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指輪
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ガレル商会──そう聞いてまずシルヴィの頭に浮かんだのはレオからもらった指輪の事だった。
ガレル商会の真紅の小箱に納まった青い石のはめられた指輪。それは今でもシルヴィの部屋で大事に保管してある。
シルヴィの所にレオからの手紙を届けに来てくれたのは確かにロジェだった。しかしガレル商会の指輪を屋敷まで届けに来たのは一体誰だったのだろうか……。
シルヴィは指輪を直接受け取っていないのでそこまでは把握していなかった。
──まさか、ロジェ様がご自分でガレル商会に指輪を?
そんなはずはない、とシルヴィは頭に浮かんだ言葉を即座に打ち消した。
さすがにあのガレル商会の正面入口から王子が堂々と出入りするのは悪目立ちがすぎる。
「それじゃ、シルヴィ。また近いうちに──。」
ルイーズは黙り込んでしまったシルヴィを横目で確認すると、そのまま立ち去ろうとした。
「ルイーズ、ちょっと待って頂戴。」
シルヴィはアンナの手を握ると今日はこのまま帰ると伝え、慌ててルイーズの後を追いかけた。
ルイーズは振り返った体勢のままで、追いかけて来ようとしているシルヴィを見てぎょっとした。
「シルヴィ……貴女一体──」
「二人で話したいことがあるの。馬車までご一緒するわ。」
ルイーズは目を白黒させながら小さく何かを呟いていたが、シルヴィを強く拒みはしなかった。
「ルイーズ、貴女ガレル商会にそんなに頻繁に行くような人だったのね。私知らなかったわ。」
「まさか……。貴女も古い付き合いだから分かっているでしょ?第一、私はロジェ王子とガレル商会の中でお会いしたとは一言も言ってないわよ。」
「そうだったかしら?それで……確かガレル商会の出入り口は裏通りにもあったわよね?」
「……えぇ。まぁ、そうね。」
形勢が逆転して、今度はルイーズが言葉に詰まる番だった。
ガレル商会の裏口が面した通り──そこは貴金属専門の質屋が立ち並ぶ所だった。
「不思議ね。伯爵家のご令嬢がどうしてあの通りにいたのかしら。それも一度きりではないんでしょう?」
シルヴィの言葉を受けてルイーズは無意識のうちに自らの左手を右手で覆い隠す素振りをした。
──やっぱり……。
シルヴィはルイーズの手を掴むと、目を合わそうとしないルイーズの視界に入るよう前側に回り込みそのまま顔を覗き込んだ。
「ルイーズ?」
ルイーズは先程までの勢いは何処へやら、僅かに青ざめている。
シルヴィは答えようとしないルイーズの左手を手袋の上から素早く確認した。そこにあるはずのご自慢の婚約指輪がない。
「さっきギーに手袋をはめてもらっている時に何かがおかしいって思ったのよ。」
「何の事だか分からないわ。」
ルイーズはシルヴィの手から逃れると両手を体の後ろに隠した。
「指輪はどうしたの?まさか大切な婚約指輪を付け忘れただなんて、そんなことないわよね?」
「忘れるなんてそんなこと……。ほら、磨きに……。預けている最中なの。」
「そう、それならいいんだけど。私、心配し過ぎたみたいね。」
シルヴィの言葉に、ルイーズはぎこちなく笑いながらも一瞬ホッとした表情を見せた。
「ギーとは前から仲が良かったの?」
「最近よ。そうねぇ、ここ半年って所かしら?」
「ねぇルイーズ。それじゃ、貴女もギーが街に店を出したいと言っているの知ってるわよね?」
「今度は何よ?それがどうしたって言うの?貴女ちょっとおかしいんじゃないの?」
ルイーズは必死に取り繕おうとしているが、動揺はもはや隠しきれないほどだった。
シルヴィはタイプの異なるルイーズのことが苦手だったが、嫌いとまでは言わない。むしろ自分と置かれている立場が似ている事もありその言動が気になり、本当に大丈夫なのかと心配になる事の方が多かった。
「私もギーの夢を応援してる。でも直接金銭を援助するのは違うと思うわ。」
「……違う。」
ルイーズは顔を上げてキッとシルヴィを睨みつけると、吐き捨てるように言った。
「私はシルヴィとは違うわ!ぬくぬくと両親に守られている貴女に一体私の何が分かるって言うのよ?」
「ルイーズ……」
「私は自分の事くらい自分で決められる。放っておいて!」
シルヴィはルイーズが涙ぐんでいるのを見てそれ以上言いたいのをグッと堪えた。
「ギーは私を愛していると言ってくれる。シルヴィ、貴女今まで男性からそんな優しい言葉をかけてもらったことある?」
ルイーズは黙り込んでしまったシルヴィを見て目元の涙を乱暴に拭った。
「あらごめんなさい。今のは婚約破棄をしたばかりの貴女にかける言葉じゃなかったわね。」
「ルイーズ、貴女って人は……」
ルイーズの乾いた笑い声が辺りに響いた。つられてシルヴィも思わず笑みを浮かべた。
「愛人に会いに来るのに婚約指輪をしたままって訳にはいかないでしょ?大丈夫よ、婚約指輪は質に入れたりしていないから。他の物を少し処分しただけよ。」
「……。」
「それに、ギーが甘い言葉を囁く相手が私一人じゃない事くらい知ってるわ。余計なお世話よ。」
ルイーズがいつもの調子を取り戻してきたようでシルヴィはホッと胸をなで下ろした。
正直、ルイーズにそこまでの覚悟があるとは思ってもいなかったが、本人も全て承知の上ならばこれ以上は周りがとやかく言ってもしょうがないだろう。
「それはそうと……私もロジェ王子の事は心にしまっておくから、貴女もこの事は……。」
「誰にも言わないわよ、安心して。」
ガレル商会の真紅の小箱に納まった青い石のはめられた指輪。それは今でもシルヴィの部屋で大事に保管してある。
シルヴィの所にレオからの手紙を届けに来てくれたのは確かにロジェだった。しかしガレル商会の指輪を屋敷まで届けに来たのは一体誰だったのだろうか……。
シルヴィは指輪を直接受け取っていないのでそこまでは把握していなかった。
──まさか、ロジェ様がご自分でガレル商会に指輪を?
そんなはずはない、とシルヴィは頭に浮かんだ言葉を即座に打ち消した。
さすがにあのガレル商会の正面入口から王子が堂々と出入りするのは悪目立ちがすぎる。
「それじゃ、シルヴィ。また近いうちに──。」
ルイーズは黙り込んでしまったシルヴィを横目で確認すると、そのまま立ち去ろうとした。
「ルイーズ、ちょっと待って頂戴。」
シルヴィはアンナの手を握ると今日はこのまま帰ると伝え、慌ててルイーズの後を追いかけた。
ルイーズは振り返った体勢のままで、追いかけて来ようとしているシルヴィを見てぎょっとした。
「シルヴィ……貴女一体──」
「二人で話したいことがあるの。馬車までご一緒するわ。」
ルイーズは目を白黒させながら小さく何かを呟いていたが、シルヴィを強く拒みはしなかった。
「ルイーズ、貴女ガレル商会にそんなに頻繁に行くような人だったのね。私知らなかったわ。」
「まさか……。貴女も古い付き合いだから分かっているでしょ?第一、私はロジェ王子とガレル商会の中でお会いしたとは一言も言ってないわよ。」
「そうだったかしら?それで……確かガレル商会の出入り口は裏通りにもあったわよね?」
「……えぇ。まぁ、そうね。」
形勢が逆転して、今度はルイーズが言葉に詰まる番だった。
ガレル商会の裏口が面した通り──そこは貴金属専門の質屋が立ち並ぶ所だった。
「不思議ね。伯爵家のご令嬢がどうしてあの通りにいたのかしら。それも一度きりではないんでしょう?」
シルヴィの言葉を受けてルイーズは無意識のうちに自らの左手を右手で覆い隠す素振りをした。
──やっぱり……。
シルヴィはルイーズの手を掴むと、目を合わそうとしないルイーズの視界に入るよう前側に回り込みそのまま顔を覗き込んだ。
「ルイーズ?」
ルイーズは先程までの勢いは何処へやら、僅かに青ざめている。
シルヴィは答えようとしないルイーズの左手を手袋の上から素早く確認した。そこにあるはずのご自慢の婚約指輪がない。
「さっきギーに手袋をはめてもらっている時に何かがおかしいって思ったのよ。」
「何の事だか分からないわ。」
ルイーズはシルヴィの手から逃れると両手を体の後ろに隠した。
「指輪はどうしたの?まさか大切な婚約指輪を付け忘れただなんて、そんなことないわよね?」
「忘れるなんてそんなこと……。ほら、磨きに……。預けている最中なの。」
「そう、それならいいんだけど。私、心配し過ぎたみたいね。」
シルヴィの言葉に、ルイーズはぎこちなく笑いながらも一瞬ホッとした表情を見せた。
「ギーとは前から仲が良かったの?」
「最近よ。そうねぇ、ここ半年って所かしら?」
「ねぇルイーズ。それじゃ、貴女もギーが街に店を出したいと言っているの知ってるわよね?」
「今度は何よ?それがどうしたって言うの?貴女ちょっとおかしいんじゃないの?」
ルイーズは必死に取り繕おうとしているが、動揺はもはや隠しきれないほどだった。
シルヴィはタイプの異なるルイーズのことが苦手だったが、嫌いとまでは言わない。むしろ自分と置かれている立場が似ている事もありその言動が気になり、本当に大丈夫なのかと心配になる事の方が多かった。
「私もギーの夢を応援してる。でも直接金銭を援助するのは違うと思うわ。」
「……違う。」
ルイーズは顔を上げてキッとシルヴィを睨みつけると、吐き捨てるように言った。
「私はシルヴィとは違うわ!ぬくぬくと両親に守られている貴女に一体私の何が分かるって言うのよ?」
「ルイーズ……」
「私は自分の事くらい自分で決められる。放っておいて!」
シルヴィはルイーズが涙ぐんでいるのを見てそれ以上言いたいのをグッと堪えた。
「ギーは私を愛していると言ってくれる。シルヴィ、貴女今まで男性からそんな優しい言葉をかけてもらったことある?」
ルイーズは黙り込んでしまったシルヴィを見て目元の涙を乱暴に拭った。
「あらごめんなさい。今のは婚約破棄をしたばかりの貴女にかける言葉じゃなかったわね。」
「ルイーズ、貴女って人は……」
ルイーズの乾いた笑い声が辺りに響いた。つられてシルヴィも思わず笑みを浮かべた。
「愛人に会いに来るのに婚約指輪をしたままって訳にはいかないでしょ?大丈夫よ、婚約指輪は質に入れたりしていないから。他の物を少し処分しただけよ。」
「……。」
「それに、ギーが甘い言葉を囁く相手が私一人じゃない事くらい知ってるわ。余計なお世話よ。」
ルイーズがいつもの調子を取り戻してきたようでシルヴィはホッと胸をなで下ろした。
正直、ルイーズにそこまでの覚悟があるとは思ってもいなかったが、本人も全て承知の上ならばこれ以上は周りがとやかく言ってもしょうがないだろう。
「それはそうと……私もロジェ王子の事は心にしまっておくから、貴女もこの事は……。」
「誰にも言わないわよ、安心して。」
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