見知らぬ君がつく優しい嘘

ゆみ

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遠回り

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「時間はあるんだろう?少し話して行かないか?」

 少しどころか聞きたいことはまだ沢山あった。シルヴィは珍しく遠慮がちに尋ねてきたロジェに素直に応じることにした。


 ロジェがシルヴィを連れて行った先は王宮の更に奥まった所にある応接室だった。重厚なソファーとテーブル以外余計な装飾は殆ど無い簡素な部屋だ。暖炉には穏やかな火がゆらめき、その上には申し訳程度の花が飾ってある。
 広場の成人の日の祝いの喧騒はこの部屋までは届かないようだ。


「君はあの日ジョエルの案内でエドに会っていたんだろう?」
「はい。ご存知でしたか。」
「あの二人をジョエルの家に匿わせたのは私だ。ガレルの関係者に見つかるといろいろ面倒だからな。」
「ガレル商会はエドモンが居なくなっても大丈夫なのでしょうか?」
「あの商会くらいの規模になると職人は山ほどいる。エド一人抜けたくらいで何故そんなに騒ぐ?」
「エドモンは、その……婚約をしていたと思うのですが。」
「あぁ、そっちの話か。ガレルの娘にはもう次がいる、だから問題ない。」


 どうしてそこまでの情報をロジェが知っているのか──。シルヴィが口を開きかけた時、ロジェの口から思わぬ言葉が飛び出した。


「あの男、確かギーと言ったか?街で見かけたんだろう?」
「またケビンから聞いたんですね?」


 ロジェは小さくため息をつくと、暖炉の前で立ったままでいたシルヴィをそっと引き寄せた。
 両腕が優しくシルヴィを抱きしめる。



「君を見ているとイライラする理由が分かった。ギー、ジョエル、ケビン、エドもそうだがレオとも。私が知らないうちに随分と仲良くなったようだな?」
「そんな事ありません。」


 優しく包まれた腕の中で、シルヴィは喜びをかみしめた。とても分かりにくいが、この人は今確かに嫉妬してくれている。それを隠そうとせずにきちんと伝えようと努力してくれるのが嬉しかった。


 シルヴィの視線の先には暖炉の上に飾られた白い花が見えた。華美でもなく香りもない、控え目な花が──。
 ロジェはシルヴィの視線の先にあるものを追いかけるとそういえばと口に出して呟いた。ぎこちなく体を離すと、ロジェは照れくさいのを誤魔化すように話を続けた。


「侯爵邸でレオの部屋に花を飾っていただろう?主の居ない部屋にどうして花を?」
「どうしてと言われましても。エマ夫人からあの部屋の管理は私に任せたと言われていましたから、それで。」
    

 シルヴィはロジェが何故侯爵邸でのそんな些細な出来事まで把握しているのか不思議に思った。


「レオはエドの元で職人として学ぶことを決めた時から、あの邸にはほとんど帰らなくなった。だから君が花を飾っていたあの部屋は使われていなかったはずだ。」
「そうでしたか。私が侯爵邸に出入りしていたのはレオ様が遠征に出られた後でしたから、気が付きませんでした。」
「エマ夫人はレオが将来どうするつもりなのか、随分前から分かっていたのかもしれないな。それなのに私だけが君とレオが別れを選ぶというのがどうにも納得できなくて。なんとかならないのかと一人で騒いでいたという訳か。」


 シスターがいつか言っていた。
 互いを思い合うがゆえの空回り──とはこの事だったのだろうか。
 レオと自分との間には何も存在していなかったのに、ロジェにはそこに何かしらの絆が見えていたのだろう。そしてレオとロジェの間にあった絆という名の糸は、切れてはいないものの今回のレオの旅立ちを機に限りなく細くなってしまった。


「レオは昔から爵位を継ぎたくないの一点張りで、国外に逃れるためには手段を選ばないとまで豪語していた。もしエドに会っていなかったとしても、きっと何か別の手段を使って必ず実行していたと思う。」
「アングラード侯爵も知っておられたのですよね?」
「あぁ。ただし、成人するまでは何があってもこの国にとどまるよう皆で説得したんだ。」
「皆で?」
「あぁ。侯爵夫妻はもとより国王夫妻、それから私と……シスターも。」

 ロジェはシルヴィの顔色をうかがいながら話していたが、シルヴィが驚かないのを見ると意外そうな顔をした。

「シスターの名が出ても驚かないんだな。知っていたのか?」
「えぇ。シスターがボドワン家の出身であるという話は聞いていましたから。」

 ロジェはそうかと呟きながら懐から時計を取り出して時間を確認した。

「シスターの話をしていたら何か飲みたくなってきたな。それにそろそろ昼食の時間だ。」
「え?もうそんな時間ですか?」

 シルヴィははっとあたりを見回して時計を探した。しかしこの部屋には時間がわかるようなものは何も置いていないようだった。

「少しは緊張が解けたか?」
「はい……?何の話でしょうか?」

 ロジェはいつもの不機嫌そうな顔に戻ると、扉の方へ向いながらわざとらしくため息をついた。

「王宮にいるというだけで緊張するんだろう?これからはもっと頻繁に来ることになるんだからもう少し慣れろ。」
「……はい。」
「それから、悪いが私はもう行かなくてはならないから昼食は一緒にとれない。ここに運ばせるからゆっくりしていてほしい。」
「私のことならお構いなく。邸に戻りますから。」

 ロジェはシルヴィに向かって何かを言いかけたが首を横にふると扉を開けた。
 扉の前にはジョエルとケビンの二人が待機していたようですぐに顔を見せた。

「昼食を持たせる。いいか、逃すな?」
「はい?」
「テラスでのお手振りにはシルヴィ様は?」
「まだ無理だ。今回は止めておく。」
「はぁ……了解しました。」

 ポカンと口を開けてロジェを見送る二人に、シルヴィはこそこそと話しかけた。

「ねぇ、お手振りって何?」
「え?あ、ほら王宮のテラスに王族の皆様が勢揃いされて広場の方に向かって手を振られるアレです。今日はロジェ様の成人祝いですから、ね。」
「あぁ……。」


 シルヴィは左手の指輪を隠すように手を組むと、身震いした。冗談じゃない、あんな大舞台に連れ出されては寿命が何年あっても足りない。
 ロジェも今回は見逃してくれたようだし、ここは黙ってこのまま帰ろう──。

 そっと扉から出ようとしたシルヴィは、ジョエルとケビンに両脇を抱えられるようにして部屋に連れ戻され、有無を言わさずソファーに座らされた。


「何?どうして?」
「申し訳ありませんが逃がすなと言われましたので。」
「隊長が行事に参加されているのですから、せめて終わるまで待ってあげてください。」


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