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邪魔者は去ります
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「……奥に、詰めろ。」
ロジェは扉を開けるなりシルヴィに不機嫌そうにそう一言命令すると、すぐさま隣に乗り込み御者席に面した窓をせわしなく叩いた。
馬車を出せという合図だ。
明らかに怒っているロジェを横目に、シルヴィは気まずい空気の中で無意識のうちにバッグをギュッと抱え直した。
もう怒らせるようなことはしないと決めたはずだったのに、まただ。身勝手な自分のせいでこうして怒られるのはもう何度目になるだろう──。
「君とは今朝別れたばかりだと思っていたが。まさか半日も経たずにこうして会う事になるとは思わなかった。」
「……そうですね。」
「ケビンが知らせてくれた。」
そういえばいつも一緒にいる大男二人だったが、指輪の件でシルヴィを訪ねてきたのは確かにジョエル一人だった──シルヴィはなるほどと頷いた。
「……また軽率な行動を取ったと怒るんですか?」
ロジェはしばらく考えるような素振りをした後で、大きなため息をつくと両手で頭を抱え込んだ。
「いや、今回は……。」
「ジョエルに指輪を返してほしいと言われたんです。」
ロジェは下を向いてうつむいたままで返事をしなかった。
シルヴィはロジェの反応を見ながら言葉を続けることにした。
「誰に渡すのか教えてくれなかったので……ついて行きました──」
「シルヴィ、頼む、あと一月。あと一月でいいからじっとしていてくれないか?」
「……」
「君は私の邪魔をしないと、そう言ったんじゃなかったか?」
ロジェの表情は相変わらず見えないが、いつになく必死なその声音にシルヴィの心が傷んだ。
馬車は街をぐるっと回って、王宮前の広場を通り過ぎた。ジョエルは目的地もなくただ街中を走らせろと言われているのかもしれない。
シルヴィはバッグから指輪の箱を取り出すと、しばらく考えた後ロジェの腕にそれをトンと置いた。
ロジェは顔を上げると、真紅の箱に目を向けた。
「もう邪魔はいたしません。ですからこれはロジェ様が持っていてください。」
黙って箱を受け取ると、ロジェは蓋を開けた。
「この指輪、君はすぐに気が付いたのか?」
「男物だって?」
「あぁ。私は言われるまで全く気が付かなかった。」
「男の人なんて大抵そんなものです。」
「そうらしいな。」
きっとレオならば自分が作った物でなかったとしても、そういう事にすぐに気が付けるだろう──そう思いながらシルヴィはロジェから目を背けた。
これ以上はもう関わってはいけない。
「お話がそれだけでしたら、どこかで下ろしていただけませんか?」
「街中で?それは構わないが。」
「私、気付いた事があるんです。ロジェ様とお会いする時はいつもお腹が空いています。」
ロジェは一瞬言葉に詰まると、次の瞬間シルヴィが今まで見たことのないような笑顔を見せた。
「そうか、言われてみれば確かにそうだ。」
楽しそうに笑う姿に、つられてシルヴィも笑顔になった。
街中で一人だけ降ろすわけにもいかないというロジェの判断で、いつの間にか合流していたケビンがシルヴィのお供として付き従うことになった。
ケビンは一歩離れた所から不自然にシルヴィの後をつけてくる。シルヴィとしては隣に並んでもらっても一向に構わないが、頑としてそこは譲れないらしい。
「どこか一人で入れそうな店……。」
お腹が空いているというのは事実だったが、実を言えばシルヴィは街中で一人で食事をとったことがない。思いつきで馬車から解放してもらったのはいいものの、この後どうすればいいのかはさっぱり分からなかった。
「ねぇケビン、貴方私が入れるような所に心当たりがない?」
「え…?心当たりてすか?そんなに急に言われても。私とシルヴィ様ではその……いろいろ好みも違うでしょうし。」
「何でもいいのよ。」
「えーっと。でしたらあっちの方に比較的マトモな店が──」
そう言って通りの向こうを指さそうとしたケビンがふと表情を曇らせた。
「シルヴィ様、あれ。あの男ですよ、例の。」
シルヴィの前を塞ぐように立っているケビンの背後からそっと覗き見ると、先を歩く一組の男女の姿があった。
高そうなドレスを身にまとった女性と、その隣で日傘を差し掛ける男だ。
──ギーだ。ということはあの隣はルイーズ?
楽しそうに笑いながらその女性がギーに寄りかかった。日傘が揺れて女性の横顔が一瞬見える。
ルイーズではない。
「あれはガレルの一人娘ですね。」
「え?見間違いじゃない?」
「見回りの時に何度か見かけた事があるので間違いありません。ほら、シルヴィ様と初めて会ったのもあの店の裏通りだったじゃないですか。」
シルヴィは微妙な笑みを浮かべるとギーたちをもう一度見た。どうにも不思議な組み合わせだ。
「ねぇ、ケビンはロジェ様の噂話を知ってる?」
「まぁ、当然耳には入ってきますよ。わざわざ本当かと直接聞いてくるもの好きな奴もいますからね。もしかして、ガレルの娘とのことですか?」
「えぇ。ロジェ様ももうすぐ成人でしょ?確か王族は成人した後に正式な婚約を交わすって聞いたことがあるから。」
「そうらしいですね。一般の貴族のように軽々しく婚約破棄だなんだと言える立場ではないそうですから。……気になりますか?」
シルヴィはケビンが案内してくれた店の前に立つと、扉に映る自分の影を見ながら大きくため息をついた。
「いいえ、ただ聞いてみただけよ。それよりもこのお店は何がおいしいの?おすすめは?」
「えっ?」
「貴方も一緒に食べるでしょ?私一人は嫌よ?」
ケビンは扉を開いてシルヴィを先に店の中に案内すると慌てて店主に声をかけた。
ロジェは扉を開けるなりシルヴィに不機嫌そうにそう一言命令すると、すぐさま隣に乗り込み御者席に面した窓をせわしなく叩いた。
馬車を出せという合図だ。
明らかに怒っているロジェを横目に、シルヴィは気まずい空気の中で無意識のうちにバッグをギュッと抱え直した。
もう怒らせるようなことはしないと決めたはずだったのに、まただ。身勝手な自分のせいでこうして怒られるのはもう何度目になるだろう──。
「君とは今朝別れたばかりだと思っていたが。まさか半日も経たずにこうして会う事になるとは思わなかった。」
「……そうですね。」
「ケビンが知らせてくれた。」
そういえばいつも一緒にいる大男二人だったが、指輪の件でシルヴィを訪ねてきたのは確かにジョエル一人だった──シルヴィはなるほどと頷いた。
「……また軽率な行動を取ったと怒るんですか?」
ロジェはしばらく考えるような素振りをした後で、大きなため息をつくと両手で頭を抱え込んだ。
「いや、今回は……。」
「ジョエルに指輪を返してほしいと言われたんです。」
ロジェは下を向いてうつむいたままで返事をしなかった。
シルヴィはロジェの反応を見ながら言葉を続けることにした。
「誰に渡すのか教えてくれなかったので……ついて行きました──」
「シルヴィ、頼む、あと一月。あと一月でいいからじっとしていてくれないか?」
「……」
「君は私の邪魔をしないと、そう言ったんじゃなかったか?」
ロジェの表情は相変わらず見えないが、いつになく必死なその声音にシルヴィの心が傷んだ。
馬車は街をぐるっと回って、王宮前の広場を通り過ぎた。ジョエルは目的地もなくただ街中を走らせろと言われているのかもしれない。
シルヴィはバッグから指輪の箱を取り出すと、しばらく考えた後ロジェの腕にそれをトンと置いた。
ロジェは顔を上げると、真紅の箱に目を向けた。
「もう邪魔はいたしません。ですからこれはロジェ様が持っていてください。」
黙って箱を受け取ると、ロジェは蓋を開けた。
「この指輪、君はすぐに気が付いたのか?」
「男物だって?」
「あぁ。私は言われるまで全く気が付かなかった。」
「男の人なんて大抵そんなものです。」
「そうらしいな。」
きっとレオならば自分が作った物でなかったとしても、そういう事にすぐに気が付けるだろう──そう思いながらシルヴィはロジェから目を背けた。
これ以上はもう関わってはいけない。
「お話がそれだけでしたら、どこかで下ろしていただけませんか?」
「街中で?それは構わないが。」
「私、気付いた事があるんです。ロジェ様とお会いする時はいつもお腹が空いています。」
ロジェは一瞬言葉に詰まると、次の瞬間シルヴィが今まで見たことのないような笑顔を見せた。
「そうか、言われてみれば確かにそうだ。」
楽しそうに笑う姿に、つられてシルヴィも笑顔になった。
街中で一人だけ降ろすわけにもいかないというロジェの判断で、いつの間にか合流していたケビンがシルヴィのお供として付き従うことになった。
ケビンは一歩離れた所から不自然にシルヴィの後をつけてくる。シルヴィとしては隣に並んでもらっても一向に構わないが、頑としてそこは譲れないらしい。
「どこか一人で入れそうな店……。」
お腹が空いているというのは事実だったが、実を言えばシルヴィは街中で一人で食事をとったことがない。思いつきで馬車から解放してもらったのはいいものの、この後どうすればいいのかはさっぱり分からなかった。
「ねぇケビン、貴方私が入れるような所に心当たりがない?」
「え…?心当たりてすか?そんなに急に言われても。私とシルヴィ様ではその……いろいろ好みも違うでしょうし。」
「何でもいいのよ。」
「えーっと。でしたらあっちの方に比較的マトモな店が──」
そう言って通りの向こうを指さそうとしたケビンがふと表情を曇らせた。
「シルヴィ様、あれ。あの男ですよ、例の。」
シルヴィの前を塞ぐように立っているケビンの背後からそっと覗き見ると、先を歩く一組の男女の姿があった。
高そうなドレスを身にまとった女性と、その隣で日傘を差し掛ける男だ。
──ギーだ。ということはあの隣はルイーズ?
楽しそうに笑いながらその女性がギーに寄りかかった。日傘が揺れて女性の横顔が一瞬見える。
ルイーズではない。
「あれはガレルの一人娘ですね。」
「え?見間違いじゃない?」
「見回りの時に何度か見かけた事があるので間違いありません。ほら、シルヴィ様と初めて会ったのもあの店の裏通りだったじゃないですか。」
シルヴィは微妙な笑みを浮かべるとギーたちをもう一度見た。どうにも不思議な組み合わせだ。
「ねぇ、ケビンはロジェ様の噂話を知ってる?」
「まぁ、当然耳には入ってきますよ。わざわざ本当かと直接聞いてくるもの好きな奴もいますからね。もしかして、ガレルの娘とのことですか?」
「えぇ。ロジェ様ももうすぐ成人でしょ?確か王族は成人した後に正式な婚約を交わすって聞いたことがあるから。」
「そうらしいですね。一般の貴族のように軽々しく婚約破棄だなんだと言える立場ではないそうですから。……気になりますか?」
シルヴィはケビンが案内してくれた店の前に立つと、扉に映る自分の影を見ながら大きくため息をついた。
「いいえ、ただ聞いてみただけよ。それよりもこのお店は何がおいしいの?おすすめは?」
「えっ?」
「貴方も一緒に食べるでしょ?私一人は嫌よ?」
ケビンは扉を開いてシルヴィを先に店の中に案内すると慌てて店主に声をかけた。
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