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グランディ伯爵家
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「リンカ。」
背後から届くダニエルの声はいつもと同じ調子だ。凛花を支えるために回された手も今では随分と慣れたものに感じる。
「エミールに弟がいたのは知ってる?」
「え?」
「妹はエミールの弟と婚約していたんだ。」
──過去形?どうして…。
話を始めたのはダニエルの方だ。これは凛花にも聞いていい話なのだろう。
「今は…違うの?」
「リアムは…もういない。死んだよ。」
街中を避けたのか人通りの余りない通りを行く馬の足音が辺りに響く。凛花は背後にいるダニエルがどんな表情をしてこの話をしているのかが気になっていた。見たことのない相手の見たことのない婚約者が死んだ──凛花にとっては非常に現実味のない話だ。
「リアムさんってダニエルと同い年くらいだったの?」
「そうだよ。リアムは共に騎士を目指す仲間だった。俺の顔がフィルと似ていなければリアムの方が将来有望だったはずだ。だから…アオイに狙われた。」
「あ…」
『あおいは婚約者のいる貴族子息まで見境なく誘惑して回った。』いつだったかダニエルが凛花にそう言った。あの時の厳しい他人行儀な顔は今でもはっきりと覚えている。ダニエルが凛花とあおいの関係を最後まで疑っていたのはこの事もあったからなのだろう。
「あの部屋で…。隠れるようにして妹はリアムの帰りを待っていたんだ、ずっと。」
「……」
「アオイと関係を持ってしまったと噂で聞いたからだよ。リアムは…妹にそれが伝わったことを聞いて…逃げたんだ。全ては不幸な偶然だった、事故に遭ったんだ。」
「事故…。じゃあリアムさんとあおいさんが本当はどうだったのか真相は分からないまま?」
「そんなことはリアムが逃げた時点で誰にでも分かったことだ。」
ダニエルの吐き捨てるような言い方が、どこか裏切られた者の言い方に聞こえた。
「…ダニエルもそう思った?妹さんも?」
「……」
ダニエルは返事をしない代わりに凛花に回した手に力をこめた。
侯爵邸の門が見えて来る。ダニエルの両親と妹がきっと三年前までは仲良く暮らしていた邸……。
「父は俺が副団長に任命されたのを機に侯爵を辞して領地に戻った。母と妹はそれについて領地に一緒に戻ったんだ。」
「……でも、あおいさん……領地の修道院にいるんじゃなかった?大丈夫なの?」
ダニエルが門衛に何か合図をすると侯爵邸の門をくぐって馬が玄関先まで入って行く。玄関先には先ほどの門衛が手配したのか使用人が待ち構えており、凛花が馬から降りるのを手伝ってくれた。凛花に続いて馬から降りたダニエルは手綱を使用人に渡すと凛花の方を振り返って微笑んだ。
「だから、俺が領地まで様子を見に行くと申し出たんだ。断られたが。」
──私…何も事情を知らないであんな事勝手に王太子に言っちゃって。どうしよう、これじゃ完全に私の知ってるストーリーとは違う。ディーの妹とかその婚約者とか…。こんなの無かったじゃない。影の騎士だとかストーリーだとか…そんなのもうこの世界では通用しない。
凛花は決意を込めて大きく深呼吸をすると、ダニエルに数歩歩み寄った。
「ダニエル!あの、夕食の後でもいいから…二人きりで大切な話がしたいの。部屋に行ってもいい?」
「……リンカ?」
ダニエルが口元に手をあてるのが分かった。近くにいる使用人たちも一斉に動きが止まる。
「は、話だよ?ちょっと勘違いしないでってば!嫌だ…。」
そそくさと逃げて行く使用人を横目に、ダニエルが苦笑している。
「なかなかの発言だったね。話の続き?」
「…そう。」
ダニエルは凛花の手をそっと握った。
「俺もまだ言わなきゃいけない事がある。」
暗くなり始めた玄関先で見つめ合ったまま二人はしばらく黙っていた。先に口を開いたのはダニエルの方だった。
「妹が伯爵家で屋根裏部屋に隠れていたのは何故だか分かる?」
「……そう言えば。婚約者なら堂々と部屋で待たせてもらっても良さそうなものよね?どうして?」
「俺が、あの時はフィルだったからだよ。」
「ダニエルが、フィル?影武者ってこと?」
「そう。あの頃はまだ表舞台に立つことは許されなかった。だから伯爵家の者も俺の顔は知らなかったはずだ。」
「確かに。セリーナ夫人は私を拾ってくれたあの時、ダニエルの事が誰だか分かってなかったわ。」
「だから妹も事情を知るリアムによってあんな風に伯爵家では存在を隠されていたんだよ。」
「……影武者って事、知ってたのね?それなのにリアムさんはどうしてあおいさんと?」
「リンカ?続きは後で俺の部屋でじっくり聞くよ。そろそろ中に入ろう。」
「あ、うん。…いや、そうじゃなくて!」
「大丈夫、夜はまだまだ長いから。」
──あぁ!もぅ、頭パンクしそう!次は何言われるんだろう?ちょっとやばい情報量だわ……。しかもどれも簡単に聞き流せる内容じゃないし。重い、重すぎる過去だ…。
背後から届くダニエルの声はいつもと同じ調子だ。凛花を支えるために回された手も今では随分と慣れたものに感じる。
「エミールに弟がいたのは知ってる?」
「え?」
「妹はエミールの弟と婚約していたんだ。」
──過去形?どうして…。
話を始めたのはダニエルの方だ。これは凛花にも聞いていい話なのだろう。
「今は…違うの?」
「リアムは…もういない。死んだよ。」
街中を避けたのか人通りの余りない通りを行く馬の足音が辺りに響く。凛花は背後にいるダニエルがどんな表情をしてこの話をしているのかが気になっていた。見たことのない相手の見たことのない婚約者が死んだ──凛花にとっては非常に現実味のない話だ。
「リアムさんってダニエルと同い年くらいだったの?」
「そうだよ。リアムは共に騎士を目指す仲間だった。俺の顔がフィルと似ていなければリアムの方が将来有望だったはずだ。だから…アオイに狙われた。」
「あ…」
『あおいは婚約者のいる貴族子息まで見境なく誘惑して回った。』いつだったかダニエルが凛花にそう言った。あの時の厳しい他人行儀な顔は今でもはっきりと覚えている。ダニエルが凛花とあおいの関係を最後まで疑っていたのはこの事もあったからなのだろう。
「あの部屋で…。隠れるようにして妹はリアムの帰りを待っていたんだ、ずっと。」
「……」
「アオイと関係を持ってしまったと噂で聞いたからだよ。リアムは…妹にそれが伝わったことを聞いて…逃げたんだ。全ては不幸な偶然だった、事故に遭ったんだ。」
「事故…。じゃあリアムさんとあおいさんが本当はどうだったのか真相は分からないまま?」
「そんなことはリアムが逃げた時点で誰にでも分かったことだ。」
ダニエルの吐き捨てるような言い方が、どこか裏切られた者の言い方に聞こえた。
「…ダニエルもそう思った?妹さんも?」
「……」
ダニエルは返事をしない代わりに凛花に回した手に力をこめた。
侯爵邸の門が見えて来る。ダニエルの両親と妹がきっと三年前までは仲良く暮らしていた邸……。
「父は俺が副団長に任命されたのを機に侯爵を辞して領地に戻った。母と妹はそれについて領地に一緒に戻ったんだ。」
「……でも、あおいさん……領地の修道院にいるんじゃなかった?大丈夫なの?」
ダニエルが門衛に何か合図をすると侯爵邸の門をくぐって馬が玄関先まで入って行く。玄関先には先ほどの門衛が手配したのか使用人が待ち構えており、凛花が馬から降りるのを手伝ってくれた。凛花に続いて馬から降りたダニエルは手綱を使用人に渡すと凛花の方を振り返って微笑んだ。
「だから、俺が領地まで様子を見に行くと申し出たんだ。断られたが。」
──私…何も事情を知らないであんな事勝手に王太子に言っちゃって。どうしよう、これじゃ完全に私の知ってるストーリーとは違う。ディーの妹とかその婚約者とか…。こんなの無かったじゃない。影の騎士だとかストーリーだとか…そんなのもうこの世界では通用しない。
凛花は決意を込めて大きく深呼吸をすると、ダニエルに数歩歩み寄った。
「ダニエル!あの、夕食の後でもいいから…二人きりで大切な話がしたいの。部屋に行ってもいい?」
「……リンカ?」
ダニエルが口元に手をあてるのが分かった。近くにいる使用人たちも一斉に動きが止まる。
「は、話だよ?ちょっと勘違いしないでってば!嫌だ…。」
そそくさと逃げて行く使用人を横目に、ダニエルが苦笑している。
「なかなかの発言だったね。話の続き?」
「…そう。」
ダニエルは凛花の手をそっと握った。
「俺もまだ言わなきゃいけない事がある。」
暗くなり始めた玄関先で見つめ合ったまま二人はしばらく黙っていた。先に口を開いたのはダニエルの方だった。
「妹が伯爵家で屋根裏部屋に隠れていたのは何故だか分かる?」
「……そう言えば。婚約者なら堂々と部屋で待たせてもらっても良さそうなものよね?どうして?」
「俺が、あの時はフィルだったからだよ。」
「ダニエルが、フィル?影武者ってこと?」
「そう。あの頃はまだ表舞台に立つことは許されなかった。だから伯爵家の者も俺の顔は知らなかったはずだ。」
「確かに。セリーナ夫人は私を拾ってくれたあの時、ダニエルの事が誰だか分かってなかったわ。」
「だから妹も事情を知るリアムによってあんな風に伯爵家では存在を隠されていたんだよ。」
「……影武者って事、知ってたのね?それなのにリアムさんはどうしてあおいさんと?」
「リンカ?続きは後で俺の部屋でじっくり聞くよ。そろそろ中に入ろう。」
「あ、うん。…いや、そうじゃなくて!」
「大丈夫、夜はまだまだ長いから。」
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