見知らぬ君がつく優しい嘘

ゆみ

文字の大きさ
上 下
11 / 31

指輪

しおりを挟む
 ガレル商会──そう聞いてまずシルヴィの頭に浮かんだのはレオからもらった指輪の事だった。
 ガレル商会の真紅の小箱に納まった青い石のはめられた指輪。それは今でもシルヴィの部屋で大事に保管してある。

 シルヴィの所にレオからの手紙を届けに来てくれたのは確かにロジェだった。しかしガレル商会の指輪を屋敷まで届けに来たのは一体誰だったのだろうか……。
 シルヴィは指輪を直接受け取っていないのでそこまでは把握していなかった。

──まさか、ロジェ様がご自分でガレル商会に指輪を?

 そんなはずはない、とシルヴィは頭に浮かんだ言葉を即座に打ち消した。
 さすがにあのガレル商会の正面入口から王子が堂々と出入りするのは悪目立ちがすぎる。

「それじゃ、シルヴィ。また近いうちに──。」

 ルイーズは黙り込んでしまったシルヴィを横目で確認すると、そのまま立ち去ろうとした。

「ルイーズ、ちょっと待って頂戴。」

 シルヴィはアンナの手を握ると今日はこのまま帰ると伝え、慌ててルイーズの後を追いかけた。
 ルイーズは振り返った体勢のままで、追いかけて来ようとしているシルヴィを見てぎょっとした。

「シルヴィ……貴女一体──」
「二人で話したいことがあるの。馬車までご一緒するわ。」

 ルイーズは目を白黒させながら小さく何かを呟いていたが、シルヴィを強く拒みはしなかった。

「ルイーズ、貴女ガレル商会にそんなに頻繁に行くような人だったのね。私知らなかったわ。」
「まさか……。貴女も古い付き合いだから分かっているでしょ?第一、私はロジェ王子とガレル商会の中でお会いしたとは一言も言ってないわよ。」
「そうだったかしら?それで……確かガレル商会の出入り口は裏通りにもあったわよね?」
「……えぇ。まぁ、そうね。」

 形勢が逆転して、今度はルイーズが言葉に詰まる番だった。

 ガレル商会の裏口が面した通り──そこは貴金属専門のが立ち並ぶ所だった。

「不思議ね。伯爵家のご令嬢がどうしてあの通りにいたのかしら。それも一度きりではないんでしょう?」

 シルヴィの言葉を受けてルイーズは無意識のうちに自らの左手を右手で覆い隠す素振りをした。

──やっぱり……。

 シルヴィはルイーズの手を掴むと、目を合わそうとしないルイーズの視界に入るよう前側に回り込みそのまま顔を覗き込んだ。

「ルイーズ?」

 ルイーズは先程までの勢いは何処へやら、僅かに青ざめている。
 シルヴィは答えようとしないルイーズの左手を手袋の上から素早く確認した。そこにあるはずのご自慢の婚約指輪がない。

「さっきギーに手袋をはめてもらっている時に何かがおかしいって思ったのよ。」
「何の事だか分からないわ。」

 ルイーズはシルヴィの手から逃れると両手を体の後ろに隠した。

「指輪はどうしたの?まさか大切な婚約指輪を付け忘れただなんて、そんなことないわよね?」
「忘れるなんてそんなこと……。ほら、磨きに……。預けている最中なの。」
「そう、それならいいんだけど。私、心配し過ぎたみたいね。」

 シルヴィの言葉に、ルイーズはぎこちなく笑いながらも一瞬ホッとした表情を見せた。

「ギーとは前から仲が良かったの?」
「最近よ。そうねぇ、ここ半年って所かしら?」
「ねぇルイーズ。それじゃ、貴女もギーが街に店を出したいと言っているの知ってるわよね?」
「今度は何よ?それがどうしたって言うの?貴女ちょっとおかしいんじゃないの?」

 ルイーズは必死に取り繕おうとしているが、動揺はもはや隠しきれないほどだった。

 シルヴィはタイプの異なるルイーズのことが苦手だったが、嫌いとまでは言わない。むしろ自分と置かれている立場が似ている事もありその言動が気になり、本当に大丈夫なのかと心配になる事の方が多かった。

「私もギーの夢を応援してる。でも直接金銭を援助するのは違うと思うわ。」
「……違う。」

 ルイーズは顔を上げてキッとシルヴィを睨みつけると、吐き捨てるように言った。

「私はシルヴィとは違うわ!ぬくぬくと両親に守られている貴女に一体私の何が分かるって言うのよ?」
「ルイーズ……」
「私は自分の事くらい自分で決められる。放っておいて!」

 シルヴィはルイーズが涙ぐんでいるのを見てそれ以上言いたいのをグッと堪えた。

「ギーは私を愛していると言ってくれる。シルヴィ、貴女今まで男性からそんな優しい言葉をかけてもらったことある?」

 ルイーズは黙り込んでしまったシルヴィを見て目元の涙を乱暴に拭った。

「あらごめんなさい。今のは婚約破棄をしたばかりの貴女にかける言葉じゃなかったわね。」
「ルイーズ、貴女って人は……」

 ルイーズの乾いた笑い声が辺りに響いた。つられてシルヴィも思わず笑みを浮かべた。

「愛人に会いに来るのに婚約指輪をしたままって訳にはいかないでしょ?大丈夫よ、婚約指輪は質に入れたりしていないから。他の物を少し処分しただけよ。」
「……。」
「それに、ギーが甘い言葉を囁く相手が私一人じゃない事くらい知ってるわ。余計なお世話よ。」

 ルイーズがいつもの調子を取り戻してきたようでシルヴィはホッと胸をなで下ろした。
 正直、ルイーズにそこまでの覚悟があるとは思ってもいなかったが、本人も全て承知の上ならばこれ以上は周りがとやかく言ってもしょうがないだろう。

「それはそうと……私もロジェ王子の事は心にしまっておくから、貴女もこの事は……。」
「誰にも言わないわよ、安心して。」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

婚約者がツンツンしてきてひどいから婚約はお断りするつもりでしたが反省した彼は直球デレデレ紳士に成長して溺愛してくるようになりました

三崎ちさ
恋愛
伯爵家の娘ミリアは楽しみにしていた婚約者カミルと初めての顔合わせの際、心ない言葉を投げかけられて、傷ついた。 彼女を思いやった父の配慮により、この婚約は解消することとなったのだが、その婚約者カミルが屋敷にやってきて涙ながらにミリアに謝ってきたのだ。 嫌な気持ちにさせられたけれど、その姿が忘れられないミリアは彼との婚約は保留という形で、彼と交流を続けることとなる。 初めのうちは照れながらおずおずとミリアに接するカミルだったが、成長に伴い、素直に彼女に気持ちを伝えられるようになっていき、ミリアも彼に惹かれていくようになる。 極度のシャイで素直な気持ちを言うのが苦手な本来ツンデレ属性な男の子が好きな女の子を傷つけないために、素直な気持ちを伝えることを頑張るお話。 小説家になろうさんにも掲載。

悪役令嬢は攻略対象者を早く卒業させたい

砂山一座
恋愛
公爵令嬢イザベラは学園の風紀委員として君臨している。 風紀委員の隠された役割とは、生徒の共通の敵として立ちふさがること。 イザベラの敵は男爵令嬢、王子、宰相の息子、騎士に、魔術師。 一人で立ち向かうには荷が重いと国から貸し出された魔族とともに、悪役令嬢を務めあげる。 強欲悪役令嬢ストーリー(笑) 二万字くらいで六話完結。完結まで毎日更新です。

わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」  テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。 「誰と誰の婚約ですって?」 「俺と!お前のだよ!!」  怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。 「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます

黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。 ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。 目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが…… つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも? 短いお話を三話に分割してお届けします。 この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...