かるの?」
ロジェが拗ねたような言い方をするのが可笑しくて目を上げた。
最近のロジェはこうしていろいろな表情を見せてくれるようになった。それが自分に心を許してくれているようでシルヴィは自然と頬が緩んだ。
「優しい嘘をつきそうだなって。」
「……なんだそれは?よく分からん。」
「レオ様の見た目はいかにも高貴な貴族っていう感じじゃないですか?白馬に乗った王子様。私、ああいう人はいくら優しくても信じません。」
「おいおい、随分な言いようだな?」
「だから安心していいですよ?」
ロジェは複雑そうな表情を見せると一瞬言葉につまって何かを考えはじめた。
「安心……していいのか?私が?」
「私、ロジェ様のことは信じています。」
「それはどういう……」
外では雪が舞いはじめた。
大きな雪の華が風に揺られてふわふわと踊りながら窓をかすめていく。
窓を閉めようと手を伸ばしたシルヴィを、背後からロジェがしっかりと抱きしめた。
「まあいい。とにかく シルヴィ、私は君のことを愛してる。」
「とにかくって何ですか?」
「優しくないし嘘はつかない。」
しっかりと回されたロジェの左腕にそっと触れた時、シルヴィの視界の遥か彼方に空になった荷馬車が帰ってきたのが見えた気がした。
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